僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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 その後、少し離れた場所にいた荒海さんと千家さんも加わり、皆で台所に向かった。そして、
「昨夜いきなり真田から電話があり、プロポーズするかもしれないから立会人になってくれと頼まれたんです」
 テーブルに着き皆で一息入れるや、荒海さんが嬉々として暴露話を始めた。克己心の塊たる真田さんが、顔をこうも赤らめないと沈黙を保っていられない光景を、僕は初めて見た。
「かもしれねぇなんて言ってんじゃねぇ腹くくれって発破をかけたら、真田はようやく首を縦に振りました。ただコイツは、撫子部の全国大会で感動し過ぎて涙と鼻水まみれになっていましたから、今回は大丈夫かと俺は訊きました。そしたらコイツは、二度目だからああはならないと答えたクセに、前回同様今回も、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりやがったんです」
 真田さんは目と口をカッと開き、荒海さんに反論しようとした。だがグギギギという擬音語が聞こえてきそうな葛藤をしたのち、顔をゴシゴシこすって真田さんは沈黙した。
「俺は真田を洗面所に連れて行き顔を洗わせ、千家と連絡を取りました。女には女の準備があるらしく、千家が杠葉さんに付き添っていたんです。千家は、時間がないから早急に決めてほしいと言いました。そらそうです、杠葉さんには撫子部部長としての務めが、まだ残っていましたからね」
 沈黙を必死で維持する真田さんを幸せいっぱいの面持ちで見つめていた杠葉さんが、撫子部部長の個所で責任者の顔になり姿勢を正した。負けじと真田さんも、表情を改め背筋を伸ばす。陽動作戦が成功しましたね荒海さん、と僕は胸中激しく拍手した。その音を、きっと耳にしたのだと思う。荒海さんは僕に「任せろ」のハンドサインを出し、暴露話のクライマックスに臨んだ。
「時間が無いと聞いてからの真田は、立派でした。和服姿で現れた杠葉さんに堂々とプロポーズし、受諾されるなり杠葉さんの手を握り二人きりの時間をしばらく過ごし、そして二人で杠葉さんの御両親のもとを訪れ、結婚を承諾してもらっていました。コイツとは長い付き合いですが、あの時ほど男らしかったコイツを、俺は知りません」
 真っ赤な顔で心を必死に制御しているのは、今度は荒海さんだった。そんな荒海さんの背中を、千家さんがかいがいしくさする。二人の仲睦ましさに胸がじんわりし、ふと視線を感じてその方へ顔を向けると、真田さんが「次はコイツの番だ」と唇だけ動かし荒海さんを指さした。荒海さんが千家さんにプロポーズする場面を想像しただけで、僕は嬉しくて嬉しくて堪らなくなってしまった。俺も同じだ、と真田さんが頷く。そして、
「ミッションを締めくくる役は俺が引き受ける」
 荒海さんにそう宣言したのち、真田さんは杠葉さんを促し、二人揃って祖父母に体を向けた。
「俺と琴乃が、婚約の報告をする最初の神社は、こちら以外に考えられませんでした。祝詞を上げて頂いたとき、涼やかな風が空から吹き降ろされるのを感じて、俺と琴乃は意見を一つにしました。来年、湖校を卒業したら、この神社で結婚式を挙げさせてください」
 祖父母は、結婚に関する翔人の教えを交互に明かした。
「宇宙を統べるお方は、生まれながらの結婚相手を、一人一人に用意して下さっています」
「けれどもその相手と、誰もが結ばれる訳ではありません」
「日々の歩みが宇宙の道筋に沿うほど、相手と巡り合いやすくなり」
「道筋を離れるほど、相手と巡り合いにくくなるのです」
「道筋の案内役を仰せつかっている私達にとって、今日は喜ばしい日となりました」
「あのお方の代理を、喜んで務めさせてもらいますね」
 真田さんと杠葉さんは、感じるものがあったのだろう。
「湖校で過ごした日々が」
「私達を巡り合わせてくれたのね」
 見つめ合いそう呟いた二人はとても自然な笑みを浮かべ、どうぞよろしくお願いします、と祖父母へ腰を折った。
 それだけでも天に昇るほど嬉しかったのに、荒海さんが空前絶後の天然ボケをかましてくれたから堪らない。腕を組み瞑目していた荒海さんは、瞼を開け居住まいを正して千家さんへ体を向けた。
「なあ千家」
「うん、いいよ」
「そうは言っても、お前の家も神社だから、いろいろあるだろう」
「私は荒海櫛名として、あなたと道を歩いてゆくのだから、いいよ」
「わかった。なるべく早く、出雲にお伺いしよう」
「はい」
 と、ここでようやく自分達がどこでどのような会話をしていたかを理解した荒海さんは、
「グワァァ――ッッ!!」
 頭を抱えて天を仰いだ。
 真田さんはそんな荒海さんのもとに駆け寄り強烈なヘッドロックをするも、
「おめでとう」
 涙を流してそう繰り返していた。それを受け、
「バカ野郎それは俺のセリフだ」
 荒海さんも涙を流してそう繰り返していた。
 そんなお二人に、宇宙の創造主は生まれながらの友人も一人一人に用意してくれている事を、涙と鼻水まみれになりながら僕は知ったのだった。

 そうこうするうち美鈴が帰って来て、六年生撫子部員の総意を杠葉さんに伝えた。
「部長としてこれまで頑張って来たのだから、今日は私達に任せなさいと、先輩方は仰っていました」
 杠葉さんは、同級生部員に事情を話し一時間半の猶予をもらい、神社への挨拶を済ませたら部活に戻るつもりでいたと言う。しかし美鈴によると、そう考えていたのは杠葉さんだけだったらしい。真田さんが杠葉さんにプロポーズする様子を遠くからしっかり見ていた六年生部員達は、杠葉さんが自分の時間を持つ手助けをする事を、即座に決めたのだそうだ。
 当然ながら感謝会以降、六年生部員が部の備品を用いて華道や茶道の練習をすることは無い。正式な引退はまだでも、感謝会が終了した時点で、六年生部員は事実上の引退を迎えるのだ。したがって撫子部では、事実上引退した六年生部員に、五年生部員が筆遣いと琴の合奏を見てもらうのが恒例となっていた。だがこの「見てもらう」は、名目上の事にすぎなかった。それは五年生にとって、一か月後に開かれる引退式の下級生代表演目の練習開始を告げる、重要な行事に他ならなかったのである。
 その行事は、感謝会の二時間後に行われる。後始末を三十分で終え、休憩を一時間取り、準備に三十分を充てたのち、五年生達は筆遣いと琴の合奏を六年生に見てもらうのだ。その後始末と休憩の計一時間半を利用し、杠葉さんは神社にやって来たつもりだったが、美鈴によるとそう考えていたのは、なんと本人だけだったと言う。
「撫子部が全国大会で逆転優勝できたのは、新忍道部のお陰だと六年生の先輩方は仰っていました。連携は基礎中の基礎であると共に、奥義でもある。この言葉は撫子部にとっても真実であると考え、連携を重視して練習に励んだ先輩方は、琴の合奏で歴代最高点を出し逆転優勝を果たしました。それに関し、先輩方から伝言を授かっています」
 美鈴は普段から良い姿勢を益々良くして、言った。
「琴乃、婚約おめでとう。逆転優勝に多大な貢献をしてくれた新忍道部の部長と、撫子部の部長が結ばれるのだから、私達にもお祝いをさせて欲しい。とりあえず今日は私達に任せて、二人の門出の準備をしなさい。以上が私に託された、伝言です」
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