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25話
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「…………」
想定外の事態に、頭が真っ白になってしまったセシルだったが、布が裂かれる鈍い音を耳にし、我に返った。
「マシュー……! やめろ!!」
セシルの黒いローブはズタズタに引き裂かれ、白い肌が薄暗い地下室の蝋燭と水晶の仄かな明かりを受け、ぼんやりと浮かび上がる。
危機感を募らせるセシルとは対照的に、獣は嬉しげに尾を振り、セシルに身を擦り付けてくる。
セシルは落として床に転がっている魔法の杖を魔法で呼び寄せ、もう一度獣を操る呪文を唱えた。だが、獣に魔法は効かず、なんの変化も見られない。
「くそ……肝心の思考を操る魔法が効かないとは……魔法薬は失敗だったか」
どこで手順や材料の量に間違いがあったのか、と記憶を辿るセシルだったが、集中はすぐに途切れた。獣の長い舌がしきりに顔中を舐めてくるせいだ。
「マシュー。マシュー!」
幾度呼びかけても、獣は意を介そうとはしない。どうしたものか——と考えあぐねるセシルだったが、
「……っ!」
獣の舌が胸の飾りを舐め上げ、思わず上擦った声を上げてしまった。セシルのそこはマシューとの度重なる行為で、感度が高くなっている。そのことに気づいたセシルは、白い頬を羞恥で赤く染め上げた。
「やめないか!」
獣の大きな尖った耳をぎゅっ、と掴んで引っ張ってみるが、それの動きを妨げることはできなかった。
獣の分厚く滑らかな舌が頬と同様に胸の赤く膨れた部分を往復する度、セシルは下腹部に熱が溜まっていくのを感じていた。身をよじるも、獣の巨体からは逃れられそうにない。
しかし、獣の舌が胸の頂きから離れて、匂いを嗅ぎながら、さらに下へと向かう動きを捉え、セシルは凍りついた。手荒な事はしたくなかったが——と内心で独り言ちながら、魔術師は意を決し、杖を振り上げた。
「すまない、マシュー」
謝罪の言葉の後にセシルが唱えた呪文は、標的を吹き飛ばし、獣は石壁に激しく衝突した。壁にヒビが入る程の衝撃による凄まじい音が、窓のない地下室に響き渡り、獣の背から抜け落ちた無数の灰色の羽根が床の上へと散らばった。
「マシュー、大丈夫か!?」
力加減を間違えたな、とセシルは焦りながらも、破られた衣服の前をかき合わせて結び付けた。それから慎重に後退り、獣との距離を取った。
——グルルルル……。
先程までよりも低く不機嫌そうな唸り声に、セシルは警戒を強め、杖を構える。
暗闇の中に浮かび上がる獣の鋭い眼光と視線を交わし、セシルは杖を握る手に力を込めた。マシューを傷つけたくない気持ちと、己の身に迫った危険を鑑み、葛藤を抱く。
どうすればマシューを傷つけずにこの窮地を切り抜けられるかと思案していると——獣に変化が訪れた。
「グウゥ……ッ」
獣は片方の手を自身の額に当てた。その動作は頭痛に苦しむ人間の姿を思わせる。獣らしからぬ仕草に、セシルはもしや——と期待を抱く。
「……マシュー?」
「…………ヴゥッ」
獣は両の手を頭に置いて、顔を伏せた。
「私だよ……セシルだ」
セシルは見た。声に応じて顔を上げた獣の目には、先程までの獰猛な光が消えているのを。
「……ぜ、……じ——る」
「マシュー!」
濁りを帯びてはいるが、己の名を呼ぶ理性の宿ったその声は、セシルを驚かせた。
「私のことがわかるんだな?」
「——セシ、ル。俺は……いったい?」
「マシュー……君は——」
そこでセシルは開いた口を再び閉じた。なんと説明したものか——と……。
想定外の事態に、頭が真っ白になってしまったセシルだったが、布が裂かれる鈍い音を耳にし、我に返った。
「マシュー……! やめろ!!」
セシルの黒いローブはズタズタに引き裂かれ、白い肌が薄暗い地下室の蝋燭と水晶の仄かな明かりを受け、ぼんやりと浮かび上がる。
危機感を募らせるセシルとは対照的に、獣は嬉しげに尾を振り、セシルに身を擦り付けてくる。
セシルは落として床に転がっている魔法の杖を魔法で呼び寄せ、もう一度獣を操る呪文を唱えた。だが、獣に魔法は効かず、なんの変化も見られない。
「くそ……肝心の思考を操る魔法が効かないとは……魔法薬は失敗だったか」
どこで手順や材料の量に間違いがあったのか、と記憶を辿るセシルだったが、集中はすぐに途切れた。獣の長い舌がしきりに顔中を舐めてくるせいだ。
「マシュー。マシュー!」
幾度呼びかけても、獣は意を介そうとはしない。どうしたものか——と考えあぐねるセシルだったが、
「……っ!」
獣の舌が胸の飾りを舐め上げ、思わず上擦った声を上げてしまった。セシルのそこはマシューとの度重なる行為で、感度が高くなっている。そのことに気づいたセシルは、白い頬を羞恥で赤く染め上げた。
「やめないか!」
獣の大きな尖った耳をぎゅっ、と掴んで引っ張ってみるが、それの動きを妨げることはできなかった。
獣の分厚く滑らかな舌が頬と同様に胸の赤く膨れた部分を往復する度、セシルは下腹部に熱が溜まっていくのを感じていた。身をよじるも、獣の巨体からは逃れられそうにない。
しかし、獣の舌が胸の頂きから離れて、匂いを嗅ぎながら、さらに下へと向かう動きを捉え、セシルは凍りついた。手荒な事はしたくなかったが——と内心で独り言ちながら、魔術師は意を決し、杖を振り上げた。
「すまない、マシュー」
謝罪の言葉の後にセシルが唱えた呪文は、標的を吹き飛ばし、獣は石壁に激しく衝突した。壁にヒビが入る程の衝撃による凄まじい音が、窓のない地下室に響き渡り、獣の背から抜け落ちた無数の灰色の羽根が床の上へと散らばった。
「マシュー、大丈夫か!?」
力加減を間違えたな、とセシルは焦りながらも、破られた衣服の前をかき合わせて結び付けた。それから慎重に後退り、獣との距離を取った。
——グルルルル……。
先程までよりも低く不機嫌そうな唸り声に、セシルは警戒を強め、杖を構える。
暗闇の中に浮かび上がる獣の鋭い眼光と視線を交わし、セシルは杖を握る手に力を込めた。マシューを傷つけたくない気持ちと、己の身に迫った危険を鑑み、葛藤を抱く。
どうすればマシューを傷つけずにこの窮地を切り抜けられるかと思案していると——獣に変化が訪れた。
「グウゥ……ッ」
獣は片方の手を自身の額に当てた。その動作は頭痛に苦しむ人間の姿を思わせる。獣らしからぬ仕草に、セシルはもしや——と期待を抱く。
「……マシュー?」
「…………ヴゥッ」
獣は両の手を頭に置いて、顔を伏せた。
「私だよ……セシルだ」
セシルは見た。声に応じて顔を上げた獣の目には、先程までの獰猛な光が消えているのを。
「……ぜ、……じ——る」
「マシュー!」
濁りを帯びてはいるが、己の名を呼ぶ理性の宿ったその声は、セシルを驚かせた。
「私のことがわかるんだな?」
「——セシ、ル。俺は……いったい?」
「マシュー……君は——」
そこでセシルは開いた口を再び閉じた。なんと説明したものか——と……。
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