世にも奇妙な世界 弥勒の世

蔵屋

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第二十九章

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 世にも奇妙な世界には、南無阿弥陀仏という念仏を唱えるだけで、極楽浄土にいけるという世界観があった。
 何故、そのような念仏信仰に夢中になるのだろうか?
今回のテーマは念仏信仰と極楽浄土について、日月神示国常立尊の立場から検証します。

さて、この南無阿弥陀仏はどのような意味があるのでしょうか?
おそらく宗教に関心のない方はチンプンカンプンだと思います。
それでは、ご説明しましょう。

『南無阿弥陀仏』とは、 『阿弥陀仏に帰依きえします』、
『阿弥陀仏にすべてお任せします』という意味の言葉なのです。
この言葉は、主に浄土宗や浄土真宗、天台宗などで唱えられています。
 『南無阿弥陀仏』は、『南無』と『阿弥陀仏』の二つの部分から構成されています。
 南無なむは『帰依する』とか、『お任せする』という意味です。
この南無はサンスクリット語の「namas」が語源です。

阿弥陀仏あみだぶつは〝無限の恵みをもたらす命〝や〝永遠の命を持つ仏様〝を指します。
サンスクリット語の「アミターバ」の音写です。
この念仏を唱えるとご利益はあるのでしょうか?
南無阿弥陀仏を唱えると〝心の落ち着きを取り戻す効果がある〝とされています。

〝心の安定〝は悲しい時や辛い時に唱えることで、平常心を保てると言われています。

〝仏様への感謝〝は悪行が軽減され、人生が好転することへの感謝の気持ちを込めて唱えられます。

〝極楽往生〝は念仏を唱えることで極楽浄土に往生できると説かれています。

 ー葬儀や法要に於ける念仏ー

 葬儀や法要で南無阿弥陀仏が唱えられるのは、故人が阿弥陀仏の力で極楽へ行けるようにという願いが込められているためです。
 〝僧侶の唱名〝は僧侶が念仏を唱えることで、故人の冥福を祈ります。
〝参列者の唱和〝は浄土宗では、参列者も僧侶と一緒に念仏を唱えることがあります。

 南無阿弥陀仏は主に浄土系の宗派で唱えられますが、宗派によって唱え方やタイミングが異なります。

 浄土宗は葬儀や法要で「念仏一会」として回数に決まりなく唱えたり、「同称十念」として10回繰り返したりします。

 浄土真宗では地域やお寺によって異なりますが、焼香の後に唱えることが多いです。

 さて、日月神示国常立尊の立場はどうでしょうか?
 日月神示では、仏教やキリスト教などすべての宗教を完全に否定しています。
そして、私たちの肉体に宿る身魂のミタマ磨きが最も大切であると教えているのです。

 このことは、大本開祖・出口なおのお筆先にも記述されていますし、娘婿の出口王仁三郎でぐちおにさぶろうの教えにも記述されています。
 また、岡田茂吉の御神書六冊にも記述があります。
 また、イエス・キリストのユダヤの地での神の国運動に於いても一貫して天の父の子であり、神であるということと、ユダヤ教の安息日(注釈1)について、ユダヤ教の宗教指導者たちと徹底的に論争したのでした。その結果、キリストは迫害され、無実の罪で磔にされ、全人類の罪をすべて背負い、肉体は滅びても霊魂は永遠の命として天界に住かれたのです。
キリストは磔にされた時、天界の父なる神に次のように言われました。
「主よ、彼らは何も知らないのです。許してあげて下さい」
そしてキリストの最後の言葉です。
「吾、世に勝てり!すべての使命を成就しました。父のもとに住きます」
と。
(注釈2)
ーユダヤ教の安息日ー

 ユダヤ教の安息日は、ヘブライ語でシャバットといいます。
 金曜日の日没から土曜日の日没までと定められており、天地創造の7日目に神が休息したことに由来します。この日は労働が禁じられ、礼拝や家族との団らんを通じて神聖に過ごされます。
 ユダヤ教の安息日は、旧約聖書の『創世記』に於いて神が天地創造の7日目に休息を取られたことに由来しています。このため、金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日とされています。
 安息日には、いかなる労働も行わないことが求められます。具体的には、火を扱うこと、機械の操作、お金を扱うこと、書くこと、料理などが禁止されています。

 準備しなければならないことがあります。
安息日が始まる前の金曜日には、食事の準備や買い物を済ませます。厳格なユダヤ教徒は、金曜日の日没前に食事の支度を終え、安息日には調理を行いません。

過ごし方は礼拝をします。具体的にはシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)での礼拝に参加します。

 家族との時間は大切です。
 家族で食卓を囲み、友人などを招いて過ごすのが一般的です。
 禁止事項があります。
 公共交通機関は運行を停止し、商店やオフィスも閉まります。

 人命救助などの緊急時には、安息日でも労働が許されています。現代に於いては、デジタルデトックスや家族との時間を大切にする日として、その意義が見直されています。

残念ながら日月神示国常立尊の立場では、キリスト教も完全に否定しています。
日月神示国常立尊の教えは一貫して神の道であり、神の光の道なのです。

 日月神示国常立尊の教えは『善一筋て生きよ』と、教えているのです。
そうすれば肉体に宿る身魂も綺麗になり、ミタマ磨きをすることが出来るのです。
難しいことは何一つありません。
朝、目覚めたら神さまに感謝する。
肉体も身魂も神さまからお借りしているのです。
このことが理解出来れば自分を大切にすることも自分の周りにおられる人々も大切にするようになるのです。
日中は仕事に行き、所属する企業、団体など様々な仕事をします。その仕事も与えられた仕事を全身全霊、誠を込めてやり遂げるのです。そうするとあなたはもう神さまと神人合一したことになります。また、ミタマ磨きにもなるんです。
今に善き、善き心、善き言葉、善き行いを励むこそ、善き、という人生の極意を日月神示国常立尊は教えているのです。
そして一日が終わり寝る時には次のように神さまに感謝しましょう。
「今日も無事過ごすことが出来ました。ありがとうございました。私の肉体も身魂も一旦神さまにお返し致します。もし明日も神さまのお役に立つなら目覚めさせて下さい。もし役に立たないのであれば私の肉体も身魂も召し上げて下さい。すべて神さまのものですから」
私はこの神さまとの意志想念をもう25年以上続けています。
私は健康で食べることが大好きです。
そして神さまとお話しすることが一番、心が癒されるのです。
皆さんもすぐに私のようになれますよ。
どうか、幸せな人生を歩んで下さい。

「神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神のつたへし 愛善あいぜんの道」

 歌人 蔵屋日唱くらやにっしょう
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