僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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「関わる、という表現にまたカチンと来たけど、それは可算しないであげる」
 体全体で息を一つ吐き、美鈴は答えた。
「この星でもその前の星々でも、こんなふうにお兄ちゃんと接したことはない。猫将軍眠留として生まれてくる前のお兄ちゃんに、妹になりますからよろしくお願いしますって挨拶したのが、私達の初めての出会いね」
 その前の星々という言葉に衝撃を受けた僕は、視線を落としそれについて考えようとした。だが美鈴はそれを許さず、目を外さないでとの命令を放つ。すぐさま顔を上げた僕に、美鈴は左眉だけを器用にピクンと跳ね上げたのち、その双眸を縋る眼差しに替えた。
「お兄ちゃんを困らせるのは、後回しにする。だから今は、昴お姉ちゃんと輝夜さんを優先してあげて」
 身を乗り出しそう訴える美鈴がたまらなく愛おしく感じられ、本日二度目の頭なでなでをしてしまった。すると美鈴も、本日二度目の陽だまりの猫へ律義になってゆく。笑みと余裕が、僕の核心から無尽蔵に溢れてきた。その僕のまま輝夜さんと昴へ3D電話を掛けたところ、想定外の返事を受け取ることとなる。
 ――今の僕に、何でも言い合える度合いを一段引き上げるのは、少し難しい。
 なぜかモジモジそわそわしている二人に、そう返されたのだ。いつもならそんな返答をされたら、ドン引きレベルの醜態を晒すこと必定なのに、
「うん、気長に待つよ」
 僕はおおらかに微笑んだだけだった。それは去年の十二月一日、百分の一に薄めた太光を纏った時の自分にとても似ていて、そう思うや自分の体から未知の光が放出されている事に気づいた僕は、それを収めるよう試みてみる。幸いそれはスムーズになされ、いつもの自分に戻ってから二人の3Dへ顔を向けたのだけど、
「なんてもったいない事をしたの眠留!」
「あの眠留くんをもっと見たかったのに!」
 なんて感じに、いつになく激しく叱られてしまった。けどそれは、何でも言い合える度合いを、二人が一段引き上げてくれたという事。ならば僕も、負ける訳にはいかないのである。僕は哀れなロバの度合いを一段引き上げ許しを請い、そんな僕に二人は寛大な処置を施すことで、今回の件は手打ちとなったのだった。

「お休み」「また明日」「「あっ、美鈴ちゃんによろしく!」」「わかった、伝えておくよ」「「うん、じゃあね~」」
 手を盛んに振る輝夜さんと昴の3Dが消えてゆく。虚像のはずなのに、二人の残り香をはっきり感じた僕は目を閉じ、胸を満たす幸せを暫し味わっていた。
 そうする内、美鈴が元の位置に戻ってきた。ミーサに3D電話を掛けるよう頼んだ際、美鈴は座ったまま30センチほど後ろへ身をずらした。それは3D電話に自分が映るつもりはないとの意思表示だったので、ミーサはその意を酌み、僕の映像だけを向こうへ届けていた。その電話が終わったのだから、美鈴が元の位置に戻るのは普通なのだけど、僕は本能の命ずるまま恐る恐る瞼を開いた。その途端、
「ヒエエッッ!!」
 午後九時間近という時刻を完全に失念し悲鳴を上げてしまった。さっきより拳二つ分ほど近い位置に座った美鈴が、増強三白眼を更に増強して僕を睨んでいたからである。そりゃ確かに、美鈴が三白眼を縋る眼差しに替えたのは僕に電話を掛けさせるためで、その必要が無くなったのだから三白眼を復活させて当然なのかもしれないが、さっきより近くでさっきより強烈に兄ちゃんを睨みつけなくても、いいんじゃないかなあ美鈴。
「いいの。これもお兄ちゃんを困らせる一環だから」
「あ、はい。承知しました」
 僕はお叱りを頂戴する姿勢を作るべく、正座の膝と膝をくっ付けて身をすぼめた。体から未知の光を放出していた時の、膝を拳二つぶん離し胸を張る堂々とした姿勢のままでは、僕を困らせ難かろうと思ったのだ。
「お兄ちゃんは私に、ネガティブ由来の怒りを初めて暴走させたの。それはこの宇宙では、ネガティブの追加に相当するはずなのに、愛を増やす結果に落ち着くのだから驚くしかない。ネガティブの影響を受けて発生した昆虫類が、この星の生態系を他の追随を許さぬほど豊かにしたように、ネガティブ極を宇宙で唯一公転させていたこの星は・・・」
 美鈴は僕から視線を外し、独り言を呟きながら熟考を始めた。生命力を圧縮し意識速度を速め、翔化聴覚に切り替えれば独り言の解析は可能だったが、そんな不誠実なことを妹にできる訳がない。独り言を呟いている自分に気付かない妹が可愛くてニコニコしている僕を、兄バカにも限度があると嘆息する人は、いるかもしれないけどね。
「お兄ちゃんごめん、自分の世界に入っちゃってたよ。お詫びに、今の呟きの中で気になる個所があったら、答えられる範囲で答えるね」
 いつもの美鈴の眼差しでそんなことを言われたら、僕に抵抗など不可能なのである。
「わかった、無理はしないでね。兄ちゃんが断然気になったのは、ネガティブ極を宇宙で唯一公転させていたこの星、って箇所だね」
「名前の発音は禁止されているから、後で紙に書いて渡すね。英語の発音記号があるけど、それは美夜さんにお任せしましょう。話を戻すと百年と少し前まで、全宇宙のネガティブの極点が、地球の周りを公転していたの。その壁になるよう、月は地球から取り出されたのよ」
「どわっ、いきなり凄まじい解答だ。ん~ひょっとして、月が常に同じ側を地球に向けているのも、それと関係していたりする?」
「そうなるよう工夫されたけど、若干の揺らめきはあえて残したの。その理由は言えないから許してね。ただその揺らめきにより、満月の夜は月の裏側がほんの少し見えて、それに影響される人や動物が、一世紀前まではちょっぴりいたみたい」
「満月の夜は馬が騒ぐから大変的な昔話を、兄ちゃんも読んだ事がある。でも日本に、それはあまりないよね。むしろ日本人は、お月様が大好きなような」
「大勢の日本人が昔いた場所には、太陽と星に似たものはあったけど、月はなかったの。その場所の記憶を消去されていても、伝説としてのみ知っていた月を空に仰いだ日本人は、月を好きにならずにはいられなかったのよ」
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