僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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 校門を出るや、荒海さんがまくし立てた。
「俺が眠留に相談するんだから次は俺が電話するからな!」
 この先輩はホント可愛いなあ、との本音を僕は呑みこむ。
「了解です。じゃあ目的地に着いたらメールしますね」
 それを機に電話を一旦切った。そして湖校沿いの公道を安全最優先で渡り、僕は美夜さんに電話を掛ける。
「美夜さん、帰宅が六時半くらいになりそうなんだ。僕を待たず夕飯を先に食べてって、皆に伝えて」
 歩きながらの電話を僕にさせたくなかったのか、美夜さんから長文のメールが届いた。まとめると、以下の三つになるだろう。

『予約外のお祓いの仕事が入り、終わるのは六時半過ぎになる』
『それに伴い、輝夜さんが社務所の手伝いをしてくれている』
『昴は部活後、自宅に直帰した。親戚が急遽訪ねて来たそうだ』

 ここだけの話ウチの神社は、いわゆる霊関係のお祓いが比較的多い。人の恐怖心を煽って悪さをしている存在達はウチの神社に近づいただけで精霊猫に恐れをなして逃げて行くし、またそれらが再び憑くことのないよう、祖父母は結界を張れるからだ。ただ本人の努力なしには維持できない結界しか祖父母は張らず、そして努力を怠ったせいで結界が消失した場合は二度と手助けしないので、「比較的多い」に留まっているんだけどね。
 輝夜さんは神社が忙しくて自分の手が空いている時、手伝いを必ず申し出てくれる。それ自体は嬉しくて堪らないのだけど、緊急連絡網でもあるのか近所の子供達が「眠留お兄ちゃんの彼女だ!」と大騒ぎして神社に詰めかけるのは、申し訳ないやら恥ずかしいやらの僕だった。
 昴は今年のお盆も、親の実家に帰省しなかった。よって夏休みが終わる前に、父方か母方の祖父母が家にやって来たと考えて間違いないのだろう。僕は昴の家へ、腰を直角に折らずにはいられなかった。
 腰を折ったのは、通学中や帰宅途中にしばしば使う路地裏のベンチの傍らだった。ここを目指して歩いて来て、そしてメールを読んでいる最中に到着したのだけど、昴の祖父母に悪くて腰を下ろせなかったのである。それは今も変わらないが、立って電話すると美夜さんが悲しむ。心の中で再度腰を折りベンチに腰かけ、僕は荒海さんにメールを送った。

