僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
852 / 934
二十二章

18

しおりを挟む
 神社に着くや黛さんが、「眠留は夕食まで横になれ」と部長命令を出した。素直に従い、大離れに敷いてあった布団に潜り込む。少し目を閉じたつもりが時計に目をやると、なんと一時間近く経過していた。僕は自分の疲労度を、見誤っていたのである。上半身を慎重に、ゆっくりゆっくり起こしてみる。たったそれだけのことで筋肉が悲鳴を上げ、こりゃ大変なことになったと今更ながら焦る僕の耳に、
「眠留くん、起きた?」
 銀鈴の声が届いた。疲労回復に役立つこれ以上の声が宇宙にあるだろうか、いやありはしないのだ! なんてことを真剣に考えていた僕の耳朶を、かたわらにやって来た輝夜さんの声が再度くすぐった。
「見たところ、ひと眠りしたお陰で疲労が表に出たって感じかな。表に出た方が正しく対処できると私は思うけど、眠留くんはどう?」
 布団の横に膝を着き僕の顔を覗き込む輝夜さんへ、心のありのままを伝えた。
「もちろん同意だよ。それと、この疲労を取り除く最良の場所は輝夜さんの隣だって、体が断言している気がするな」
「うんわかった。合宿中は遠慮してたけど、今日は眠留くんの隣で夕ご飯をいただくね」
 そういえば輝夜さんは去年も今年も、合宿中は女性陣に混ざって夕ご飯を食べていた。毎週恒例の夕食会ならいざ知らず合宿中は遠慮させちゃってたんだなと反省した僕は、僕が望んだことだと皆へアピールするため、今日は女性陣の右端に座ってもらうよう輝夜さんに頼んだ。その右隣に僕が足を運べばアピールは叶うはず、と考えたのである。輝夜さんは了解と弾む声で応え、そしてもう一段こちらに近づき僕の両手を握り、僕を立ち上がらせてくれた。
 さっきは上半身を起こすだけで体が悲鳴を上げたのに、なぜ今回はこうも軽快に立ち上がれたのか。
 それが不思議なような、不思議なんて微塵もないような、僕だった。

 今日の夕ご飯は、鶏の胸肉を主軸に据えた献立だった。鶏の胸肉にはイミダゾールペプチドという栄養素が豊富に含まれ、心身の疲労回復に効果てきめんであることが知られている。しかも牛肉や豚肉の半額以下で購入できると来れば、体育会系部活の合宿料理にこれほど優秀な食材は滅多にないだろう。その鶏胸肉を、
「照り焼きウメェ!!」「チリソースも激ウマ!!」「シソ巻き唐揚げが止まらない!!」
 といった具合に複数のおかずにし、しかもお米は酢飯のみという、疲労回復特化型の献立になっていたのだ。もちろん野菜も充実していて、ビタミンBを主軸にミネラル豊富な野菜がテーブルに所狭しと並べられていた。それを、
「はい眠留くん、ホウレン草の和え物と蒸しブロッコリーに続いて、カボチャの煮物も食べてね」「フガフガ」「もう、食べながら無理に返事をしなくていいから」「フガ」「まったく、しょうがないなあ」
 にこにこ顔の輝夜さんが適時取り分けてくれるものだから、僕は疲労を完璧に忘れて食事に熱中していた。僕はめでたく輝夜さんの右隣の席を、獲得していたのである。まあ熱中し過ぎてお世話になりまくったせいで、
「眠留も俺と同じ、奥さんの尻に敷かれたい派だったんだな」
「それは誤解ですって菊池さん!」
 湯船に浸かりつつ、菊池さんの誤解を必死でとくハメに、なってしまったんだけどね。

 翔人専用風呂以上の疲労回復効果をもたらすお風呂は、おそらくこの世に存在しないと思う。祖父母も同意見だったのか、自分達の離れの翔人専用風呂を使うよう僕に勧めたが、僕はそれを断った。なんとなくだけど部の戦友達と語らい、かつじゃれ合いながら長湯した方が、効果があると思われたのである。そう説明すると、
「眠留は幸せ者だ」「ほんとそうですねえ、この子は幸せ者ですねえ」
 祖父母は顔を綻ばせ、感慨深げに幾度も頷いていた。
 長湯の件を皆に話すと、みんな当たり前のように協力してくれた。大離れのお風呂は、成人男性十五人が一度に使えるよう設計されている。よって去年も今年もだいたいみんな一緒に入浴していたのだけど、今日は前半六人の後半六人に分け、長湯中の僕が一人にならぬよう工夫してくれたのだ。水晶もそれにこっそり乗っかり、翔人専用水風呂の二割ほどの生命力を、大離れの水風呂に封入してくれていた。生命力を視覚化できなくても何かを感じたのだろう、僕の真似をして水風呂に浸かった前半の六人は「「「この水風呂、超気持ちいい!」」」を連発していた。それを耳にした後半の六人も同じ感想を述べ、それをきっかけに会話が始まり、気づくと前半の六人も、僕と同じく一時間の長風呂をしていた。後半組の北斗と京馬はそれを悔しがり、北斗は特に歯ぎしりレベルだったので就寝前に尋ねたところ、
「あの水風呂、ほんのり光ってたよな?」
 確信の眼差しでそう問われた。北斗は翔人の訓練を、順調にこなしているようだ。それも込みで光っていた旨を伝えると北斗はガッツポーズするも、「ああやっぱ勿体ないことした」と、生命力水風呂の利用時間が半分になったことを盛んに悔しがっていた。
 
 普段の就寝時間より三十分早い、午後八時半。皆にお休みの挨拶をして布団に入り、熟睡法を行おうとした。
 しかしふと思い立ち、熟睡法ではなく翔化の準備をしてみた。もちろん翔化はしないが、液化した光を体内に満たしゆらゆら揺らめかせる、心身をほぐすアレを行ってみたのだ。正直、驚いた。肉体疲労の顕著な個所は、揺らめかせることが難しかったのである。
 そして閃いた。
 ―― 揺らめきをいつもと同じに出来たら、疲労を取り除けるのではないか?
 大発見をした気がして、早速それに取り掛かった。予想以上にてこずるも、猫丸のなた化訓練を経て体得した「意識せず意識する」を利用できると気づいてからは早かった。この「意識せず意識する」は、背中で語る、に近いかもしれない。揺らめかぬ個所を強引に揺らめかそうとするのは、自分の意に沿うよう他者に命令するようなもの。そうではなく、まずは自分が先陣切ってやってみせ、その姿を介して他者へ想いを伝えることに似ているのかもしれない。僕の文章力ではこれが精一杯だけど、揺らめかぬ個所を意志の力で強引に揺らめかせることを放棄した途端、それは微かに揺らめき始め、最終的には普段と変わらぬ状態へ持って行くことができた。これが疲労回復を促進するかは、今はまだ判らない。だが判らずとも、不可能を可能にできたことが嬉しく、僕は大満足で眠りの境界を越えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...