僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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「千家は色に譬えると、何色だと思う?」
 正直言うとその刹那、今回の出来事の全貌を僕は把握した。
 したがって部活中や研究中なら最短ルートで結論を目指すのが定石なのだけど、今は恋バナ中。しかも恋愛に初心な荒海さんが決死の覚悟で相談してきたのだから、質問に直接答えるより自虐ネタを投下して、場をいったん和らげることを僕は選んだ。
「ええっと、色違いのカチューシャを六つ作ったのが、バレちゃったんですね」
「むっ、千家を責めないでくれ。俺が無理やり聞き出したようなものなんだから」
「責めるなんて滅相もないです。千家さんの卓越した着色技術のお陰で、本物の宝飾品に匹敵するカチューシャが完成したんです。お二人には、感謝してもしきれません」
「いや眠留、あいつはさっき、湖校の六年間は無駄じゃなかったって嬉しそうに電話してきてな。感謝するのは、俺の方なんだよ。眠留、いろいろありがとうな」
「それについては、カチューシャを見てからにしてください。荒海さんは自宅にいるんですよね、映像を送ります」
 ミーサ経由で荒海さんの家のHAIに協力してもらい最高画質の3D映像を送信すると、すぐさま「野暮な俺でもこりゃスゲェって一目で分かるぞ!」と興奮した声が帰って来た。予想どおり色の鮮やかさを特に褒めてくれたので「千家さんの技術が無かったらその色は出せなかったんです」と伝えたら、電話越しでも判るほど荒海さんはフニャフニャ顔になった。陽動作戦成功に、僕は不敵な笑みをこっそり浮かべる。そして満を持し、本命の言葉を放った。
「で、つまりはこういう事ですよね。どの色の婚約ネックレスを贈ったら千家さんに似合い、かつ喜んでもらえるかって」
 一昔前までは、婚約指輪はダイヤモンドと相場が決まっていた。しかし過剰供給によるダイヤの価格低下と、色彩への社会的関心の高まりにより、鮮やかな宝石を婚約指輪にする若者が近年急増していた。だがその風潮に顔をしかめる老人も多く、ましてや千家さんは日本有数の名家のお嬢様なのだから、避けた方が無難なのは想像に難くなかった。幸い、そのような場合の解決策は広く知られており、新郎がサプライズとして華やかな色合いのネックレスを贈れば良いとされていた。ダイヤの価格が大幅に下落していた事もあり、ネックレスを追加しても金銭的負担がさほど増えない、それはまこと良策だったのである。
 とはいえ、金銭的負担が無ければそれで万事OKとならないのが、男女の難しいところ。特に荒海さんは、百万人に一人レベルの苦境に立たされていると言っても過言ではなかった。女性を宝石に譬えるのが荒海さん級に苦手な人なら、十人に一人ほどの割合でいるだろう。しかしその女性が千家さんとなると、千人に一人や万人に一人どころの話ではなくなる。素顔のみならず素の感情も隠して幼稚園年少組から過ごして来た、化粧を暗示に使える特殊技能の持ち主が、果たして幾人に一人いるのか。それだけでも眩暈がするのに、自分を色に譬えることを避けている節が千家さんにはあった。素の自分を晒さぬ日々と、色への豊富すぎる知識が、悪い意味の化学反応を引き起こしてしまっていると僕は感じたのである。
 という事を、可能な限り柔らかく荒海さんに話した。僕の放った「婚約ネックレス」という語彙に荒海さんが絶句したので、その沈黙を活かす事により、千家さんを色に譬える難しさを穏やかな口調でゆっくり伝えられたのである。全てを聴き終わった荒海さんは、
「お前に相談して正解だったとつくづく思うぜ」
 心からそう言ってくれた。そして、
「なんだテメェ、正座しやがって」
「先に正座したのは荒海さんじゃないですか」
