僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

先輩方の卒業式まで、1

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 新年初行事となるプレゼン大会は、複数の出来事の連鎖により、当初の計画から大きく外れてしまった。僕は一人で、サッカーのプレゼンをする事になったのである。
 研究学校が最重視しているのは、言うまでもなく研究。よってプレゼン大会は学級対抗の形式を採っていても、他のクラスの共同研究者とペアになってもまったく問題なく、僕は今年も猛と組んで大会に臨むつもりでいた。しかし猛と芹沢さんが去年の暮れに大発見をした関係で、それを諦めざるを得なくなった。二人はどちらか一方がプレゼンすればそれで済むよう半月近く粘ったそうだが、発見の重要性から、教育AIがそれを決して認めなかったのである。万策尽きた二人は冬休み明けの日の夜、つまり白鳥さんを西所沢駅に送った日の夜、3D電話を掛けてきて僕に謝罪した。僕に二人を責める気持ちは微塵もなく、また二人も僕がそういう人間だと熟知していたこともあって、会話から重さはたちまち取れた。それ以降は、大発見の詳細を聴いているのかトリオ漫才をしているのか定かでない時間が就寝直前まで続き、そしてそれは、ほんの数時間前の白鳥さんとの出来事が寝不足を招かなかった、唯一無二の理由になってくれた。
 翌朝、早朝研究を終えて教室に足を踏み入れるや「眠留スマン、サッカーのプレゼンのペアにはなれない」と、飛んで来た智樹に謝られた。いきなり過ぎて何も反応できずにいる僕の視界に、急いでこちらへ走って来る香取さんが映り、そして香取さんは智樹の隣に並んで、ごめんなさいと僕に腰を折った。子細は分からずとも大筋を理解した僕は超級のニコニコ顔になっていたらしく、それを級友達に面白おかしく指摘され、間を置かずそれがクラス中に広がり、気づくと智樹と香取さんは「「「おめでとう!」」」の大合唱を浴びていた。それは皆の早とちりなのだけど、これほど面白いイベントを逃すなど有り得ず、僕も皆と一緒に「おめでとう」を連呼していた。そんな教室に智樹は顔面蒼白になるも、自分はまだしも香取さんが被った誤解だけは正さねばならないと考えたのだろう。智樹は声を張り上げ「香取さんとプレゼン大会のペアになるから眠留とはペアになれないって謝っただけだって!」と真相を明かした。あっけに取られた皆は香取さんへ顔を向け、耳まで真っ赤になった香取さんがペコリと頷く。皆は一斉に落胆し、そして丁度その時、HR開始のチャイムが鳴った。仮にそのチャイムが鳴らなかったら、野郎共のクスグリの集中砲火を浴びた智樹は去年を凌ぐ酸欠になっていたに違いないと僕は確信している。
 続く一限目、二人から聞いたところによると、智樹は今朝の朝食時に、僕の共同研究者として大会に臨むよう猛に頼まれたらしい。しかし智樹は香取さんとペアになる約束を既にしていて、それを知った猛も智樹の努力を称えただけですぐ話題を替えたが、真面目な智樹は僕からペアの申し込みをされる前に不可能なことを伝えなければと決意し、HR前のアレに至ったのだそうだ。そこからは昨夜の就寝前と同種の時間が訪れ、那須さんも加えた四人で大いに盛り上がった。教育AIも、二年生の終了まで二か月半しか残っていないことを考慮したのか、注意したりせず、僕らをそっとしておいてくれた。
 学校に届け出ている正式な共同研究者は、高速ストライド走法の猛と、サッカーの智樹しかいない。ただ去年の十月から「RPGのステータスボードを現代技術で再現する方法」を輝夜さんと一緒に研究していて、それを輝夜さんの指導教官の咲耶さんも知っているはずだった。よってこの時点の僕は、今年の大会に一人で臨むことをまだこれっぽっちも考えておらず、そしてそれが文面に現れていたのだと思う。一限終了後の休み時間に出したお誘いメールに、輝夜さんは大層恐縮した断りのメールを返信してきた。基本原理を解明したのみで実地検証を一つもしてないから発表は時期尚早と、僕が気落ちせぬよう優しい言葉と表現で綴られていたのである。その文面は輝夜さんの意図に反し、僕を気落ちの最下層に突き落した。冷静になりさえすれば時期尚早とすぐ判るのに、一体僕は何をしていたのか。自分の「うっかり」さへの罰も兼ね、落ち込んでいる事を悟られぬよう細心の注意を払い、他を当たってみる旨を輝夜さんへ伝えた。
 けどそれは、方便に過ぎなかった。同種のメールを一通も出せない予感が、しかも強烈な予感が僕の中にあったからだ。残りの夕食会メンバーの北斗、真山、京馬、昴、そして那須さんの五人となら、明確な共同研究をしてなくとも共通の話題を掘り下げるだけで、立派な共同研究に絶対なるだろう。しかし五人は、去年の大会直後から続けてきた一年分の研究を、今回の大会を介して世に発表しようとしていた。セミプロとして去年デビューを果たした四人、つまり北斗、真山、京馬、那須さんにとってこのプレゼン大会は、友達とお気楽に参加する行事ではなかったのである。昴だけはセミプロではなく歴戦のプロだからそれに該当しないけど、去年の雪辱を果たすべく今年の大会の準備を一年間続けてきた昴に、軽い気持ちで「ペアになろうよ」なんて言える訳がない。仮に言ったら、昴は一年分の準備をあっさり捨てるに違いなく、というか昴のことだから、僕がペアを探していると耳にした途端、水臭いわねえと僕を叱りに来るはず。最近昴とゆっくり話してないから叱られたい気が、もとい会話したい気がするのは事実だけど、僕は夕食会メンバーへのお誘いメールを、潔く諦める事にした。
 この五人に準じる友人として真っ先に浮かぶ久保田と白鳥さんも、正直難しかった。久保田が夕食会入りを断った件は、量子のトンネル効果の如くいつの間にか漏れ出し、伝播し、秋吉さんの耳に入り、そして秋吉さんの周囲に透明な壁を形成した。それは外部の遮断を目的とした壁ではなかったので秋吉さんは変わらず級友達と仲良くしていたが、心の内側を隠す目的のその壁は、秋吉さんを少しずつクラスから浮かせて行った。二十組は文化祭を経て、心を明かし合える友人の素晴らしさを知ってしまっていたのだ。と言っても湖校のことゆえイジメや無視のたぐいには一切ならず、また秋吉さんの壁も「周囲に明かした心の一種」と認知された事もあって、級友達は引き続き秋吉さんと仲良くしていた。ただ温度差が生じるのは否めず、そしてその温度差が全くないのは久保田だけだった。ここでようやく、と言ったら失礼なのだろうが久保田の友人としてはやはりようやく、秋吉さんは久保田の器のデカさに気づいたらしい。それはクリスマス会の最中の出来事であり、そして冬休み明け初日の昨日、二人は去年より格段に仲良くなっていた。それは級友達の目に、秋吉さんが壁を取り払う兆候として映り、女子は分からないが少なくとも男子は昨日、久保田に全面協力を申し出ていた。「泣くなクボッチ」「耐えるんだ~」等々を経て久保田が皆に頼んだのは、
 ―― 今は温かく見守って欲しい
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