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第十八章
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ー(火付盗賊改方同心・木村忠吾)ー
ある日の午後。
火付盗賊改方・同心の木村忠吾は、深川の両替商橘屋を訪れた。そこに囲われている絵師・竹善がいたからだ。
その時、忠吾には連れが一人いた。
十五、六歳の少女で名をおよしという。
およしは、深川・熊井町にある蕎麦屋の小女で、痩せた躰つきの、それでいて気性のしっかりした娘であった。
前夜‥‥‥。
蕎麦屋に盗賊が三人、押し入ったのだ。
同じ熊井町には大きな蕎麦屋があるけれども、東玉庵は大川沿いの永代橋に近いところにあって小体な店だが、「飯田町の東玉庵の支店だけあってなかなかたべさせるよ」
「私はなんだね。この頃の翁蕎麦よりも東玉庵の蕎麦の方が好きだね」
土地の評判もよく、開店してまだ間がないうちに、相当の繁盛ぶりとなった。
本所・深川が巡回の受け持ち地区である木村忠吾は、火付盗賊改メの役宅でも名うての食いしん坊だけに、東玉庵には幾度となく足を運んでいたのであった。
長官の長谷川平蔵に、「忠吾よ。近頃、お前が廻っているところに、何か、美味なものはみつからぬか?」
と、問われて忠吾が、「熊井町の東玉庵で出します磯浪蕎麦というのが、ちょいとよいものでございまして」
「ほう‥‥蕎麦がのお」
「大根おろしにもみ海苔をあしらいまして、なかなかに何というか、その乙なものでして‥‥‥それに、主人夫婦が気立てもよろしくて‥‥‥」
東玉庵の主人は、光太郎といい、女房はおしん。二人とも飯田町の本店に奉公していたものを主人に見込まれて夫婦となり、深川の支店を任されただけあって、若いが一所懸命に働いている。若夫婦の他に五郎八、菊蔵の二人と、およしとさくらの小女と合わせて四人が奉公していた。その主人夫婦と合わせて六人の内、五人までもが盗賊たちに殺害され、生き残ったのはおよし一人だけだったのである。
およしは、運が良かった。偶々お腹を壊していて、賊どもが押し入った時、便所にかがみこんでいて助かったのである。他の五人は、それこそ「あっ‥‥」という間に棍棒で撲り殺され、賊どもは有金を残らずさらって逃げ去ったのである。どれほどの|金子(きんす》だったろう。いずれにせよ、大金というほどのものではなく、従って余程に切羽詰まった小泥棒の仕わざと見てよい。
「それにしても非道な奴らだ」
と長谷川平蔵は怒り、「忠吾、必ずひっ捕えろ‼︎」と厳命を下したのであった。
そこで忠吾は、酒井祐助、竹内孫四郎のニ同心と共に、東玉庵に駆けつけたのである。そのとき、およしは、厠の中にいて、屋内の惨劇の物音を聞き、出るに出られなくなったのである。『泥棒がここへ入って来たら、どうしよう?』と不安になり、そう思うと、居ても立ってもいられなくなってきた。折しも、物音が絶えている。思い切って、およしは、厠の戸を細目に開けて外を見た。三人の盗賊が、蝋燭を手にして、主人夫婦の寝間のあちらこちらを探り廻っているではないか。厠の前の小廊下の向こうに、その情景がはっきりと見えたのである。
三人の盗賊のうちの一人が、丁度、厠に向けて顔を晒していた。四十前後の小柄でいかにもすばしこそうな男である。少女のくせに、およしはこのとき、妙に落ち着いてきて、厠の戸の隙間から、その男の顔をハッキリと見たのであった。盗賊どもがまったく厠の中には人がいないものと、決め込んでいるらしいと、直感したからである。
ある日の午後。
火付盗賊改方・同心の木村忠吾は、深川の両替商橘屋を訪れた。そこに囲われている絵師・竹善がいたからだ。
その時、忠吾には連れが一人いた。
十五、六歳の少女で名をおよしという。
およしは、深川・熊井町にある蕎麦屋の小女で、痩せた躰つきの、それでいて気性のしっかりした娘であった。
前夜‥‥‥。
蕎麦屋に盗賊が三人、押し入ったのだ。
同じ熊井町には大きな蕎麦屋があるけれども、東玉庵は大川沿いの永代橋に近いところにあって小体な店だが、「飯田町の東玉庵の支店だけあってなかなかたべさせるよ」
「私はなんだね。この頃の翁蕎麦よりも東玉庵の蕎麦の方が好きだね」
土地の評判もよく、開店してまだ間がないうちに、相当の繁盛ぶりとなった。
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長官の長谷川平蔵に、「忠吾よ。近頃、お前が廻っているところに、何か、美味なものはみつからぬか?」
と、問われて忠吾が、「熊井町の東玉庵で出します磯浪蕎麦というのが、ちょいとよいものでございまして」
「ほう‥‥蕎麦がのお」
「大根おろしにもみ海苔をあしらいまして、なかなかに何というか、その乙なものでして‥‥‥それに、主人夫婦が気立てもよろしくて‥‥‥」
東玉庵の主人は、光太郎といい、女房はおしん。二人とも飯田町の本店に奉公していたものを主人に見込まれて夫婦となり、深川の支店を任されただけあって、若いが一所懸命に働いている。若夫婦の他に五郎八、菊蔵の二人と、およしとさくらの小女と合わせて四人が奉公していた。その主人夫婦と合わせて六人の内、五人までもが盗賊たちに殺害され、生き残ったのはおよし一人だけだったのである。
およしは、運が良かった。偶々お腹を壊していて、賊どもが押し入った時、便所にかがみこんでいて助かったのである。他の五人は、それこそ「あっ‥‥」という間に棍棒で撲り殺され、賊どもは有金を残らずさらって逃げ去ったのである。どれほどの|金子(きんす》だったろう。いずれにせよ、大金というほどのものではなく、従って余程に切羽詰まった小泥棒の仕わざと見てよい。
「それにしても非道な奴らだ」
と長谷川平蔵は怒り、「忠吾、必ずひっ捕えろ‼︎」と厳命を下したのであった。
そこで忠吾は、酒井祐助、竹内孫四郎のニ同心と共に、東玉庵に駆けつけたのである。そのとき、およしは、厠の中にいて、屋内の惨劇の物音を聞き、出るに出られなくなったのである。『泥棒がここへ入って来たら、どうしよう?』と不安になり、そう思うと、居ても立ってもいられなくなってきた。折しも、物音が絶えている。思い切って、およしは、厠の戸を細目に開けて外を見た。三人の盗賊が、蝋燭を手にして、主人夫婦の寝間のあちらこちらを探り廻っているではないか。厠の前の小廊下の向こうに、その情景がはっきりと見えたのである。
三人の盗賊のうちの一人が、丁度、厠に向けて顔を晒していた。四十前後の小柄でいかにもすばしこそうな男である。少女のくせに、およしはこのとき、妙に落ち着いてきて、厠の戸の隙間から、その男の顔をハッキリと見たのであった。盗賊どもがまったく厠の中には人がいないものと、決め込んでいるらしいと、直感したからである。
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