神の契りは解けない

碧碧

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 それから数日。学校にも慣れ、気づけば気軽に言葉を交わせる相手も何人かできていた。少しずつではあるが、新しい環境に馴染んでいる実感がある。

 一方の霧生はといえば——相変わらずのんびりと過ごしている。が、最近になってなぜか、大和が学校へ行こうとするたびに引き留めようとしてくるのが少々厄介だった。

「大和、行くな」
「行くわ!」

 こんなやりとりも、もはや日常の一コマだ。



 ある日、大和はまたも夜遅くまでバイトをしていた。きれいな満月を横目に帰宅し、玄関のドアを開ける。

「ただいまー」
「おかえり、大和」

 部屋の奥から、霧生の低い声が聞こえた。視線を向けると、霧生はすでに風呂を済ませたらしく、ゆったりとした格好で大和を出迎える。スウェット姿でさえも様になるとは、本当に嫌味なものだ。

 そしてなぜか今日は、いつもより長い匂いチェックをされる。しかも、執拗に。霧生はすんすんと鼻を鳴らしながら、大和の首筋に顔を埋め——ぺろりとそこを舐め上げた。

「うわッ!ちょ、やめろ!」

 思わず首をすくめて距離をとる。思わず首をすくめて距離をとる。霧生は何食わぬ顔をしている……ようでいて、どこか自分でも違和感を覚えているように見えた。

「お前、なんか今日やたらとベタベタしてこねぇ?」
「……そう、か?」

 霧生は微かに眉を寄せ、自分の手をじっと見つめた。何かを確かめるように、ぎゅっと拳を握る。

「何か変だな」
「来た時からずっと変だけどな!」

 訳がわからない。でも霧生がほんの一瞬、戸惑ったように視線を逸らしたのを大和は見逃さなかった。

「とにかく、俺、風呂入るから!」

 逃げるように手早く風呂場へ向かう。湯に浸かると、モヤモヤした気持ちも、全身の疲れもじわりと溶けていくようだった。

 風呂から上がり適当にタオルで髪を拭いていると、なんだか熱い視線を感じる。その持ち主は当然霧生しかいないわけで。大和は怪訝に思いつつ彼を見遣る。

「……おい、なんかお前、顔赤くね?」

 霧生は息を弾ませ、じっと大和を見つめていた。まるで耐えているような、苦しそうな表情。いつもは涼しげな青灰色の瞳が、どこか熱に浮かされたように潤んでいる。

「おい、大丈夫か?熱でもあんのか?」

 大和は急いで下着だけ身に着け、霧生の額に手を当てる。瞬間、じんわりと熱が指先に伝わった。

「お前……めっちゃ熱いぞ」
「……大和」

 霧生の声が、ひどく低く掠れた。

「お前の匂いが、いつもより……」

 言いかけた霧生の手が伸び、大和の手首をぎゅっと掴む。そのまま引き寄せられそうになり、大和は慌てて振り払った。

「お、おい!お前、何言って……いや、いいから寝ろ!」

 霧生の異常な様子に戸惑いながらも、大和はベッドへ向かわせる。体調不良ならまずは休ませるしかない。ベッドに横たわらせた霧生を見下ろし、大和は深く息を吐いた。

「神は風邪なんか引かねぇんじゃねぇの……ま、とりあえず、今日は大人しく寝とけ」
「……ああ」

 霧生は頷いたものの、その瞳はまだ大和を捉えたまま離さない。落ち着かないが、病気の人間にこれ以上説教をすることもできない。大和は霧生をそのままにし、髪を乾かしに洗面所へと向かった。

 寝る準備を整え、霧生の寝ているベッドに向かう。目は瞑っているが、息はまだ荒い。枕元に水を置いてやりつつ、できるだけ静かにベッドの反対側に潜り込んだ。

 布団に入った途端——。

「……っ!?」

 背後からいつものように霧生の腕が絡みついてくる。ここまではいつも通りだ。しかし、今夜はどこか違っていた。

 ぎゅう、と腹に回された腕が異様に強い。その分密着もいつもより酷い。「抱きついてくる」のではなく、「逃がさないよう押さえつけられている」ようだった。

「お、おい、霧生……?」
「大和……」

 耳元にかかる吐息が熱い。それだけで背筋がぞわりと粟立つ。霧生の呼吸は荒く、まるで発情した獣みたいに落ち着きがない。

「お前、熱あるならちゃんと寝ろって……っ」
「……大和の匂いが薄れた」
「は?」
「大和の匂い……大和、大和……」

 スンスン——。

 うなじの匂いを嗅がれた瞬間、ぶわっと全身が熱くなる。いつものスキンシップのはずなのに、今夜は、何かがおかしい。

「な、何言って……っ」

 その時だった。
 背後に、はっきりと“熱”を感じる。

(……え?)

