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出会い 3
しおりを挟むセウが次に目を覚ましたのは、朝まだ早い時間だった。
気の早い鳥の声がしているが、光はまだ弱い。
変わらず、穏やかで静かな、暖かい空気。
僅かな希望が顔を出す。
セウは歯をほんの少し食いしばった。
助けられたのが良い事なのか悪い事なのか、それが分かるのはまだ先だ。
警戒を解いてはいけない。
彼は、『新しい主人』なのだから。
体を僅かに動かす。
まだ、酷い痛みだ。
が、セウにはどうしても体を動かさなければならない理由があった。
とても、大事な理由だ。
…あの人は、寝ているのだろうか。
早く…、、早く…。
「…う……。」
体を起こそうとして、思わず声が漏れた。
やはり、痛い…。
ロアはウトウトとしていて、衣擦れの音で目が覚めた。
急いでそばに寄ると、エルフはベッドの中でビクッと体を強張らせ、ロアが何をするのか身構えているのがわかった。
が、普段から無口なロアは、やはりこんな時も言葉を掛けるでも無く、取り敢えず頭を起こして手を取り、水を持たせた。
エルフはまだ少し緊張していたが、大人しく、だが、ゴクゴクと音を立てて水を飲んだ。
が、まだ眉にシワが寄っている。
痛むのか、それとも具合が悪いのか、そんな事を考えていると、
「あの、ご不浄に、行きたいのですが。」
「…。」
『ご不浄』
それは、貴族の中で使われる言葉だ。
エルフの貴族だったのかもしれない。
が、まだ歩くのは無理だろう。
ロアは上掛けをめくり、エルフの軽い体を抱き上げた。
「!、あ、じ、自分で…。」
「…。」
時間をかけるのは、お互いの為に良くない。
その声を無視して、ご不浄へ運ぶ。
抱いた胸と腕に染みて来た温かさ。
あの、最初に感じた冷え切った体温ではなく、暖かいと言える体温がロアをホッとさせた。
さて、、、
どうしようかと迷っていると、ロアは便所から追い出されてしまった。
1人で出来るのか?
目も見えないし、まだフラフラのくせに。
風呂場に運べば良かったか。
ロアがそんなことを考えていたら、魔導具の音がして、ヨタつきながらも1人で出てきた。
やはり痛むのか、まだ、眉は寄せられたままだ。
「…ぅわ!…す、すみません。」
ロアは、また抱き上げてベッドへ運ぶ。
「あ、あの、自分で。」
「…。」
「…あの、すいません。」
「…。」
重くもない。
嫌でもない。
その顔からすると、まだ体も酷く痛むのだろう。
…何を謝っているのか。
ロアはこんな時にもかける言葉を持たない。
ダンならばもっと気の利いた言葉を吐き、怪我人を安心させるのだろう、とロアは初めてダンを少しだけ羨ましく思った。
「…飯、食えるか。」
聞くと、答えの代わりに、腕の中でコクリと小さな頭が動く。
抱かれて運ばれるのが恥ずかしいのか、大きな耳が少し赤い気がした。
まだ温もりの残るベッドにそっと横たえ、頭を支えて薬湯とスープを飲ませる。
ふと見れば、エルフが更に顰めっ面をしていた。
眉が寄っているだけではなく、また口までへの字だ。
何か気に食わない事でもしてしまったか。
ロアはそう思ったが、思っただけだ。
…まあ、いい。
さて、婆あ達がくる前に、風呂を浴びさせて薬を塗り直したい。
ロアは風呂と薬の準備をする為に、下階へ降りた。
セウは居た堪れなかった。
大の男が抱き上げられて運ばれただけでなく、自分で飲めるのにそれさえ伝える事ができず、頭を支えられたままスープを飲ませて貰う。
居た堪れない。
それに甘えている自分が、一番居た堪れなかった。
小さな子供でも、か弱い女でもない。
礼さえも素直に言えず、セウは自己嫌悪で顰めっ面になりながら、ロアにされるがままにベッドに寝ていた。
下階で何かして戻ってきたロアが、言った。
「…風呂を沸かした。傷を洗って薬を塗る。」
セウはすぐに返事ができなかった。
ーーー傷…、、
あれだけの暴姦を受けたのに、体は綺麗で、後口には薬まで塗られていた。
そうだ、この人が介抱してくれたと言っていた。
どう思われただろうか。
こんな男達に犯され、汚れた体。
血と精を垂らしている後口。
…見られたくなかった。
いや、どうでもいい。
この人が殆ど話しをしないのは、主人にそう命じられたからかもしれない。
名前を聞かれないのは、既に知っているからかも知れない。
きっと、そうだ。
貴族が自ら介抱する事は無い。
信用の置ける者に任せるだろう。
それが、この人なのだ。
……私は、また、、
走馬燈のように、次から次へと嫌な場面が浮かんでは沈む。
……もう…、嫌だ。
口の中が乾き、呼吸が速くなる。
もう、嫌だ、あんな事…。
また連れ戻されてしまうのか。
やめて、…イヤだ、
痛い、苦しい、ーーー、、息が……、
不自由な指先が痺れ、ぶるぶる震えて、首の飾りが取れない。
これを外して!
