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第一巻
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【まえがき】
玉置浩二さんの「ファンファーレ」は、TBSテレビ系ドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」の主題歌です。2025年11月5日にシングルとしてリリースされました。
この曲は、ドラマの舞台である人間と競走馬の世界を描いていますが、勝ち負けにこだわらず、挫折している人々の生き方を肯定する応援歌となっています。具体的には「上手くやれなくったっていいんだよ」「そのまま生きていきなさい」といった歌詞があり、聴く人を温かく後押しするメッセージが込められています。
歌詞には「ヘコたれた心」「千切れた手綱と絆」といった言葉があり、競走馬と馬主たちの情熱や絆を表現していると、ドラマの視聴者からも感動の声が寄せられています。ドラマの終盤でこの曲が流れると、感動が倍増するという感想もありますね。
「ファンファーレ」の作詞・作曲は玉置浩二さんご自身が手掛けています。編曲はトオミヨウさんが担当しました。
日月神示のメッセージはこのファンファーレの歌詞をイメージして下さい。そして大宇宙の大自然を感じて下さい。必ずあなたは幸せな人生を送って行くことでしょう。私はそう願うし、そう確信します。だってみんな、家族なんですからら!但しそうなる為には一つだけ約束して下さい。
「善一筋で生きる!」と。大宇宙の神さまはただ、その事だけを願っておられます。
日月神示の予言なんか、怖くない!
だって私は「善一筋」で生きているんだから!
【第一巻】
最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
大宇宙は神さまという真理を知らない人々やまた、根拠のない情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎はそのようなことは一切言っていない。
これらの情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが多くなっててくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示に分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み頂き、大宇宙が神さまである。という本当の真理を知り、幸せな生活を送って貰いたい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
さて毎日のニュースや新聞で、事件や事故が報道されています。香港の高層マンションの大火災など、考えられない出来事です。
何故?このような不幸な出来事が起きるのでしょうか?
私は日本神道の家に生まれました。
私のように物心がついてから71歳になるまで、毎日、神さまに接していますと、神さまのことが良くわかるようになりました。
それは皆様に今からご紹介する日月神示という書物に触れたからです。
この書物は、岡本天明という方に神さまが神憑りされて、岡本天明に神さまの意志で紙に書かせたのです。
何故、岡本天明だったのでしょうか?
岡本天明は画家であり、書道家であり、神社の留守居神主でした。
ここで日月神示と岡本天明との関わりについて詳しくご説明します。
日月神示は、神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物です。昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に八巻の神示が降りたとされています。
その日月神示に書かれていた内容はその殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る。本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻有り、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っている。尚、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」又は「一二三神示」と呼ばれる。日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除き殆ど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一氏の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたといわれている。
麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は以下の一節でした。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われています。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
これは昭和19年、第二次世界大戦中に書記されました。
続いて
「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
これについても読み方は
「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。磨いていなければ助かることが出来ない。という 内容だと考えられている。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖で書記されている。この大峠は我々の住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることができるものは存在しないという。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
この身魂磨きや心の浄化、また正しい食生活で身体を健康で強壮なものに保っていくことの大切さは日月神示の主題と言っても良く、我々ひとりひとりがこの現界をより良く生きるためにも、この先に起こるとされる大峠を無事に乗り越えるためにも極めて重大なことであり日月神示自体が降ろされた理由もこれに尽きると考えられる 。
なお、日月神示はこれらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり書記されていく。神示には「人間の生き方」「正しい食生活について」「夫婦の本当のありかた」さらには「霊界」の実相についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「預言書」的な記述部分も多く見られる。また、日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で次のように語っています。
「高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなす「レ」と「〇」と「+」があるのみ。また高度の霊人の文字として、ほとんど数字のみが使用されている場合もある。
数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)や「天人同志の文字は数字が多いぞ。
天人の言葉はマコトであるから、ただ一言で万語を伝え得るぞ。」と「星座之巻」第十八帖、第十九帖で述べている。同様なことは18世紀の巨大な科学者にして政治家であり、また、その後半生は霊能者として有名なスウェーデンの貴族であるE.スウェデンボルグも天界探訪の事を記した自身の著作で「天人の文字は数字が非常に多かった。」と書いていて興味深いものが有る。
これと同じようなことは、出口王仁三郎の『霊界物語』にも記述が有る。
日月神示より以前に他で出された神示類ではこのようなことは見られず、神霊が「今まで他に出て居たのは皆、神示先ぢゃ。ここは神示ぢゃ。キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖、第七帖)と書記させている。また、「アメの巻」第十三帖でも「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち着いて聞き落としのない様になされよ。」とも語られている。
また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べられている。
この文章は無神論者の方には分からないと思います。しかし、私は彼らにいいたい。
「あなたを含めてこの大宇宙は神さまの断片であり、一部分なんですよ。あなたは神さまなんですよ。」と申し上げます。
さて、以下の文書は岡田茂吉(注釈1)の御神書からの引用です。
「私は天国は近づけるとは言わない。
なんとなれば、もはや天国実現の時が来たからである。
すなわち悪は滅び、善は栄える、段階に入っている。
ところが、ここに悲しむべき事がある。
と言うのは、人類が数千年の長い間に堆積されたところの罪と穢れである。
当然、この大浄化作用が発生する。」
私はこの文章を読んで次のように感じました。「これは日月神示の書物の中に書かれている“大峠“であると。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖(注釈1)で書記されています。この大峠は私たちの住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることが出来るものは存在しないといいます。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
(注釈1)
帖は半紙20枚のことである。当時、岡本天明は日月神示神霊により、毎日、膨大な枚数の和紙に神霊の指示により書記していた。
さて、岡田茂吉(注釈2)の御神書のご紹介です。御神書は全部で六冊あります。
以下の文章は御神書(文明の創造)からの引用です。
「これによる犠牲者の数は如何に大量に上るのかは、到底、想像もつかない程であろう。
神の大愛は一人でも多くの人間を救わんとして私という者を選び給い、その大業を行わせられるのであって、その序曲というべきものが本著である。」(御神書より引用)
(注釈2)
岡田 茂吉
西暦1882年(明治15年)12月23日 ~西暦1955年(昭和30年)2月10日)まで生存。
享年73歳。
岡田茂吉は、日本の芸術家、実業家、思想家、自然農法の創始者、浄霊法の創始者、世界救世教の教祖であり、さまざまな分野で活動した。箱根美術館、熱海美術館(現:MOA美術館)などを創設した。
日月神示はキリスト教などの世界にある既成宗教を完全に否定しました。
ここで、世界の宗教と世界の四聖ついて、解説します。
世界四大宗教
《世界四大宗教A》
キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教。
《世界四大宗教B》
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教。
《世界四大宗教C》
キリスト教、イスラム教、仏教、儒教。
(世界の四聖A)
釈迦、孔子、イエス・キリスト、ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(またはソクラテス)
(世界の四聖B)
ソクラテス、イマヌエル・カント、孔子、釈迦 の4聖人を井上円了氏(注釈1)は古今東西の哲学を代表する聖賢として四聖を定めた。
(注釈1)
井上 円了
1858年3月18日(安政5年2月4日) ~1919年(大正8年)6月6日)迄生存。
享年61才。
日本の哲学者、教育者である。
出身校は東京大学。
明治時代の日本に哲学を広めた人物の一人。哲学館(現、東洋大学)や哲学堂公園を設立した。仏教哲学や妖怪学にも業績がある。
(豆知識)
『世界4大宗教』という明確な定義は一般的に存在しません。
キリスト教、イスラム教、仏教の『世界三大宗教』にヒンドゥー教やユダヤ教を加える場合があります。
『世界三大宗教』とは、人種や民族、国境を越えて世界中に信者がいる宗教を指します。信者数だけでなく、その思想が世界規模で浸透しているということが特徴です。
1. キリスト教は信者数が約23億人(世界人口の約32%)で、世界最大の宗教です。
特徴は聖書を聖典とし、イエス・キリストが神の御国の福音を説き、人類を救済するために十字架にかかり復活したと信じられています。全人類の平等、博愛、共通の生活規範を特色とします。ユダヤ教を元に生まれ、厳格な戒律を一部廃止し、普遍的な宗教へと転換しました。
2. イスラム教は信者数が約18億人(世界人口の約25%)です。特徴は聖典はクルアーンで、神が最後の預言者ムハンマドを通じて人々に与えた教えを信じます。人間を人種や民族で差別せず、アッラーのもとで皆同等と考え、信徒間の相互扶助を重んじます。キリスト教と同様にユダヤ教を元に生まれた一神教です。
3. 仏教は信者数が約5億人強(世界人口の約7%)で、アジアを中心に広がっています。
特徴は人間を人種や民族で差別せず、輪廻と解脱の考えを持ち、良い行いを続けることで次の転生先が変わると信じられています。ヒンドゥー教よりも信者数は少ないですが、民族宗教ではないため世界三大宗教の一つとされています。
その他の主要な宗教としては『世界三大宗教』に加えて、ヒンドゥー教やユダヤ教も重要な宗教として挙げられます。
一つ目のヒンドゥー教は信者数が約11億人(世界人口の約15%)で、仏教よりも信者数が多い。特徴は主にインドで信仰される民族宗教です。多神教的な側面を持ち、牛肉を食べないなどの特徴があります。
二つ目のユダヤ教は特徴がユダヤ民族によって信仰される民族宗教です。キリスト教とイスラム教の源流となった一神教であり、聖地エルサレムを共有しています。
【イエス•キリストの解説】
イエス•キリストが磔の刑で死亡したのは紀元33年4月3日とされています。
享年33才。
イエスは紀元33年迄、ユダヤ人にのみ、神の国運動という宣教活動を行ったのです。
この世に聖霊の子として、マリアのお腹の中で堕胎しました。当時、許嫁のヨセフはマリアが妊娠したことに対して立腹しました。しかし、ある夜、天使ガブリエルが現れます。そしてヨセフはマリアのお腹の中の胎児が聖霊の子であると知ったのです。「生まれた子はイエスと名前をつけるように」と言われたのです。
暫し、皆さんと一緒に、イエスの時代にタイムスリップしましょう。
《降誕と幼少時代》
イエスの神殿への奉献の絵画。
イエスはガリラヤ地方のナザレで育ちました。ルカの福音書によれば、大変聡明な子であったとの記述があります。
《受洗、荒野の誘惑》
そのころ、洗礼者ヨハネがヨルダン川のほとりで「悔い改め」を説き、洗礼を施していた。イエスはそこに赴き、ヨハネから洗礼を受けました。
ヨハネはイエスの従兄弟です。
イエスの洗礼後、御霊によって荒れ野に送り出され、そこで40日間断食し、悪魔の誘惑を受けました。イエスは悪魔の誘惑を跳ね除けました。
「消え去れ!サタン!」
サタンは慌ててイエスのもとを離れました。
これは善神の勝利でした。
《宣教活動》
山上の垂訓の絵画
荒野での試練の後イエスはガリラヤで宣教を開始します。また弟子になった者の中から12人の弟子を選び、彼らに特権を与えたました。彼らは十二使徒と呼ばれます。
その後、イエスと弟子たち、また彼らを支える女性たちの活動は3年数か月に及びました。
《受難、死、復活、昇天》
『この人を見よ (Ecce Homo)』(アントニオ・チゼリ)、エルサレムの人々にイエスを示すピラトの絵画。
ピラトはローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督。
下の画像はイエス•キリストが磔にされた『ゴルゴダの丘』
磔の刑が執行されるとき、空は真っ暗になったと言います。イエスの前には母親のマリアも、イエスが愛した弟子のペテロもいました。
《キリストの再臨の絵画》
上の絵画はキリストの再臨です。
イエスは自分が再臨する時について予告していました。「雲に乗って来る。」と。
【日月神示と五穀豊穣、そして日本武尊とは?】
「五穀豊穣」の「五穀」とは、米、麦、粟(あわ)、豆、黍(きび)または稗(ひえ)の5種類の穀物を指します。これらは古くから主食とされてきた代表的な穀物であり、転じて穀物全般の総称としても使われます。
五穀の種類について、お話ししますと
五穀の内容は時代や地域によって異なり、一定ではありません。
では、一般的な五穀とは、「米、麦、粟、豆、黍または稗」のことです。
さて、日月神示に書かれている五穀とは、どのような穀類のことを指しているのでしょうか?
