僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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「アホ、座ってろ」
 竹中さんに温かく制され胡坐あぐらに座り直した。お二人と交わす会話内容を推測できたから、ホントは正座にしたかったのだけど、「目は口ほどにものを言う」の体現者となった菊池さんの眼差しに諭され、腹を割る男同士に相応しい胡坐にさせてもらったのである。そんな僕に頬を緩めるも、竹中さんは表情を引き締め2D画面を呼び出し、それを摘まみクルリと向きを変えて僕の手元に置いた。
「先の訓練で緑色を保ち続けたのは、眠留だけだ。俺達のサタンの回避予想確率は、眠留に遠く及ばないのだろう」
「眠留、見せなくていい」
 菊池さんに見せなくていいと言われ、僕は回避予想確率の2Dを出す作業を止めた。と同時に菊池さんの予想確率2Dが手元に置かれたので、僕だけが情報を開示していない立場になったが、それを恥じたらかえって失礼になる。来年のインハイで鎌校に勝利すべく冷徹な戦士になる覚悟をしたお二人に倣い、僕も冷徹な戦士になって、名前以外はピッタリ同じ内容が書かれている二枚の2Dを記憶に刻んだ。

〈サタン〉
 最高品質40% 五分平均5%
〈ベヒモス〉
 最高品質90% 五分平均50%

「眠留はベヒモスの箇所に、別のモンスターが記されているんだよな」
「眠留、言わなくていいからな」
 僕はあえて、コクリと頷くだけに留めた。菊池さんの優しい声が、キツかったのだ。寡黙でも感情の豊かなこの先輩は、言葉数の少なさを、感情を乗せた声で補うことがまれにある。だがその稀は後輩を気遣う場面では「必ずする」に替わり、感情豊かな声をいつも決まって掛けてくれるため、僕ら後輩は菊池さんのこの声を耳にすると、母犬を心配させた豆柴の気分になる。それを跳ね除け戦士の気概を保つのが、今回は特にキツかったのだ。そんな僕の肩を竹中さんは嬉しげに叩き、つい数分前に公式AIと交わした会話について説明した。
 それによるとお二人は、来年のインハイ本選までの十ヵ月半を、サタン対策に費やした場合とベヒモス対策に費やした場合の、の確率変化を尋ねたと言う。するとサタン対策に費やした場合の方が成長は速く、うまくするとインハイ予選前の五月中に、五分平均100%を達成できるそうだ。ここまでの感想を訊いてきた菊池さんへ、
「エベレストは富士より高いですから」
 と答えたら、大層感心されてしまった。戦士の気概を抱いていても、照れるものは照れる。僕ら三人の会話を練習場にいる全員がこっそり聴いているのだから、尚更だね。「眠留がいてくれて良かった」と感慨深く呟き、竹中さんは本題に入った。
「二兎を追う者一兎も得ず、になるのを俺達は一番恐れていたが、お前の今の譬えで腹が決まった。眠留、黛さんとの連携訓練に、お前も加わって欲しい。俺達二人は、最高品質の飛び込み受け身を、連携訓練の最初から最後まで続けられない。それを成す持久力を、まだ得ていないんだ。しかし眠留が俺達の代わりを交互に努めてくれたら、俺達は黛さんとの訓練に、全身全霊で終始臨める。全身全霊の時間を延長するには、全身全霊をこなすしかない。俺達は・・・・」
 ここで言葉を詰まらせた竹中さんに代わり、菊池さんが続けた。
「自分達の至らなさのせいで、黛さんの足を引っ張ることだけは死んでも避けたい。俺達二人では黛さんに、真田さんと荒海さんがいた頃と同じ訓練時間をすごしてもらえないんだ。頼む眠留、俺達の代わりを交互に努めてくれ」