首が、…締まる、
くる…し、い…、………いき、が…
ふと、温かいもので包み込まれた。
背中をゆっくりとさすられている。
口に被さるのはなんだろう。
何度かゆっくりと息が吸われ、送りこまれる。
手足の痙攣がおさまり、落ち着いてくると、目の前にあるのが顔だとわかった。
浅黒い肌だった。
近すぎて顔立ちまではわからない。
…温かい…、、
温かいものに包まれながら、
セウはまた、眠りに落ちた。
ロアは、薬を、と言ったあと呼吸が浅く早くなるのを見て、背中をさすりながら過呼吸が収まるのを待ったが、なかなかおさまらなかった。
その曲がった指が震えながら動くのを痛ましいと見ていたら、首に引っ掻き傷がいくつかできており、ロアはハッとしたように手を首から引き剥がし、腕を拘束する様に抱き込んで背中をさすった。
それでも落ち着かない息を、ロアは自分の口で塞ぎ、ゆっくりと吸い、吹き込む。
一呼吸毎に様子を見ながら繰り返した。
そうこうしているうちに、エルフはまた眠ってしまった。
抱き上げても起きなかったが、薬は塗らなければいけない。
意識が無い方がいいだろうと、このまま風呂に入れて薬を塗る事にし、風呂に向かった。
服を脱がせ、お湯に入れる。
髪と体を洗い、湯から上げて中も洗った。
まだ固まった血が出てきたが鮮血では無かった。
後口の腫れもだいぶおさまり、快方に向かっている事に安堵する。
前回同様に傷薬を多めに塗り込める。
風呂から上がり、風の精霊で乾かし、打撲にも薬を塗る。
打撲がだいぶ治っていた。
早すぎる気もするが、もしかしたらロアのいい加減な治癒が効いたのかもしれない。
魔術には相性がある。
ロアは精霊術4種の中では火と風が得意だが、土は苦手だ。
水は必要があれば使う程度か。
魔術8種は闇がメインで、火と雷、風はまあまあで、氷や土、水、光は威力は弱い。
弱くても発現することの方が稀なのだが、ロアの知る事ではない。
ロアが得意なのは、風や火の魔術を風の精霊で煽ったり、水の精霊に水を少し撒かせて雷を放つなどの複合魔術だ。
水の精霊に霧を発生させて、闇で眠りの効果を付け、風の精霊に運ばせたこともある。
ひとつだけなら大したことはないのだが、剣を構えながら、複合魔術を行使できる人間は少なかった。
同じように対人でも行使者と被対象者との間に相性がある。
相性が良ければ、効果も上がる。
特に治癒は魔素を直接患部に流す為、相性がとても重要になる。
「フン、…。」
もう少し治癒を掛けてやるか。
ロアはそう思い、またベッドへと横たえた。
ちゃんと息をしているかを確認するのは、毎度の事。
上掛けをしっかりと巻いて低い体温が奪われないようにするのも、冷たい足先をギュッと握って熱を分け与えるのも。
魔素を直接流す為に、目の横と口元の打撲跡に触れる。
長いまつ毛、ツンと尖った鼻、無防備に少し開いた薄い唇。
顰めっ面だが、まるで彫刻のようなそれを眺めながら、治癒を掛けた。
顔色はまだ戻らない。
思い出しただけで過呼吸を引き起こす程、辛かったのだろう。
当たり前だ。
…まあ、いい。
髪を撫でる。
綺麗なまっすぐな髪は、ロアの適当な洗髪にも関わらずサラサラとして気持ちいい。
ロアが頬に手を添えると、エルフの眉間に深く刻まれていたシワが、少し解かれた。
ロアは不思議だった。
何故、孤児院にやらないのか。
何故、自分が世話をしているのか。
考えても答えは出そうに無く、結局はそんな気分だからそうしているだけだと、自分を納得させた。
ロアは暫く眺めながら治癒していたが、婆あと子供達が家に入って来た音が聞こえ、居間に降り、少し遅い朝食を食べた。
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