日月神示は古典です。私たちは古典に於る五穀を知る必要があります。では、古典における五穀について、ご説明します。
まず、古事記に記載のある五穀です。
「稲、麦、粟、大豆、小豆」の五種類になります。
次に日本書紀に記述されている五穀です。「稲、麦、粟、稗、豆」の五種類になります。
「五穀豊穣」とは、これらの穀物が豊かに実ることを意味する四字熟語です。豊作を祈願する際によく使われ、神社での祈年祭や新嘗祭など、お祭りでも祈りが捧げられます。
五穀の重要性について、ご説明します。
五穀は、古代から人間の生活を支える上で特に重要な食物とされてきました。現代では、これらをブレンドした「五穀米」も一般的です。私は毎日食しています。その理由は日月神示の教えであり、大神様である国常立尊の教えだからです。
特に麦にはもち麦があります。私はこのもち麦を毎日食べています。
もち麦に含まれる水溶性食物繊維β-グルカンは、食後の血糖値の急上昇を抑える働きがあります。これは、β-グルカンが胃や腸内でゲル状になり、糖質の吸収をゆるやかにするためです。このβ-グルカンは腸内にある善玉菌の餌になり善玉菌を増やす働きがあります。腸内環境を良好に保ちます。麦は胃の中の消化酵素で吸収されませんので体の栄養にはなりません。食物繊維として体外に腸内にある毒素と一緒に排泄されます。恐らく大腸癌や直腸癌にならないと思います。
さて、この日月神示については、エピソードがあります。
日月神示を自動書記した岡本天明に神憑りした麻賀多神社です。麻賀多神社に伝わる社伝によると景行天皇42年6月晦日、蝦夷征伐の為、東征中の日本武尊が麻賀多神社を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡を〝いんばのくにたんばのくちたまおきつかがみ〝と崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝(注釈1)たのが麻賀多神社の起源であると言われています。
(注釈1)
遥拝とは、遠く離れた場所から神仏や聖地に向かって拝む参拝方法です。直接寺社に赴くことが難しい場合でも、その方角に向かって祈りを捧げることで、神仏への感謝や信仰心を神様や仏様にお祈りして下さい。私は太陽に向かってお祈りしています。
(解説)
日本武尊は第12代、景行天皇の皇子。幼名は小碓尊。第14代、仲哀天皇の父とされる。紀元2世紀頃に存在。『古事記』や『日本書紀』に記述があるが、家族関係や性格づけなど、その描き方が大きく異なる。
【日本武尊の銅像】
【麻賀多神社】
【樹齢1400年の大杉】
麻賀多神社は、千葉県成田市台方と佐倉市に鎮座する歴史ある神社です。
特に成田市台方の麻賀多神社は、近隣18社の総社とされ、樹齢1400年を超える大杉がパワースポットとしてよく知られています。
この麻賀多神社について、私の知る限りのことをお話ししましょう。
私の日月神示に関する研究に携わった25年間の集大成です。
麻賀多神社は、今から1700年以上前に印旛国造の伊都許利命によって創建されみした。
今でも五穀豊穣、産業、安産、子どもの守り神として信仰されています。
それでは麻賀多神社の
御祭神と御神徳についてお話ししましょう。
御祭神は稚産霊神で、万物を結び育てる神様とされています。
御神徳は恋愛成就、安産子育、健康守護、事業発展等です。
次に成田市台方の麻賀多神社の特徴について、お話ししましょう。
神社の境内には東日本随一の大杉があります。
この境内にある大杉は樹齢1300年を超えています。
千葉県の天然記念物に指定されています。
この大杉の特徴は目通り幹回り8m、高さ40mです。
ご利益は延命長寿の御利益があるとされ、パワースポットとして人気があります。
皆さんには是非とも行って頂きたいと思います。
霊的な何かを感じることでしょう。
神さまもきっと喜ばれることでしょう。
二つ目は境内社のお話しです。
天日津久神社は令和6年より御朱印の受付を開始しています。
三つ目は麻賀多神社の連絡先です。
電話での問い合わせは、毎月1日と15日の8:00~14:00に受け付けています。
間違えて上記の日以外に電話を掛けないようにお願いします。先方に迷惑が掛かりますので。
次に佐倉市の麻賀多神社について、お話しししましょう。
佐倉市の麻賀多神社は、旧佐倉藩の総鎮守として「まかたさま」として地元の人々から親しまれています。
その境内の特徴は樹齢800年以上の大銀杏をはじめ、古木・大樹に囲まれた憩いの森なのです。
それでは、麻賀多神社のおさらいをしましょう。
麻賀多神社は、八千代市から成田市にかけて18社が鎮座しています。
成田市台方の麻賀多神社はその本宮です。
本社は、成田市台方。
奥宮は成田市船形手黒社とも呼ばれます。
麻賀多神社の主な行事です。
麻賀多神社では年間を通して様々な行事が行われています。
2月に節分祭があります。
4月には御田植祭があります。
7月には例大祭があります。
この例大祭の最終日曜日には伝統ある獅子舞が奉納されていす。
【麻賀多神社と日月神示と岡本天明】
麻賀多神社の社務所に於いて国常立尊に神憑りされ岡本天明が最初に自動書記で書かされた原文について、以下にご紹介します。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われています。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
続いて、
「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
これについても読み方は次のように読まれています。
「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。
磨いていなければ助かることが出来ない。という内容だと考えられている。
上記のマコトの神とは岡本天明と大本開祖•出口なおに神憑りした国常立之尊という高級神霊です。
どんな書物もそうですが、まずはじめに一番重要なこと、一番伝えたいことを書きます。
日月神示もそうです。
一番最初に岡本天明が自動書記した文章です。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
この文章の内容について解説します。
日本の国の夜明け、本当の神の国が現れた。今まで鬼門に閉じ込められていた艮の金神が現れた。その神の名は国常立尊である。
「この世始まって以来の三千世界の大洗濯をする。
三界を一旦、ぶち壊す。臣民は原爆や水爆のような「火」に焼けない身体でないとこの世から消え去る、
そのようにならないためには、日頃からわしの教えを守ることじゃ。ます、日頃から次のことを守るのじゃ。
朝目覚めたら神に感謝する。
お前たちには身体と心をわしが貸している。一日が終われば、寝る前に一旦わしに返すのじゃ。わしに感謝して返すのじゃ。明日も生きたいと考えるなよ。わしの意志でお前たちがわしの役に立つなら、明日また、目覚めるであろう。」
私はこの神の教えを守り続けています。今月、71歳になりました。毎日健康に暮らしています。
毎日、好きな小説を執筆し、美味しい物を食べ、大自然に触れて温かい太陽の光を浴びて、小鳥の囀りを聴いて話しかける。「気をつけて遊ぶんだよ」
近所の神社に行く。犬を連れて散歩している人々に挨拶をする。「こんにちは(笑顔)」
幼稚園児を引率して歩いている保母さんたちに挨拶する。「こんにちは(笑顔)」
「おはようございます」私は園児たちの元気な声に癒される。「嗚呼!神さま、今日も私はこんなに幸せです。毎日、生かせて頂き、ありがとうございます。」
私にはこの世に怖いものは、何一つ、ありません。
この世の中で、怖いものは神さまの怒りだけです。
読者の皆さんもこの日月神示の教えをよく読んで、毎日実行して下さい。
大神様もきっと喜ばれますよ。
私の好きな出口王仁三郎から学ぶ!
出口王仁三郎は天地創造に於ける最高神は天之御中主神或いは阿弥陀如来、ゴッド、天帝と呼び名は違うが同じ神であると、私たちに教えた。例えば、天之御中主神である。この神は日本神話における創造神のことであり、神話時代の系譜の中で最初に現れる神で、天地開闢の章に登場する。出口王仁三郎が聖師と言われた大本の神である。そこで出口王仁三郎は独一真神が無限絶対な存在であり、広大無辺であることを悟るために、三カ条の学則を示しのだ。この学則を三大学則という。
神の創造された宇宙のすべてのものは「霊・力・体」の三元から成り立っている。
「神が創造された全大宇宙をじっくりと観察することにより、神の実在とご神徳、神性を悟ること」が出来るという。
大自然は、無言の教科書である。人間的知恵で書かれた書物よりも、大自然、天地万物を心ひそめて観察することによって、神の霊・力・体を深く感じ、悟ることが出来るという。
神の黙示は、大自然の至るところに満ち満ちているのだと。
また、神は、霊・力・体の三大要素をもって万有一切を創造された。従って宇宙にあるものはすべて、霊・力・体の三元よりほかにはないのだと。
三大学則の三カ条を拝しながら、神の霊・力・体について思考する。
一つ目は「天地の真象を観察して真神の体を思考すべし」
(解説)
肉眼で見える星の数は7,500余。天体望遠鏡を用いると、300億以上になるという。天の川は無数の星の集まりで、その端から端までの距離は30万光年ある。
光の速さは、1秒間に地球を7回り半する。
1光年とは、光の速さで1年かかって到達する距離である。30万光年という距離は驚異的な距離である。
私たちの住む地球は、太陽系宇宙の小さな一惑星に過ぎない。
太陽系宇宙といっても、銀河系宇宙のほんの一部分である。その周りには数限りない宇宙が広がり、最も近い星雲でも70万光年あると言われる。
神が創造された宇宙は無限に広がり、はかり知れない。この大宇宙は生きている。今も膨張を続けている。
地球は、海があり陸があり、山があり川があって、82億3200万人の人類をはじめ、さまざまな動植物が太陽の光と土、水など大地の恵みによって生きている。
生を受けた生物は、寿命を終えると一様にその亡きがらは大地に帰り、次の生命を養う栄養となる。生命の循環である。
土の中にも数十億の微生物がおり、顕微鏡でしか見られない微生物、体内の細菌等にもはっきりとした組織があり働きを持っている。極小のものとしては原子•電子•陽子•中性子の世界があり、整然とした秩序、法則を持っている。また、原子によって地球上の物質が作られている。その物質を形成するのが118種類の元素なのだ。
これらは一例ですが、極大の世界から極微の世界までを創造し、秩序・法則をもって生かしはぐくんでいる無限絶対のご存在が神なのだ。
二つ目は「万有の運化の毫差なきを視て真神の力を思考すべし」
天地間のものの中で、静止しているものはない。大は天体から、小は原子まで、すべてが活動し、運化している。
そして、その動き方、移り方にはみな一定の法則があり、軌道がある。
このことが、宇宙間に大小さまざまな周期律をつくっている。
太陽系では太陽を中心に八つの惑星と一つの準惑星がそれぞれの軌道で回っている。
地球が太陽の回りを1周する時間を1年、地球自体が1回転する時間を1日とし、それによって、1年の中に春夏秋冬が、1日の中に朝昼夜が巡ってきます。
そして、悠久の太古から永遠の未来へと、一分の狂いもなく動き続けています。
すべてのものは物理的に運化しているだけでなく、質的にもうつり変わっているのだ。
たとえば大地に落ちた樫の実が芽を出したとする。
次第に幹ができ、枝が伸び、葉を付ける。やがて大きな木になり、花を咲かせ、実を結ぶ。
そしてその実が落ち発芽して、新たな生命が誕生する。これが、樫の質的なうつり変わりであり、軌道である。
生物は独自の軌道を持ち、その軌道に従って生まれ、育ち、成熟し、生み、老い、死ぬという運化を繰り返し、この順序に狂いはない。
また、動物は空気中の酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す。植物は二酸化炭素を吸って酸素をはき出す。
このように、それぞれの運化の中で双方が立ち栄えていっています。
生物だけではない。大地の上の水は、絶えず水蒸気となって空にのぼり、やがて雲となり、雨や雪となって大地に還る。
自然現象の循環である。
このように極大から極微まで、すべてがそれぞれ運化を続け、大調和のうちに、天地の生成発展に参画している。
そこには、神の絶大な力と、その力から分け与えられたそれぞれの分力が働いているのだ。
三つ目は「活物の心性を覚悟して真神の霊魂を思考すべし」
活物の心の働きの中で、最も基本的に共通していることは、生命を大切にする思い、生きようとする意欲なのだ。
この生存本能によって、すべての活物は呼吸し、光、熱を求め、食物その他生きるために必要な諸条件を求めている。
生命を犯すものから逃れようとし、避けられない困難には打ち勝って、生き延びようとする。
このような心性、本能を活物に与えたのは神であり、それによって活物は生き、栄えているのだ。
いま一つ、活物すべてに基本的に共通しているのは、生殖本能である。
それは、自己の子孫をつくり、自己の遺伝子を永遠に広げようとする営みである。
それに関連していろいろな性情が現れ、異性に対する慕情が生まれ、やがて親子の深い絆が出来る。
動物でも、親子の強い情愛があります。私たちの身近にいる雀を例に取ってみる。
カップルができたら一生懸命に巣作りに励み、卵を産んだら親鳥はほとんど巣から離れることなく卵を温める。雛がかえると親鳥自身はほとんど食べずに、エサを雛に運ぶ。外敵が来ると、身をもって雛を守り、大きい外敵にも立ち向かう。
だれに教えられなくても、雛に対する愛情、育てる知恵、勇猛心、親和の情などの心のはたらきが備わっているのだ。これは、動物に限らず植物にも言えることだ。
広大無辺な宇宙に対し個々の活物は、比較にもならないほど小さな存在なのだ。
しかし、生きようとする力強い本能があり、親子の間にみられるような美しい愛を持っている。
この本能は、神から分け与えられた尊い心性なのだ。
読者の皆さんは、仏教用語で三千世界とか須弥山とか、聞かれた事は無いだろうか?
