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貴方のいない部屋で
1.
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篠宮商事で働くようになって1ヶ月と少し。
仕事に慣れると共に、改めて、先輩の野村さんの凄さを思い知る。
いま私がやっている仕事は、元々は野村さんがひとりでこなしていた仕事で。
いま野村さんがやってるものも、私のものも、両方ひとりでやってたって事でしょ?
一部は総務部や人事部なんかで分担してくれていた部分もあるらしいけど、それを差し引いてもかなり膨大な仕事量だ。
『デートしてる暇がなくて、男が何人も去って行ったわー』
野村さんの口から何度か聞いたことのあるこの台詞が、彼女の仕事量の膨大さを物語っている。
私が半分――いまはまだ半分以下だと思うけど――譲り受けることで野村さんの負担が軽減して、彼氏さんとたくさんデート出来るようになると良いな。
「じゃあ若月ちゃん、お先ー」
「はい。お疲れ様でした」
「若月ちゃんもそれ適当にして、帰りなよー。今日はノー残業デーだからね!」
「はい、もう片付けます。気を付けて帰って下さいね。野村さん美人だから心配です」
「えー、私は若月ちゃんの方が心配よー。可愛すぎちゃってぇ。私の彼女にならなーい?」
「もう、野村さんっ」
「あはは、お疲れさまー」
野村さんはこんなに美人で気さくで素敵な人なのに、野村さん自身はその辺あまり自覚がないらしい。
私が男だったら、たとえどんなに残業ばかりで会えなくても、野村さんを手放したりしないのに。
……あれ?
じゃあこれってもしかすると、私と野村さんって相思相愛かも?
なんて、脳内でちょっと悪ふざけしてみる。
今日は月に一度のノー残業デーが設定されてる金曜日。
そんなタイミングで伊吹さんは明後日までシンガポールに出張で、今夜は私ひとりだ。ひとりであの広い部屋に帰るのは、なんだか寂しい。
完全に伊吹さんに依存してしまっている――。
でも……。
いつかはあのマンションから出て行かなきゃいけない。
私は同居人で、居候。
仕事は決まったんだから、本来ならそろそろ自分で住む場所を見つけなければいけない。
分かってるけど……、つい、もうちょっとだけ、なんて思ってしまう自分がいる。
3月末にこのマンションの下の階が空くからと言われているけど、あの時はまさかこんなに高級なマンションだとは知らず、首を縦に振った。
仕事も家もなくして焦っていたとは言え、あまりにも冷静さを欠いていたと、今更ながらに思う。
いま冷静に考えれば、コンシェルジュが常駐するような“超”の付く高級マンションに、いくら割り引いて貰えるとは 言え一介のOLが居を構えられるはずもない。
もっと現実的な物件をちゃんと探す必要があるだろう。
――はぁ……。
「……なにため息ついてんの?」
「っ!?」
突然正面から声を掛けられ驚いて顔を上げると、そこには人事部の奥瀬くんが立っていた。
「……奥瀬、さん……」
敬称をどうすればいいのかよく分からないので、とりあえず無難に“さん”付けにして名を口ずさむと、奥瀬くんは眉間に皺を寄せた。
「……野村さんは?」
「え? あ、今日はもう帰られました」
「あー、じゃあ入れ違いか」
「あの、何か……?」
「ちょっと役員秘書の出勤状況の件で聞きたいことがあったんだけど……帰ったなら月曜日で良いです」
「あ、はい、お伝えしておきます」
「月曜は一日中採用チームの手伝いでバタバタしてるから、移動用の番号に連絡して貰うように伝えてくれる?」
「はい。……えっと、あの、“移動用の番号”って、何ですか?」
よく分からない言葉が出て来てしまって、思わず私は首を傾げて奥瀬くんを見上げた。
デスクとカウンターを挟んで正面に立つ奥瀬くんが、眉根を寄せたまま目を細めているのが見える。
え、っと……。
私、何か、とんでもない粗相でもしてしまっただろうか……?
「…………移動用の内線があるんだけど、そっちにかけて、って言っておいて。それで分かるから」
かなりたっぷりと沈黙した後、彼はそう私に告げた。
移動用の、内線……?
小さな印刷所でしか働いたことがないから、未だに色々と新しい事が出て来て、驚きと関心の連続だ。
なるほど、内線も、携帯電話のように移動用のものがある、と……。
内線の番号が記された表に目をやると、人事部の欄の最後に、移動用の印と共に番号が記されていた。
私は慌てて「あ、これ、ですね」と答えると、「俺専用の番号だから」と言い添えられた。
「はい、分かりました。野村さんには明日一番にお伝えします」
「……よろしくお願いします」
私は了承の意を表すべく奥瀬くんに頭を下げる。
手元のメモに野村さんへのメッセージを書き始めたところで、奥瀬くんがまだこのフロアから立ち去らないことに気づき、メモから顔を上げた。
奥瀬くんはじっと私を見ていて……。
仕事に慣れると共に、改めて、先輩の野村さんの凄さを思い知る。
いま私がやっている仕事は、元々は野村さんがひとりでこなしていた仕事で。
いま野村さんがやってるものも、私のものも、両方ひとりでやってたって事でしょ?
