僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

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 爆笑後に那須さんが話した内容は、僕を混乱と羞恥に二度ずつ突き落とした。その一度目となったのは、これだった。
「この選択授業が唯一の剣道経験の私は、去年の四月から一年間、腕力だけで竹刀を振らないよう心掛けて練習してきたの。ついさっきまではそれが出来てるって思ってたけど、猫将軍君の手本の身体操作を見たら、全然ダメだったってやっと気づけた。猫将軍君のように竹刀を振れるようになるには、どんな訓練をすればよいのかな?」
 那須さんがそう問いかけるや、残り三十八人全員が、かたきを見つめる眼差しを僕に放った。ヘタレの僕は冗談抜きで逃げ出す寸前になったのだけど、藤堂さんに「頼む眠留教えてくれ!」と機先を制され、間髪入れず「「「「お願いします!」」」」と一斉に請われたので、混乱したまま答えてしまった。
「あの、ここに木刀はありますか?」
「はいあります、僕が持ってきます!!」
 颯太がバッタの如く飛び跳ね、チーターのように備品室へ駆けていった。その一生懸命な姿に、木刀だけでは不十分なことを思い出し、顔を空中に向けて教育AIに問うた。
「刃引きしていない愛用の刀なら、長さ30センチ幅0.1ミリの3D映像を、僕は縦に両断できます。颯太が持ってくる備品の木刀で、それをどこまで再現できますか?」
「木刀の架空のやいばが描いた軌道を算出するのではなく、木刀の左右の揺れ幅をセンサーで感知するだけなら、100分の1ミリまで可能よ」
「良かった、じゃあそれでお願いします。前進する際の腰の揺れ幅も、ついでに計っておいてください」
 教育AIが気安く了解と応えたタイミングで、颯太が木刀を携え戻って来た。礼を言い木刀を受け取り、軽く振ってみる。さすが湖校、最高品質の木刀の感触が掌に伝わってきた。形状はもちろん重心のバランスも完璧な木刀を両手で捧げ持ち、
「よろしくお願いします」
 作法に則り腰を折る。承諾の気を掌が受け取ったのを、僕ははっきり感じた。
 皆が座っている方角に体を向け、木刀を中段に構える。僕の腰が今、左右にどれくらい揺れ動いているかを教育AIに問うと、「だいたい1ミリずつ」と返って来た。気合いを入れなければそんなものか、との本音を呑み込み、皆へ語り掛けた。
「人の腕は脚より器用ですから、骨盤の揺れ幅より少ない揺れ幅で木刀を振るのは、さほど難しくありません。腰を左右に大きく揺らしても、胴体と腕で木刀を固定し続けるのも、慣れれば簡単にできてしまいます」
 僕は木刀を1ミリも揺らさず、腰を左右に5センチずつ振ってみせた。滑稽になるよう意図したのが功を奏し、みんな軽やかに笑ってくれた。
「このようなことは慣れさえすれば、とても簡単です。ですがこのとき腕は、腰の動きに影響されないよう使われています。つまりこれは、腰と腕を分離させた身体操作なのです。ならばその逆をすれば、腰と腕を連携させた身体操作になります。腰を左右になるべく揺らさず前方へ踏み出し、その少ない揺れ幅を腕で更に少なくして、木刀を振る。腕や手首だけで木刀の軌道を調整するのではなく、全身を隈なく使って木刀を真っすぐ振り下ろす。これが僕の学んできた、身体操作ですね」
 僕の前方2メートルに、長さ30センチ幅0.1ミリの3D映像を教育AIに映してもらう。髪の毛の幅がだいたい0.1ミリだから3D映像を目視できない人がいることを考慮し、遠慮せず近づいてもらうよう皆に頼んだ。真っ先に飛んできた颯太に続き、約半数が3D映像を確認すべく、もしくは0.1ミリ幅を実感すべく近づいてくる。その内の約半数が「ちょっとこれは無理なんじゃない?」系の疑念を投げかけてきたので、僕は「アハハ」と苦笑した。
 藤堂さんの呼びかけにより、集まっていた人達が帰ってゆく。その人達が腰を下ろしたのを合図に、僕は意識を戦闘モードに切り替える。対魔邸訓練で周囲に張り巡らせる戦闘意識を、前方2メートルの3D映像のみに集中させる。そして満を持し、
 ダンッ
 爆閃を発動し三歩踏み出して、
 ヒュンッ
 僕は木刀を振り下ろした。幅0.1ミリの3D映像が左右に分かれ、床へゆっくり落ちてゆく。その演出に合わせ、教育AIの声が道場に響いた。
「三歩前進時における猫将軍眠留の腰の揺れ幅は、最大0.2ミリ。振り下ろされた木刀の揺れ幅は、最大0.02ミリ。AランクAIとして、この数値が正しいことを保証します」
 どよめきが道場に轟いた。ここに至りようやく、自分がどれほど目立つことをしてしまったかを悟った僕は、羞恥のどん底に突き落とされてしまった。という僕の状況を、付き合いの長さから察してくれたのだと思う。那須さんは「質問があります」と挙手した。しかしそれがどよめきにかき消されるや次は勢いよく立ち上がり、
「質問があります!」
 大声でそう叫んだ。さすがに皆それに気づき、場がシンと静まる。僕と同じく目立つことが苦手な那須さんは頬を赤らめるも、凛とした声を放った。
「猫将軍君は木刀を中段に構えたまま、ずっと腰を落とし続けているよね。私が同じことをしたら、太腿ふとももがすぐ限界を迎えると思う。その脚の強さがないと、猫将軍君が見せくれた身体操作は、できないのかな?」
 三十八人全員が一斉にハッとし、そして次の瞬間、これまた一斉に視線をこちらへ向けた。普段なら混乱必至だったけど、那須さんの友情と勇気を台無しにする訳にはいかない。僕は深呼吸を一つして、穏やかに答えた。
「そんなことないよ。腰を落とし続けるこの筋肉は、大筋力を瞬時に絞り出すための筋肉であって、体の精密操作を担う筋肉ではない。人は自分に合った、自分好みの体造りをするのが一番だって僕は教わったよ。たとえば妹の美鈴は、素早さと精密操作に特化した筋肉を、気長に育てているね」
「大筋力を瞬時に絞り出す筋肉は、短距離走のための筋肉?」
「短距離走専用じゃなくて、短距離走に転用可能ってとこかな。そうそうこの筋肉は、さっきの試合でも使ったよ」
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