「ったく、油断も隙もねぇな」
 なんてやり取りを経て、荒海さんは明かした。
「俺は、感性に乏しい。小学校までは文学を最も苦手な分野と考えていたが、湖校に入学して、文学は感性に含まれるって知ったんだよ」
 荒海さんがそれを知ったのは、湖校に入学した日の放課後だったと言う。部活の様子を遠くから眺めていた荒海さんに、六年生の女子の先輩が話しかけてきた。その先輩に名状しがたい何かを感じるも、いかなるイメージもそれに結び付けられず、荒海さんは文学的才能の貧弱さに打ちひしがれたらしい。すると先輩は微笑み、こう言ったそうだ。理系脳が感性を宿すとある意味最強なのよ、覚えていてね。
「先輩はなぜか俺を気に掛けてくれて、小一時間会話し、探しに来た友人と去って行った。様子を見ていたクラスメイトに、先輩は『夏の日の勿忘草わすれなぐさ』という二つ名を献ぜられた人だと教えられた。その二つ名に、最も足りないのは文学的才能ではなく感性なんだって、俺は知ったんだな」
 夏の日の勿忘草は最難関の二つ名ですよと反論するも、この六年間で二つ名に共感できたことは一度もないと、荒海さんは嘆息する。
「俺なりに調べて、視床下部と嗅覚の検査を受けたが、異常は見つからなかった。だが学校生活は、共感性の足りない子供のそれでな。真田がいなかったら俺は今、湖校にいなかったかもしれない」
 最新の脳科学も、視床下部と心の関係を解明していない。ただ嗅覚の鈍さとサイコパスに、関係がなくも無いことを統計は物語っていた。翔人の座学でも、嗅覚の鋭敏さと感情の鋭敏さは必ずしも比例しないとしている。だがその一方、感情を司る脳と鼻腔は嗅神経で結ばれていて、それが「必ずしも比例しないが比例する場合もある」という複雑さを生んでいると祖父は話していた。しかも厄介なことに右鼻腔と左鼻腔は鋭敏さの差が大きく、またどちらの鼻腔をメインに呼吸しているかも人によって異なるため、「未熟なうちはサイコパスと嗅覚を安易に関連づけるなよ」と祖父は座学を締めくくっていた。
 という理由では決してなく、
「荒海さんに共感性の乏しさを感じた事なと一度もありません!」
 怒りに任せて僕は断言した。そうそれは本物の怒りだったのだけど、荒海さんがさも嬉しげに宥めるものだから、僕は何も言えなくなってしまった。そんな僕に「立ったまま休め」と的確な指示を出し、荒海さんは続ける。
「お前は感性の塊のようなヤツで、俺の心の僅かな動きも見過ごさないから、そう感じるんだよ。まあでも確かにお前といると、俺の共感性はギリギリ及第点になるのかもな」
 お前は感動屋で驚愕屋だからなあ、と無遠慮に笑う声がハイ子からした。どうせそうですよと唇を尖らせる僕に、スマンスマンと荒海さんは同級生のように謝る。しかしその直後、
「電話しつつ安全に歩けるか」
 新忍道の最上級生の口調でそう問われた。電話しつつ安全に歩いて一八〇〇ひとはちまるまるまでに校門を突破します、と敬礼付きで応えた僕に、荒海さんは噴き出した。
「いや突破は違うだろ」「荒海さん、言葉の綾ですよ」「むっ、文学的表現ってヤツか」「これが文学なら、昨日の真田さんの土下座も文学になりますね」「真面目な話、あのとき真田の胸の内にあったのは文学だよな」「僕もそう思います。まるで小説の一節のようでした」「真田を脅すネタになるから教えてくれ。ジャンルは何だ、恋愛小説か?」「う~ん、脅す材料にはならないと思いますよ」「なぜだ」「だって恋愛成分は、荒海さんと千家さんの方が多いですし」「仕方ねぇな、六色のカチューシャを六人の女子にプレゼントするモテ男を、代役に立てよう」「違うんですあれはですね!」
 なんてワイワイやりながら、最終下校時間前に校門を無事突破するというミッションを、僕は成し遂げたのだった。
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