日月神示の書物では至るところで出てきます。従いまして、この章では、特別にその三千世界と須弥山について解説したいと思います。
【第五章 三千世界と須弥山を徹底解明する】
三千大千世界は、仏教の世界観における宇宙の単位である。特に大乗仏教においては、一人の仏が教化する世界のことであり、宇宙は無数の三千大千世界から成る。仏教の世界観では、須弥山を中心として日・月・四大州・六欲天・梵天などを含む世界を一世界とし、一世界が1,000個集まったものを小千世界といい、小千世界が1,000個集まったものを中千世界といい、中千世界が1,000個集まったものを大千世界という。大千世界を三千大千世界ともいう。略して三千世界といい、三千界ともいう。小学館の『精選版 日本国語大辞典』は「三界」を三千大千世界の略とするが用例を示していない。
《一世界とは?》
仏教の世界観では、 須弥山を中心としてその周りに四大州があり、さらにその周りに九山八海があるとされる。これを一つの小世界(一世界)という。小世界は、下は風輪から上は色界の初禅天までの領域であり、左右の大きさは鉄囲山の囲む範囲である。
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
1つの三千大千世界は1人の仏が教化できる範囲であるともされるため、1つの三千大千世界を1仏国土とも呼ぶ。
我々が住んでいる世界を包括している仏国土の名前は娑婆である。阿弥陀如来が教化している極楽という名前の仏国土は、サハー世界の外側、西の方角にあるため西方極楽浄土と呼ばれる。薬師如来の東方浄瑠璃世界や阿閦如来妙喜世界なども同様にサハー世界の外に存在する。
須弥山は、古代インドの世界観において世界の中心にそびえる想像上の聖なる山です。仏教やヒンドゥー教の宇宙観に登場し、その頂上には神々が住むとされます。
【須弥山を徹底解明する】
須弥山はサンスクリット語の「Sumeru」の音訳で、「妙高山」とも意訳される。大海の中にそびえ立ち、その周囲を九山八海が取り囲む構造をしているとされています。
【須弥山の構造と世界観を徹底解明する】
1. 高さ
須弥山の高さは水底から頂上まで合計16万8千由旬(約117万6千キロメートル)とされ、途方もないスケールで描かれています。
2. 周囲の世界
須弥山の周囲には、鉄囲山と呼ばれる山々が取り囲み、その内側には八つの山と八つの海が交互に存在する。人間の住む世界は、この須弥山の南にある大陸とされています。
3. 居住者
須弥山の頂上には帝釈天が住み、山腹には四天王が位置しています。日月がその周囲を巡るとも言われています。
【須弥山に由来するものを徹底解明する】
須弥壇は寺院の本堂にある仏像を安置する壇は、須弥山を模して作られたため「須弥壇」と呼ばれます。
カイラス山はチベット仏教では、カイラス山が須弥山と同一視され、聖地とされています。
日本庭園は日本庭園の石組では、中央に突出した岩を須弥山に見立てることがあります。
須弥山は、古代インドの世界観の中で中心にそびえる山です。インド神話のメール山、スメール山(su- は「善」を意味する、美称の接頭辞)の漢字音訳語です。
古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山であり、この世界軸としての聖山はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教にも共有されています。この山は、地球の北半球という説もあります。
インドで形成された宗教のうち、とりわけ仏教が中国や日本に、ヒンドゥー教がインドネシアなどに伝播するに伴い、この世界観も伝播しました。ジャワ島にはスメル山という名の山もあり、別名はマハ・メル山(偉大なるメル山を意味する)といいます。仏教が説いた須弥山の概念は、近世以前の東アジアの人々の世界観に大きな影響を与え、頂上にある忉利天と並び、詩や物語の題材となっています。須弥山を主題として扱った日本の文学作品の例としては、『梁塵秘抄』『今昔物語集』『拾遺往生伝』『日本霊異記などが挙げることが出来ます。
仏教の世界観では、須弥山をとりまいて七つの金の山と鉄囲山があり、その間に八つの海がある。これを九山八海という。
「須弥」とは漢字による音訳で、意訳は「妙高」という。
玄奘(注釈1)の頃から須弥山がチベット高原、それを取り巻(四大大陸は南アジア、西アジア、北アジア、東アジアと考えられてきた。なお、須弥山の頂上には帝釈天が住んでおり、その上空には修行を極めた者のみが行ける世界が広がっているとされたため、インドの行者はガンジス川を遡ってチベットを目指したのだ。
(注釈1)
玄奘は西暦602年~664年3月7日迄生存した。彼は、唐代の中国の訳経僧。玄奘は戒名であり、俗名は陳褘諡は大遍覚で尊称は法師や三蔵など。玄奘三蔵と呼ばれ、鳩摩羅什(注釈2)と共に二大訳聖、あるいは真諦と不空金剛を含めて四大訳経家とされる。
(注釈2)
鳩摩羅什は西暦344~413年、一説に西暦350年~409年とも)は、亀茲国現在の中華人民共和国新疆ウイグル自治区クチャ市出身の西域僧、後秦の時代に長安で約300巻の仏典を漢訳し、仏教普及に貢献した訳経僧です。最初の三蔵法師。後に玄奘など、多くの三蔵法師が現れましたが、鳩摩羅什は玄奘と共に二大訳聖と言われています。
ヒンドゥー教の聖典の一つである『ヴィシュヌ・プラーナ』によれば、世界の中心にはジャンブー・ドヴィーパ(ジャンブー洲)と呼ばれる円盤状の大陸があり、その中央にそびえる黄金の山がメール山であるとされる。地表部の高さは84,000ヨージャナ、地表下の深さが16,000ヨージャナあり、頂上部の直径が32,000ヨージャナ、基礎部の直径が16,000ヨージャナと上に行くほど広くなる漏斗形をしている。山の形状については聖典によって異なり、『ヴァーユ・プラーナ』では東面は白色、南面は黄色、南面は黒色、北面は赤色をした四面体であるという。メール山の東西南北には控え壁となる高さ10,000ヨージャナの山があり、それぞれの山頂には高さ1,100ヨージャナの大樹が生えている。
メール山の山頂には差し渡し14,000ヨージャナに及ぶブラフマー神の都城があり、その東西南北、東南、南西、西北、北東の8方向に護世神たちの住む都市が広がっている。
5世紀頃までに成立した『倶舎論』によれば、(論は人師の説なので厳密には仏説とは見なされるが)風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最下面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際という。なお、このことが俗に転じて、物事の最初の最後までを表して金輪際と言うようになった。皆さんが宴会などの席で話しのネタにすれば一躍人気者になること請け合いだ。
金輪のうえ、鉄囲山の内縁にたたえた海水に浮かぶ須弥山に向かって、東には半月形の毘提訶洲、あるいは勝身洲)南に三角形の贍部洲(南洲あるいは閻浮提)、西に満月形の牛貨洲(ごけしゅう)、北に方座形の倶盧洲がある。南に位置する贍部洲は我々が住んでいる世界のインド亜大陸を示している。
また、贍部洲と須弥山の間には、外縁から内部の順に、尼民達羅山、象耳山、馬耳山、善見山、檐木山、持軸山、そして持双山が須弥山を囲むように聳えている(九山八海)。
須弥山中腹には日天と月天が回っている。須弥山の高さは八万由旬と言われ中腹には、下から恒憍天、持鬘天、堅手天、そして四大王天がおり、ここを住みかとしながら四洲を守っているという。これらの住みかは四層状になっていて、山の中腹から四周にはみ出たヴェランダ構造になっているとされている。四天王の眷属たちは、他の山々や、太陽や月に植民している。さらにその上の山頂の忉利天には帝釈天と他三十二天が住むという。
須弥山の頂上から80,000ヨージャナ上には、夜摩天とその眷属が住み処とする空中宮殿がある。さらにその天宮の上には、同様の構造を持つ兜率天、化楽天、他化自在天の住み処があるとされる。
須弥山には甘露の雨が降っており、それによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。
カイラス山はチベット仏教で須弥山と同一視され、周囲の山々を菩薩に見立てた天然の曼荼羅とみなし、聖地とする。
日本庭園には須弥に見立て中央に突出する岩を須弥山に例える石組をする。
上記解説中の距離を表している「ヨージャナ」について解説したい。
由旬、サンスクリット名はヨージャナ योजन yojana)は、古代インドにおける長さの単位である。踰繕那とも書く。「くびきにつける」の意で、牛に車をつけて1日引かせる行程のこと。牛にくびきを付けるのが普及したのは、主に牛耕の為なので、一日の田畑の耕しの距離とも考えられる。
古代インドでは度量衡が統一されておらず、厳密に「1ヨージャナは何メートル」とは定義できないが、一般的には約11.3キロメートルから14.5キロメートル前後とされる。また、仏教の由旬はヒンドゥー教のヨージャナの半分とも言われ、仏教の経典のひとつ 阿毘達磨倶舎論(倶舎論)の記述などでは普通1由旬を約7 ~8キロメートルと解釈する。上記のように、仮に牛耕の距離と仮定すると、その距離は大幅に減少して、100m以下の可能性もある。
古くから様々な定義があり、例えば天文学書アールヤバティーヤでは「人間の背丈の8,000倍」となっている。他にも「帝王の行軍の1日分」「 牛の鳴き声が聞こえる最も遠い距離の8倍」などの表現がある。
また、「32,000ハスタ」とする定義もある。ハスタとは本来「手」の意味だが、古代インドでは長さの単位として用いられており、この場合は「肘から中指の先までの長さ」(キュビット)と定義される。以下のように倍量単位が続く。4ハスタが1ダヌ(dhanu「弓」)または1ダンダ(daṇḍa「棒」)、2,000ダヌが1クローシャ(krośa)、2クローシャが1ガヴユーティ(gavyūti)、2ガヴユーティが1ヨージャナ。仮に1ハスタを45センチメートルとした場合、1ヨージャナは14.4キロメートルとなる。
一方、仏教では1拘盧舎(倶盧舎ともいう。クローシャ。500尋と同じともいわれるが1,000弓(ダヌ。4,000ハスタと同じ。倶舎論では500弓)そして4拘盧舎(倶舎論では8倶盧舎)が1由旬とされている。
阿毘達磨倶舎論では、物質的量の最小を「極微」とし、7極微(中心に1極微とその前後左右上下に1極微ずつ)を1微、7微を1金塵、7金塵を1水塵、7水塵を1兎毛塵、7兎毛塵を1羊毛塵、7羊毛塵を1牛毛塵、7牛毛塵を1隙遊塵(隙間から差し込む光の中に浮遊して見える塵ほどの粒子の大きさ)、7隙遊塵を1蟣(シラミの卵ほどの粒子の大きさ)、7蟣を1蝨(シラミほどの粒子の大きさ)、7蝨を1麥(麦)、7麥を1指、7指を1節、24指を1肘、4肘を1弓、500弓を1倶盧舎、8倶盧舎を1由旬としている。
由旬を使ってその大きさが示されているものとしては、須弥山の高さが8万由旬、太陽の直径が51由旬、月の直径が50由旬、大気の層の厚さが160万由旬などがある。ただし、太陽と月は天球上の見かけ上の大きさを示したものであり、実際の大きさは太陽の方が遥かに大きい。
折角の機会なので太陽の大きさについて解説する。
太陽の直径は地球の約109倍。体積では地球の約130万倍、質量では約33万倍に相当する。
太陽の大きさは次の通りである。
太陽の直径は約139万2,000kmである。
これは地球の直径約1万2,714kmと比較すると、約109倍の大きさになる。
太陽の体積と質量はどうであろうか?
太陽の体積は地球の約130万倍、質量は地球の約33万倍である。太陽系全体の質量の99.8%を太陽が占めている。
太陽との大きさの比較について解説します。
地球をビー玉に例えると、太陽は直径1m程度のボールに相当する。NASAの画像では、太陽の内部に地球が109個収まる様子が示されている。
太陽と月との比較について解説します。
地球から見ると太陽と月は同じくらいの大きさに見えますが、これは太陽が月よりも約400倍遠くにあるためだ。実際には太陽は月の約400倍の大きさがある。
月の明るさは太陽の1/60である。
これが「月明かり」というものだ。
宇宙には太陽より大きな星がある。これを恒星という。
宇宙には太陽よりも大きな星が多数存在する。例えば、ベテルギウス、シリウス、ベガ、アンタレスなどが挙げられる。
我々人類はこの大宇宙の銀河系のそのまた、太陽系の中の地球に住んでいるのだ。
なんと神秘的な光景であろうか!
