出口王仁三郎の人物像に迫る! 第四巻から王仁三郎のキャラクターが登場!

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第三巻

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【第三章 出口王仁三郎の霊界物語】

霊界物語れいかいものがたりは新宗教「大本」の聖師•出口王仁三郎でぐちおにさぶろうが大正から昭和初期にかけて口述筆記した物語です。大本開祖•出口なお(直)の大本神諭と一緒に同教団の根本教典の一つになっています。全81巻83冊あります。
霊界物語全81巻83冊の画像


 明治時代後期に開祖出口なお(以下なお(直)と表記)の神懸りかみがかりによって誕生した新宗教大本は、なお(直)が養子婿として迎えた出口王仁三郎の活躍により、大正時代に教団は発展しました。

 政府は、1921年(大正10年)に不敬罪を理由に弾圧を行いました。
これを第一次大本事件といいます。これにより従来の教典『大本神諭』が発禁となり、出口王仁三郎は同年10月18日から新たに『霊界物語』の口述筆記を開始しました。
 この口述は、出口王仁三郎が、出口なおに出会う前の1898年(明治31年)3月に行った1週間の亀岡市にある霊山高熊山に神に導かれ洞窟の中で長襦袢一枚で座禅を組み瞑想し、過去•現在•未来を見聞しました。

 彼はその中で霊界、中有界、三途の川や天国なども見聞しました。そして私たちの住んでいる地球のみならず、大宇宙、太陽、月そして地球の天地創造も一緒に見聞したのです。見聞した期間は7日間で飲まず食わずでした。
 そうしてまとめたものが「霊界物語」なのです。
出口王仁三郎でぐちおにさぶろう
「大宇宙は神さま、神さまは大宇宙である」
という真理を悟ったのです。

 それでは彼の私たち人類に対する教えについて、ご紹介しましょう。

 出口王仁三郎の『霊界物語』は全81巻83冊に及ぶ大長編です。神典古事記に基づく日本神話を根底としますが聖書、キリスト教、仏教、儒教、孟子、エマヌエル・スヴェーデンボリ、九鬼文書など、あらゆる思想と宗教観を取り込んでおり、舞台は神界・霊界・現界と全世界に及びます。なにしろ大宇宙なのですから。

 出口王仁三郎によると、『霊界物語』には126種類の読み方があると述べていたとされ、予言書としての読み方も存在します。

 内容は、宇宙及び天地の創造の過程、超太古の神政の様子、未来の予言(第二次世界大戦なども示唆するという)など、多種多様です。登場人物の言動や出口王仁三郎の解説を通して人間の憑依霊や動物霊等について読み取ることが出来ました。

 出口王仁三郎と会見した大宅壮一も同様の感想を抱き「内容は別にしても、これだけのもの1921年(大正10年)10月18日から『霊界物語』は著された。出口王仁三郎は30分ほど睡眠、目覚めると横たわったままある種のトランス状態で口述し、選抜した信者に筆録させるという形で著述されました。主な口述筆録者は谷口雅春、加藤明子、桜井重雄、東尾吉雄など。筆録者の内崎照代は、わからない部分を聞き返すと「文章がカイコの糸のようにスルスルスルスルと出てくるので、途中で止められると糸が切れるようになるんじゃ」と叱られたと回想しています。
村上重良は「出口王仁三郎の才能とエネルギーは人間離れしている」と評しています。
1933年(昭和8年)10月4日(旧8月15日)~翌年8月15日に73~81巻「天祥地瑞」が書かれた。それまでの物語は楽な姿勢で口述していたが、天祥地瑞(注釈1)は緊張した雰囲気の中で行われ、亀岡では聖壇も用いられた。この篇は一章を一時間程で口述すると筆記者が復唱して、王仁三郎がミスを修正、休憩時間を取ると筆記者が変更して1日3-6章を完成させたという。その後、昭和9~10年に王仁三郎自身の手によって全巻の校正された。

