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2話
しおりを挟むカナフはハルの様子を横目で眺めながら、はあ——と、小さく息を吐いた。
——かっこいいなぁ……。
カナフはカップを手に持ち、お茶をもう一口啜る。
広めに取られた窓枠の外へ目を向けると、風に揺れる木々の隙間から差す木漏れ日のきらめきが目に留まった。遠くから聞こえる微かな鳥の囀り。首を反らし見上げてみると、朗らかな青空には、まばらな小さな雲がゆっくりと動いている。
——ああ、平和だなあ。学院を抜け出してきてよかった。
魔術師達の困り顔が脳裏に浮かぶが、まあ——、いつものことだし大丈夫だろう、とカナフは憂いを打ち消す。それからカフェの給仕、ハルへと視線を戻す。
ハルは客達の注文を伺っていた。カナフは密かに魔術を使い、ハルの姿が大きく見えるようにしていた。ハル君は、指の形まで素敵だなあ……。
カナフはカフェ・ベルデの給仕、ハルに恋をしていた。言わずもがな、片思いである。
はあ——と魔術師は深い溜め息を吐いた。一体どうすれば、ハルに振り向いてもらえるのだろうか……?
「見つけた! またこの店でサボっていたな、カナフ!」
「アロン……! ちっ……」
カナフが鬱陶しげに顔を上げた先には、荒い息吐く魔術師、アロンがいた。魔術学院エクビリオンの下級魔術師であるアロンは、そばかすの浮いた頬を上気させながら、乱れてしまった癖の強い赤茶けた髪を、手のひらで雑に撫でつけた。
アロンはカナフより二つ年上ではあるが、留年を繰り返したせいで、カナフと同期である。魔術学院の進級試験は厳しく、入学した魔術師の半数は卒業できずに脱落し、中退していく。
在学中、劣等生と見做されていたアロンが卒業できたことは奇跡か、もしくは裏で手を回したと陰口を叩かれていた。卒業後、魔術師として学院に席を置くようになっても、同僚達からですら、魔術師として半人前であると侮られている。それでもくされずめげず、人の嫌がる雑用を率先してこなし、日々の業務に励んでいた。
アロンは下級魔術師を表す濃灰色のローブを纏い、耳飾りに指輪や腕輪、たくさんの装身具を身に付けている。どれも魔力を高め、魔術の効力を上げるものだ。ずれていた眼鏡を指で上げると、目を釣り上げながら、カナフへ胡乱な目を向ける。
「ちっ……じゃないよ! お前のせいで、俺がバルテルから怒られるんだよ!?」
「まあまあ、もう慣れっこだから、気にするなって」
「慣れっこじゃねえよ! ほら、帰るぞ!!」
「いや、まだ来たばかりなんだけど」
「だったら何ですかぁ!? そもそも、仕事をサボってカフェでお茶を飲むのはダメだって、わかってるだろ!?」
「そんな大声出すんじゃないよ。他のお客さんに迷惑だろ」
「誰のせいでっ!!」
「わかってるって——すぐに行くから、君は先に……」
「先にって……そうやって、お前、また逃げる気だろ! 騙されないぞぉ!」
再度小さく舌を打ったカナフのローブを、アロンは死んでも離すものかと力の限りに掴んだ。引きずってでも学院に連れ戻してやる、という強い意志が、固く握られた手に込められている。
「カナフさん、もう帰られるのですか?」
騒がしい魔術師達の様子を遠目から窺っていたハルが、カナフへと声をかけた。
「うん……また来るよ」
気鬱げな様子で、カナフは応えた。
「少し待っていてくださいますか?」
ハルはそう告げてからと店の奥へと消え、間もなくしてからフロアへと戻ってきた。手には紙製の手提げ袋を持っている。
カナフの前に立つと、優しい笑顔と共に、小さな包みを差し出した。
「これ、昨日作り過ぎてしまったので、よかったら」
「えっ、これって……。ほんとにいいの?」
「以前、気に入ったと仰っていたので」
「…………」
カナフの脳裏に、以前ハルから同じものを貰った日のこと——数カ月前の記憶が甦る。
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