一部は総務部や人事部なんかで分担してくれていた部分もあるらしいけど、それを差し引いてもかなり膨大な仕事量だ。
『デートしてる暇がなくて、男が何人も去って行ったわー』
野村さんの口から何度か聞いたことのあるこの台詞が、彼女の仕事量の膨大さを物語っている。
私が半分――いまはまだ半分以下だと思うけど――譲り受けることで野村さんの負担が軽減して、彼氏さんとたくさんデート出来るようになると良いな。
「じゃあ若月ちゃん、お先ー」
「はい。お疲れ様でした」
「若月ちゃんもそれ適当にして、帰りなよー。今日はノー残業デーだからね!」
「はい、もう片付けます。気を付けて帰って下さいね。野村さん美人だから心配です」
「えー、私は若月ちゃんの方が心配よー。可愛すぎちゃってぇ。私の彼女にならなーい?」
「もう、野村さんっ」
「あはは、お疲れさまー」
野村さんはこんなに美人で気さくで素敵な人なのに、野村さん自身はその辺あまり自覚がないらしい。
私が男だったら、たとえどんなに残業ばかりで会えなくても、野村さんを手放したりしないのに。
……あれ?
じゃあこれってもしかすると、私と野村さんって相思相愛かも?
なんて、脳内でちょっと悪ふざけしてみる。
今日は月に一度のノー残業デーが設定されてる金曜日。
そんなタイミングで伊吹さんは明後日までシンガポールに出張で、今夜は私ひとりだ。ひとりであの広い部屋に帰るのは、なんだか寂しい。
完全に伊吹さんに依存してしまっている――。
でも……。
いつかはあのマンションから出て行かなきゃいけない。
私は同居人で、居候。
仕事は決まったんだから、本来ならそろそろ自分で住む場所を見つけなければいけない。
分かってるけど……、つい、もうちょっとだけ、なんて思ってしまう自分がいる。
3月末にこのマンションの下の階が空くからと言われているけど、あの時はまさかこんなに高級なマンションだとは知らず、首を縦に振った。
仕事も家もなくして焦っていたとは言え、あまりにも冷静さを欠いていたと、今更ながらに思う。
いま冷静に考えれば、コンシェルジュが常駐するような“超”の付く高級マンションに、いくら割り引いて貰えるとは 言え一介のOLが居を構えられるはずもない。
もっと現実的な物件をちゃんと探す必要があるだろう。
――はぁ……。
「……なにため息ついてんの?」
「っ!?」
突然正面から声を掛けられ驚いて顔を上げると、そこには人事部の奥瀬くんが立っていた。
「……奥瀬、さん……」
敬称をどうすればいいのかよく分からないので、とりあえず無難に“さん”付けにして名を口ずさむと、奥瀬くんは眉間に皺を寄せた。
「……野村さんは?」
「え? あ、今日はもう帰られました」
「あー、じゃあ入れ違いか」
「あの、何か……?」
「ちょっと役員秘書の出勤状況の件で聞きたいことがあったんだけど……帰ったなら月曜日で良いです」
「あ、はい、お伝えしておきます」
「月曜は一日中採用チームの手伝いでバタバタしてるから、移動用の番号に連絡して貰うように伝えてくれる?」
「はい。……えっと、あの、“移動用の番号”って、何ですか?」
よく分からない言葉が出て来てしまって、思わず私は首を傾げて奥瀬くんを見上げた。
デスクとカウンターを挟んで正面に立つ奥瀬くんが、眉根を寄せたまま目を細めているのが見える。
え、っと……。
私、何か、とんでもない粗相でもしてしまっただろうか……?
「…………移動用の内線があるんだけど、そっちにかけて、って言っておいて。それで分かるから」
かなりたっぷりと沈黙した後、彼はそう私に告げた。
移動用の、内線……?
小さな印刷所でしか働いたことがないから、未だに色々と新しい事が出て来て、驚きと関心の連続だ。
なるほど、内線も、携帯電話のように移動用のものがある、と……。
内線の番号が記された表に目をやると、人事部の欄の最後に、移動用の印と共に番号が記されていた。
私は慌てて「あ、これ、ですね」と答えると、「俺専用の番号だから」と言い添えられた。
「はい、分かりました。野村さんには明日一番にお伝えします」
「……よろしくお願いします」
私は了承の意を表すべく奥瀬くんに頭を下げる。
手元のメモに野村さんへのメッセージを書き始めたところで、奥瀬くんがまだこのフロアから立ち去らないことに気づき、メモから顔を上げた。
奥瀬くんはじっと私を見ていて……。
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