恒星とは、自ら光を発し、その質量がもたらす重力による収縮に反する圧力を内部に持ち支えるガス体の天体の総称である。古典的な定義では、夜空に輝く星のうちその見かけの相対位置の変化の少ないもののことを指すのだ。地球から一番近い恒星は、太陽系唯一の恒星である太陽である。
恒星を更に詳しくご説明します。
恒星ベテルギウスは、オリオン座にある恒星で、全天21の1等星の1つ。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンとともに、冬の大三角を形成している。バイエル符号での名称はオリオン座α星である。
惑星が地球を含む太陽系内の小天体であるのに対し、恒星はそれぞれが太陽に匹敵する、あるいは凌駕する大きさや光度をもっているが、非常に遠方にあるために小さく暗く見えている。太陽近傍の恒星のほとんどに同時に生まれた恒星が存在し連星を形成するが、太陽とペアとなる恒星が見つかっておらず仮説上の連星としてネメシスと名付けられている。
太陽系の太陽である。年齢は46億年である。寿命は50億年である。
銀河系または天の川銀河とは、太陽系を含む銀河の名称である。地球から見えるその帯状の姿は天の川と呼ばれる。
この機会に中学生にタイムスリップしよう。
自転と公転は、どちらも天体の回転運動ですが、自転は天体自身が軸を中心に回転する運動、公転は天体が別の天体の周りを回る運動という違いがある。地球の場合、自転は1日(約24時間)で1回転し昼夜の変化をもたらし、公転は1年(約365日)で太陽の周りを1回転し季節の変化をもたらす。
自転についてご説明します。
自転は、地球が地軸(北極と南極を結ぶ仮想の軸)を中心に、西から東へ向かって1日に1回転する運動である。北極側から見ると反時計回りである。
自転の周期と速度についてご説明します。
周期は約24時間で1回転する。
速度は1時間あたり約15度回転する。
自転による現象についてご説明します。
その特徴は昼と夜の繰り返し。
太陽や月、星が東から昇り西へ沈むように見える日周運動。
次は公転についてご説明します。
公転は地球が太陽の周りを1年かけて1周する運動です。太陽を中心に反時計回りに回る。
公転の周期と速度についてご説明します。
周期は約365日(1年)で1回転する。正確には約365.25日のため、4年に一度閏年で調整される。
速度は1ヶ月あたり約30度進む。
公転による現象についてご説明します。
季節の変化。
季節によって見える星座が変わる年周運動。
自転と公転の比較については以下の通りです。
項目 「A」自転 公転「B」
中心 地軸 太陽
周期 1日 1年
「A」方向は北極から見て反時計回り
「B」太陽を中心に反時計回り
主な現象「A」昼夜の繰り返し「B」季節の変化
出口王仁三郎はいう。
「大宇宙は神さま、神さまは大宇宙」
この章では、日本神話に記述されています神さまにいて、読者の皆さんにご理解を深めて、頂くための内容にしました。文献は『古事記』と『日本書記』、『日月神示』になります。
《国常立尊の姿》
「下つ巻第三帖(参6)」
「この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、それが神の或る活動の時の姿であるぞ、神の見せ物にしてはならんぞ。」
「天つ巻第四帖(参13)」
も「この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのぞ。」
「水の巻第十帖(参19)」
「此の方の事何れ判りて来るぞ。今はまだ知らしてならん事ぞ。知らす時節近づいたぞ。」
と日月神示に書記されているが、天明自身が若い頃に所属していた「大本」の「出口王仁三郎」によると、
国常立尊の姿は
光明に輝き、切れ長の深い『まなじり(注釈1)に光をたたえた、「八握の神剣(注釈3)を腰に帯刀した白髪の老神だったという。(出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母3巻 地獄の釜』)(参14)。
(注釈1)
『まなじり』とは、目尻、つまり耳に近い方の目の端を指す。現代では「目尻」という言葉が一般的ですが、『まなじり』は『眦を決する(注釈2)』などの慣用句で使われることが多い。
(注釈2)
慣用句『眦をけっする』とは
「気力などに満ちた様子で目を大きく見開くさまを意味する。
また、同じ『大本』の『出口なお』も霊夢で見た
国常立尊の姿は
「純白の衣冠束帯(注釈3)で剣も白金の光芒(注釈5)を射放つ、眩いばかりの神だった」
と言った。
(出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母4巻 立春の光』)(参15)。
(注釈4)
衣冠束帯は、平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
ご参考までに。
(注釈4)
『八握の神剣』とは、饒速日命」が天から地上へ降りる際に神々から授かった十種神宝(10種類の宝物)のひとつに数えられる宝剣のこと。
(注釈5)
光芒は、細長く伸びる光の筋や、他よりも際立って優れている部分を指す言葉です。彗星の尾や、暗闇で点状の光を見たときに周囲に見える光の筋など、様々な光の現象を表す際に用いられます。
光芒の主な意味は
①尾を引く光の筋で表します。
『光芒』の最も一般的な意味は、細長く伸びる一筋の光のことです。
②彗星の尾を意味します。
彗星が移動する際に残す光の筋を指します。
③光条は星や街灯など、点状の光の周囲に見える多数の光の筋を指します。
④自然現象は薄明光線(天使の梯子)や太陽柱(サンピラー)なども「光芒」と表現されることがあります。
以上のことから考察しますと
国常立尊のお姿は
純白の衣冠束帯で神体は光明に輝き、
まばゆかった。
また、切れ長の深い目尻は威厳に満ちて
おり大きく目を見開いていた。
腰には八握りの神剣を帯刀し、
白髪まじりの老神である。
剣からは白金の光芒を射放っていた。
ということになります。
造化三神
天と地が出来たその原初の時に、高天原に成りました神が
天之御中主神
高御産巢日神
神産巣日神。
この三柱の神を、『神典古事記』の序文では、
『造化三神』と、称しています。
神代七代
『古事記』では、別天津神の次に現れた十二柱七代の神を神世七代としています。
最初の二代は一柱で一代、その後は二柱で一代と数えて七代としています。
国之常立神
(男神)
豊雲野神
(男神)
宇比地邇神
(男神)
須比智邇神
(女神)
角杙神
(男神)
活杙神
(女神)
意富斗能地神
(男神)
大斗乃弁神
(女神)
淤母陀琉神
(男神)
阿夜訶志古泥神
(女神)
伊邪那岐神‥‥
(男神)
伊邪那美神
(女神)
解説しますと『神典古事記』によると伊邪那岐命が伊邪那美命の居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを日向のたちはなのおどのあまぎはらで穢れをきよめるため禊祓いをしました。そのとき、洗い流した際、左目を洗ったときに化生したのが天照大神でした。このとき右目から生まれたのが月読命でした。また、鼻から生まれたのが暴れんぼうの建速須佐之男命と共に、三貴子と呼ばれました。このとき伊邪那岐命は天照大御神に高天原を治めるように指示しました。
海原を委任された須佐之男命は、伊邪那美命のいる根の国に行きたいと言って泣き続けたため伊邪那岐命によって追放されました。須佐之男命は根の国へ行く前に姉の天照大御神に会おうと高天原に上りましたが天照大御神は弟が高天原を奪いに来たものと勘違いし、武装して須佐之男命を待ち受けたのです。
須佐之男命は身の潔白を証明するために誓約をし、天照大御神の物実から五柱の男神、須佐之男命の物実から三柱の女神が生まれ、須佐之男命は勝利を宣言したのです。
これを日本神話では『天照大御神と須佐之男命の誓約』と記述されています。
阿波岐原は、日本神話の『古事記』の舞台で、天津祝詞の冒頭で『 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原』と唱えられています。
阿波岐原の広大な松林にある江田神社は、男神 伊邪那岐命と女神伊邪那美命を祀っています。
社伝によりますと次のように言われています。
伊邪那岐命 ・伊邪那美命の両神は国生みの神で、大八島をはじめ多くの島々や神々を生みました。最後に火の神を出産したとき、伊邪那美命は全身焼けただれて死んでしまいます。
伊邪那岐命は妻が忘れられず死の国『黄泉の国』まで会いに行きますが、伊邪那美命の醜い死の姿に驚き夢中で逃げ出しまた。途中、伊邪那美命に追いかけられますが必死に地上に逃げ帰り、死の国の汚れをお祓いされたのが、阿波岐原に現在もある『みそぎ池』だと言われています。
伊邪那岐命が『みそぎ祓い』をしたとされる池があります。投げ捨てた杖や着物などから様々な神が生まれ、体の穢れを清めるために池の中に浸かり体を水で洗うと、また様々な神が生まれました。最後に左目を洗うと天照大御神が、右目を洗うと月読命が、鼻を洗うと須佐之男命が誕生したと言われています。
伊邪那岐命は三神にそれぞれ「高天原」「夜の世界」「海原」を治めるように命じられました。
如何でしたか?
神さまのこと少し、理解できましたか?
伊邪那岐命 ・伊邪那美命をまつる江田神社 「続日本書紀」では837年(承和4年)「江田神社」として官社に列し、さらに延喜式では日向国式内四座の一つとなっていて、日向国内でも有数の古社として古くから崇敬を受けていました。
(アクセス)
【バス】 宮交シティから宮崎市フェニックス自然動物園行きバス約40分、江田神社下車
【お車】 宮崎駅から約15分
【駐車場】あり
(所在地)
〒880-0835 宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127
(電話)
TEL: 0985-39-3743
一ツ葉海岸の名前の由来につきましてご説明します。
一ツ葉森林公園一帯は、昔は大きな入り江があり『一ツ葉浜』と呼ばれていました。
江戸時代の中期、この浜に葉が一つしか付かない松の木が見つかり、人々は不思議がり一ツ葉の松と呼びました。
伊邪那岐命が禊祓いをした地に生えた聖なる松であるとして、一ツ葉稲荷社を建てたと伝えられています。
【第八章 2ノ2】
私が執筆した小説です。
この物語はフィクションです。
登場人物、団体等同一のものがあっても一切関係ありません。
とても心が癒される恋の物語ですよ。
題名は『カムイの恋物語』です。
それではお楽しみ下さい。
ー物語の始まりー
奈良時代の物語です。
時は、西暦730年。
九州・日向の地に一人の若者がいました。
いつも、海の入り江の近くで漁をしていました。若者の名前はカムイ。年齢は18歳。
漁師の家庭に育ち、両親とカムイの3人家族でした。ところが、西日本から九州にかけて疫病が流行り、父親の為三が亡くなりました。母親のタミとカムイは二人家族になりました。
カムイの責任は重くなり、毎日、朝から晩迄、海の入り江に行き漁をするようになりました。漁師たちの間や村人たちの間でも働き者として評判になりました。そんなある日の出来事です。
カムイはいつものように海の入り江で漁をしていました。カムイは独身で早く嫁をもらいたいと一生懸命働いていました。
母親のタミもカムイに「早く嫁が見つかりますように」と、神さまにお願いをしていました。
ある冬の日、いつものように投網を打っても全く魚の獲物が上がらず、あきらめて帰ろうとすると背中に捕れたての魚を沢山入れた籠を背負った美しい娘に出会いました。
その娘は豊後の国東の村に住むコウという名前の娘でした。歳は16歳。両親と弟2人、祖父母の7人家族でした。
コウは顔の輪郭は整い、鼻筋は通っていて、二重瞼で目は大きく、容姿端麗の美少女でした。
あまりの美しさにカムイが見惚れていると、コウはにっこりと笑って会釈をして通り過ぎました。
翌日もカムイは魚が捕れず帰ろうとしたとき、また昨日の娘・コウに会いました。「あんたはどこでこんなに沢山の漁が捕れたんだよ?」と、カムイが聞くとコウは「三本松の所で、捕れました。」と言うではありませんか。」そしてコウはカムイに言いました。「観音経(注釈1)を唱えながら網を入れなさい」と教えてくれたのです。
カムイは家に帰ると一晩中唱え続けて暗唱し、朝一番に入り江で観音経を唱えながら網を打つと、ずしりと手応えがありました。網を上げると一体の観音像がかかっていたではありませんか!
カムイは驚き、その観音像を吉村町にあるお寺に預けました。帰りに寺の山門を出ようとすると、あの娘が立っていて「私は豊後の国東から来ました。よい婿が見つかるように観音様に願をかけたら、『日向のカムイを訪ねよ』と、お告げがありました。』と言うのです。
カムイは驚きました。母親のタミにこの話しをすると「それはいいご縁だ」と大層、喜んでくれました。1ケ月後、カムイとコウは両家の家族に祝福され、村人や漁師たちからも祝福され祝言をあげました。そして母親のタミも、カムイ、コウ夫婦も観音様を崇めました。
するとどうでしょう。毎日豊漁が続き、コウが町に魚を売りに行けば飛ぶように売れ、カムイとコウ夫婦は村一番の大金持ちになったのでした。
歳月が流れ10年が経ちました。
子宝にも恵まれ、子供が5人出来ました。
そしてカムイとコウ夫婦と子供たちはいつまでも幸せに暮らしました。
(注釈1)
観世音菩薩普門品は、略して観音経とも言われます。後半のみを唱えるときは、世尊偈、観音経偈、普門品偈などとも言います。法華経のなかの第二十五品「観世音菩薩普門品」という一章のことです。正式には、『妙法蓮華経観世音菩薩普門品』として、人々に観音さまとして親しまれています。観音信仰といいます。日本では主に鳩摩羅什訳のものを用いています。
なお、法華経はお釈迦さまの弟子たちがまとめたものと考えられていますが、その真意は定かではありません。
観世音菩薩普門品は法華経が出来てから100年経過してから纏められたものです。
法華経は、紀元前にインドでお釈迦さまによって説かれた教えがもとになっていますが、お釈迦さまの入滅後、約500年を経て成立したと考えられています。その後、中国の鳩摩羅什(くまらじゅう)が406年に「妙法蓮華経」として漢訳し、広く普及しました。
法華経の起源について、詳しくご説明します。
法華経は、インドで『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』という名で広まりました。お釈迦さまの教えをまとめたものですが、お釈迦さまの入滅直後に存在したわけではないとされています。
法華経の成立には、お釈迦さまの時代から約500年の隔たりがあります。
誰が編纂したかについては諸説ありますが、信心深い僧侶や在家の人々によって段階的に編纂されたと推察されています。
韻文(偈頌)に俗語や崩れた文体が見られることから、教養や才能に恵まれない修行者たちが、すべての人々が救われる究極の仏教を求めて編纂した可能性も指摘されています。
西暦286年には竺法護が『正法華経』を漢訳しました。
西暦406年には鳩摩羅什が『妙法蓮華経』として漢訳し、これが最も優れた翻訳とされ、中国や日本で広く流布しました。
現在『法華経』といえば、この鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』を指すことが多いです。
法華経は、すべての人々が救済され、成仏できるという『一仏乗』の教えを説いています。
性別、民族、社会的地位、知的能力に関わらず、あらゆる人に仏界が備わっていると説き、日常生活の課題に積極的に取り組むことを促しています。
日蓮宗では、お釈迦さまの説かれた一切経の頂点に位置する『諸経の王』として最も大切にされているのです。
私は作家・石原慎太郎の『法華経』で勉強しました。
玉置浩二さんの「ファンファーレ」は、TBSテレビ系ドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」の主題歌です。2025年11月5日にシングルとしてリリースされました。
この曲は、ドラマの舞台である人間と競走馬の世界を描いていますが、勝ち負けにこだわらず、挫折している人々の生き方を肯定する応援歌となっています。具体的には「上手くやれなくったっていいんだよ」「そのまま生きていきなさい」といった歌詞があり、聴く人を温かく後押しするメッセージが込められています。
歌詞には「ヘコたれた心」「千切れた手綱と絆」といった言葉があり、競走馬と馬主たちの情熱や絆を表現していると、ドラマの視聴者からも感動の声が寄せられています。ドラマの終盤でこの曲が流れると、感動が倍増するという感想もありますね。
「ファンファーレ」の作詞・作曲は玉置浩二さんご自身が手掛けています。編曲はトオミヨウさんが担当しました。
日月神示のメッセージはこのファンファーレの歌詞をイメージして下さい。そして大宇宙の大自然を感じて下さい。必ずあなたは幸せな人生を送って行くことでしょう。私はそう願うし、そう確信します。だってみんな、家族なんですからら!但しそうなる為には一つだけ約束して下さい。
「善一筋で生きる!」と。大宇宙の神さまはただ、その事だけを願っておられます。
日月神示の予言なんか、怖くない!