 ゆっくりと意識を向けると、霧生が大和の尻のあたりに、明らかに“固い何か”を押し付けていた。

「……っ!?」

 思考が一瞬で停止する。

「おい……!」

 藻掻くが、腕の力は緩まない。むしろ、より強く抱きしめられる。

「……だめだ、大和」
「は?」
「今は離れたくない」

 その言葉に、大和は思わず息を呑んだ。うなじにかかる熱い吐息、直に伝わる体温。じわじわと耳まで熱くなって、反射的に喉が鳴る。

「おい、霧生待て、これっ」
「はっ、はっ、大和……っ」

 霧生の腕が、さらにぎゅっと締めつけられる。大和は顔を真っ赤にしながら、必死で言葉を絞り出した。

「お、お前、トイレ行って抜いてこい!!」
「……抜く?」
「あーもう!」

 大和は諦めたように深く息を吐き、ぐるりと霧生の方を向く。こんな状態で寝られるわけがない。それに――正直、自分も人のことを言えない。霧生が来てからずっと誤魔化していたが、はっきり言ってもう限界だ。ずっと部屋に霧生がいるせいで、まともに発散する時間がなかったのだから。

「いいか、サクッと終わらせるぞ……」

 そう言って、大和は霧生の下肢に手を伸ばした——。

  
「こんなとこまで……」

 かっこいいのかよ、という言葉はかろうじて飲み込んだ。銀色の柔らかく豊かな毛の下から、見惚れるほど大きな陰茎が上向きに反り返っている。それは太い血管を何本も浮き上がらせて力強く脈を打っており、なんだか自分のものを出すのが恥ずかしくなってしまった。

 しかしもう後には引けない。諦めて恥じを捨て、自分のものと霧生のものをまとめて握る。そのまま上下に擦ると、二人は同時に熱い吐息を漏らした。

「ぅ゙……大和……っ」
「バカ、変な声、出すな」

 にちにちと、どちらのものかわからない水音が響いた。目の前の霧生が悩ましげに眉根を寄せ、甘く喉を震わせる。その光景が視界に入った途端、一層腰が重くなった。

「大和、大和……っ」
「ぁ゙、だから、ンな声で……っ、うぁっ」

 霧生が腰を振り始めた。ごりごりと何度も裏筋が引っかかり、大和の口からも甘い声が零れて止まらない。

 二人の息がどんどん上がっていく。いつしか大和の腰も揺れていた。霧生が大和の首元に顔を埋め、夢中で匂いを嗅ぐ。そのままペロリ、と舐め上げられた瞬間、大和が喉元を大きく開いた。

「あ゙、やば、イ、く……ッ」
「大和っ、大和っ」

 大和が背を反らせぶるりと震える。合わさった陰茎にどろりと温かい白濁がかかった。霧生も晒された喉に噛みつき、大和を追うように吐精する。

「ゔ、ゔ……っ」
「あっつ……うわ、どろどろじゃねぇか」

 一足早く冷静になった大和がティッシュを探すのに手を伸ばす。その時、霧生が二人分の精液に濡れた大和の手を取り、ぺろぺろと舐め取り始めた。

「ちょ?!何してんだ!汚ねぇからやめろ!うわ!」
「大和……大和の匂い……」

 大和の声は霧生の耳に届いていないようだ。どれだけ引き剥がそうとしても体重をかけて押さえ込まれ、結局指の間まで綺麗に舐められてしまった。それが擽ったくて、なぜかまた大和の陰茎がむくりと起き上がる。

「お、ま……やめろって」
「こっちの方が、いい匂い」
「うわああ!コラ、それはダメ、ちょっと待……ッ」

 霧生は布団の中に潜り込み、もっと大和の匂いの強い場所、つまり股間に頬を寄せた。まだ濡れたままのそれを大きい舌で撫でられ、大和は初めての感覚に身を震わせる。

「マジでっ、それはシャレになんね、ぇ……!」
「はっ、はっ、大和、大和」
「うあああっ」

 ついに温かい口内に包まれてしまった。霧生の目は焦点が合っていなくて、どう見ても正気ではない。止めなければと思うのに、目先の快感に思考が霞む。露出した亀頭をぐるりと撫でられ、あまりの気持ちよさに涙が滲んだ。

「き、りゅ、だめだッ、あぁっ」
「大和、可愛い、俺の大和」
「吸う、なぁ!」

 じゅる、と音を立てて亀頭を吸い上げられる。奥底に溜まった熱を求めるように、何度も何度も鈴口を舌でこじ開けられた。急速に込み上げてきた射精感に、大和が大きく呻く。

「マジ、で、無理っ!霧生、離せ、ぇ!」
「ん、ん」
「あああもう出るからぁ!やばい、口に……っ、あ゙あ゙あ゙っ!」

 理性はあっという間に消え去り、がむしゃらに喉奥を突き上げた。ぎゅっと締まったそこに思い切り吐精する。そのまま喉を鳴らして嚥下され、最後の一滴まで搾られた。名残惜しそうにチロチロと鈴口を舐め続けられ、心地よい余韻に腰が勝手に痙攣する。

 霧生はそんな大和に覆い被さり、またはち切れそうに膨らんだ陰茎を必死に擦り付けた。まるで発情期の犬のように、本能のまま尻の割れ目に向けてガツガツと腰を振る。大和が嫌がって身じろぎした拍子に強く挟み込んでしまい、そのまま大量の精液をかけられた。

