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一日目(その四)
しおりを挟む駅前の繁華街を、少し裏手に入ったところにその本屋はある。
大手ではないが品揃えが多く、文房具なんかも扱っているところが気に入り、時々利用させてもらっている。
本屋に着き、入り口に入ろうとしたその瞬間、視界の隅に数人の男性の姿が映った。
少し離れた路地裏で、なにか大きな声で喋っているように聞こえる。
(うーん、なにかもめ事かなあ)
休日ではあるがやはり素通りはできない。クルリと向きを変えると、その路地裏へと小走りに急ぐ。
近づくとチンピラ風の若い男が数人、誰かを取り囲んでなにやら怒鳴っている。
よくよく見ると、その男たちは辺りを縄張りとしている日高組の若い連中で、その中の一番目立つ金髪の彼は以前から何度か見かけたことがある。
(ふー、やっぱりもめ事か。まいったな。でもしょうがない)
「あなたたち、なにしてるの?」
声をかけるとその金髪の彼が「あぁんっ?」と振り向き、私の顔を大きく覗き込む。
一瞬『んっ?』みたいな表情をしながら下から上までジロジロ見た後、もう一度顔に戻るとハッとした様子で言った。
「さ、桜南署のおばさん刑事! ……いえ、その、コメハナ刑事! お、おつかれさまです!」
……前半は気になったものの、私だとわかると元気よく挨拶をしてくれた。
「私の名前、コノハナ、ね」
「はいっ、すみません!」
直立不動で答える彼に、少し苦笑いをする。
どうやら最初の不思議そうな表情は、私の服装がいつもと違うのですぐにはわからなかったらしい。
「こ、コノハナ刑事! 今日は、スーツではありませんね。非番ですか?」
「そう、久々の休みなの。それでそこの本屋に来たんだけれど」
* * * * * *
ーー実は私、事件に関わった人や管轄周辺の人たちからは「おばさん刑事」などと呼ばれている。
まあ一般的には、四十七歳というおばさん的年齢のため(自分で言うのはくやしいのだが)、それプラス、身長一四八センチ、少し大きめの赤色ハーフリムのメガネ、後ろでまとめたお団子ヘア、そして服装は白のインナーに黒のパンツスーツ。
この姿が印象的らしく、いつからか行く先々で『おばさん刑事が来た……』などと、陰でヒソヒソ言われるようになったのだ。
……でも、昔からちょっとは若く見られるしー! 童顔だって言われるしー! よく行くお弁当屋さんでは『お姉さん、毎度!』って言ってくれるしー! ……私ってちょっとおバカ? ……虚しくなってきた。
とりあえず私としては、愛称としてそう呼ばれていると思いたいのだ! くーっ。
* * * * * *
「なにかあった? もめてるみたいね。そちらにいる人は、一般の人じゃあないの?」
チンピラ数人に囲まれるようにして、奥に若者らしき男性がひとり立っている。
「まさか怪我なんて、させてないわよね?」
わざとキツい言い方で彼に尋ねる。
「ち、違います! ああ、いや、ちょっと聞きたいことがあってーー話をしていただけなんです。本当です! なあ、お前ら?」
金髪の彼は慌てて仲間に同意を求める。
すると一番端にいた小柄な男が「あの……」と話し出す。
「自分の好きな女がこの男に入れ込んで……それで……貢いだ挙句にだまされて捨てられたって聞いたんで……その話をしていたんです」
ーー色恋か……
色恋の話は難しい。
一方は付き合っているつもり、もう一方はそのつもりはない。言葉ひとつ、態度ひとつでそれぞれ受け止め方が違うし、実際にだましだまされの場合もある。
(うーん、どっちのパターンかなあ。とにかく話を聞いてみないと)
「おにいさん、この子たちこう言ってるけど、どうなの?」
そう言いながらチンピラたちの間を割って入り覗き込むと、そこにはーーなんともまあ見目麗しいイケメン男性が立っていた。
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