僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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「僕は参加します」
 颯太が躊躇なく右手を天に突きあげた。一拍遅れて、七人がそれに続く。黛さんは頷き、八人を四人ずつに分けて二つのグループを作った。
「アイ、実力が均等になるよう分けたつもりだが、どうかな」
「私のグループ分けと寸分たがいません。おさすがです、部長」
 感嘆の声が観覧席からもたらされるも、黛さんはまったく動揺せず場をクールに牽引していった。
 まず行ったのは、一年生達が戦う蜘蛛型モンスターの講義だった。この蜘蛛は移動速度が比較的速く、八人の現在の射撃技術では停止時以外に致命傷を与えるのは困難である事。威嚇射撃は有効でも、威嚇射撃過多では肝心な時に銃弾が尽きる危険がある事。またこの蜘蛛は毒糸を飛ばすという遠隔攻撃も持っているが、遠隔攻撃時は必ず停止するため弱点とも考えられている事。これらを講義したのち、黛さんは指示を出した。
「これよりこのモンスターの3D映像を三分間映す。その後、グループごとに三分で作戦を立て、両グループは練習場の東西に分かれ、それぞれモンスターと戦う。蜘蛛は一匹ずつ現れ、インターバルを十秒とし、計三匹出現する。以上、質問あるか?」
「はい」
「うむ、颯太」
「モンスター戦に用いる銃は射撃審査で使った銃でしょうか。また予備弾倉は幾つでしょうか」
「良い質問だ。モンスター戦の銃は審査の銃、予備弾倉は二とする。弾倉交換は審査に含まれなかったから、腰にバッグを装備し、予備弾倉交換の練習をする時間を設けよう。また、個人技と連携の練習時間も設ける事とする。他に質問はあるか?」
 挙手はなく、練習時間となった。まったくの初心者でも、十秒以内の弾倉交換を習得するのは難しくない。八人は運動神経がよく、加えて新忍道のファンと来れば、難度は更に下がるというもの。三分と掛からず、八人全員が五秒以内の弾倉交換を習得した。とはいえ、個人技と連携は大いに異なる。『インターバル中に弾倉を交換できなかったメンバーがいた場合の連携』を一年生達がどうにかこうにか会得するには、さっきの三倍の十分を費やさねばならなかった。
 蜘蛛モンスターの習性を知るための三分間、及び作戦立案のための三分間を経て、二つのグループが練習場の東西へそれぞれ駆けてゆく。新忍道の入部審査も、今日で三日目。八人の一年生達が駆ける足音に、
 ―― 戦友の絆
 が芽生え始めていることを聴き取った僕は、今年の入部審査へ疑念を抱かずにはいられなかった。
 そして遂に、一年生達によるモンスター戦が始まる。いかに対策を立てていようと、学校の机ほどもある巨大蜘蛛が高速で自分達に近づいて来る様子を目の当たりにした一年生達は、やはり怖かったのだろう。へっぴり腰になった一年生達は、蜘蛛が有効射程内に入る遥か手前で射撃を開始してしまった。ただでさえ射撃が拙いのに、へっぴり腰かつ恐怖に震える状態で放った銃弾が、命中する訳がない。装填された十一発のうち四発を無駄にしたところで、
「射撃停止、態勢を立て直す!」
 リーダーを務める颯太が声を張り上げた。我に返った三人へ颯太は続ける。
「射撃テストを思い出せ! あの姿勢で落ち着いて狙えば、誰かの銃弾は必ず当たる。仲間を信じるんだ!」
 ハッとした三人の双眸に力がみなぎる。それを逃さず、
「有効射程まで引き付けるぞ、恐怖を蹴散らせ!」
 サブリーダーの淡路の檄が飛んだ。それに合わせ、及第点の射撃姿勢を四人がピタリと取った時点でこのグループの勝利を確信した僕は、もう一方のグループへ視線を向けた。
 颯太と淡路のいる東グループ同様、西グループも有効射程外でのへっぴり腰射撃を晒していた。ただ態勢を立て直すのは西グループの方が三秒遅く、そしてモンスター戦では大抵の場合、三秒の遅延は致命的となる。しかしそこは、一年生部員が最も多く戦う蜘蛛モンスター。毒糸の遠隔攻撃前に必ず停止するという習性が、西グループを死地から救い出すこととなる。
「蜘蛛停止、各自散開!」
 西グループのリーダーの壱岐が、そう命じると共に右後方へ駆けた。人には、
 ―― 恐慌時に誰かが逃げると自分も逃げる
 という極めて強い本能がある。今回はそれが有効に働き、壱岐が後方へ駆けるとほぼ同時に三人も一斉に後方へ駆け、毒糸の回避に全員成功した。間髪入れず、
「回避成功! 俺達はやれる、みんな自信を持て!」
 壱岐が声を張り上げる。サブリーダーの奄美がそれに続いた。
「有効射程内に引き入れる場面から仕切り直しだ!」
 奄美の声に四人が一か所に集まり、及第点の射撃姿勢をピタリと取った時点で、西グループの勝利も僕は確信した。
 その一分半後。東西の両グループはどちらもモンスター戦を勝利で終えた。そしてとうとう、入部する四人が発表される時間となる。横一列に並ぶ八人へ、公式AIは告げた。
「小笠原選手、壱岐選手、奄美選手、淡路選手の四名を、入部審査合格とします」
 白状すると、この四人が合格することを新忍道部員はほぼ確信していた。受け身の審査が終わった時点の、一位から四位がこの四人だったからだ。したがってその四人が合格になったなら、さきほど覚えた「今年の入部審査への疑念」は、益々強まるのが順当なのだろう。だが、そうはならなかった。今年の入部審査は正しかったとの想いが、僕の胸に溢れていたのである。なぜなら、
「「「「おめでとう!!」」」」
 一次審査と二次審査に落ちた数十人の一年生が観覧席から飛び出てきて、合格した四人を祝福したからだ。黛さんに背中を叩かれた颯太たち四人と、今日まで残った四人の計八人が、観覧席前に集結した仲間達のもとへ駆けてゆく。一年生達は合否の区別なくただただ盛り上がり、
「「「「バンザーイ!!」」」」
 を連発していた。そんな後輩達に、僕は心から声を掛けた。
「かけがえのない六年間の最初の五日間でこんなにも大勢の仲間ができて、良かったな」と。
                                
    二十三章、了。
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