泡雪と水仙

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希望

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 伯明が文穎と目指した物を、文穎は仲孝と目指してはいなかった。彼自身が言っていたように、文穎の中で伯明への想いと仲孝への想いは全く異なる物であった。
「もうここでやりたいことなんてない、私、役人なんかしたくないんです。だからね、生きて帰って来られたら、仕事は辞めようと思っています。私はあなたが一緒に移住してくれても良いし、一緒に戦地に来てくれたって良いし、一緒に冥土に来てくれたって良いんですよ。どこまでなら着いて来られます?」
 無責任なことは言えないが、文穎の視線を感じていると何もかも分からなくなってしまうから、仲孝は早く答えを出そうと焦った。
「どこも、着いていけません。私にも家族がいます」
 導き出した答えが文穎の望むものだったのか、仲孝には分からない。恐る恐る見た彼の顔が仲孝には嬉しそうに見えたことが、全てだった。
「そんな人が私を口説いているのですか?」
 文穎の問いに仲孝は迷いながらもはっきりと答えた。
「はい」
 と、それだけだった。
「そうですか。なら、予定通り一人で行くとします」
 共に行かない道を選んだ仲孝には、文穎がどこに行く予定なのか、聞くことができなかった。
「どこにも行かないでください」
 震える声で吐き出した言葉は、文穎に笑い飛ばされてしまう。
「私はどこでも好きに行きますよ。叶うなら伯明と行きたいけれど、それが無理なら、できれば一人で行きたいと思っています。そこに、仲孝殿でしたら着いて来ても良いですよと言っているのです」
 明るい声で文穎は告げるけれど、それは仲孝が何をしても、楽な方へと逃げていたとしても、変わらない日常はもうすぐ終わろうとしていたことを気付かせた。隣にいるのに触ることができない白い手、黒い髪、薄紅の唇。仲孝は、何を言おうにも何をしようにも震える自分が恨めしかった。
「今日は、聞きたいことは聞けましたし、言いたいことは言えました。そろそろお帰りなさい」
 仲孝が何も言えないでいると、既に文穎は今夜を終わらせようとしていた。抵抗したいと考えるけれど、仲孝にはどんな言葉も浮かばない。第三者としての能力が高かった仲孝が、当事者としてここまで何もできないとは文穎も思わず、口を開いたり閉じたりして無言でいる仲孝を家から追い出してしまった。
 文穎の手助けもあって想いを伝え直した仲孝だが、それ以来今までできていた文穎との会話も変に意識して口籠もり、むしろ距離ができたくらいであった。仲孝があまりに不自然になるから、文穎も話し掛けるのを躊躇われていく。
「あ、あの、鍾先生」
 日は流れ、状況を変えようと詰まりながらも仲孝が文穎に声を掛けると、振り向いた彼は見たことがないほど不機嫌な顔をしていた。異民族との宥和策を唱える派閥と口論をしたばかりなのであった。
「何かご用ですか」
 仲孝の姿を確認するとすぐに表情を直す。
「また喧嘩したのですか」
「喧嘩じゃないです。調査隊が帰って来て、この秋の遠征がもう決まってるのに、いつまでも煩いんですよ」
 苛々した様子で答えた文穎の言葉に、仲孝は驚いた。文穎がやると言ったら実現させるのだろうと思っていたが、ここまで早いとは思っておらず仲孝は激しく動揺した。
「行くんですよね」
「あなたもしつこいですね」
 もう止めることはできず何度目かの確認だけをした仲孝であったが、文穎は冷たく言う。
「すみません。少し、腹の虫の居所が良くないので、ご用がないなら今は避けていただきたいです」
 すぐに謝って仲孝を抱き締めると、文穎は優しく告げる。
「こんなところで、何してるんですか」
 戸惑いながらも仲孝はどうにか文穎の体を離す。
「出征前には、こうするんですよ」
 腕を解くとそう笑顔を見せて、文穎は去っていってしまう。振り回されて残された仲孝は、行ってしまった文穎の体温を味わうことしかできない。いつだって、そうだった。
 その日の夜、仲孝は不安を紛らわす為に酒を飲み歩いていた。酔っ払うと気が大きくなり、欲望も大きくなってくる。思い立った彼は文穎の家に押し掛けていた。
「仲孝殿。酔っているのですか」
 夜更けの来客に警戒しながら出て来た文穎は、目の前にいた人物と、その様子に驚愕した。
「家まで送っていきましょうか」
「鍾先生」
 今の仲孝には話が通じなかった。ただ切迫した様子で文穎を呼び、家に押し入る。
「冷静になりなさい」
 仕方がないと仲孝を座らせ、文穎はどうにか水を飲ませるが、仲孝の興奮は収まらないようである。鼻息荒く獣のように文穎を見ている。
「ごめんなさい、鍾先生。兄上と先生がご無事で帰って来ること、祈っています。もう、大人しく留守番をしていますから、どうか、どうか最後にやらせてください」
