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第一巻
しおりを挟む【黄昏どき】
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの下級武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男である。俸禄は50石と低くて貧しい。娘二人と実母との4人暮らしである。
秋田藩での仕事は勘定方。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中に於いて勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日である。彼の名前は立花清左衛門という。年齢は35歳。娘は二人いて、一人はとめ、8歳。もう一人は梅、15歳。
さて黄昏は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯である。「黄昏時」
また、「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味であった。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われていて例えば「おはようさんです、これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったのである。
対になる表現に夜明け前を表す「かわたれどき(彼は誰時)」があり、本来はいずれも、夜明け前・日没後の薄明帯を区別せず呼んだと推測されている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「黄昏」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
清左衛門には幼馴染がいた。岩下すず。35歳。すずは別れた夫がいた。山本新八。38歳。二人の間には子がなかった。新八は酒癖が悪くて酒に酔うと見境なしに暴れた。ある日、新八があまりにも暴れる為、すずは夫である新八に注意をした。ところが新八はすずのその一言にら激怒。すずを殴る、蹴るの暴行を受けた。たまりかねたすずは身の危険を覚え言えを飛び出して実家に帰ったのである。すずの実家には清左衛門と職場が同じである岩下源八がいた。源八は清左衛門より3つ年上の上役である。
すずから新八の話を聞いた源八はすぐに新八の自宅に行き今回の一件を問いただした。すると新八は腹を立て、そのまあすずと離縁したのである。
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