僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

二千年の想い人

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 スキップが良い方へ転んだのか、「カチューシャではなく髪飾りって呼ぶことにしよう」と閃いた僕は、スキップしているのか連続ジャンプをしているのか定かでない状態になってしまった。まあでも、こればかりは仕方ない。僕は開き直り、石段に着くまでスキップジャンプを続けた。 
 石段に着いたのは、予想より少し早い午後六時二十分だった。ウチの神社は六月から八月にかけ、社務所の営業時間を午後六時まで延長する。よって「巫女姿の輝夜さんに会えるかな!」と内心かなり期待していたのだけど、それが叶うことはなかった。さきほどのスキップジャンプはどこへやら。僕は項垂れて、ひぐらしの鳴く境内を歩いていった。その沈んだ気持ちが、
「眠留くんお帰りなさい」
「ただいま輝夜さん!」
 台所の扉を開けて輝夜さんに挨拶されたとたん消し飛ぶのだから、いったい僕はどれ程この人のことが好きなのかな? そう自問するや顔のふにゃふにゃ化が止まらなくなり、そんな僕に輝夜さんの笑顔も一段引き上げられ、二人揃ってただただニコニコしていたら、
「そうだ輝夜さん!」
 ようやく思い出した。この人を更に喜ばせるプレゼントがバッグの中に入っていることを、僕はやっと思い出したのである。沈んだ気持ちが輝夜さんのお陰で消し飛んだときプレゼントを持っていること等々も吹き飛んだのだろうが今はそれをうっちゃり、
「髪飾りが完成しました」
 落ちついて輝夜さんにそう告げた。僕は肩からバッグを外して床に置き、片膝付いて中から収納ケースを出す。それはチタン合金製の頑丈一徹の収納ケースだが、世界一好きな人へ初めて贈るお手製のプレゼントが入っているのだから、いくら頑丈でも頑丈過ぎることは無い。僕はケースの蓋を開け、白地に若葉を描いた紙袋を取り出す。そして立ち上がって背筋を伸ばし、それを輝夜さんに差し出した。
「どうぞ受け取ってください」
「ありがとう眠留くん!」
 輝夜さんは踊る声音で紙袋を受け取ってくれた。いやそれは、本当に躍りだったのかもしれない。待ちきれないとばかりに差し出された両手、紙袋を手に取った時の表情、そしてそれを胸に抱きしめる仕草。それら全てが、調和とリズムに則ったダンスとして心を射抜いたからだ。よって僕こそ感極まり、「開けていい?」との問いかけに頷くのが精一杯で、髪飾りを目にした輝夜さんが全身から放った光にいかなる対応もできなかったのだけど、
「離れで身に付けて来るね!!」
 その言葉が鼓膜を震わせた途端、今後の行動が定まった。輝夜さんとダンスを踊る数分後の自分を、脳裏にありありと観ることが出来たのである。台所を去る輝夜さんを見送った僕は全力疾走を必死でこらえて自室へ向かい、体拭きシートをいつもの三倍使って身を清め、衣服を全て着替えた。部活終了時にシャワーを浴びたが、土下座やスキップのせいで大量の汗をかいていたのである。制服のシャツはもちろんズボンも洗い立てに替え、普段よりほんの少し足音を立てて台所へ歩いてゆき、離れと台所をつなぐ通路の前で立ち止まった。するとタイミングピッタリに、
 カチャッ
 離れのドアが開いた。
 その数瞬後、オリンポス山の女神が眼前に降臨した。
 八枚の若葉をあしらったティアラが、オリーブの葉で髪を飾った女神の神気を、輝夜さんにもたらしたのである。僕は人類を代表する勇者の気構えで、
「ダンスを踊って頂けますか」
 女神へ右手を差し出した。
「はい、よろこんで」
 女神は快くその手を取ってくれた。
 それから二人で、時間を忘れてダンスを踊った。それは至福という言葉すら霞む、幸せの極致としか表現しえない時間だった。のだけど、
「たいへん申し訳ないのですが、お兄ちゃん、輝夜さん、そろそろ夕食の準備を始めてもいいでしょうか?」
 恐縮の極致たる表情と声音で美鈴にそう言わせてしまったのは、二人で後悔しまくったのだった。