(注釈1)
天祥地瑞てんしょうちずいは、めでたいことの前兆や吉兆を意味する言葉です。特に、出口王仁三郎の「霊界物語」において、天之御中主神以前の天界の様子を描いた部分のタイトルとして使われています。
「天祥地瑞」は「天」と「祥」と「地」と「瑞」の四つの漢字から成り立っています。
天は天空を意味し神聖な場所とします。
祥はめでたいこと、吉兆を意味します。
地は大地つまり地上世界を意味します。
瑞はめでたいことのしるし、吉兆を意味します。
瑞祥ずいしょう」も「天祥地瑞」と同様に、めでたいことの印や現象、吉兆を意味する言葉です。

出口王仁三郎の霊界物語」では、第73巻から81巻までの「天祥地瑞」篇で、天之御中主神以前の天界の様子が描かれています。この部分は、古事記や日本書紀にはない、日本国の尊厳無比なる理由を説くものです。余談ですが「瑞」の字は、人名にも使われることがあります。例えば、戦国時代の武将である北条早雲は、法号を「早雲庵宗瑞そううんあんそうずい「と称していました。また、京都の平等院では、夜間特別拝観のタイトルに「瑞光照歓」という言葉が使われています。

出口王仁三郎は霊界物語第1巻の冒頭「序」において、次のように述べています。

「この『霊界物語』は、天地剖判の初めより天の岩戸開き後、神素盞鳴命が地球上に跋扈跳梁せる八岐大蛇を寸断し、つひに叢雲宝剣をえて天祖に奉り、至誠を天地に表はし五六七神政の成就、松の世を再建し、国祖を地上霊界の主宰神たらしめたまひし太古の神世の物語および霊界探検の大要を略述し、苦集滅道を説き、同胞礼節を開示せしものにして、決して現界の事象にたいし、偶意的に編述せしものにあらず。されど神界幽界の出来事は、古今東西の区別なく現界に現はれ来ることも、あながち否み難きは事実にして、単に神幽両界の事のみと解し等閑に附せず、これによりて心魂を清め言行を改め、霊主体従の本旨を実行されむことを希望す」

 霊界物語の主人公は神素盞嗚大神かむすさのおのおおかみであり、救世主神である神素盞嗚大神が八岐大蛇を退治して地上天国である「みろくの世」を建設し、太古の神代に邪神によって追放された艮の金神うしとらのこんじんつまり国常立尊くにとこたちのみことを再び地上神界の主宰神として復活させる物語と定義したのでたる。

このこと(注釈1)については、次の章で解説する。
(注釈1)
「艮の金神」と「国常立尊」のこと。

 実際のストーリーとしては、神素盞嗚大神が全巻を通し主役として活躍する訳ではありません。まず物語冒頭に出口王仁三郎が霊的に体験した天国と地獄の様相が述べられています。次に舞台は神話世界に移り、日本神話の創造神にして国祖国常立尊が物語の中核となります。霊主体従を原理とする国常立尊は、敵対する体主霊従(われよし)の盤古大神一派(ウラル教)・力主体霊(つよいものがち)の大黒主神一派(バラモン教)と争った末、八百万の神々の要求により地上神界の主宰神の地位を追放され世界の艮の方角に隠退、妻神豊雲野尊も坤の方角に隠退してしまう経緯が記されています。出口王仁三郎は、国常立尊こそなお(直)に神憑りした「艮の金神」と定義しています。
出口王仁三郎は権力者達によって改竄された古事記を本来の姿にしたものが『霊界物語』とも語っている。

 高天原を追放された神素戔嗚尊は贖罪神となり、悪神・悪人を言向け和し(改心させ)、地上を国常立尊の霊主体従世界(みろくの世)へと変えて行く。

その過程で主神は三五教(あなないきょう)の宣伝使(せんでんし)と呼ばれる弟子たちを世界各地へ派遣した。彼らは八岐大蛇や金毛九尾の狐に代表される邪神・悪霊と戦うという設定。そして悪霊由来のウラル教・バラモン教・ウラナイ教といった宗教の信仰者が、神素盞嗚大神の教えに帰順する様が描写されている。