だって私は「善一筋」で生きているんだから!
【第一巻】
最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
大宇宙は神さまという真理を知らない人々やまた、根拠のない情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎はそのようなことは一切言っていない。
これらの情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが多くなっててくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示に分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み頂き、大宇宙が神さまである。という本当の真理を知り、幸せな生活を送って貰いたい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
さて毎日のニュースや新聞で、事件や事故が報道されています。香港の高層マンションの大火災など、考えられない出来事です。
何故?このような不幸な出来事が起きるのでしょうか?
私は日本神道の家に生まれました。
私のように物心がついてから71歳になるまで、毎日、神さまに接していますと、神さまのことが良くわかるようになりました。
それは皆様に今からご紹介する日月神示という書物に触れたからです。
この書物は、岡本天明という方に神さまが神憑りされて、岡本天明に神さまの意志で紙に書かせたのです。
何故、岡本天明だったのでしょうか?
岡本天明は画家であり、書道家であり、神社の留守居神主でした。
ここで日月神示と岡本天明との関わりについて詳しくご説明します。
日月神示は、神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物です。昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に八巻の神示が降りたとされています。
その日月神示に書かれていた内容はその殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る。本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻有り、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っている。尚、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」又は「一二三神示」と呼ばれる。日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除き殆ど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一氏の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたといわれている。
麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は以下の一節でした。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われています。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
これは昭和19年、第二次世界大戦中に書記されました。
続いて
「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
これについても読み方は
「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。磨いていなければ助かることが出来ない。という 内容だと考えられている。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖で書記されている。この大峠は我々の住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることができるものは存在しないという。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
この身魂磨きや心の浄化、また正しい食生活で身体を健康で強壮なものに保っていくことの大切さは日月神示の主題と言っても良く、我々ひとりひとりがこの現界をより良く生きるためにも、この先に起こるとされる大峠を無事に乗り越えるためにも極めて重大なことであり日月神示自体が降ろされた理由もこれに尽きると考えられる 。
なお、日月神示はこれらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり書記されていく。神示には「人間の生き方」「正しい食生活について」「夫婦の本当のありかた」さらには「霊界」の実相についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「預言書」的な記述部分も多く見られる。また、日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で次のように語っています。
「高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなす「レ」と「〇」と「+」があるのみ。また高度の霊人の文字として、ほとんど数字のみが使用されている場合もある。
数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)や「天人同志の文字は数字が多いぞ。
天人の言葉はマコトであるから、ただ一言で万語を伝え得るぞ。」と「星座之巻」第十八帖、第十九帖で述べている。同様なことは18世紀の巨大な科学者にして政治家であり、また、その後半生は霊能者として有名なスウェーデンの貴族であるE.スウェデンボルグも天界探訪の事を記した自身の著作で「天人の文字は数字が非常に多かった。」と書いていて興味深いものが有る。
これと同じようなことは、出口王仁三郎の『霊界物語』にも記述が有る。
日月神示より以前に他で出された神示類ではこのようなことは見られず、神霊が「今まで他に出て居たのは皆、神示先ぢゃ。ここは神示ぢゃ。キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖、第七帖)と書記させている。また、「アメの巻」第十三帖でも「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち着いて聞き落としのない様になされよ。」とも語られている。
また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べられている。
この文章は無神論者の方には分からないと思います。しかし、私は彼らにいいたい。
「あなたを含めてこの大宇宙は神さまの断片であり、一部分なんですよ。あなたは神さまなんですよ。」と申し上げます。
さて、以下の文書は岡田茂吉(注釈1)の御神書からの引用です。
「私は天国は近づけるとは言わない。
なんとなれば、もはや天国実現の時が来たからである。
すなわち悪は滅び、善は栄える、段階に入っている。
ところが、ここに悲しむべき事がある。
と言うのは、人類が数千年の長い間に堆積されたところの罪と穢れである。
当然、この大浄化作用が発生する。」
私はこの文章を読んで次のように感じました。「これは日月神示の書物の中に書かれている“大峠“であると。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖(注釈1)で書記されています。この大峠は私たちの住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることが出来るものは存在しないといいます。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
(注釈1)
帖は半紙20枚のことである。当時、岡本天明は日月神示神霊により、毎日、膨大な枚数の和紙に神霊の指示により書記していた。
さて、岡田茂吉(注釈2)の御神書のご紹介です。御神書は全部で六冊あります。
以下の文章は御神書(文明の創造)からの引用です。
「これによる犠牲者の数は如何に大量に上るのかは、到底、想像もつかない程であろう。
神の大愛は一人でも多くの人間を救わんとして私という者を選び給い、その大業を行わせられるのであって、その序曲というべきものが本著である。」(御神書より引用)
(注釈2)
岡田 茂吉
西暦1882年(明治15年)12月23日 ~西暦1955年(昭和30年)2月10日)まで生存。
享年73歳。
岡田茂吉は、日本の芸術家、実業家、思想家、自然農法の創始者、浄霊法の創始者、世界救世教の教祖であり、さまざまな分野で活動した。箱根美術館、熱海美術館(現:MOA美術館)などを創設した。
日月神示はキリスト教などの世界にある既成宗教を完全に否定しました。
ここで、世界の宗教と世界の四聖ついて、解説します。
世界四大宗教
《世界四大宗教A》
キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教。
《世界四大宗教B》
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教。
《世界四大宗教C》
キリスト教、イスラム教、仏教、儒教。
(世界の四聖A)
釈迦、孔子、イエス・キリスト、ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(またはソクラテス)
(世界の四聖B)
ソクラテス、イマヌエル・カント、孔子、釈迦 の4聖人を井上円了氏(注釈1)は古今東西の哲学を代表する聖賢として四聖を定めた。
(注釈1)
井上 円了
1858年3月18日(安政5年2月4日) ~1919年(大正8年)6月6日)迄生存。
享年61才。
日本の哲学者、教育者である。
出身校は東京大学。
明治時代の日本に哲学を広めた人物の一人。哲学館(現、東洋大学)や哲学堂公園を設立した。仏教哲学や妖怪学にも業績がある。
(豆知識)
『世界4大宗教』という明確な定義は一般的に存在しません。
キリスト教、イスラム教、仏教の『世界三大宗教』にヒンドゥー教やユダヤ教を加える場合があります。
『世界三大宗教』とは、人種や民族、国境を越えて世界中に信者がいる宗教を指します。信者数だけでなく、その思想が世界規模で浸透しているということが特徴です。
1. キリスト教は信者数が約23億人(世界人口の約32%)で、世界最大の宗教です。
特徴は聖書を聖典とし、イエス・キリストが神の御国の福音を説き、人類を救済するために十字架にかかり復活したと信じられています。全人類の平等、博愛、共通の生活規範を特色とします。ユダヤ教を元に生まれ、厳格な戒律を一部廃止し、普遍的な宗教へと転換しました。
2. イスラム教は信者数が約18億人(世界人口の約25%)です。特徴は聖典はクルアーンで、神が最後の預言者ムハンマドを通じて人々に与えた教えを信じます。人間を人種や民族で差別せず、アッラーのもとで皆同等と考え、信徒間の相互扶助を重んじます。キリスト教と同様にユダヤ教を元に生まれた一神教です。
3. 仏教は信者数が約5億人強(世界人口の約7%)で、アジアを中心に広がっています。
特徴は人間を人種や民族で差別せず、輪廻と解脱の考えを持ち、良い行いを続けることで次の転生先が変わると信じられています。ヒンドゥー教よりも信者数は少ないですが、民族宗教ではないため世界三大宗教の一つとされています。
その他の主要な宗教としては『世界三大宗教』に加えて、ヒンドゥー教やユダヤ教も重要な宗教として挙げられます。
一つ目のヒンドゥー教は信者数が約11億人(世界人口の約15%)で、仏教よりも信者数が多い。特徴は主にインドで信仰される民族宗教です。多神教的な側面を持ち、牛肉を食べないなどの特徴があります。
二つ目のユダヤ教は特徴がユダヤ民族によって信仰される民族宗教です。キリスト教とイスラム教の源流となった一神教であり、聖地エルサレムを共有しています。
【イエス•キリストの解説】
イエス•キリストが磔の刑で死亡したのは紀元33年4月3日とされています。
享年33才。
イエスは紀元33年迄、ユダヤ人にのみ、神の国運動という宣教活動を行ったのです。
この世に聖霊の子として、マリアのお腹の中で堕胎しました。当時、許嫁のヨセフはマリアが妊娠したことに対して立腹しました。しかし、ある夜、天使ガブリエルが現れます。そしてヨセフはマリアのお腹の中の胎児が聖霊の子であると知ったのです。「生まれた子はイエスと名前をつけるように」と言われたのです。
暫し、皆さんと一緒に、イエスの時代にタイムスリップしましょう。
《降誕と幼少時代》
イエスの神殿への奉献の絵画。
イエスはガリラヤ地方のナザレで育ちました。ルカの福音書によれば、大変聡明な子であったとの記述があります。
《受洗、荒野の誘惑》
そのころ、洗礼者ヨハネがヨルダン川のほとりで「悔い改め」を説き、洗礼を施していた。イエスはそこに赴き、ヨハネから洗礼を受けました。
ヨハネはイエスの従兄弟です。
イエスの洗礼後、御霊によって荒れ野に送り出され、そこで40日間断食し、悪魔の誘惑を受けました。イエスは悪魔の誘惑を跳ね除けました。
「消え去れ!サタン!」
サタンは慌ててイエスのもとを離れました。
これは善神の勝利でした。
《宣教活動》
山上の垂訓の絵画
荒野での試練の後イエスはガリラヤで宣教を開始します。また弟子になった者の中から12人の弟子を選び、彼らに特権を与えたました。彼らは十二使徒と呼ばれます。
その後、イエスと弟子たち、また彼らを支える女性たちの活動は3年数か月に及びました。
《受難、死、復活、昇天》
『この人を見よ (Ecce Homo)』(アントニオ・チゼリ)、エルサレムの人々にイエスを示すピラトの絵画。
ピラトはローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督。
下の画像はイエス•キリストが磔にされた『ゴルゴダの丘』
磔の刑が執行されるとき、空は真っ暗になったと言います。イエスの前には母親のマリアも、イエスが愛した弟子のペテロもいました。
《キリストの再臨の絵画》
上の絵画はキリストの再臨です。
イエスは自分が再臨する時について予告していました。「雲に乗って来る。」と。
【日月神示と五穀豊穣、そして日本武尊とは?】
「五穀豊穣」の「五穀」とは、米、麦、粟(あわ)、豆、黍(きび)または稗(ひえ)の5種類の穀物を指します。これらは古くから主食とされてきた代表的な穀物であり、転じて穀物全般の総称としても使われます。
五穀の種類について、お話ししますと
五穀の内容は時代や地域によって異なり、一定ではありません。
では、一般的な五穀とは、「米、麦、粟、豆、黍または稗」のことです。
さて、日月神示に書かれている五穀とは、どのような穀類のことを指しているのでしょうか?
