僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 ならば僕がすべきは、
 ―― 努力する親友を助けることのみ!
 僕は努めてさりげなく、門外不出の翔家の教えを言葉にした。
「天秤座が誕生日の北斗は、脳内十二神経のうち、顔面神経と関りが深い。北斗は僕の気配を、顔にピリリと走る電気信号で感じることが、多かったんじゃない?」
「オラアァァ眠留! なぜそれが解るんだ白状しろッッ!!」
 北斗は目を閉じたまま座布団から飛び上がり、僕の胸倉を掴もうとするもその寸前、両手をピタリと止めた。大切な事なので繰り返すが北斗は瞑目中だったにもかかわらず、僕の胸倉の位置を正確に知覚したのである。僕の座布団を床に置いたのは北斗なのでコイツならそれくらい朝飯前の気もするが、「なぜそれが解る」と踊り上がった時の北斗に計算はなかったことは断言できる。激高に近い状態になった北斗はあの時、なりふり構わず僕に掴みかかろうとしたのだ。それであの精度なのだから、すぐそばの座布団に僕が座っている感覚は、肉眼で見ているのと何ら変わらなくなっているに違いない。北斗は翔化視力を順調に開花させつつあるなあと、僕はニコニコしていた。
 対して北斗は、バツの悪い表情をしていた。これ以上待たせるとイジリがイジメになりかねないので、こちらから話を振ってみる。
「遠慮のない男友達なんだから、胸倉を掴むくらい平気だよ。現に僕は北斗の手の動きに合わせて、体を揺さぶるつもりだったしさ」
 片膝立ちで固まっていた北斗は硬さを取らぬままその場に正座し、真面目一徹の表情になった。
「今の眠留を俺が掴んでも、その体に害はないのか?」
「害なんてないよ。専門の訓練を相当積まないと、影響をまったく及ぼせないんだ」
 ガチガチになっていた北斗の体が、柔軟さをみるみる取り戻してゆく。そこまで心配されていたのがくすぐったくて、僕は予定になかった脳内十二神経の追加説明をペラペラしてしまった。まあ北斗が髪を逆立てる勢いで聴いてくれたから、全然いいんだけどね。
「なあ眠留。その十二神経の知識を、専門訓練を受けていない一般人がたまたま知り、間違った解釈をされ、そして間違ったまま今の世に伝わったのが、西洋占星術なのか?」
「まだ正式には教えられていないけど、個人的にはそうなんだろうなって考えているよ」
 北斗は腕を組み熟考に入る。丁度良い機会なので、僕も別件の考察を始めた。
 翔家は鎌倉時代に創設されたと言われているけど、それでは説明しきれないことも多い。紫柳子さんのシリウスという読み方も、その一つだろう。シリウス星の名の発祥地は、たしか古代ギリシャだったはず。日本では青星と呼ばれていたのに、なぜ古代ギリシャの呼び名を用いたのか? 普通に考えれば伊勢総本家の意向なのだろうが、輝夜さんが教えてくれた天海の話から察するに、伊勢総本家はギリシャと言うより、アトランティスと関りが深いように感じる。脳内十二神経の知識も、伊勢総本家を経由した、アトランティスの知識と考えるのが無難なのだろう。にもかかわらず伊勢総本家の重鎮の水晶がシリウス星を青星と呼ぶのは、翔子姉さん同様、水晶も他の星から日本の猫に転生して来た・・・
「おい眠留。考え事をしているようだが、お前の修業もあるし、話を先に進めないか?」
 意識を分割できる北斗と違い、僕は熟考すると周囲をまったく知覚できなくなる。僕は北斗に詫び、話を先へ進めることに同意して、聴く姿勢を整えた。が、
「あ~すまん、進めると言っても、俺からはもう無い。残っているのは昴と俺の実力差に悩んだ事くらいだから、できれば勘弁してくれ」
 などと、幸せそうに照れ笑いしながら北斗は宣いやがったのである。おおかたさっきの「ノロケ話」を北斗は思い出していて、普段なら好きなだけそうさせてあげるのだけど、翔化に関わっている時はあまりよろしくない。翔化関連の修業中とそれ以外を思春期の男子は特に区別せねばならず、それは翔人であろうとなかろうと変わらないから、僕は正座したまま右へゆっくり水平移動した。ノロケ話は僕が持ち出した話題なので、責任もあるしね。
 試みは成功し、北斗はふにゃふにゃ顔を鋭い表情に一瞬で変え、顔を左へ若干回転させた。閉じられた瞼の奥から放たれた眼光が、僕の眉間を正確に射抜く。何も告げず音もたてず右へ水平移動したのに、北斗はそれを正確に知覚してみせたのだ。「うん、いいね」 それだけ告げ、僕は再び水平移動を行う。僕を正確に三度みたび追跡してみせた北斗に満足し、座布団に戻る。そして「怖がらないで」と告げ、僕は北斗の両目の上に僕の両手をかざした。
「今から北斗の両目に、僕の生命力をほんの少し流す。それを感じたら、右手を上げてね」
 さすがと言おうか、北斗は僕の言葉にいかなるりきみも生じさせず、ただ泰然と頷いてみせた。昴と方向性が異なるだけで、北斗も凄まじい才能を有しているなあとほとほと感心しつつ、生命力を両手から送り出してゆく。量を少しずつ増やし、初めてならこれ位かなと当たりを付けていた量に達したまさにその瞬間、北斗は右手をサクッと上げた。だが今回はさっきの頷きとは異なり、泰然とした演技をしているだけなのがありありと伝わって来て、吹き出すのを堪えるのに苦労せねばならなかった。けどその甲斐あって、僕は大切なことを一つ学んだ。それは、翔化関連の師に友人は不向き、という事だった。武道や武術の世界でしばしば語られる、親子は師弟に向かないという言葉と、今僕が得た学びはさほど変わらないのだろう。北斗とこうして過ごすのはこれが最初で最後と思うと哀しくてならなかったが、
 ―― 最初で最後なればこそ全力を尽くすぞ!
 そう決意し、僕はそれを実行した。
「僕の生命力に、松果体から吹く風を当ててみて」
 北斗は大きく息を吸い、続いて空気をゆっくり吐きつつ、松果体から風を吹かせた。意外な物でも見たかのように、北斗の眉毛がピクンと跳ねる。うんうん分かるよ、いつもよりメチャクチャ簡単に風が吹いたんだよね、と胸中語り掛けた僕の生命力が、北斗の生命力を感じ取った。よって僕は、北斗の眼球から僕の生命力を少しずつ吸収し、北斗の眼球に北斗自身の生命力が満ちていくのを間接的に促してゆく。北斗は僕をとことん信じているのかそれは驚くほどスムーズになされ、僕が目標にしていた状況にすぐさまなった。僕は両手を膝に戻し、姿勢を正して言った。
「北斗、目を開けてみて」
 北斗の瞼が少しずつ持ち上げられてゆく。だが中間までもう少しという個所に差し掛かるや、北斗は一気に目を開いた。あと半月で六年の付き合いになるコイツが、こうも驚いた眼をしているのを見るのはこれが初めてだなあとの感慨を胸に、僕は挨拶した。
「やあ北斗、お早う!」
 北斗は瞬き一回分ポカンとし、続いてブハッと噴き出してから、
「やあ眠留、お早う!」
 歴代一位の底抜けの笑顔で、僕にそう挨拶してくれたのだった。
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