「ゔ、ゔ……っ」
「バカ、出しすぎ、だ」

 しばらくしても射精の勢いは衰えない。薄めの精液が噴き出し続けていて、大和の尻はびしょびしょに濡れそぼってしまった。

「ああッ、射精止めろってぇ!」
「はあっ、無理だ、止まらない……っ」
「バカバカ、もうどけよぉっ」

 まだ射精しているというのに、また霧生が動き始める。今度は後ろから太ももの間に陰茎を挟んで前後に擦られた。巻き込まれて大和のそれも一緒に擦られてしまう。過剰な快感が辛くて止めようと伸ばした手は、霧生に導かれて、また二人分の陰茎を握らされてしまった。精液でぬかるむ大和の手の中に霧生が夢中で腰を打ちつける。

「大和ッ、また出る……っ」
「あ゙ーーーっ!」

 手も、シーツも、どちらのものかわからない精液でどろどろだ。疲労感で意識が飛びそうだった。それでもまだ霧生の動きは止まらない。

「霧生、もう止め……」
「大和っ、大和っ」

 もう抵抗する力もなかった。霧生にされるがまま、大和は揺さぶられ続けた。



 何時までそうしていたのか、何度果てたのか、わからない。ただ泥のように眠る二人を満月の光が照らしていた。





 鉛のように身体が重い。それにゴワゴワとしたシーツが肌に擦れて痛い。ただ、自分を包む暖かさだけが心地よかった。


 ピピピピピピ——。


 アラームの音にゆっくりと目を開けると、視界いっぱいの銀髪のイケメン。この光景も見慣れた——はずだったが、すぐに違和感に気づく。

(……裸!?)

 自分を抱き込む霧生の腕。剥き出しの肌が触れ合い、体温が直に伝わる。しかも、胸元から下へと視線を滑らせると、霧生は、完璧に、全裸だった。

(いや、待て、俺も……!?)

 瞬間、昨晩の記憶がフラッシュバックする。密着する肌、熱い吐息、首筋を舐める濡れた舌、擦れ合う下肢、暖かな体液——。

「うおおおおおっ!!?」

 大和はガバッと飛び起きた。勢いよく霧生の腕を振り払い、慌ててシーツを引っ張る。だが、その拍子に昨晩の名残がシーツにべったりとついていたのが目に入り、余計に顔が赤くなった。

(ち、違う、昨日のあれはバグみたいなモンで!そう、気の迷い!だから俺は別に霧生に興奮したとかじゃなくて!!ただ、こう……溜まってただけ!)

 大和は大急ぎでシーツを被って体を隠しながら、霧生から距離をとる。その動きで霧生も目を覚ましたようだ。彼も狼狽えるに違いないと様子を伺っていると——。

「……ん」

 目を細めて軽く伸びをしただけで、特に動揺する様子もなく、全裸であることへの戸惑いすらないままベッドの上でのそのそと身じろぎする。そのまま大和に目を向け、少し眠たげな顔で言った。

「なんだ、大和。朝から騒がしい」
「バッ、お前、昨晩のこと……!」

 大和は言いかけて言葉を飲み込む。自分で思い出してしまい、火照りが一層増した。霧生はそんな大和をじっと見つめながら、ぼそっと言葉を漏らす。

「……満月だったんだな」
「は?」
「昨日は満月だったんだろう。だから本能が強まったんだ。言いそびれていたな。驚かせてすまない」

 大和は霧生の言葉に呆気に取られたまま、彼の昨晩の異常な様子を思い出した。あの熱っぽさ、異様な執着、鋭敏になっていた嗅覚、そして止まらない性衝動——。

「じゃあ、昨晩のあれは……」
「ああ。満月のせいだ」

 満月。つまり、霧生は狼としての本能が強まって——。

(いやいやいや、そんな言い訳あるか……!)

「お、お前、いつまでその設定……っ」
「随分と身体がすっきりしている。あれが“抜く”ってことなんだな」
「……ッ!いや、普通は一人で……って、クソッ!」

 言い返そうとして口を開くが、またもや昨晩の感覚が生々しく蘇ってきて声が出ない。

「犬に噛まれたと思って忘れろ」
「……狼の俺が犬に噛まれたのか」
「いや、噛まれたのは俺の方……ってそんな話をしてんじゃねぇよ!!」

 あんなことがあったのに、こんな普段通りのやり取りをしているなんて不思議な気分だ。まるで自分ばかり意識しているようで、納得がいかない。いや、意識しているけども。下半身が渇いた何かでガビガビなのも恥ずかしくて死にそうだけども。

「散々“抜いた”はずなのに、なぜ」
「うわ、朝からそんなもん見せんな!」
「昨日しこたま見ただろう」
「いいから先にシャワー浴びてこいバカ!」

 なぜかまた臨戦態勢になっている霧生のものが目に入って、ぶわりと身体が熱くなる。これでは本当に自分に言い訳ができなくなりそうで、大和は霧生を浴室に追いやった。

 朝から体力が削られて、大きくため息を吐く。昨晩の記憶もさっきの霧生の姿も頭から追い出そうとするように、大和は勢いよくベッドからシーツを剥がしていった。
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