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【番外編】伊吹 side
8.
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【結麻さんが店に来ました。楓くんが試作品を作っていたので、夕飯代わりに試食してもらい、楓くんにマンションまで送らせました。ご報告まで】
――そんなメッセージが、叔父から入っていた。
楓からも【結麻ちゃんをマンションまで送り届けました。早く帰ってあげて】とメッセージが届いている。
俺だって、一刻も早く帰りたい。
幸い、なんとか会食だけで終わることが出来た。
笹原の運転する車の中で結麻さんへ帰宅を知らせるメッセージを送ると、すぐに既読が付き【お疲れ様でした気をつけて帰ってきて下さいね】と返事が返ってくる。
一分でも一秒でも早く、彼女に会いたい……。
――やっと自宅へ帰り着き、玄関を開けると、小さなパンプスが一足、行儀良く並べられていることに安堵する。
すぐにパタパタと音を立てて、結麻さんが駆け寄ってきた。
……ああ、やっと会えた。
「伊吹さん、おかえりなさい」
「ただいま」
……あれ?
俺は思わず、彼女の頬に手を伸ばした。彼女の頬に、泣いた跡があったから……。
叔父の店に行って、弟の楓に送ってもらって、何事もなく帰ってきたはずだ。
……それとも、帰り際に、楓に何かされた、とか?
いや、楓はそんな男じゃないはずだ。だったら、なぜ泣いていた?
目が腫れるほど泣くだなんて、一体何があった……?
心配になり、出来るだけ優しく問うと、「映画を見ていて、切ないストーリーだったから」、だから泣いてしまったのだと言う。
その言葉に俺がどれほど安堵したか、彼女は知らないだろう。
まだ乾ききっていない結麻さんの髪に触れる。
俺を見上げる彼女の瞳はまだ少し潤んでいて、堪らなく欲情を誘った。
“髪を乾かす”と言う口実で、彼女に触れる権利を得る。あまりにも不埒すぎる己の思考に、心の中で思わず苦笑した。
結麻さんの純粋そうな瞳が鏡越しに俺を見つめていて、己の汚さを思い知る。
髪を乾かしてもらったことに対して申し訳なさそうにする結麻さんに、「役得だったから」と、本音が口をついて出てしまった。
彼女は俺の言っている意味が分からないらしく、俯かせていた顔を上げて俺の表情を窺う。
ドライヤーの温風で暖まったからなのか、頬がうっすらと紅潮している彼女は、とても愛らしい。知らず、俺の頬も緩んだ。
どうすれば、彼女の心をこちらに向けることが出来るだろう?
どうすれば、俺だけのものになってくれるだろうか。
この頃、俺は本当に、必死だった。
彼女の心をどうにかしてこちらに向けたくて、花を贈ったりして。
それが、彼女を苦しめていたとは、知らずに――。
*
なるべく無駄な接待はしないようにスケジュールを調整していたが、どうしても外せない接待や商談というものもある。
このシンガポールへの出張も、そのひとつだった。
せっかく結麻さんとの親密さが増してきたと思っていたところへ、2泊3日の海外出張だ。
そんなに長い間彼女と離ればなれになるなんて……。
とにかく現地での商談を早く終わらせるしかない。
いくつもの商談と会食を重ね、夜、ほんの一瞬だけ自由になった隙に、日本にいる結麻さんに電話をかけた。
会いたくて仕方がないが、いまは電話しか手段がない。
ホテルに帰ればテレビ通話という手もあるが、時差の関係もあって、俺がホテルに戻る頃には結麻さんはそろそろ休まなければならない時間だろう。
電話で我慢するしかない。
とにかく声だけでも聞きたくて、携帯電話を操作する。
すぐに応答があり、聞きたくて仕方がなかった声が、耳に届いた。
……ああ、結麻さんの声だ。
優しくて愛らしい、彼女の声……。
彼女の声を聞いて、ますます早く帰国したい気持ちになる。少しでも早く結麻さんの元に帰りたい。
これから会食する相手が一番難関の商談相手だ。うまく話がまとまれば、早く帰国できる可能性がある。
一分でも、いや、一秒でも早く彼女の元に帰るために、俺は気合いを入れて会食に臨んだ――。
――そんなメッセージが、叔父から入っていた。
楓からも【結麻ちゃんをマンションまで送り届けました。早く帰ってあげて】とメッセージが届いている。
俺だって、一刻も早く帰りたい。
幸い、なんとか会食だけで終わることが出来た。
笹原の運転する車の中で結麻さんへ帰宅を知らせるメッセージを送ると、すぐに既読が付き【お疲れ様でした気をつけて帰ってきて下さいね】と返事が返ってくる。
一分でも一秒でも早く、彼女に会いたい……。
――やっと自宅へ帰り着き、玄関を開けると、小さなパンプスが一足、行儀良く並べられていることに安堵する。
すぐにパタパタと音を立てて、結麻さんが駆け寄ってきた。
……ああ、やっと会えた。
「伊吹さん、おかえりなさい」
「ただいま」
……あれ?