日月神示は古典です。私たちは古典に於る五穀を知る必要があります。では、古典における五穀について、ご説明します。
まず、古事記に記載のある五穀です。
「稲、麦、粟、大豆、小豆」の五種類になります。
次に日本書紀に記述されている五穀です。「稲、麦、粟、稗、豆」の五種類になります。
「五穀豊穣」とは、これらの穀物が豊かに実ることを意味する四字熟語です。豊作を祈願する際によく使われ、神社での祈年祭や新嘗祭など、お祭りでも祈りが捧げられます。
五穀の重要性について、ご説明します。
五穀は、古代から人間の生活を支える上で特に重要な食物とされてきました。現代では、これらをブレンドした「五穀米」も一般的です。私は毎日食しています。その理由は日月神示の教えであり、大神様である国常立尊の教えだからです。
特に麦にはもち麦があります。私はこのもち麦を毎日食べています。
もち麦に含まれる水溶性食物繊維β-グルカンは、食後の血糖値の急上昇を抑える働きがあります。これは、β-グルカンが胃や腸内でゲル状になり、糖質の吸収をゆるやかにするためです。このβ-グルカンは腸内にある善玉菌の餌になり善玉菌を増やす働きがあります。腸内環境を良好に保ちます。麦は胃の中の消化酵素で吸収されませんので体の栄養にはなりません。食物繊維として体外に腸内にある毒素と一緒に排泄されます。恐らく大腸癌や直腸癌にならないと思います。
さて、この日月神示については、エピソードがあります。
日月神示を自動書記した岡本天明に神憑りした麻賀多神社です。麻賀多神社に伝わる社伝によると景行天皇42年6月晦日、蝦夷征伐の為、東征中の日本武尊が麻賀多神社を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡を〝いんばのくにたんばのくちたまおきつかがみ〝と崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝(注釈1)たのが麻賀多神社の起源であると言われています。
(注釈1)
遥拝とは、遠く離れた場所から神仏や聖地に向かって拝む参拝方法です。直接寺社に赴くことが難しい場合でも、その方角に向かって祈りを捧げることで、神仏への感謝や信仰心を神様や仏様にお祈りして下さい。私は太陽に向かってお祈りしています。
(解説)
日本武尊は第12代、景行天皇の皇子。幼名は小碓尊。第14代、仲哀天皇の父とされる。紀元2世紀頃に存在。『古事記』や『日本書紀』に記述があるが、家族関係や性格づけなど、その描き方が大きく異なる。
【日本武尊の銅像】
【麻賀多神社】
【樹齢1400年の大杉】
麻賀多神社は、千葉県成田市台方と佐倉市に鎮座する歴史ある神社です。
特に成田市台方の麻賀多神社は、近隣18社の総社とされ、樹齢1400年を超える大杉がパワースポットとしてよく知られています。
この麻賀多神社について、私の知る限りのことをお話ししましょう。
私の日月神示に関する研究に携わった25年間の集大成です。
麻賀多神社は、今から1700年以上前に印旛国造の伊都許利命によって創建されみした。
今でも五穀豊穣、産業、安産、子どもの守り神として信仰されています。
それでは麻賀多神社の
御祭神と御神徳についてお話ししましょう。
御祭神は稚産霊神で、万物を結び育てる神様とされています。
御神徳は恋愛成就、安産子育、健康守護、事業発展等です。
次に成田市台方の麻賀多神社の特徴について、お話ししましょう。
神社の境内には東日本随一の大杉があります。
この境内にある大杉は樹齢1300年を超えています。
千葉県の天然記念物に指定されています。
この大杉の特徴は目通り幹回り8m、高さ40mです。
ご利益は延命長寿の御利益があるとされ、パワースポットとして人気があります。
皆さんには是非とも行って頂きたいと思います。
霊的な何かを感じることでしょう。
神さまもきっと喜ばれることでしょう。
二つ目は境内社のお話しです。
天日津久神社は令和6年より御朱印の受付を開始しています。
三つ目は麻賀多神社の連絡先です。
電話での問い合わせは、毎月1日と15日の8:00~14:00に受け付けています。
間違えて上記の日以外に電話を掛けないようにお願いします。先方に迷惑が掛かりますので。
次に佐倉市の麻賀多神社について、お話しししましょう。
佐倉市の麻賀多神社は、旧佐倉藩の総鎮守として「まかたさま」として地元の人々から親しまれています。
その境内の特徴は樹齢800年以上の大銀杏をはじめ、古木・大樹に囲まれた憩いの森なのです。
それでは、麻賀多神社のおさらいをしましょう。
麻賀多神社は、八千代市から成田市にかけて18社が鎮座しています。
成田市台方の麻賀多神社はその本宮です。
本社は、成田市台方。
奥宮は成田市船形手黒社とも呼ばれます。
麻賀多神社の主な行事です。
麻賀多神社では年間を通して様々な行事が行われています。
2月に節分祭があります。
4月には御田植祭があります。
7月には例大祭があります。
この例大祭の最終日曜日には伝統ある獅子舞が奉納されていす。
【麻賀多神社と日月神示と岡本天明】
麻賀多神社の社務所に於いて国常立尊に神憑りされ岡本天明が最初に自動書記で書かされた原文について、以下にご紹介します。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われています。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
続いて、
「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
これについても読み方は次のように読まれています。
「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。
磨いていなければ助かることが出来ない。という内容だと考えられている。
上記のマコトの神とは岡本天明と大本開祖•出口なおに神憑りした国常立之尊という高級神霊です。
どんな書物もそうですが、まずはじめに一番重要なこと、一番伝えたいことを書きます。
日月神示もそうです。
一番最初に岡本天明が自動書記した文章です。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
この文章の内容について解説します。
日本の国の夜明け、本当の神の国が現れた。今まで鬼門に閉じ込められていた艮の金神が現れた。その神の名は国常立尊である。
「この世始まって以来の三千世界の大洗濯をする。
三界を一旦、ぶち壊す。臣民は原爆や水爆のような「火」に焼けない身体でないとこの世から消え去る、
そのようにならないためには、日頃からわしの教えを守ることじゃ。ます、日頃から次のことを守るのじゃ。
朝目覚めたら神に感謝する。
お前たちには身体と心をわしが貸している。一日が終われば、寝る前に一旦わしに返すのじゃ。わしに感謝して返すのじゃ。明日も生きたいと考えるなよ。わしの意志でお前たちがわしの役に立つなら、明日また、目覚めるであろう。」
私はこの神の教えを守り続けています。今月、71歳になりました。毎日健康に暮らしています。
毎日、好きな小説を執筆し、美味しい物を食べ、大自然に触れて温かい太陽の光を浴びて、小鳥の囀りを聴いて話しかける。「気をつけて遊ぶんだよ」
近所の神社に行く。犬を連れて散歩している人々に挨拶をする。「こんにちは(笑顔)」
幼稚園児を引率して歩いている保母さんたちに挨拶する。「こんにちは(笑顔)」
「おはようございます」私は園児たちの元気な声に癒される。「嗚呼!神さま、今日も私はこんなに幸せです。毎日、生かせて頂き、ありがとうございます。」
私にはこの世に怖いものは、何一つ、ありません。
この世の中で、怖いものは神さまの怒りだけです。
読者の皆さんもこの日月神示の教えをよく読んで、毎日実行して下さい。
大神様もきっと喜ばれますよ。
私の好きな出口王仁三郎から学ぶ!
出口王仁三郎は天地創造に於ける最高神は天之御中主神或いは阿弥陀如来、ゴッド、天帝と呼び名は違うが同じ神であると、私たちに教えた。例えば、天之御中主神である。この神は日本神話における創造神のことであり、神話時代の系譜の中で最初に現れる神で、天地開闢の章に登場する。出口王仁三郎が聖師と言われた大本の神である。そこで出口王仁三郎は独一真神が無限絶対な存在であり、広大無辺であることを悟るために、三カ条の学則を示しのだ。この学則を三大学則という。
神の創造された宇宙のすべてのものは「霊・力・体」の三元から成り立っている。
「神が創造された全大宇宙をじっくりと観察することにより、神の実在とご神徳、神性を悟ること」が出来るという。
大自然は、無言の教科書である。人間的知恵で書かれた書物よりも、大自然、天地万物を心ひそめて観察することによって、神の霊・力・体を深く感じ、悟ることが出来るという。
神の黙示は、大自然の至るところに満ち満ちているのだと。
また、神は、霊・力・体の三大要素をもって万有一切を創造された。従って宇宙にあるものはすべて、霊・力・体の三元よりほかにはないのだと。
三大学則の三カ条を拝しながら、神の霊・力・体について思考する。
一つ目は「天地の真象を観察して真神の体を思考すべし」
(解説)
肉眼で見える星の数は7,500余。天体望遠鏡を用いると、300億以上になるという。天の川は無数の星の集まりで、その端から端までの距離は30万光年ある。
光の速さは、1秒間に地球を7回り半する。
1光年とは、光の速さで1年かかって到達する距離である。30万光年という距離は驚異的な距離である。
私たちの住む地球は、太陽系宇宙の小さな一惑星に過ぎない。
太陽系宇宙といっても、銀河系宇宙のほんの一部分である。その周りには数限りない宇宙が広がり、最も近い星雲でも70万光年あると言われる。
神が創造された宇宙は無限に広がり、はかり知れない。この大宇宙は生きている。今も膨張を続けている。
地球は、海があり陸があり、山があり川があって、82億3200万人の人類をはじめ、さまざまな動植物が太陽の光と土、水など大地の恵みによって生きている。
生を受けた生物は、寿命を終えると一様にその亡きがらは大地に帰り、次の生命を養う栄養となる。生命の循環である。
土の中にも数十億の微生物がおり、顕微鏡でしか見られない微生物、体内の細菌等にもはっきりとした組織があり働きを持っている。極小のものとしては原子•電子•陽子•中性子の世界があり、整然とした秩序、法則を持っている。また、原子によって地球上の物質が作られている。その物質を形成するのが118種類の元素なのだ。
これらは一例ですが、極大の世界から極微の世界までを創造し、秩序・法則をもって生かしはぐくんでいる無限絶対のご存在が神なのだ。
二つ目は「万有の運化の毫差なきを視て真神の力を思考すべし」
天地間のものの中で、静止しているものはない。大は天体から、小は原子まで、すべてが活動し、運化している。
そして、その動き方、移り方にはみな一定の法則があり、軌道がある。
このことが、宇宙間に大小さまざまな周期律をつくっている。
太陽系では太陽を中心に八つの惑星と一つの準惑星がそれぞれの軌道で回っている。
地球が太陽の回りを1周する時間を1年、地球自体が1回転する時間を1日とし、それによって、1年の中に春夏秋冬が、1日の中に朝昼夜が巡ってきます。
そして、悠久の太古から永遠の未来へと、一分の狂いもなく動き続けています。
すべてのものは物理的に運化しているだけでなく、質的にもうつり変わっているのだ。
たとえば大地に落ちた樫の実が芽を出したとする。
次第に幹ができ、枝が伸び、葉を付ける。やがて大きな木になり、花を咲かせ、実を結ぶ。
そしてその実が落ち発芽して、新たな生命が誕生する。これが、樫の質的なうつり変わりであり、軌道である。
生物は独自の軌道を持ち、その軌道に従って生まれ、育ち、成熟し、生み、老い、死ぬという運化を繰り返し、この順序に狂いはない。
また、動物は空気中の酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す。植物は二酸化炭素を吸って酸素をはき出す。
このように、それぞれの運化の中で双方が立ち栄えていっています。
生物だけではない。大地の上の水は、絶えず水蒸気となって空にのぼり、やがて雲となり、雨や雪となって大地に還る。
自然現象の循環である。
このように極大から極微まで、すべてがそれぞれ運化を続け、大調和のうちに、天地の生成発展に参画している。
そこには、神の絶大な力と、その力から分け与えられたそれぞれの分力が働いているのだ。
三つ目は「活物の心性を覚悟して真神の霊魂を思考すべし」
活物の心の働きの中で、最も基本的に共通していることは、生命を大切にする思い、生きようとする意欲なのだ。
この生存本能によって、すべての活物は呼吸し、光、熱を求め、食物その他生きるために必要な諸条件を求めている。
生命を犯すものから逃れようとし、避けられない困難には打ち勝って、生き延びようとする。
このような心性、本能を活物に与えたのは神であり、それによって活物は生き、栄えているのだ。
いま一つ、活物すべてに基本的に共通しているのは、生殖本能である。
それは、自己の子孫をつくり、自己の遺伝子を永遠に広げようとする営みである。
それに関連していろいろな性情が現れ、異性に対する慕情が生まれ、やがて親子の深い絆が出来る。
動物でも、親子の強い情愛があります。私たちの身近にいる雀を例に取ってみる。
カップルができたら一生懸命に巣作りに励み、卵を産んだら親鳥はほとんど巣から離れることなく卵を温める。雛がかえると親鳥自身はほとんど食べずに、エサを雛に運ぶ。外敵が来ると、身をもって雛を守り、大きい外敵にも立ち向かう。
だれに教えられなくても、雛に対する愛情、育てる知恵、勇猛心、親和の情などの心のはたらきが備わっているのだ。これは、動物に限らず植物にも言えることだ。
広大無辺な宇宙に対し個々の活物は、比較にもならないほど小さな存在なのだ。
しかし、生きようとする力強い本能があり、親子の間にみられるような美しい愛を持っている。
この本能は、神から分け与えられた尊い心性なのだ。
読者の皆さんは、仏教用語で三千世界とか須弥山とか、聞かれた事は無いだろうか?