 日本語名を持つ神々や人物と、カタカナで表現される外国人のような人物が混在し、神獣や妖怪を交えた物語が世界規模で展開する。

ただしほとんどの登場人物は近代小説のように内面性を持たず、全巻を通じて言及される者は一部の神々を除いて存在しない。基本的に波乱万丈で、ムー大陸が登場し、ハルマゲドンを「黄泉比良坂の戦い」になぞらえるなど奇想天外であり、出口出口王仁三郎の得意とする駄洒落・語呂合わせ・戯詩が滑稽な口調と文体で表現されている。
 そのことについて、出口王仁三郎自身は次のように述べている。「本書は王仁が明治三十一年旧如月九日より、同月十五日にいたる前後一週間の荒行(注釈2)を神界より命ぜられ、帰宅後また一週間床縛り修業を命ぜられ、その間に王仁の霊魂は霊界に遊び、種々幽界神界の消息を実見せしめられたる物語であります。すべて霊界にては時間、空間を超越し、遠近大小明暗の区別なく、古今東西の霊界の出来事はいづれも平面的に霊眼に映じますので、その糸口を見つけ、なるべく読者の了解し昜からむことを主眼として口述いたしました。 霊界の消息に通ぜざる人士は、私の『霊界物語』を読んで、子供だましのおとぎ話と笑はれるでせう。ドンキホーテ式の滑稽な物語と嘲る方もありませう。中には一篇の夢物語として顧みない方もあるでせう。また寓意的教訓談と思ふ方もありませう。しかし私は何と批判されてもよろしい。要は一度でも読んでいただきまして、霊界の一部の消息を窺ひ、神々の活動を幾分なりと了解して下されば、それで私の口述の目的は達するのであります。 (中略)本書を信用されない方は、一つのおとぎ話か拙い小説として読んで下さい。これを読んで幾分なりとも、精神上の立替へ立直しのできる方々があれば、王仁としては望外の幸であります。」
(注釈2)
霊山高熊山でのこと。

第72巻までは「三十五万年前の太古の神代」という時代設定で小説と歌を中心に構成されているが、第73~81巻(天祥地瑞)は趣きが異なり「紫微天界」という原初の宇宙が舞台であり、ほぼ連歌体と問答体の和歌で表現されている。

 出口王仁三郎は1933年(昭和8年)11月19に天祥地瑞編は神代時代と霊国の事を描写し、読者に予備知識を与えるため・筆記者の育成をするため、連載再開まで7年間の期間を設けたと語っている。

 また本来のストーリーの流れとは若干異なる物語が随所に挿入されている。たとえば第37・38巻は出口王仁三郎の若い頃(20代後半~40代前半)の自叙伝である。第60巻の後半には「三美歌」と呼ばれるキリスト教讃美歌の替え歌や、各種の祝詞、また「三五神諭」という「大本神諭」のリニューアル版を収録する。第61・62巻は「大本讃美歌」という567篇の歌が書かれている。第64巻上・下の2冊は現代のエルサレムが舞台。特別編入蒙記は大正13年に王仁三郎がモンゴルを行軍した実話である。
 
 第一巻冒頭は、第一次大本事件前の教団月刊誌「神霊界」に発表された文章を修正して掲載してある。同様に大正9年11月号に掲載された「古事記略解」が第12-15巻にかけて収録されている。

 加えて第8巻や第54巻では階級制度の打破を明確にしたかのような表現など、政治的なエピソードも盛り込まれている。

 第69巻では登場人物の境遇によせて万世一系に対し女系天皇の利点(浮気をしても女系なら血統は必ず続く)を解説していると解釈する人もいる。グロス島(グロテスクな大日本帝国という暗喩)を舞台とする第78巻では、主神由来の女神の活躍によりグロス島は葦原新国に改名され、島東部の桜ヶ丘から全島を治めていた天津神達が国津神に格下げ・島西部の国津神が格上げして天津神になるという地位逆転劇を描写している。