俺は思わず、彼女の頬に手を伸ばした。彼女の頬に、泣いた跡があったから……。
叔父の店に行って、弟の楓に送ってもらって、何事もなく帰ってきたはずだ。
……それとも、帰り際に、楓に何かされた、とか?
いや、楓はそんな男じゃないはずだ。だったら、なぜ泣いていた?
目が腫れるほど泣くだなんて、一体何があった……?
心配になり、出来るだけ優しく問うと、「映画を見ていて、切ないストーリーだったから」、だから泣いてしまったのだと言う。
その言葉に俺がどれほど安堵したか、彼女は知らないだろう。
まだ乾ききっていない結麻さんの髪に触れる。
俺を見上げる彼女の瞳はまだ少し潤んでいて、堪らなく欲情を誘った。
“髪を乾かす”と言う口実で、彼女に触れる権利を得る。あまりにも不埒すぎる己の思考に、心の中で思わず苦笑した。
結麻さんの純粋そうな瞳が鏡越しに俺を見つめていて、己の汚さを思い知る。
髪を乾かしてもらったことに対して申し訳なさそうにする結麻さんに、「役得だったから」と、本音が口をついて出てしまった。
彼女は俺の言っている意味が分からないらしく、俯かせていた顔を上げて俺の表情を窺う。
ドライヤーの温風で暖まったからなのか、頬がうっすらと紅潮している彼女は、とても愛らしい。知らず、俺の頬も緩んだ。
どうすれば、彼女の心をこちらに向けることが出来るだろう?
どうすれば、俺だけのものになってくれるだろうか。
この頃、俺は本当に、必死だった。
彼女の心をどうにかしてこちらに向けたくて、花を贈ったりして。
それが、彼女を苦しめていたとは、知らずに――。
*
なるべく無駄な接待はしないようにスケジュールを調整していたが、どうしても外せない接待や商談というものもある。
このシンガポールへの出張も、そのひとつだった。
せっかく結麻さんとの親密さが増してきたと思っていたところへ、2泊3日の海外出張だ。
そんなに長い間彼女と離ればなれになるなんて……。
とにかく現地での商談を早く終わらせるしかない。
いくつもの商談と会食を重ね、夜、ほんの一瞬だけ自由になった隙に、日本にいる結麻さんに電話をかけた。
会いたくて仕方がないが、いまは電話しか手段がない。
ホテルに帰ればテレビ通話という手もあるが、時差の関係もあって、俺がホテルに戻る頃には結麻さんはそろそろ休まなければならない時間だろう。
電話で我慢するしかない。
とにかく声だけでも聞きたくて、携帯電話を操作する。
すぐに応答があり、聞きたくて仕方がなかった声が、耳に届いた。
……ああ、結麻さんの声だ。
優しくて愛らしい、彼女の声……。
彼女の声を聞いて、ますます早く帰国したい気持ちになる。少しでも早く結麻さんの元に帰りたい。
これから会食する相手が一番難関の商談相手だ。うまく話がまとまれば、早く帰国できる可能性がある。
一分でも、いや、一秒でも早く彼女の元に帰るために、俺は気合いを入れて会食に臨んだ――。
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