 湖校チームは二ヵ月前のインハイに、六年生二人の五年生一人という布陣で臨んだ。それが来年は、六年生一人の五年生二人に変わる。そう湖校は、戦力低下を避けられなかったのだ。しかし、六年生一人の五年生二人という変化は、戦力を低下させるのみに留まらなかった。菊池さんが身を切る想いで打ち明けたように、
 ――訓練の質の低下
 をも引き起こしていたのである。僕は歯を食いしばり拳を握りしめ、去年の六月を思い出した。
 去年の六月、僕は新忍道サークルに初めて参加した。その際、サークルメンバー全員と自主練時間を一回ずつ過ごしたのち、竹中さんと菊池さんの壁越え訓練に加えてもらうよう僕は頼んだ。右も左も分からない僕が一番居心地よく感じたのは、お二人との時間だった。新生児室から付き合いのある疑似二卵性双生児のお二人は、呼吸をするかのように意思疎通を成すので、ド素人の僕に注意を割いても、意思疎通をいささかも損なわなかったのだ。半年以上経ってやっと解ったことだが僕はそれを、
 ――最も迷惑を掛けないのは竹中さんと菊池さん
 と感じたから、お二人と過ごす自主練時間を望んだのである。
 それをきちんと伝えたのは、神社で行った合宿中だった。就寝前のひととき、サークルメンバー十一人は十分早く照明を落とし、暗がりの中で様々なことを打ち明け合った。その中の一つに僕の明かした自主練の経緯があり、照明を落としてからは騒がないと皆で約束していたのに、竹中さんと菊池さんは僕をクスグリまくり、三人そろって罰を受ける事となった。けどどんな罰にするかが難航し、するとお調子者コンビが奇妙奇天烈な罰を次々挙げ、堪え切れず最後は全員で爆笑してしまった。それ故、「お前達三人が引き金となり、全員が誓いを破る事となった。その反省をもって、罰とする」なんて甘々の判決が僕らに下された。真田さんは続いて「速やかに寝るように」と命じるも、どうにもこうにも寝ることができず、寝た振りに皆で苦労したのは、合宿の掛け替えのない想い出の一つになっていた。
 という話をできるだけ簡潔にし、正座に座り直してから、お二人に返答した。
「竹中さんと菊池さんのお役に立てるなら、全力で応える以外の選択肢はありません。どうぞ僕を、こき使って下さい」
「頼んだぞ眠留」「ありがとな眠留」
 竹中さんと菊池さんは、しんみりそう返した。そんなお二人に、湿度の高い想いが胸に広がってゆく。けどそれは、陽動だった。しんみりさに釣られ気を抜いた僕を、竹中さんと菊池さんは両側から羽交い絞めにして、くすぐりまくったのである。その結果、僕ら三人はそろって正座し、
「休憩中とはいえ羽目を外し過ぎだ」
 厳しい顔を苦労して作った黛さんに、叱られてしまったのだった。

 休憩後は部活終了まで、受け身の技を磨くことに全員で打ち込んだ。サタン戦の課題を明確にした直後の受け身の訓練は、モンスター戦に比肩する充実した時間となった。引退後は後輩の指導をあえて控えていた真田さんも、今回ばかりは我慢ならなかったのだろう。積極的に手本を示し、アドバイスを施して、充実度を一層濃密にしてくれた。「インハイにかかりきりで、お前達には何もしてあげられなかったからな」と、真田さんは一年生トリオに最も多くの時間を割いたため、松竹梅の六つの瞳は終始、一心不乱に遊ぶ豆柴の如く輝いていた。
 竹中さん、菊池さん、僕の三人は黛さんの下を訪れ、事情を説明し、四人で行う対サタン連携訓練について話し合った。とりあえず全力可能な時間を計ってみようという事になり、先ずは竹中さんと菊池さんが限界まで黛さんと連携し、限界が訪れたら休憩を挟まず僕がお二人と交代して、黛さんが限界になるまで二人連携を続けた。ぶっ倒れた黛さんが、あえぎつつ苦労して紡いだ一言に僕らは驚いた。
「有意義さが半端ない」
 黛さんは息も絶え絶えに、そう呟いたのである。
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