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第二巻
しおりを挟む【第二章 神の語源と日本人の神感について。菅原道真公の場合を考える】
「神」の語源は「ネ(示)」辺と「申」です。
「示」辺は「祭壇」とその上の「お供え物」を表します。
「申」は「雷と稲妻」を表します。古代の人々は「雷」とりわけ稲妻を恐れたのでしょう。
アイヌ語の「カムイ」は「カミ」と変化し日本語の「神」になりました。
日本人の神感は平安期の菅原道真没後、道真を神として崇めたように人間を神として崇めたのです。
では菅原道真についてご説明しましょう。
菅原道真公が政争(注釈1)により大宰府へ左遷され、903年に亡くなった後、京都で落雷などの天変地異が相次ぎました。人々はこれを道真公の怨霊の仕業と考え、道真公は火雷天神として神格化されたのです。
この天神様とは元々は雷神や天候を司る神でしたが、道真公の死後、その怨霊が雷と結びつき、後に学問や芸能の神として崇められるようになったのです。
(注釈1)
菅原道真は宇多天皇の近臣でした。
寛平2年(890年)任地より帰京した。道真は本来ならば任地で行う引き継ぎを行わず京都に戻りました。この年、阿衡事件の後も厚い信任を受けていた橘広相が病没し、宇多天皇は代わる側近として道真を抜擢したのです。
寛平3年(891年)2月29日、道真は蔵人頭に補任されました。蔵人頭は天皇近臣中の近臣ともいえる職であり、紀伝道の家系で蔵人頭となったのは、道真以前は橘広相のみでした。
道真は蔵人頭を辞任したいと願い出ているが、許されませんでした。
さらに3月9日には式部少輔、4月11日に左中弁を兼務しました。
翌寛平4年(892年)従四位下に叙せられ、12月5日には左京大夫となってます。
寛平5年(893年)2月16日には参議兼式部大輔に任ぜられて公卿に列し、2月22日には左大弁を兼務しました。
4月2日には敦仁親王が皇太子となりましたが、宇多天皇が相談した相手は道真一人であったと言われています。
立太子に伴い、道真は春宮亮を兼ねているのです。
寛平6年(894年)遣唐大使に任ぜられましたが道真は唐の混乱を踏まえて遣使の再検討を求める建議を提出しているのです。
ただし、この建議は結局検討されず、道真は遣唐大使の職にあり続けました。しかし内外の情勢により、遣使が行われることはありませんでした。
延喜7年(907年)に唐が滅亡したため、遣唐使の歴史はここで幕を下ろすこととなりました。
寛平7年(895年)参議在任2年半にして、先任者3名(藤原国経・藤原有実・源直)を越えて従三位・権中納言、権春宮大夫に叙任しました。
また寛平8年(896年)長女衍子を宇多天皇の女御とし、寛平10年(898年)には三女寧子を宇多天皇の皇子・斉世親王の妃とし、宇多天皇との結びつきがより強化されることとなりました。
宇多朝末にかけて、左大臣の源融や藤原良世、宇多天皇の元で太政官を統率する右大臣の源能有ら大官が相次いで没し、寛平9年(897年)6月に藤原時平が大納言兼左近衛大将、道真は権大納言兼右近衛大将に任ぜられ、この両名が太政官の長となる体制になりました。
7月に入ると宇多天皇は敦仁親王(醍醐天皇)に譲位しましたが、道真を引き続き重用するよう強く醍醐天皇に求め、藤原時平と道真にのみ官奏執奏の特権を許したのです。
醍醐天皇の治世でも宇多上皇の御幸や宴席に従うなど、宇多上皇の側近としての立場も保ち続けたのです。
昌泰2年(899年)右大臣に昇進して、時平と道真が左右大臣として肩を並べました。
道真は家が儒家であり家格が低いことと、出世につけて中傷が増えたため辞退したいと上申していたが、悉く却下されたのです。
逆に、宇多上皇から道真のみに政務を委任したい旨の打診を受けますが道真はこれを拒絶しました。
翌昌泰3年(900年)には右近衛大将の辞意を示しましたが、これも却下されました。
一方で、文章博士・三善清行が道真に止足を知り引退して生を楽しむよう諭す文章を送っているのです。
8月21日には祖父以来の文章・詩をまとめた家集を醍醐天皇に献上し、「尽く金」と激賞されました。
昌泰4年(901年)正月に従二位に叙せられましたが、天皇を廃立して娘婿の斉世親王を皇位に就けようと謀ったとして、1月25日に大宰員外帥に左遷されました。
宇多上皇はこれを聞き醍醐天皇に面会しとりなそうとしましたが、衛士に阻まれて参内できず、また道真の弟子であった蔵人頭藤原菅根が取り次がなかったため、宇多上皇の参内を醍醐天皇は知らなかったのです。また、長男の高視を始め、子供4人が流刑に処されました(昌泰の変)。
道真の後裔である菅原陳経が「時平の讒言」として以降、現在でもこの見解が一般的です。
道真と時平の関係は険悪、あるいは対立的であったと捉えられることが多いですが、実際は道真の家と時平の家はそれぞれの父親の代から関わりが深く、度々詩や贈り物を交わす関係でした。ただし、贈答詩については、道真から発したものはなく時平への返答のみでした。
昌泰2年(899年)には、時平が父基経の事業を受け継いで建設した極楽寺(現在の宝塔寺の前身)を定額寺とするための願い状の代筆を道真に依頼するなど、時平は文章家としての道真を高く評価していました。
道真の失脚は、単に時平の陰謀によるものではなく、道真に反感を持っていた多くの貴族層の同意があったものと私は考えています。
また『扶桑略記』延喜元年七月一日条に引く『醍醐天皇日記』は、藤原清貫が左遷後の道真から聞いた言葉として、「自ら謀ることはなかった。ただ善朝臣(源善)の誘引を免れることが出来なかった。又仁和寺(宇多上皇)の御事に、数(しばしば)承和の故事(承和の変)を奉じるのだということが有った」と記載しています。
これにより、廃立計画自体は存在したという見解もあるのです。ただし、藤原清貫の報告について『菅家後集』で清貫が道真と面会した形跡がないことから実際にあった出来事なのか疑問も指摘されています。
私は歴史というものはいつもそうですが、謎めいたミステリアスな部分があると思っています。だからこそ、小説をより面白くすることが出来るのだと思います。
さて、菅原道真の廃立計画の背景として、時平の妹である穏子の入内を望む醍醐天皇に対して、阿衡事件の経緯から基経の娘(時平の姉妹)の入内を拒んできた宇多上皇が反発したとする指摘があります。
太宰府への移動はすべて自費によって支弁し、左遷後は俸給や従者も与えられず、政務にあたることも禁じられました。
『菅家後集』に収められた「叙意一百韻」では、左遷・流謫の身に至るまでの自らの嘆きを綴っています。
大宰府浄妙院で謹慎していましたが、左遷から2年後の延喜3年(903年)2月25日に大宰府で薨去し、安楽寺に葬られました。享年59歳。刑死ではありませんが衣食住もままならず窮死に追い込まれた訳であり、緩慢な死罪に等しいと言えます。
to be continued
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