魔術師は初恋を騎士に捧ぐ

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9話

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「自己分析ですか? カナフさん……」
「違う……そういうんじゃない! こういう時だけ敬語になるな。これは……とにかく、君には関係ない」
「なんでもいいけどさ……そんな余裕があるなら、ちゃんと仕事もをしてほしいんだけど?」
 アロンはカナフの向かいの席に腰を下ろすと、テーブルに肘を置き頭を抱え込んだ。
「どうしたんだ、アロン?」
「……どうしたんだ、じゃないよ。俺がここに何をしにきたのか、わかるよね? カナフ・ラヴァン上級魔術師様?」
「僕を連れ戻しに来たのか」
「正解。おめでとう! 大・正・解!」
「来たばかりだ。まだ帰りたくない」
「うるせー! 俺の苦労も知らないで、まったく君は……」
 大きな溜め息を吐き、アロンは首を左右に振った。
「とりあえず学院に戻るぞ。早くしないと……はぁ……」
「……わかったよ」
 疲れきった様子のアロンに、微かな罪悪感を芽生えさせたカナフは、渋々ながら大人しく従うことに決める。
 店を去る間際、給仕の制服に身を包んだハルがカナフに声をかけてきた。
「カナフ、今日もありがとう」
「ハ、ハル! 今日もお茶、美味しかった。またね……!」
「ああ。待ってるよ」
 ——いいな。敬語禁止にしてよかった……!
 アロンの登場によって急下降したカナフの機嫌は、ハルとの他愛ないやり取りによって再浮上する。
 そういえば、とハルと話を続けようとするカナフをアロンは許さず、上級魔術師の黒いローブを引っ掴むと、不満の声を黙殺し、急ぎ店を出たのだった。

 カフェから魔術学院へと帰る道の途中、アロンはカナフの腕を店を出てからずっと引きながら歩いていた。
「おい! ローブを引っ張るなって。生地が伸びる」
「お前が逃げないって言っても、信じられない。こうするしかないんだ」
「……僕って信用ないなあ」
「今頃気付いた? ていうかさ……」
「なに?」
「カナフがあの店に通う理由って、あの給仕の人目当てだよな」
「な……っ!」
 絶句するカナフに、アロンはニヤリと笑った。
「違う!」
「いや、違わないよね。わかりやす過ぎるよなあ、お前って」
「違うと言っているだろう!」
「はいはいはい。ていうか今日はあの給仕の人、敬語じゃなかったね。何かあった?」
「……ふふっ。聞きたいか?」
 だから、わかりやすいんだって——という言葉を飲み込み、アロンはカナフの話に耳を傾ける。
「ふーん。あの給仕の人、お前と同い年だったんだな。大人びてるから、俺より年上かと思ってたよ。ていうか、なーんだ。進展してないのか」
「そんな簡単に、するわけないよ」
「だよなあ……あの人、背は高いし顔はいいし、絶対モテるよな。よりにもよって、お前は選ばないだろうな」
「なっ……! なんでそんな、はっきり言うんだ……可能性はゼロじゃないだろ!?」
「ははは、悪い悪い。でもなあ~。正直、難しいよな。何か策はあるのか?」
「……あったら、とっくにやってる」
「だよなあ……」
 そこで会話は途切れ、二人が石畳を打つ靴音がやけに大きく響き始める。
 アロンはカナフほどではないにしろ、恋愛経験が浅い。有用な助言が頭に浮かぶべくもない。
「そうだ、こんな時は消去法だ」
「消去法?」
「カナフ、お前が人より優れているのは魔術の腕前くらいだろ」
「……あと、容姿もそこまで悪くないだろ?」
「…………」
 言葉を返さず無言のアロンに、カナフは不安を募らせる。
「……どうせ、不細工だよ」
「はは、そこまで悪くないよ。大丈夫」
「上からだなあ……」
 カナフはアロンを軽く小突き、抗議を示す。
「まあ、悪くはないけれど、中性的なかんじだよな。あの給仕はそういうのが好みなのか?」
「うっ……知らないけど……そうかもしれないぞ?」
 アロンは呆れた目をカナフに向けた。
「いや、狙ってるんなら、好みくらい聞いとけって。ていうか俺が言いたいのはさ、長所を活かせってことだよ」
「長所……魔術のことか?」
「そう! 例えば、魔法薬だよ。惚れ薬でも飲ませちまえば手っ取り早いだろ」
「は、はぁっ!?」
 カナフはアロンの突拍子もない提案に、思わず目を見張った。
「……それはダメだろ」
「そ、そう? でもさ、手段を選んでる余裕は……」
「アロン……君ってけっこう最低だな」
 冷たい目を向けるカナフに、アロンは口元を引きつらせてたじろぐ。
「はは……冗談だって。じゃあ、魔術で敵を倒すとか」
「敵?」
「魔物ばかりが敵ってわけじゃない。例えば、台所に出る黒い悪魔を魔術で——」
「もういい。君に訊いた僕が馬鹿だった」
「うぅ……。有識者の意見を集めといてやるから。ちょっと時間をくれ」
 ——有識者って……? あまり期待できそうにないな——。カナフは溜め息を吐き、空を見上げた。
 季節は秋の半ばを迎えている。色付き始めた木の葉が風に吹かれ、さまよいながらゆっくりと落ちていく様を、寄る辺ない気持ちを持て余しながら眺めるのだった。
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