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第6章 あなたは私の宝物
3. 王子の母
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「あなたにお会いできるのを、楽しみにしていたのよ」
「私もです、殿下」
「殿下はやめてください。他人行儀で悲しいわ」
「そうでした……イリス様」
「『様』もなしよ。私なんてもともとは貴族ですらない、ただの踊り子だったのですから……」
塔に幽閉された最初の日から、俺はニケの母親であるザハブルハーム王国王妃イリスと会っていた。
夢の中で、だが――……
ニケの案内で王宮に招かれた日に見た夢では、王妃の声を聞くことができはなかったが、二度目の再会からはお互いに言葉を交わすことができている。
イリスの母親は呪術師だったらしく、踊り子という道を選んだ彼女だったが、魔法の才能にも恵まれているらしい。
だが、誰の夢の中にでも入ることができるというわけではなく、そういうことができたのは俺にだけで、イリスも驚いていた。
ニケじゃなくて、どうして俺だけ……
俺は本来、この世界の人間じゃない。
そのせいなのだろうか……
イリスと夢の中で会うようになって、色々な話をした。
彼女が踊り子だった頃のこと、ザハブルハーム王国の王妃になってニケが生まれてからのこと。
土地の人間ではない第四王妃に周囲は冷たく、イリスはニケとともに、宮殿の中で居場所のない生活を送っていたと言う。俺はイリスやニケよりもずっと恵まれた環境のはずだったけど、皇子として城で生活するのが息苦しいと感じていた。それもあって、彼女とは意外なほど話が合った。
イリスが俺の話を聞いて一段と目を輝かせたのはやはり、ニケと一緒に冒険をしたときのことだった。
「もうすぐ、大きな戦いが始まります。その戦いの勝敗は、戦そのものの勝敗さえ決定づけるでしょう……」
「どうして知っているのです?」
「ニケは毎日私に会いに来て、色々なことをお話してくれるのよ。私は返事をすることはできないけれど、ひとつも聞き逃すものですかと、耳をそばだてているの」
イリスの美しい顔に微笑みが浮かぶ。淡く頬が紅潮したその顔は、少女のように可憐で、花が咲いたように美しかった。三年前から彼女の時が止まっていることを差し引いても、ニケのような歳の息子がいる年齢とは到底思えなかった。
くるくると変わる可憐な表情は、相対する者を惹きつけてやまない。
なんて……こんなにも綺麗な女性とふたりきりで長く話したことなんて、前世も含め一度もなかったせいか、少し舞い上がっているかもしれない。
「ノアは大丈夫よ。だってあなたは、みんなから愛されているのだから」
「そうかなあ……」
「……ねえ、ノア……お願いね、ニケのこと……」
ニケが母親のことを一番に考えているように、イリスは息子のことを誰よりも案じていた。
「大丈夫。ニケは俺を裏切ったけど、俺はぜんぜんニケのことを嫌いになってないんだ」
「ノア……ニケがあなたにしたこと、ほんとうにごめんなさい」
イリスの水色の瞳に涙があふれ、頬にこぼれ落ちた。
この世界の母親は、俺が五歳にもならない頃にこの世を去っていたが、かすかな記憶が残っていた。それは、ルクスの記憶と感情だったが、俺のものでもある。
「ニケは母親想いのいいヤツだ。そんな友達を、塔に閉じ込められたって……嫌いになんかなれないよ」
そして、ニケは知っているのだと思う。
ベルムデウス帝国が勝ち、ザハブルハーム王国は負けるということを。
彼が冒険者として過ごした三年間は、帝国に拠点を置いていたと聞く。帝国は連戦連勝の常勝国。国力の差がありすぎる。王国に味方する同盟国でもあれば話は違ってくるのかもしれないが、一国で対抗するとなると、結果は目に見えている。
そうなったら……ニケは、イリスはどうなるのだろうか?
ニケはイリスを守るためなら、どんなことでもすると言っていた……
アラゴグ討伐で初めてパーティを組んで以来の短い付き合いだけど、ニケはエトワールを助けてくれた恩人でもある。それから、仲間たちの誰よりも俺に懐いてくれたせいか、弟のようにも思っていた。ブラウフォンスでみんなで一緒にごはんを食べたときにはもう、戦争の気配をいち早く察知していたニケの思惑が裏にあったのかもしれないけど……
それでもやっぱりニケを嫌いには、なれない――
「私もです、殿下」
「殿下はやめてください。他人行儀で悲しいわ」
「そうでした……イリス様」
「『様』もなしよ。私なんてもともとは貴族ですらない、ただの踊り子だったのですから……」
塔に幽閉された最初の日から、俺はニケの母親であるザハブルハーム王国王妃イリスと会っていた。
夢の中で、だが――……
ニケの案内で王宮に招かれた日に見た夢では、王妃の声を聞くことができはなかったが、二度目の再会からはお互いに言葉を交わすことができている。
イリスの母親は呪術師だったらしく、踊り子という道を選んだ彼女だったが、魔法の才能にも恵まれているらしい。
だが、誰の夢の中にでも入ることができるというわけではなく、そういうことができたのは俺にだけで、イリスも驚いていた。
ニケじゃなくて、どうして俺だけ……
俺は本来、この世界の人間じゃない。
そのせいなのだろうか……
イリスと夢の中で会うようになって、色々な話をした。
彼女が踊り子だった頃のこと、ザハブルハーム王国の王妃になってニケが生まれてからのこと。
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イリスが俺の話を聞いて一段と目を輝かせたのはやはり、ニケと一緒に冒険をしたときのことだった。
「もうすぐ、大きな戦いが始まります。その戦いの勝敗は、戦そのものの勝敗さえ決定づけるでしょう……」
「どうして知っているのです?」
「ニケは毎日私に会いに来て、色々なことをお話してくれるのよ。私は返事をすることはできないけれど、ひとつも聞き逃すものですかと、耳をそばだてているの」
イリスの美しい顔に微笑みが浮かぶ。淡く頬が紅潮したその顔は、少女のように可憐で、花が咲いたように美しかった。三年前から彼女の時が止まっていることを差し引いても、ニケのような歳の息子がいる年齢とは到底思えなかった。
くるくると変わる可憐な表情は、相対する者を惹きつけてやまない。
なんて……こんなにも綺麗な女性とふたりきりで長く話したことなんて、前世も含め一度もなかったせいか、少し舞い上がっているかもしれない。
「ノアは大丈夫よ。だってあなたは、みんなから愛されているのだから」
「そうかなあ……」
「……ねえ、ノア……お願いね、ニケのこと……」
ニケが母親のことを一番に考えているように、イリスは息子のことを誰よりも案じていた。
「大丈夫。ニケは俺を裏切ったけど、俺はぜんぜんニケのことを嫌いになってないんだ」
「ノア……ニケがあなたにしたこと、ほんとうにごめんなさい」
イリスの水色の瞳に涙があふれ、頬にこぼれ落ちた。
この世界の母親は、俺が五歳にもならない頃にこの世を去っていたが、かすかな記憶が残っていた。それは、ルクスの記憶と感情だったが、俺のものでもある。
「ニケは母親想いのいいヤツだ。そんな友達を、塔に閉じ込められたって……嫌いになんかなれないよ」
そして、ニケは知っているのだと思う。
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そうなったら……ニケは、イリスはどうなるのだろうか?
ニケはイリスを守るためなら、どんなことでもすると言っていた……
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それでもやっぱりニケを嫌いには、なれない――
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