《霊界物語に見られる天界と天使》

 霊界物語に登場する天界の天使たちは主に主たる神から発せられる信真と愛善によって生かされるとしていたが、天使たちは神の働きをしたものの、謝礼や感謝されることを拒む。理由は神から発せられているものであって、神が施す加護であり、天使はその指示に従ったにすぎず、すべて感謝するのは神のみにすべきであるということを天界を巡覧する宣伝使たちに告げている。

 出口王仁三郎は「祈りは天帝のみにすべきもの。他の神様は礼拝するもの。誠の神は一柱のみで、他はみなエンゼルである」と述べている。

 《天国について》

 天界は主に霊国と天国に分かれており、この二つの天国が天界全体を構成し、さらにこの天国は三つの階層によって構成され、最高天国、中間天国、下層天国に分類され、各天使たちはその智慧証覚の程度に応じて住居していると記載される。

《参考文献》

「霊界物語」第1巻 霊主体従 子の巻 序から 出口王仁三郎著

 この『霊界物語』は、天地剖判てんちぼうはんの初めより天の岩戸開き後、神素盞嗚命かむすさのおのみことが地球上に跋扈跳梁ばっこちょうりょうせる八岐大蛇やまたのおろちを寸断し、つひに叢雲宝剣むらくものほうけんをえて天祖てんそに奉り、至誠を天地に表はし五六七神政みろくしんせいの成就、松の世を再建し、国祖を地上霊界の主宰神しゅさいしんたらしめたまひし太古の神世の物語および霊界探検の大要を略述し、しゅうめつどうを説き、どう)法(ほうれいせつを開示せしものにして、決して現界の事象にたいし、偶意的に編述せしものにあらず。されど神界幽界の出来事は、古今東西の区別なく現界に現はれ来ることも、あながちいながたききは事実にして、単に神幽両界の事のみと解し等閑とうかんせず、これによりて心魂を清め言行を改め、霊主体従の本旨を実行されむことを希望す。読者諸氏のうちには、諸神の御活動にたいし、一字か二字、神名のわが姓名に似たる文字ありとして、ただちに自己の過去における霊的活動なりと、速解そくかいされる傾向ありと聞く。実に謝れるの甚だしきものといふべし。切に注意を乞ふ次第なり。