「い、嫌ですよ」
 水を飲み干した仲孝は文穎をその場で押し倒し、彼に跨り至近距離で話す。腕を押さえ付け、文穎の声を聞かず、仲孝は強引に彼の服を剥ぎ取る。
「止めなさい。酒に任せるなと言ったのが、分かりませんでしたか」
 口では仲孝を制止し続けるけれど、押さえていた腕を解放しても文穎は抵抗をしなかった。
「ちょっ、正気ですか」
「兄上には喜んで腰振ってたんでしょ」
 迷いなく宛てがう仲孝に文穎が呆気に取られているうちに、暗い声を吐いて仲孝は腰を進めていた。
「痛い、なんで、仲孝殿」
 血と便を滑らせ、欲望の赴くままに仲孝は腰を振る。抉じ開けられた痛みに文穎が上げた悲鳴を、仲孝は心地良さそうに聞いた。
「耀っ、助けてっ」
 天に手を伸ばし文穎は泣く。
「人の兄を、なんと」
 話なんて聞いていなかった仲孝だが、彼が呼んだ名には目を丸くし、ますます負の感情が膨らんだ。怒り、悔しさ、嫉妬、情けなさ、仲孝を支配しているのが何かは分からない。
「止めて、止めて、痛い」
 内臓を抉られ気持ち悪さと苦しみに叫んだ文穎の声も、仲孝にとっては美しく、彼の涙で昂る熱い気持ちを大量に注ぎ込んだ。
「私では勃ちませんか」
 苦しそうに吐き出して、仲孝は文穎の萎縮したものを握る。新たな痛みを与えられ、文穎は声も出せずに泣いた。反応しない文穎に、諦めた仲孝は手を離す。虚しさはあったけれど、体液に塗れた文穎を見て、満足している仲孝もいた。
「兄上がいなくなってからは、誰ともしていないのですか?」
 新たに汲んできた水を飲み干し、倒れる文穎を見下ろして仲孝は尋ねる。
「初めてみたいに」
「煩い」
 呼吸が落ち着き饒舌になった仲孝を、輝きを失った目で文穎は見る。
「こんなこと、伯明はしません。一緒にしないでください」
 体を動かすこともなく文穎はそう言って泣く。体の痛みも酷かったが、仲孝にされたことが、信じられないようだった。
「兄上とは散々していたんでしょ」
 今更になって罪悪感に襲われて、仲孝は文穎を責める言葉を探す。
「それに、先生、嫌がらなかったじゃないですか。他の人にも、簡単に襲わせてるんじゃないですか」
「仲孝殿」
 冷たい声で文穎に呼ばれ、仲孝は口を閉じる。こんな状況にありながらも、俯いた先の文穎の体に喉を鳴らしていた。
「伯明は、私が痛がることはしません。仲孝殿のことも、信じていたのに、信じていたのに」
 決して頬を濡らさなかった文穎の顔が、涙で乱れている。僅かに返ってきた仲孝の理性は思考を停止し、彼の興奮が再び持ち上がっていく。
「あなたじゃなければ家になんか入れないし、斬り捨てる機会も投げ飛ばす機会もいくらでもありました。あなただから、最後まで信じたんですよ」
 仰向けに倒されたまま、口だけを動かし文穎は訴え掛ける。聞いているのか聞いていないのか、仲孝は文穎の胸を凝視していた。
「やっ」
 興味を我慢しきれず胸の突起を仲孝が摘むと、文穎は初めて甘い声を出した。呻き声と悲鳴しか聞いていなかった仲孝は、文穎の声を聞いて悔恨の念に駆られる。
「んっ、何っ」
 胸を撫でれば先程までとは明らかに違う声を出し、仲孝を突き飛ばして文穎は両手で胸を隠す。
「兄上は乳首が好きだったのですか?」
 声に出してしまったが、慌てて仲孝は質問を取り消す。
「聞きたくないです。言わないでください」
 勝手な仲孝を無視して、文穎はどうにか体を起こそうとする。しかし彼が胸から手を離すと、仲孝は飛び付いて文穎の右胸に吸い付いた。
「んっ、仲孝殿、あっ」
 右胸を噛まれ左胸を引っ掻かれ、文穎の体が跳ねる。傷付いた心も体も見ないふりして、文穎はこれを最期にして良いとも思えた。その不穏さを感じ取ったのか、仲孝は動きを止めて文穎を見上げた。
「気持ち良い、ですか?」
 ここまでしても、本質に踏み込むことはあまりに恐ろしくて、仲孝の口から出たのは臆病な問いだった。
「はい。別にあなたでなくとも、冬なんかは服が擦れるだけでも気持ち良いのですよ」
 仲孝は逃げようとするが、傷を付けた文穎の鋭い棘が彼を逃さない。
「そんなことよりも、あなたの望みはこんなことだったのですか。私を行かせたくなかったのも、こんなことの為ですか」
「ちが」
「私はあなたに逆らえません。牢に入れても、殺しても良いですよ」
 吐き捨てられた仲孝は、自分の行いを棚に上げ、文穎の言葉に傷付けられていた。何かを選ぶことを拒み、文穎の期待した胸を押し潰し、文穎の嬌声を聞きながら仲孝は再び欲望を押し込んだ。酔いは醒めつつあったけれど、一人自暴自棄になった仲孝には欲に逆らうことができなかった。
「郭耀のとこ、連れてってよ」
 懇望する文穎の声も聞こえないふりをして、仲孝は彼の体を恣にする。仲孝は、文穎は、夜が明けないことを願った。
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