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第二巻
しおりを挟む【次郎長とお蝶の結婚式】
清水次郎長とお蝶の結婚式は次郎長一の子分大政の『高砂』の歌から始まった。
抑々結婚式で歌われる『高砂』は、室町時代に世阿弥が作った能楽『高砂』に由来する謡曲である。特に「高砂や この浦舟に帆を上げて」で始まる一節は有名で、夫婦愛と長寿を祝う大変おめでたい歌として、古来から結婚式で親しまれて来た。言わば日本人の心であり夫婦愛の固い契りと両家の絆を構築するものである。
この『高砂』は能楽の演目の一つで、夫婦愛と長寿を称えるおめでたい楽曲である。
兵庫県高砂市の高砂神社にある『相生の松』の伝説が元になっており、離れていても夫婦であるという松の精の物語が描かれているのだ。
さて、結婚式での謡われる『高砂』は
かつては、結婚披露宴で仲人が『高砂』を謡うのが習わしであった。
現代では仲人を立てないカップルも増え、謡われる機会は減っているが伝統的な結婚式では今でも謡われることがある。
私がそうであった。この高砂を聴いて私は妻との終生違わぬ愛を深く胸に刻んだのである。
歌詞の由来であるが、
「高砂や この浦舟に帆を上げて」という歌詞は、能楽「高砂」の中で旅の神主が謡う部分である。この歌詞自体は船の航海を描写しており、直接的に結婚を祝う内容ではないが能楽「高砂」の物語全体が老夫婦の理想的な姿を描いているため、結婚式で縁起の良い歌として定着したものである。
『高砂』の歌詞の一部を皆様にご紹介しよう。あまり馴染みのない歌詞なのだから。
「高砂や この浦舟に 帆を上げて 月もろともに 出汐の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて はや住の江に着きにけり」
現代に於ける『高砂』
近年では、披露宴で新郎新婦が座るメインテーブルを『高砂』と呼ぶことがある。これは、ゲスト席よりも一段高い場所に設けられることが多い為宝である。
結婚式で歌われる高砂は、室町時代に世阿弥が作った能楽作品の一つである。
特に「高砂やこの浦舟に帆を上げて」という一節が有名で、夫婦愛と長寿を祝う大変おめでたい歌として、結婚披露宴の定番となっているものだ。
能楽「高砂」は、夫婦愛と長寿を称える物語である。
そのあらすじを少しばかり皆様にご紹介しよう。
九州の阿蘇神社の神主・友成が、播磨国つまり現在の兵庫県高砂市であるが、播磨国の高砂の浦に立ち寄った際、相生の松の精である老夫婦に出会う。老夫婦は、高砂の松と住吉(現在の大阪府大阪市)の松が遠く離れていても夫婦である「相生の松の伝説を語り、松の永遠の命や夫婦の睦まじさを説く。その後、老夫婦は自分たちが松の精であることを明かし、小舟に乗って沖へ消えていく。友成は老夫婦を追って住吉へ向かい、住吉明神が姿を現して悪魔を払い、長寿と平安を祝福する舞を舞う。
「高砂や」の歌詞 「高砂や この浦舟に帆を上げて 月もろともに出で汐の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて はやすみのえに着きにけり」という歌詞は、友成が高砂から住吉へ向かう舟旅の様子を歌ったものである。
その込められた意味は能楽『高砂』の老夫婦は白髪になるまで連れ添い、互いを労わりながら生きてきた姿が描かれているのである。
この物語から、夫婦円満や長寿の理想が結婚式の歌として受け継がれているのだ。
🎵 結婚式での使われ方は現代では仲人が『高砂』を謡う機会は減っているがかつては披露宴で定番の祝言歌であった。新郎新婦の入場時に謡われたり、乾杯の前に披露されたりすることもあった。
日本人はこの結婚式で歌われた伝統的な『高砂』を決して忘れてはならない。
何故ならこれからも続くであろう日本民族の発展の為に子孫達に未来永劫伝えなければならない伝統文化だからである。
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