日月神示の書物では至るところで出てきます。従いまして、この章では、特別にその三千世界と須弥山について解説したいと思います。
【第五章 三千世界と須弥山を徹底解明する】
三千大千世界は、仏教の世界観における宇宙の単位である。特に大乗仏教においては、一人の仏が教化する世界のことであり、宇宙は無数の三千大千世界から成る。仏教の世界観では、須弥山を中心として日・月・四大州・六欲天・梵天などを含む世界を一世界とし、一世界が1,000個集まったものを小千世界といい、小千世界が1,000個集まったものを中千世界といい、中千世界が1,000個集まったものを大千世界という。大千世界を三千大千世界ともいう。略して三千世界といい、三千界ともいう。小学館の『精選版 日本国語大辞典』は「三界」を三千大千世界の略とするが用例を示していない。
《一世界とは?》
仏教の世界観では、 須弥山を中心としてその周りに四大州があり、さらにその周りに九山八海があるとされる。これを一つの小世界(一世界)という。小世界は、下は風輪から上は色界の初禅天までの領域であり、左右の大きさは鉄囲山の囲む範囲である。
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
1つの三千大千世界は1人の仏が教化できる範囲であるともされるため、1つの三千大千世界を1仏国土とも呼ぶ。
我々が住んでいる世界を包括している仏国土の名前は娑婆である。阿弥陀如来が教化している極楽という名前の仏国土は、サハー世界の外側、西の方角にあるため西方極楽浄土と呼ばれる。薬師如来の東方浄瑠璃世界や阿閦如来妙喜世界なども同様にサハー世界の外に存在する。
須弥山は、古代インドの世界観において世界の中心にそびえる想像上の聖なる山です。仏教やヒンドゥー教の宇宙観に登場し、その頂上には神々が住むとされます。
【須弥山を徹底解明する】
須弥山はサンスクリット語の「Sumeru」の音訳で、「妙高山」とも意訳される。大海の中にそびえ立ち、その周囲を九山八海が取り囲む構造をしているとされています。
【須弥山の構造と世界観を徹底解明する】
1. 高さ
須弥山の高さは水底から頂上まで合計16万8千由旬(約117万6千キロメートル)とされ、途方もないスケールで描かれています。
2. 周囲の世界
須弥山の周囲には、鉄囲山と呼ばれる山々が取り囲み、その内側には八つの山と八つの海が交互に存在する。人間の住む世界は、この須弥山の南にある大陸とされています。
3. 居住者
須弥山の頂上には帝釈天が住み、山腹には四天王が位置しています。日月がその周囲を巡るとも言われています。
【須弥山に由来するものを徹底解明する】
須弥壇は寺院の本堂にある仏像を安置する壇は、須弥山を模して作られたため「須弥壇」と呼ばれます。
カイラス山はチベット仏教では、カイラス山が須弥山と同一視され、聖地とされています。
日本庭園は日本庭園の石組では、中央に突出した岩を須弥山に見立てることがあります。
須弥山は、古代インドの世界観の中で中心にそびえる山です。インド神話のメール山、スメール山(su- は「善」を意味する、美称の接頭辞)の漢字音訳語です。
古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山であり、この世界軸としての聖山はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教にも共有されています。この山は、地球の北半球という説もあります。
インドで形成された宗教のうち、とりわけ仏教が中国や日本に、ヒンドゥー教がインドネシアなどに伝播するに伴い、この世界観も伝播しました。ジャワ島にはスメル山という名の山もあり、別名はマハ・メル山(偉大なるメル山を意味する)といいます。仏教が説いた須弥山の概念は、近世以前の東アジアの人々の世界観に大きな影響を与え、頂上にある忉利天と並び、詩や物語の題材となっています。須弥山を主題として扱った日本の文学作品の例としては、『梁塵秘抄』『今昔物語集』『拾遺往生伝』『日本霊異記などが挙げることが出来ます。
仏教の世界観では、須弥山をとりまいて七つの金の山と鉄囲山があり、その間に八つの海がある。これを九山八海という。
「須弥」とは漢字による音訳で、意訳は「妙高」という。
玄奘(注釈1)の頃から須弥山がチベット高原、それを取り巻(四大大陸は南アジア、西アジア、北アジア、東アジアと考えられてきた。なお、須弥山の頂上には帝釈天が住んでおり、その上空には修行を極めた者のみが行ける世界が広がっているとされたため、インドの行者はガンジス川を遡ってチベットを目指したのだ。
(注釈1)
玄奘は西暦602年~664年3月7日迄生存した。彼は、唐代の中国の訳経僧。玄奘は戒名であり、俗名は陳褘諡は大遍覚で尊称は法師や三蔵など。玄奘三蔵と呼ばれ、鳩摩羅什(注釈2)と共に二大訳聖、あるいは真諦と不空金剛を含めて四大訳経家とされる。
(注釈2)
鳩摩羅什は西暦344~413年、一説に西暦350年~409年とも)は、亀茲国現在の中華人民共和国新疆ウイグル自治区クチャ市出身の西域僧、後秦の時代に長安で約300巻の仏典を漢訳し、仏教普及に貢献した訳経僧です。最初の三蔵法師。後に玄奘など、多くの三蔵法師が現れましたが、鳩摩羅什は玄奘と共に二大訳聖と言われています。
ヒンドゥー教の聖典の一つである『ヴィシュヌ・プラーナ』によれば、世界の中心にはジャンブー・ドヴィーパ(ジャンブー洲)と呼ばれる円盤状の大陸があり、その中央にそびえる黄金の山がメール山であるとされる。地表部の高さは84,000ヨージャナ、地表下の深さが16,000ヨージャナあり、頂上部の直径が32,000ヨージャナ、基礎部の直径が16,000ヨージャナと上に行くほど広くなる漏斗形をしている。山の形状については聖典によって異なり、『ヴァーユ・プラーナ』では東面は白色、南面は黄色、南面は黒色、北面は赤色をした四面体であるという。メール山の東西南北には控え壁となる高さ10,000ヨージャナの山があり、それぞれの山頂には高さ1,100ヨージャナの大樹が生えている。
メール山の山頂には差し渡し14,000ヨージャナに及ぶブラフマー神の都城があり、その東西南北、東南、南西、西北、北東の8方向に護世神たちの住む都市が広がっている。
5世紀頃までに成立した『倶舎論』によれば、(論は人師の説なので厳密には仏説とは見なされるが)風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最下面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際という。なお、このことが俗に転じて、物事の最初の最後までを表して金輪際と言うようになった。皆さんが宴会などの席で話しのネタにすれば一躍人気者になること請け合いだ。
金輪のうえ、鉄囲山の内縁にたたえた海水に浮かぶ須弥山に向かって、東には半月形の毘提訶洲、あるいは勝身洲)南に三角形の贍部洲(南洲あるいは閻浮提)、西に満月形の牛貨洲(ごけしゅう)、北に方座形の倶盧洲がある。南に位置する贍部洲は我々が住んでいる世界のインド亜大陸を示している。
また、贍部洲と須弥山の間には、外縁から内部の順に、尼民達羅山、象耳山、馬耳山、善見山、檐木山、持軸山、そして持双山が須弥山を囲むように聳えている(九山八海)。
須弥山中腹には日天と月天が回っている。須弥山の高さは八万由旬と言われ中腹には、下から恒憍天、持鬘天、堅手天、そして四大王天がおり、ここを住みかとしながら四洲を守っているという。これらの住みかは四層状になっていて、山の中腹から四周にはみ出たヴェランダ構造になっているとされている。四天王の眷属たちは、他の山々や、太陽や月に植民している。さらにその上の山頂の忉利天には帝釈天と他三十二天が住むという。
須弥山の頂上から80,000ヨージャナ上には、夜摩天とその眷属が住み処とする空中宮殿がある。さらにその天宮の上には、同様の構造を持つ兜率天、化楽天、他化自在天の住み処があるとされる。
須弥山には甘露の雨が降っており、それによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。
カイラス山はチベット仏教で須弥山と同一視され、周囲の山々を菩薩に見立てた天然の曼荼羅とみなし、聖地とする。
日本庭園には須弥に見立て中央に突出する岩を須弥山に例える石組をする。
上記解説中の距離を表している「ヨージャナ」について解説したい。
由旬、サンスクリット名はヨージャナ योजन yojana)は、古代インドにおける長さの単位である。踰繕那とも書く。「くびきにつける」の意で、牛に車をつけて1日引かせる行程のこと。牛にくびきを付けるのが普及したのは、主に牛耕の為なので、一日の田畑の耕しの距離とも考えられる。
古代インドでは度量衡が統一されておらず、厳密に「1ヨージャナは何メートル」とは定義できないが、一般的には約11.3キロメートルから14.5キロメートル前後とされる。また、仏教の由旬はヒンドゥー教のヨージャナの半分とも言われ、仏教の経典のひとつ 阿毘達磨倶舎論(倶舎論)の記述などでは普通1由旬を約7 ~8キロメートルと解釈する。上記のように、仮に牛耕の距離と仮定すると、その距離は大幅に減少して、100m以下の可能性もある。
古くから様々な定義があり、例えば天文学書アールヤバティーヤでは「人間の背丈の8,000倍」となっている。他にも「帝王の行軍の1日分」「 牛の鳴き声が聞こえる最も遠い距離の8倍」などの表現がある。
また、「32,000ハスタ」とする定義もある。ハスタとは本来「手」の意味だが、古代インドでは長さの単位として用いられており、この場合は「肘から中指の先までの長さ」(キュビット)と定義される。以下のように倍量単位が続く。4ハスタが1ダヌ(dhanu「弓」)または1ダンダ(daṇḍa「棒」)、2,000ダヌが1クローシャ(krośa)、2クローシャが1ガヴユーティ(gavyūti)、2ガヴユーティが1ヨージャナ。仮に1ハスタを45センチメートルとした場合、1ヨージャナは14.4キロメートルとなる。
一方、仏教では1拘盧舎(倶盧舎ともいう。クローシャ。500尋と同じともいわれるが1,000弓(ダヌ。4,000ハスタと同じ。倶舎論では500弓)そして4拘盧舎(倶舎論では8倶盧舎)が1由旬とされている。
阿毘達磨倶舎論では、物質的量の最小を「極微」とし、7極微(中心に1極微とその前後左右上下に1極微ずつ)を1微、7微を1金塵、7金塵を1水塵、7水塵を1兎毛塵、7兎毛塵を1羊毛塵、7羊毛塵を1牛毛塵、7牛毛塵を1隙遊塵(隙間から差し込む光の中に浮遊して見える塵ほどの粒子の大きさ)、7隙遊塵を1蟣(シラミの卵ほどの粒子の大きさ)、7蟣を1蝨(シラミほどの粒子の大きさ)、7蝨を1麥(麦)、7麥を1指、7指を1節、24指を1肘、4肘を1弓、500弓を1倶盧舎、8倶盧舎を1由旬としている。
由旬を使ってその大きさが示されているものとしては、須弥山の高さが8万由旬、太陽の直径が51由旬、月の直径が50由旬、大気の層の厚さが160万由旬などがある。ただし、太陽と月は天球上の見かけ上の大きさを示したものであり、実際の大きさは太陽の方が遥かに大きい。
折角の機会なので太陽の大きさについて解説する。
太陽の直径は地球の約109倍。体積では地球の約130万倍、質量では約33万倍に相当する。
太陽の大きさは次の通りである。
太陽の直径は約139万2,000kmである。
これは地球の直径約1万2,714kmと比較すると、約109倍の大きさになる。
太陽の体積と質量はどうであろうか?
太陽の体積は地球の約130万倍、質量は地球の約33万倍である。太陽系全体の質量の99.8%を太陽が占めている。
太陽との大きさの比較について解説します。
地球をビー玉に例えると、太陽は直径1m程度のボールに相当する。NASAの画像では、太陽の内部に地球が109個収まる様子が示されている。
太陽と月との比較について解説します。
地球から見ると太陽と月は同じくらいの大きさに見えますが、これは太陽が月よりも約400倍遠くにあるためだ。実際には太陽は月の約400倍の大きさがある。
月の明るさは太陽の1/60である。
これが「月明かり」というものだ。
宇宙には太陽より大きな星がある。これを恒星という。
宇宙には太陽よりも大きな星が多数存在する。例えば、ベテルギウス、シリウス、ベガ、アンタレスなどが挙げられる。
我々人類はこの大宇宙の銀河系のそのまた、太陽系の中の地球に住んでいるのだ。
なんと神秘的な光景であろうか!