 目的地到着を知らせるメールの送信音と一続ひとつづきで電話の着信音が鳴った。僕は急いでハイ子を耳に当てる。
「よう眠留、安全な場所に着いたか」
「はい、路地裏のベンチに座っています」
「なら心配ないな」 
 そう言って安堵の息を吐く優しい先輩へ、僕の方から二つ名の話題を振った。それが嬉しかったのか、荒海さんは先輩方の想い出を沢山話してくれた。なかでも饒舌だったのが、朝露の白薔薇についてだった。
「あの人のそばで犬コロにならない同級生男子は、一人もいなかったな」
「荒海さん、そんなの僕の同級生も同じですよ」
「だよな!」「ですね!」
 てな具合に大層盛り上がったのち、荒海さんは感慨深げに言った。
「あの人同様、二つ名持ちになる未来が確定しているような生徒が、湖校には稀に入学してくる。だが例外的に、ここ三年は毎年入学して来た。あの子たちの艶姿を見られないことを残念がっている男どもが、同級生に大勢いるんだよ」
 仮に荒海さんが四年生だったら、「先輩方の二つ名には共感できなくても後輩の女の子は別なんですか」系のツッコミを僕は喜んでしただろう。けど荒海さんは、あと半年ちょっとで卒業してしまう六年生なのだ。言葉の綾ではなく本当に残念がっているのをありありと感じた僕は、いらぬ事をつい口走ってしまった。
「例外の女子生徒は、一昨年は一人、去年は二人、今年は一人で合ってますか?」
「ああそうだ。お前は四人全員と関わる、幸せ者だよ」
「変な話ですけど、美ヶ原先輩と美鈴に将来贈られる二つ名なら、ほぼ分かります」
「・・・眠留よ、去り行く先輩の手向たむけに、ぜひ教えてくれ」
 いつもなら冒頭の「・・・」を罠とはっきり断じたはずだが、去り行く先輩と言われ胸に痛みを覚えた僕に、それは無理というもの。答辞の大役を賜った在校生代表の気概で、僕は言った。
「美ヶ原先輩は、霊峰の紫苑。美鈴は、せせらぎの白百合。これで間違いないと思います」
「霊峰の紫苑に、せせらぎの白百合か。あの子たちの艶姿が、瞼に浮かんで来るようだ。眠留、恩にきるぞ」
 虎穴に入らずんば虎子を得ずと、雨降って地固まるの、二つの諺に背中を押された気がして、僕はそれに従った。
「その二人ほど自信はありませんが昴の二つ名と、更に自信ありませんが輝夜さんの二つ名も、一応わかります」
「ああ俺は、良い後輩を持ったなあ」
 ぶわっ、という擬音語のお手本のように涙を溢れさせた僕は、世が世なら、詐欺の絶好のカモなんだろうな。
「昴は、星の雫。輝夜さんは、銀の雫です。この二人は、花の名前ではない二つ名を献ぜられる研究学校初の生徒になると、僕は感じています」
 湖校の所有する数多の称号の一つに、「二つ名の創始校」がある。そう湖校は、一人ないし二人の六年生女子に二つ名を贈ることを恒例にした、研究学校初の学校なのだ。ちなみに、二つ名を僕が考えると約束していた翔子姉さんへは、
 ――明け染めの朝顔
 を贈った。いや贈ったと言うか、翔子姉さんの顔を見るなりそう口ずさんでしまい、凄まじく恥ずかしい思いをした。境内を箒掛けしていた初夏の早朝、瞳に偶然映った朝顔に心を奪われた僕は、たまたま通りかかった翔子姉さんへ、前振りなくそう告げたのである。「挨拶もせずいきなり失礼ですよ」とまさしく朝焼けに染まった頬で僕を叱ったのち、「みんなには秘密にしておくから」と翔子姉さんは約束してくれたのだけど、朝食時にバレてしまった。「今朝のあんた怪しいわね」「眠留くん挙動不審だよ」「不審者通報される前に、白状しなさいお兄ちゃん!」と三人娘に詰め寄られ、自分から全部バラしてしまったのだ。あのひと時は、僕の人生の中でも屈指の羞恥濃度を誇る時間として、魂に刻まれたのだった。
 という二か月前の出来事を、ほんの一瞬だが、荒海さんとの電話そっちのけで僕は思い出していた。
 その意識の隙間を、サタンに勝利したこの勇者が見過ごす訳がない。
 勇者荒海は奇襲の言葉を、僕の心にサラリと滑り込ませた。
「千家は、何の花だ?」
「はい、千家さんはですね・・・・わっ、わわわ~~」
 狼狽小僧という称号がもしあったら、それを受けるに相応しい僕以上の人材が果たしているだろうか?
 そんな人材、決していないのだ!
 などと頭の片隅で自己分析しつつ、片隅以外の全域でうろたえまくる僕の耳に、荒海さんの舌打ちが届いた。
「ちっ、あと一歩で失敗したか。まあコイツらしいと言えば、コイツらしいな」
 詐欺を暴露した前半は照れ隠しで後半こそが本命だと判る僕に、酷いじゃないですか!
 という想いを伝えるには後半を無慈悲に掘り下げるのが最善と判断し、僕はド直球を放った。
「僕らしいと言うのは、千家さんの幸せな未来を僕が絶対選ぶと荒海さんは考えていた、という事でしょうか?」
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