神の契りは解けない

碧碧

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 霧生の熱は翌日に少し下がり、そこから数日の安静を経て、起き上がれる時間も増えてきた。まだ食事の量は少なかったが、先日のぐったりとした様子に比べれば、幾分マシに見える。

「お前、もう大丈夫そうか?」
「大和がここにいるなら」
「いや、ンなこと言われても……」

 布団に座ったまま、大和を見上げる霧生の顔は、まだ少しぼんやりとしていたが、昨日までのような頼りなさはない。

「ま、今日も一日休め。俺は学校行くから」
「……行くのか」

 霧生の声が沈んだのは気になったが、行かないわけにもいかない。いくら事故に遭ったとはいえ、入院してもいないのに休みすぎた。

「入学してから数日しか行ってねぇんだぞ。そろそろ行かないとさすがにヤバい」
「大和なら問題ない」
「どういう意味だ」

 ため息を吐きながら上着に袖を通し、カバンを手に取る。

「飯そこに置いといたから、ちゃんと食えよ。あと、水分補給もな。効くかわかんねぇけど薬も飲んどけ」

 一通り言い終えると、霧生が布団から少し身を乗り出し、じっと大和を見つめた。

「なんだよ」
「……気をつけろ」

 唐突な言葉に、思わず目を瞬かせる。

「何かあったら、すぐ帰ってこい」
「何があるっていうんだよ」

 なんとなく、茶化せない空気だった。霧生の声にはあふれるほどの心配と不安が滲んでいたからだ。事故のことを、まだ気にしているのだろうか。

「大丈夫だって。気をつけるのは俺よりお前。マジでちゃんと休んどけよ」

 無理に軽く笑ってみせるが、霧生の表情は晴れないままだった。玄関へ向かう前、最後にもう一度霧生の方を振り返る。

「じゃ、行ってくる」
「……行ってらっしゃい」

 小さくそう返す霧生の声を背に受けて、大和は久しぶりの学校へと向かった。





 正直、少しだけ緊張しながら、大和は校舎へと足を踏み入れた。廊下を歩いていると、すれ違う生徒たちの視線を感じ、ひそひそとした声が耳に入る。

「ねえ、藤崎くんって、事故ったんでしょ?」
「バイクで暴走して大けがしたって……」
「え、でも普通に歩いてるよ?」

 人の噂というのは、不思議なものだ。勝手に尾ひれがついて回る。大和は小さくため息をつきながら、そのまま教室の扉を開けた。途端に、教室の空気がピリッと張り詰めた。さっきまで普通に話していたクラスメイトたちが、一瞬沈黙するのがわかった。

 大和は何事もないように席へ向かう。座ると同時に、後ろの席の本田がトントンと肩を叩いてきた。

「おー、藤崎、久しぶり!事故ったってホント?」

 その言葉に、周囲がピクリと反応する。

「大けがって聞いたけど、ピンピンしてんね」
「おー。事故はマジだけど、擦り傷で済んだ」

 大和が肩をすくめると、本田は「へぇ」と頷き、さほど驚いた様子もなく続けた。

「休んでた時のノートいる?俺、めっちゃ字汚いけど」
「お、助かるわ。サンキュ」

 本田からノートを受け取りながら、大和は適当に説明を始める。

「信号無視の車に巻き込まれたんだよ。軽傷なのは奇跡だって医者が言ってた」
「マジか、それ災難じゃん」
「だろ。初めて救急車乗ったけど、軽傷すぎて気まずかったわ」

 大和が苦笑すると、本田が大きく笑う。そのやり取りを聞いていたクラスメイトたちも徐々に警戒を解いたのか、興味深そうに話しかけてきた。

「え、入院とかしなかったの?結構休んでたからしたのかと思った」
「ん、してない。あー、でも、通院したり、バイク修理出したりしてた」
「そっか……入学早々大変だったね」

「あの噂なんだったんだろうな」
「俺の見た目のせいだろ。そういうの慣れてっから大丈夫」

「私のノートもよかったら使って。清書しやすいように書いてあるから」
「めっちゃ助かる。本田の字汚すぎたから」
「オイ!」

 こうして、最初の張り詰めた空気は次第に和らぎ、クラスの雰囲気はいつもの日常へと戻っていった。ノートをめくりながら、大和はなんだか擽ったいような、不思議な気持ちになる。

 中学まではいじめられ、高校では不良と見なされて距離を置かれてきた。それが今、こうして普通にクラスメイトと話している。大和は手持ちのふせんに「サンキュ」と書き、本田のノートに貼った。





 こうして、大和は少しずつ専門学校生としての日常を取り戻しつつあった。最初こそ噂話や好奇の視線に晒されたものの、本田をはじめとするクラスメイトの気さくな態度が、そんな空気を自然と和らげてくれた。