大正十年十月廿日午後一時
於松雲閣 瑞月 出口王仁三郎誌

「我は人の心の奥深く 真の殿堂を築くのである」
以下の文章に於ける「聖師」とは出口王仁三郎でぐちあおにさぶろうのことである。

「霊界物語」の筆録者の一人である加藤明子さんが、筆録に関するご自身の体験談を、昭和9年11月号の「神の国」に執筆されたものです。
 もはや12年になります。隙行く駒の足並み、早いことにはただ驚かされるばかりです。編集課よりのご希望によりまして、『霊界物語』ご口述当時の記憶をたどって、思い出を書かせていただこうと存じますが、往事茫として夢の如く、折から手元に当時の日記もないので、ほんの思い出づるままを少しばかり書かせていただくことに致します。
 大正10年の10月15日の午後3時ごろ、聖師さま(当時は大先生と申し上げておりました)よりお使いがあって、ちょっと来てくれとの事で、大本に行きますと、
 『すこし書きたいものがあるのだが、王仁が、筆を執るわけにゆかぬので書いてもらいたい、外山さんと、あんたと、ほかに二人ばかりの人が入用なのだ』
 とこんなようなお話で、並松の松雲閣でご口述が始まることになったのです。初めは3冊ばかり書いてもらったらよいのだとおっしゃていました。
 いよいよご口述が始まったのは、10月18日でありまして、外山豊次さんの筆録「天使の来迎」という章からでありまして、その時、桜井八州雄、谷口雅治の二氏が参加されて、4人の筆録者が代わる代わるご用を承ることになりました。
 松雲閣に移られても、なかなか口述は始まらず、余程ご苦心のように見受けられました。17日の夕方うつうつと眠られていましたが、ふと目を覚まされて、『今教祖さまが、それ今お前の座ってかるところに立たれて梅の杖を持って畳を打ちたたきつつご機嫌が悪いご様子なので、本宮山破壊などの出来事について怒っていらっしゃるのだと思い、おわびを申し上げると、首を左右に打ちふってそうではないという意を示されるので、物語のご神命をうけながら日をのばしていたのでそれかと気がつき、物語をすぐ始めますと申し上げると、口を四角にしてニコッと笑われ、そのまま消えてしまわれた、いよいよ始めねばならぬ』
 とこんなことを仰せられて、翌18日からいよいよ着されたのでした。初めは聖師さまも余程お出しになるのがお苦しそうでした。筆者が慣れぬので、すらすらとは書けぬのがその一つですが、後より承りますと、悪霊の大妨害があってなかなか出てこなかったのだとのことでした。
 この物語は寝物語だとおっしゃって、横にならなければ出てこないのですが、天地剖判の章を口述される時だけは、紋服に袴をつけられて端座して口述されました。
 初めの程は鉛筆をもって半紙に書き、それを原稿用紙に清書し直しておりました。26巻ころからは、いったん書いて清書しなおすことを神さまが嫌われるから、すぐ原稿用紙に書けとのことで、原稿用紙にベタ書きにするようになりました。このころからご口述は非常の速力をもって進みまして、とうとうと水の流れるがごとく、慣れない者では到底追いつかないようになってきましたので、筆録者も自然一定の人に定まってしまいましたが、初めはこの物語がどういうふうに出るかということをかなりたくさんの人々に知らせたいというお考えであったらしく、多くの人々が参加するようになりまして、33人の人々が関係しております。
 もちろん1章だけ書かせていただいた者もあり、2、3章ぐらいおかげを頂いた者もあります。単に筆録の現状のみではなく、ご口述の現場にもはべることを許されたのでした。これは局外者の目から見れば事実とは信じられぬような出来事を実際に見せておく必要上から、神さまが許されたもので、後に至っては筆録者のほかの者が立ち入ることは厳禁されるようになりました。また全く、ご口述者と筆録者との呼吸がピタリあって、間髪を入れるの余地がなく、動くはお口と手、サラサラと原稿紙の上を走るペンの音のみ、人なく我なく森羅万象のすべてが消滅している境地になった時、だれかが入ってくるようなことがあれば、その物音にハーモニーがやぶれて、筆録者は瞬く間に、4、5行くらいは遅れてしまうので、非常に困るのでした。