恒星とは、自ら光を発し、その質量がもたらす重力による収縮に反する圧力を内部に持ち支えるガス体の天体の総称である。古典的な定義では、夜空に輝く星のうちその見かけの相対位置の変化の少ないもののことを指すのだ。地球から一番近い恒星は、太陽系唯一の恒星である太陽である。
恒星を更に詳しくご説明します。
恒星ベテルギウスは、オリオン座にある恒星で、全天21の1等星の1つ。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンとともに、冬の大三角を形成している。バイエル符号での名称はオリオン座α星である。
惑星が地球を含む太陽系内の小天体であるのに対し、恒星はそれぞれが太陽に匹敵する、あるいは凌駕する大きさや光度をもっているが、非常に遠方にあるために小さく暗く見えている。太陽近傍の恒星のほとんどに同時に生まれた恒星が存在し連星を形成するが、太陽とペアとなる恒星が見つかっておらず仮説上の連星としてネメシスと名付けられている。
太陽系の太陽である。年齢は46億年である。寿命は50億年である。
銀河系または天の川銀河とは、太陽系を含む銀河の名称である。地球から見えるその帯状の姿は天の川と呼ばれる。
この機会に中学生にタイムスリップしよう。
自転と公転は、どちらも天体の回転運動ですが、自転は天体自身が軸を中心に回転する運動、公転は天体が別の天体の周りを回る運動という違いがある。地球の場合、自転は1日(約24時間)で1回転し昼夜の変化をもたらし、公転は1年(約365日)で太陽の周りを1回転し季節の変化をもたらす。
自転についてご説明します。
自転は、地球が地軸(北極と南極を結ぶ仮想の軸)を中心に、西から東へ向かって1日に1回転する運動である。北極側から見ると反時計回りである。
自転の周期と速度についてご説明します。
周期は約24時間で1回転する。
速度は1時間あたり約15度回転する。
自転による現象についてご説明します。
その特徴は昼と夜の繰り返し。
太陽や月、星が東から昇り西へ沈むように見える日周運動。
次は公転についてご説明します。
公転は地球が太陽の周りを1年かけて1周する運動です。太陽を中心に反時計回りに回る。
公転の周期と速度についてご説明します。
周期は約365日(1年)で1回転する。正確には約365.25日のため、4年に一度閏年で調整される。
速度は1ヶ月あたり約30度進む。
公転による現象についてご説明します。
季節の変化。
季節によって見える星座が変わる年周運動。
自転と公転の比較については以下の通りです。
項目 「A」自転 公転「B」
中心 地軸 太陽
周期 1日 1年
「A」方向は北極から見て反時計回り
「B」太陽を中心に反時計回り
主な現象「A」昼夜の繰り返し「B」季節の変化
出口王仁三郎はいう。
「大宇宙は神さま、神さまは大宇宙」
この章では、日本神話に記述されています神さまにいて、読者の皆さんにご理解を深めて、頂くための内容にしました。文献は『古事記』と『日本書記』、『日月神示』になります。
《国常立尊の姿》
「下つ巻第三帖(参6)」
「この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、それが神の或る活動の時の姿であるぞ、神の見せ物にしてはならんぞ。」
「天つ巻第四帖(参13)」
も「この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのぞ。」
「水の巻第十帖(参19)」
「此の方の事何れ判りて来るぞ。今はまだ知らしてならん事ぞ。知らす時節近づいたぞ。」
と日月神示に書記されているが、天明自身が若い頃に所属していた「大本」の「出口王仁三郎」によると、
国常立尊の姿は
光明に輝き、切れ長の深い『まなじり(注釈1)に光をたたえた、「八握の神剣(注釈3)を腰に帯刀した白髪の老神だったという。(出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母3巻 地獄の釜』)(参14)。
(注釈1)
『まなじり』とは、目尻、つまり耳に近い方の目の端を指す。現代では「目尻」という言葉が一般的ですが、『まなじり』は『眦を決する(注釈2)』などの慣用句で使われることが多い。
(注釈2)
慣用句『眦をけっする』とは
「気力などに満ちた様子で目を大きく見開くさまを意味する。
また、同じ『大本』の『出口なお』も霊夢で見た
国常立尊の姿は
「純白の衣冠束帯(注釈3)で剣も白金の光芒(注釈5)を射放つ、眩いばかりの神だった」
と言った。
(出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母4巻 立春の光』)(参15)。
(注釈4)
衣冠束帯は、平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
ご参考までに。
(注釈4)
『八握の神剣』とは、饒速日命」が天から地上へ降りる際に神々から授かった十種神宝(10種類の宝物)のひとつに数えられる宝剣のこと。
(注釈5)
光芒は、細長く伸びる光の筋や、他よりも際立って優れている部分を指す言葉です。彗星の尾や、暗闇で点状の光を見たときに周囲に見える光の筋など、様々な光の現象を表す際に用いられます。
光芒の主な意味は
①尾を引く光の筋で表します。
『光芒』の最も一般的な意味は、細長く伸びる一筋の光のことです。
②彗星の尾を意味します。
彗星が移動する際に残す光の筋を指します。
③光条は星や街灯など、点状の光の周囲に見える多数の光の筋を指します。
④自然現象は薄明光線(天使の梯子)や太陽柱(サンピラー)なども「光芒」と表現されることがあります。
以上のことから考察しますと
国常立尊のお姿は
純白の衣冠束帯で神体は光明に輝き、
まばゆかった。
また、切れ長の深い目尻は威厳に満ちて
おり大きく目を見開いていた。
腰には八握りの神剣を帯刀し、
白髪まじりの老神である。
剣からは白金の光芒を射放っていた。
ということになります。
造化三神
天と地が出来たその原初の時に、高天原に成りました神が
天之御中主神
高御産巢日神
神産巣日神。
この三柱の神を、『神典古事記』の序文では、
『造化三神』と、称しています。
神代七代
『古事記』では、別天津神の次に現れた十二柱七代の神を神世七代としています。
最初の二代は一柱で一代、その後は二柱で一代と数えて七代としています。
国之常立神
(男神)
豊雲野神
(男神)
宇比地邇神
(男神)
須比智邇神
(女神)
角杙神
(男神)
活杙神
(女神)
意富斗能地神
(男神)
大斗乃弁神
(女神)
淤母陀琉神
(男神)
阿夜訶志古泥神
(女神)
伊邪那岐神‥‥
(男神)
伊邪那美神
(女神)
解説しますと『神典古事記』によると伊邪那岐命が伊邪那美命の居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを日向のたちはなのおどのあまぎはらで穢れをきよめるため禊祓いをしました。そのとき、洗い流した際、左目を洗ったときに化生したのが天照大神でした。このとき右目から生まれたのが月読命でした。また、鼻から生まれたのが暴れんぼうの建速須佐之男命と共に、三貴子と呼ばれました。このとき伊邪那岐命は天照大御神に高天原を治めるように指示しました。
海原を委任された須佐之男命は、伊邪那美命のいる根の国に行きたいと言って泣き続けたため伊邪那岐命によって追放されました。須佐之男命は根の国へ行く前に姉の天照大御神に会おうと高天原に上りましたが天照大御神は弟が高天原を奪いに来たものと勘違いし、武装して須佐之男命を待ち受けたのです。
須佐之男命は身の潔白を証明するために誓約をし、天照大御神の物実から五柱の男神、須佐之男命の物実から三柱の女神が生まれ、須佐之男命は勝利を宣言したのです。
これを日本神話では『天照大御神と須佐之男命の誓約』と記述されています。
阿波岐原は、日本神話の『古事記』の舞台で、天津祝詞の冒頭で『 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原』と唱えられています。
阿波岐原の広大な松林にある江田神社は、男神 伊邪那岐命と女神伊邪那美命を祀っています。
社伝によりますと次のように言われています。
伊邪那岐命 ・伊邪那美命の両神は国生みの神で、大八島をはじめ多くの島々や神々を生みました。最後に火の神を出産したとき、伊邪那美命は全身焼けただれて死んでしまいます。
伊邪那岐命は妻が忘れられず死の国『黄泉の国』まで会いに行きますが、伊邪那美命の醜い死の姿に驚き夢中で逃げ出しまた。途中、伊邪那美命に追いかけられますが必死に地上に逃げ帰り、死の国の汚れをお祓いされたのが、阿波岐原に現在もある『みそぎ池』だと言われています。
伊邪那岐命が『みそぎ祓い』をしたとされる池があります。投げ捨てた杖や着物などから様々な神が生まれ、体の穢れを清めるために池の中に浸かり体を水で洗うと、また様々な神が生まれました。最後に左目を洗うと天照大御神が、右目を洗うと月読命が、鼻を洗うと須佐之男命が誕生したと言われています。
伊邪那岐命は三神にそれぞれ「高天原」「夜の世界」「海原」を治めるように命じられました。
如何でしたか?
神さまのこと少し、理解できましたか?
伊邪那岐命 ・伊邪那美命をまつる江田神社 「続日本書紀」では837年(承和4年)「江田神社」として官社に列し、さらに延喜式では日向国式内四座の一つとなっていて、日向国内でも有数の古社として古くから崇敬を受けていました。
(アクセス)
【バス】 宮交シティから宮崎市フェニックス自然動物園行きバス約40分、江田神社下車
【お車】 宮崎駅から約15分
【駐車場】あり
(所在地)
〒880-0835 宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127
(電話)
TEL: 0985-39-3743
一ツ葉海岸の名前の由来につきましてご説明します。
一ツ葉森林公園一帯は、昔は大きな入り江があり『一ツ葉浜』と呼ばれていました。
江戸時代の中期、この浜に葉が一つしか付かない松の木が見つかり、人々は不思議がり一ツ葉の松と呼びました。
伊邪那岐命が禊祓いをした地に生えた聖なる松であるとして、一ツ葉稲荷社を建てたと伝えられています。
【第八章 2ノ2】
私が執筆した小説です。
この物語はフィクションです。
登場人物、団体等同一のものがあっても一切関係ありません。
とても心が癒される恋の物語ですよ。
題名は『カムイの恋物語』です。
それではお楽しみ下さい。
ー物語の始まりー
奈良時代の物語です。
時は、西暦730年。
九州・日向の地に一人の若者がいました。
いつも、海の入り江の近くで漁をしていました。若者の名前はカムイ。年齢は18歳。
漁師の家庭に育ち、両親とカムイの3人家族でした。ところが、西日本から九州にかけて疫病が流行り、父親の為三が亡くなりました。母親のタミとカムイは二人家族になりました。
カムイの責任は重くなり、毎日、朝から晩迄、海の入り江に行き漁をするようになりました。漁師たちの間や村人たちの間でも働き者として評判になりました。そんなある日の出来事です。
カムイはいつものように海の入り江で漁をしていました。カムイは独身で早く嫁をもらいたいと一生懸命働いていました。
母親のタミもカムイに「早く嫁が見つかりますように」と、神さまにお願いをしていました。
ある冬の日、いつものように投網を打っても全く魚の獲物が上がらず、あきらめて帰ろうとすると背中に捕れたての魚を沢山入れた籠を背負った美しい娘に出会いました。
その娘は豊後の国東の村に住むコウという名前の娘でした。歳は16歳。両親と弟2人、祖父母の7人家族でした。
コウは顔の輪郭は整い、鼻筋は通っていて、二重瞼で目は大きく、容姿端麗の美少女でした。
あまりの美しさにカムイが見惚れていると、コウはにっこりと笑って会釈をして通り過ぎました。
翌日もカムイは魚が捕れず帰ろうとしたとき、また昨日の娘・コウに会いました。「あんたはどこでこんなに沢山の漁が捕れたんだよ?」と、カムイが聞くとコウは「三本松の所で、捕れました。」と言うではありませんか。」そしてコウはカムイに言いました。「観音経(注釈1)を唱えながら網を入れなさい」と教えてくれたのです。
カムイは家に帰ると一晩中唱え続けて暗唱し、朝一番に入り江で観音経を唱えながら網を打つと、ずしりと手応えがありました。網を上げると一体の観音像がかかっていたではありませんか!
カムイは驚き、その観音像を吉村町にあるお寺に預けました。帰りに寺の山門を出ようとすると、あの娘が立っていて「私は豊後の国東から来ました。よい婿が見つかるように観音様に願をかけたら、『日向のカムイを訪ねよ』と、お告げがありました。』と言うのです。
カムイは驚きました。母親のタミにこの話しをすると「それはいいご縁だ」と大層、喜んでくれました。1ケ月後、カムイとコウは両家の家族に祝福され、村人や漁師たちからも祝福され祝言をあげました。そして母親のタミも、カムイ、コウ夫婦も観音様を崇めました。
するとどうでしょう。毎日豊漁が続き、コウが町に魚を売りに行けば飛ぶように売れ、カムイとコウ夫婦は村一番の大金持ちになったのでした。
歳月が流れ10年が経ちました。
子宝にも恵まれ、子供が5人出来ました。
そしてカムイとコウ夫婦と子供たちはいつまでも幸せに暮らしました。
(注釈1)
観世音菩薩普門品は、略して観音経とも言われます。後半のみを唱えるときは、世尊偈、観音経偈、普門品偈などとも言います。法華経のなかの第二十五品「観世音菩薩普門品」という一章のことです。正式には、『妙法蓮華経観世音菩薩普門品』として、人々に観音さまとして親しまれています。観音信仰といいます。日本では主に鳩摩羅什訳のものを用いています。
なお、法華経はお釈迦さまの弟子たちがまとめたものと考えられていますが、その真意は定かではありません。
観世音菩薩普門品は法華経が出来てから100年経過してから纏められたものです。
法華経は、紀元前にインドでお釈迦さまによって説かれた教えがもとになっていますが、お釈迦さまの入滅後、約500年を経て成立したと考えられています。その後、中国の鳩摩羅什(くまらじゅう)が406年に「妙法蓮華経」として漢訳し、広く普及しました。
法華経の起源について、詳しくご説明します。
法華経は、インドで『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』という名で広まりました。お釈迦さまの教えをまとめたものですが、お釈迦さまの入滅直後に存在したわけではないとされています。
法華経の成立には、お釈迦さまの時代から約500年の隔たりがあります。
誰が編纂したかについては諸説ありますが、信心深い僧侶や在家の人々によって段階的に編纂されたと推察されています。
韻文(偈頌)に俗語や崩れた文体が見られることから、教養や才能に恵まれない修行者たちが、すべての人々が救われる究極の仏教を求めて編纂した可能性も指摘されています。
西暦286年には竺法護が『正法華経』を漢訳しました。
西暦406年には鳩摩羅什が『妙法蓮華経』として漢訳し、これが最も優れた翻訳とされ、中国や日本で広く流布しました。
現在『法華経』といえば、この鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』を指すことが多いです。
法華経は、すべての人々が救済され、成仏できるという『一仏乗』の教えを説いています。
性別、民族、社会的地位、知的能力に関わらず、あらゆる人に仏界が備わっていると説き、日常生活の課題に積極的に取り組むことを促しています。
日蓮宗では、お釈迦さまの説かれた一切経の頂点に位置する『諸経の王』として最も大切にされているのです。
私は作家・石原慎太郎の『法華経』で勉強しました。
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