 授業を受け、バイト先のシフトを確認し、帰宅する。当たり前の日常。事故に遭う前と変わらない生活。

 ——だが、それに反して、霧生の体調は一向に安定しなかった。時折は「もう大丈夫だ」と言わんばかりに起き上がり、普段と変わらない様子を見せることもあった。実際、食事を取れる日が増えてきたし、熱も下がることがあった。

 だが、安心したのも束の間、翌日にはまた微熱がぶり返し、倦怠感に襲われる。食べる量も日によってバラつきがあり、時には一日中眠り続けることもあった。

 そして、どんなに体調が優れない時でも大和に触れたがることが増えていった。昨夜だって——。




 昨日の霧生は、微熱と倦怠感があり、食事も粥を少しだけという、明らかに「良くない」日だった。

 学校から帰ってきた時、霧生はベッドで眠っていた。起きたら食べさせようと軽い食事を作り、自分も手早く済ませる。そして風呂上がり、そろそろ霧生を起こそうとベッドの脇に座り、霧生の額に手を当てた時——。

 眠っているはずの霧生が、静かに目を開け、すっとその腕を掴んだ。

「……大和。触りたい」
「わ!」

 思わぬ力で引き寄せられる。霧生の腕の中に納められ、耳を甘く食まれた。

「お、おい!」
「したい」

 その言葉に、大和の全身が一瞬で硬直した。見上げれば、青灰色の瞳が淡く濡れている。

「いや、待て待て待て。お前、今日結構しんどいんじゃねぇの?!」
「……それでも、したい」
「いやいやいやいや……体調悪いんだからやめとけ!」
「でも、大和に触れていたい」

 ぽつりと呟かれた言葉に、大和は息を詰まらせた。熱っぽい指が大和の手をなぞる。求めるように、絡みつくように。そして、ゆっくりと大和の手を引き、下肢へと導く。

「お、お前、マジで……」

 今までにないほど熱く、硬くなっている。

「霧生、お前……熱あるくせに……」

 気づけば、押しのけるどころか、大和の指はゆっくりと霧生の腰をなぞっていた。





「しょ、しょうがねぇから、俺が、抜いてやる。今日だけだぞ」
「大和……?」
「お前はじっとしてろ」

 起きあがろうとする霧生を押さえつけ、大和が布団に潜る。両手で部屋着のズボンと下着をまとめて下ろすと、ぶるん、と勢いよくそれが飛び出した。先端には涎が滲んでぬらぬらと光っている。

 くちゅり、と手で包むと、霧生の腰がぶるりと震えた。片手では余ってしまうほど大きい。大和は生唾を飲み込んで、ゆっくりと両手でそれを上下に擦る。

「ぅ、大和……大和……っ」
「あんま、声出すなって……」
「あ、無理だ、ッ、大和から、俺に触れていると、思うだけで……はあっ、きもち、いい……っ」
「……っ」

 やばい。今、腰の奥が痺れた。これまでこういうことをする時、霧生に引きずられて勃起してしまっていたと思う。しかし今のは、完全に、欲情だ。

 霧生が腰を緩く突き上げながら、荒い息を吐く。布団から覗き見れば、陶然とした顔を大和に向けていた。

「大和、っ、もう、射精しそう、だ」
「……っ!」

 眉根を寄せ、苦しげに唇を噛んでいる。手の中の陰茎が激しく脈を打ち始めた。大和は自分の欲に目を瞑って、片手で鈴口を開き、ぱくぱくと口を開けている尿道口を優しく指の腹で摩る。反対の手でカリ首のあたりを小刻みに扱いてやると、霧生が大きく呻いた。

「ゔーーーっ、大和、出る、ッ!」
「いいぞ、出せ」
「ゔッ!……ぅ゙、……っ」

 尿道口を塞いでいた指が精液に押し出される。そのままびゅっ、びゅっと何度も白濁が噴き上がった。快感で痙攣する太ももを撫でてやりながら、最後まで出し切れるように緩く全体を扱きあげる。

「は、は、大和、大和っ」
「ん、終わったな」

 長い射精が終わり、陰茎から手を離す。手も顔も霧生の出したものでどろどろになってしまった。ゆっくりと顔をあげると、霧生の切なく濡れた視線に射抜かれる。

「大和……もっと……」

 見れば陰茎は全く萎えておらず、次の先走りを零し始めていた。一度見て見ぬふりをしたのに、また腰がズンと重くなる。


「大和……大和……」
「き、りゅう」


(なんで、そんな切なそうな目……。)

 口の中に涎が溢れる。何度も何度も、ごくり、と喉仏が動いた。霧生の青臭い体液の匂い。頬にかかったそれが垂れて、一滴、口の中に入った。頭がくらくらして、もう何も考えられない。

 気づけば、大和は顔を伏せ、霧生の剛直を飲み込んでいた。半分も入らないそれを、ゆっくりと舌で撫で上げる。じゅる、と吸うと、口の中は先ほどの青臭い香りでいっぱいになった。

「はあっ!大和、これ、気持ちいい、ッ!」

(俺だって、フェラされたことねぇのに……なんで、俺……。)