光をもった小さな玉が…

 私はこの機会においてご口述のありさまをちょっと記させていただきたいと思います。
 聖師さまは、まずお床の上、あるいは寝台に横臥されます。おタバコのセットと、お茶盆が前におかれてあるだけで、なんらの参考書もノートも用意されてはおりません。かくておタバコを一服か二服か召し上がるうちに、お口がほどけて、
『大国常立の尊の御力によりて天地はここに剖判し、太陽、太陰、大地の分担神が定まった』
 というふうに口をついて出づるまま述べ立てられる。筆録者は一言も漏らさじと筆をふるいます。一日口述の量は200字詰めの原稿用紙に400ページないし500ページであります。1冊が2日で出来上がった時は1日600ページ以上口述されました。もっとも一罫をおきに書いているのですから実数は200ページから250ページであります。三日間に三百五、六十ページの霊界物語が一冊完成するわけです。
 さてご口述の調子は早い時になると素晴らしく速く、早口の人が話しする程度でして、速記ならでは到底取れないような時もありますが、そういう時はまるで夢中で筆を飛ばします。それでも叶わぬくらい早くなって五行、六行くらいも遅れる時があります。他の筆録者の体験はどうか知りませんが、かかる時私は思わず心の中で『神さま助けてください』と叫びます。そうすると、原稿紙の上にちょうどダイヤモンドと同じ光をもった小さな玉がパッパッとでてきます。自分ではほとんど何を書いたか覚えぬような時でもちゃんと間違わずに書けているのに自分ながら驚いたことが幾たびあるか分かりません。一番口の速いのは高姫さんで、豆がはじけるように述べたてるのに反して、初稚姫さまなどはおちついてしとやかなゆっくりしたお言葉です。だから初稚姫さまが物語中に出てこられると、筆録者はホッとひと息つきます。かくて書きあげたものはすぐ他の人が読みます。それを聞いておられて、違ったところがあれば、そこは違っておると仮名一字の間違いでも厳重に訂正されます。ですから筆録者の方では他人が読んで分かる程度に書かねばならぬのですからかなり苦心いたします。だけれども調子は遅いよりむしろ早い方が書きよいので、何かはかの事を考える余裕があるとかえって遅れるので、考える余地がないくらいの速さで、ハーモニーがよく取れた時が一番よいのです。漢字交じり文で書くのですが、全く忘れているような文字でもその時は押し出すように出てきます。かくて口述される方も筆録者も全く忘我の境地に置かれております。
 ツルツルと水の流れるがごとくに出てくるのですが、途中で分からない事などがあっても問い返すわけにはいかないので、問い返すその瞬間バタリとご口述は止まってしまいます。そしてしばらくは出なくなってしまいますので、どんなにわからない事があっても問い返すわけにはいかず、済んでしまってから、あのところは分かりませんでしたから、もう一度言っていただきたいとお願いすると、『王仁が言うているのではない、神さまが申されるのである、後から聞いても分かるものか』と申される。『その上一言でもかき漏らすと取り返しがつかぬ、神には二言がないから』と申される。かくなると人間業では到底できないので、ひたすら神さまにお願いしてご神助を仰ぐほかないのでありました。
 七十二巻をものされる中には、種々の出来事もありますが、いずれ期を待ってゆっくり書かせていただくことにいたしましょう。が、この物語がいかに霊界に感応していくかということについて、少し述べさせていただきます。

ご神殿の破壊(注釈)される音を聞きつつ
(注釈)大本弾圧事件
 言い置きにも書き置きにもないことを示すのであるとお筆先にありますが、全く善悪にかかわらず神界、霊界のありさまを暴露されるのですから、兇党界には大恐慌をおこしたとみえて妨害につぐ妨害があって、その度聖師さまはもちろん筆録者一同もずいぶんひどい目にあったことも一切ならずでして、ある時物語に言霊別の神さまが毒殺されんとする場面が出てきましたが、そのご口述のあった日、聖師さまはじめ十六人の人が吐いたり、下したりして大騒ぎになったことがありました。
 また私は、松雲閣の記録場に入って行くことがとても苦しく、門を入ることは槍襖の中を歩むような心地で、屠所の羊の歩を運んだことが、幾月日だか分からないのでした。某霊覚者が経験を語って、霊眼で見れば正に槍のふすまであると申しておりました。悪霊は自分の素性を霊界物語によって暴露されるのを非常におそれて極力妨害したのであるとか承りました。筆録者すらかくのごとしですから、聖師さまのお悩みはまた格別で、筆紙につくせぬ種々の出来事がありました。皆人間を使っての妨害でありまして、使われている本人はもちろんそれを自覚してはおりませんでした。
 物語の初まったころ、大本は神のご試練の鞭がいや茂く下りつつあった時で、ことに天のご三体の大神さまを斎きまつるため、幾十万金を投じて建立した本宮山のご神殿が、明治初年ごろに定められた大政官令にふれたとあって破壊されるという騒ぎ。
 この破壊の槌の音、メキメキとなる柱の倒れる音、木の切られる音を聞きつつ、平然としてその山の下にある松雲閣で、『形のあるものは必ず壊れる時が来る、我は人の心の奥深く真の殿堂を築くのである』とおっしゃって、せつせつと物語を続けられたのでしたが、私ども人間の身としてはその斧の音、槌の響きは、三十三間堂の柳ではないが、胸にこたえて堪えがたさを痛切に感じつつ筆を走らせておりました。

(「神の国」昭和9年11月号から)


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