 霊存在を弾く結界を張ったあと、祖父母は必ず休憩を取る。生命力の追加流入だけでは回復不可能な疲労を、心身に覚えるそうなのだ。美鈴はお祓いの場にいても結界形成にまだ参加していない事もあり、着替えるだけで台所へやって来たが、扉を開けても中に入ることができなかった。僕と輝夜さんが、ダンスを踊っていたからである。仮に僕と輝夜さんと美鈴だけが神社の住人だったらそのままそっと扉を閉めたと予想されるが、疲労した祖父母を想うと、美鈴は僕らに声を掛けずにはいられなかったのだろう。
 という経緯を、美鈴の表情と声音からたちまち感じ取った僕と輝夜さんは、夕飯づくりに全力を尽くす所存だったのだけど、
「「・・・?」」
 二人同時に気づいた。うわの空というか集中しようにもできないと言うか、そんな状態に美鈴がなっていたのである。幸いピンと来て、僕は目で輝夜さんに詫び、輝夜さんは任せてと頷き美鈴に近づいて、その手を取った。
「美鈴ちゃん、髪飾りを一緒に見ようか」
「あっ、ごめんなさい。今は夕食を作らなきゃね」
「ううん、妹想いのお兄さんに頼まれたの。美味しいご飯をいつも作ってくれる妹さんにお礼がしたいから、協力してって」
「美鈴が準備を完璧に終わらせていたから、兄ちゃん一人でも大丈夫だよ。鶏肉の味噌漬けを焼きながら、長芋と梅干の和え物を作って、冷蔵庫の夏野菜の煮浸しをお皿に盛り付ける。これでいいかな?」
 そう問うと、美鈴は瞳を潤ませて腰を折った。僕は胸を力強く叩いて料理を開始する。それはいつもと異なるたった一人の料理作りだったけど、寂しさを一切感じる事がなかった。なぜなら、
「輝夜さん、この髪飾り素敵すぎる!」
「うふふ、美鈴ちゃんもすっごく似合ってるよ」
「ううん、輝夜さんの髪型の方が似合う。ああ私も、短めのボブにしようかなあ」
「なら、髪を結ってみましょう。さあ美鈴ちゃん、ご希望はありますか?」
「ありがとう! えっとね、ギリシャ神話の女神様の・・・」
 気配を背中で感じられる場所に輝夜さんと美鈴が腰を下ろし、夢中になって髪飾りを楽しんでいたからだ。いつしか僕は、鼻歌を歌いながら料理を作っていた。
 それが功を奏したのだろう、一人前とは到底言えない僕の料理技術にしては、鳥の味噌漬けを絶妙な火加減で仕上げることができた。野菜の煮浸しと梅干の和え物もまだまだ暑いこの時期にピッタリで食欲を増進したが、食卓を一番盛り上げたのはやはり何といっても、輝夜さんにプレゼントした髪飾りだった。祖父母はもちろん猫達も、若葉の髪飾りを絶賛してくれたのである。それだけでも充分嬉しかったのに、輝夜さんが髪飾りを美鈴に着けてあげた事からもっと嬉しい時間が始まった。髪飾りを着けてもらった美鈴が同じことを翔子姉さんにして、次いで翔子姉さんが貴子さんにも同じことをしたのち、髪飾りは祖父の手に乗せられた。祖父は輝夜さんに謝意を述べ、祖母の髪を若葉で飾る。頬を朱に染め瞳を煌めかせる祖母に、「いつまでも若々しくいてくれてありがとう」と祖父が堂々と告げた時の感動といったらなかった。「もうあなたったら」と祖母が女学生のように祖父をポカポカ叩く様子に、恩返しになったみたいだなと、僕は生まれて初めて思うことができたのだった。
 ただ輝夜さんへは謝罪の気持ちを覚えた。所有者の許可を得たとはいえ皆の振る舞いは、輝夜さんに失礼だったのではないかとも思えたのである。だから輝夜さんが帰宅する際、さりげなく荷物を持ち駐車場まで付き添って、僕は深々と頭を下げた。すると、
「怒るよ眠留くん!」
 怒るよではなく、本気の怒声を後頭部に浴びせられてしまった。慌てて上体を起こした僕の両肩をガッチリ掴み、輝夜さんはまくし立てた。
「私は今日、おじいちゃんとおばあちゃんに初めて恩返しができたって思えたの! 血のつながらない私を、おじいちゃんとおばあちゃんがどんなに可愛がり、大切にしてくれていると思ってるの! 私はさっき、さっき初めて・・・」
 言葉を紡げなくなった輝夜さんの両手から力が抜けてゆく。
 顔を伏せた輝夜さんを僕は抱きしめる。
 そして輝夜さんの涙を肩で受け止めながら、
「僕もなんだ。僕も生まれて初めて、恩返しができたって思えたんだ」
 胸に溢れる想いを正直に伝えた。
 
  この人が僕の、
  二千年の想い人なんだ
 
 その幸せを僕も涙に変えて、輝夜さんの肩で受け止めてもらったのだった。
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