 今何かを考えるのは危険な気がした。必死に頭を動かし、陰茎を愛撫する。上顎を亀頭で擦られ、ぞくりと肌が粟立った。霧生の腰がくねり始め、喉奥を犯そうとしてくるのを必死に押さえる。

「ぐ、ん゙ん゙!ゔ、ぇ、っ」
「大和、ッゔーー……はあっ、はあっ、また出る……っ」
「ん゙、ごぉっ」

 霧生の膨らんだ亀頭が喉奥に嵌って、大和の視界に星が飛んだ。そのまま何度か腰を振り、狭い喉奥の中でどぷ、と吐精される。食道に精液が直接かけられて咽せそうになるのを必死に堪えた。

「ゔっ、はあっ、気持ちいいっ、大和……っ」
「ん゙ん゙ん゙!」

 無理やり喉奥から引き抜くが、まだ舌の上で射精が続いている。あふれそうになるそれを涙目で飲み下しながら、大和も身体をぶるりと震わせた。

(嘘、俺、霧生の舐めて、イッ、た……?)

 太ももを擦り合わせると、下着の中でにちゃにちゃと音がする。達したのは気のせいではなかった。濡れた感覚が不快で、情けなくて、また涙が滲んできた。

 大量の精液を飲み終え、まだ半勃ちの陰茎を吐き出す。霧生は大和の目に涙が浮かんでいるのに気づき、そっと抱き寄せて舌で拭った。

「大和、すまない」
「いや、違ッ、お前のせいじゃないから!いや、お前のせいだけど!クソ!」

 大和が「トイレ行ってくる!」と言って立ち上がろうとすると、霧生の腕が絡みついてきた。

「おい……」
「大和……俺、まだ……」

 霧生は熱に浮かされたような目で、また硬く屹立したものを腰に押し付けてくる。眩暈がしそうだった。とてもじゃないが、もう相手をする気力がない。それに、霧生の声も掠れていて、息が細い。限界なのは霧生も同じはずだ。

「や、まと……」

 そう呟いた後、一瞬、霧生のまぶたが重そうに落ちた。大和の腕を掴む手も、力が抜けている。

「バカ……お前、ほんとにもう限界だろ。今日はこれで我慢しろ」

 大和が振り向いてそっと顔を寄せる。そして、薄く乾いた唇に自身のそれを優しく重ねた。霧生の指がぴくりと震える。

「ほら、寝るぞ」
「ん……おやすみ、大和」

 そのまま、大和を正面から抱きしめながら、霧生は静かに目を閉じた。大和の意識もすぐに闇に呑み込まれていく。もう一度唇に温かさを感じた気がした。










(あれ、昨日、俺、何した……?)

 枕に顔を埋めながら、脳内に浮かんだ記憶を必死にかき消そうとする。だが、どうしても断片が蘇る。

 ——霧生の体温。
 ——湿った肌の感触。
 ——熱っぽい息遣い。
 ——口の中いっぱいに広がる霧生の……。

 一瞬、頭が真っ白になる。

「……俺、何した?」

 言葉にした瞬間、はっきりと思い出してしまった。霧生に求められ、熱に浮かされたような視線を向けられ——。

 そして、自分は、咥えて、しまった。

「うわああああああああああ!!!」

 大和は頭をガシガシと掻きむしりながら、枕に顔を埋めて絶叫する。

(何で、俺、あんな……男のチンコ咥えて……しかも、ノリノリで……)

 冷静になって思い返せば返すほど、顔が熱くなる。霧生に触れて、求められて、流されるように応じて——いや、流されただけには思えない。

(違う!俺は、アイツが辛そうだったから……!それに、俺、あいつが弱々しくお願いしてくんのに弱いし……だからっ!)

 じわりと嫌な汗が滲む。自分の行動を正当化しようとしているのがわかる。そうやって誤魔化さないと、まともに向き合えないからだ。信じたくない事実に触れそうで、大和は枕を持ち上げ、勢いのまま振り下ろす。それは見事に霧生の顔面へと命中した。

「……ん」

 霧生は一瞬ピクリと眉を動かしたが、体力が尽きているのか、枕が顔に乗ったままそれ以上の反応がない。

「おい、お前、避けろよ!」
「大和、うるさい……」

 枕が顔に乗ったまま、小さな声で呟く。

「いやいやいや、お前のせいだから……じゃなくて、起きたなら枕をどかせよ!」

 しかし、霧生は微動だにしない。なんならまた寝息が聞こえてきた。投げた本人が居たたまれず、枕をそっと取り除く。霧生の白い頬は、枕が当たって少し赤くなっていた。

(とりあえず、今は何も考えねぇ。朝飯作りながら頭冷やそ。)

 今日は日曜日で学校は休み。もう少し寝ていても良かったが、昨日の自分の痴態を思い出し、それどころではなくなってしまった。

 深いため息を吐きながら、大和が立ち上がる。ぐるぐるとまとまらない思考を抱えたまま、無心で米を研ぎ始めた。
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