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第四十九巻
しおりを挟むこの章では、岡田茂吉の御神書(天国の福音)からの引用である。この世界については、日月神示の教えにもある。
未知の世界
私はこれから、未知の世界を説明しようと思う。未知の世界とは、いうまでもなく死後の世界である。人間は如何に幸福であり、如何に健康であっても、何れは死ということは、絶対に免れ得ない運命であるとは判り切った話である。ある西洋の哲学者は言った。「人間は生まれると同時に、死の宣告を受けている」と蓋至言である。昔から安心立命という言葉がある。然し乍ら、それは生命のある期間だけの安心立命を。称えるのであるが、私の考えでは、それだけでは、人間は心から満足し得られるものではない。真の安心立命とは、死後は、固より未来永劫を通じての安心立命でなくてはならないのである。
然らば、そのような永遠的安心立命なるものは得らるべきものであるかということであるが、私は確信を持って応えるのである。それは死後の世界の存在を知ることによって可能である。勿論死後の世界とは、一度は必ず住くべき処であるが、一般人としては、人間は、誰しも現在呼吸している。この娑婆世界のみが、人間に与えられたる世界であって、他に別の世界など在りよう筈がない。と、確く信じているのである。然るに何ぞ知らん、未知境である別の世界は、厳然として存在しているのである。
従って人間にたるものは現界から、死後の世界即ち霊界へ住き、霊界からまた、現界へ生まれるというように、二つの世界を交互に無窮に往来しているのである。
然るに、厄介な事には、霊界なるものは、人間の五感によって識ることを得ない、虚無と同様であるため、信じがたいのであるが、何らかの方法によって実在を把握出来得れば信じない訳にはゆかないのである。それは私が霊と霊界の存在を確かめ得た、その経験を読むに於いて何人と|《いえど》も或る程度信じ得らるるであろうし、このことを知るに及んで、真の安心立命を得らるべきことは疑いないのである。
さて、上記の文章は、私が少し読みやすいように言葉を変えています。趣旨は一緒です。お分かりのように、日月神示の教えにあるように、霊界が存在しているということです。全世界に82億3200万人の人間がいます。毎日、新しく生まれる命と、この世を去って、あの世に旅立つ霊魂がいます。霊界物語を口述筆記させた大本•聖師出口王仁三郎は、人間死んだ後は、霊界の中有界へ住き、三途の川を渡るといいます。彼は神の導きにより京都府綾部の霊山高熊山の洞窟の中で長襦袢一枚で、瞑想に耽り過去、現在、未来、天界、霊界を見聞しました。この見聞は一週間続きました。そして、この大宇宙の真理を知ったのです。この一週間は飲まず、食わずでした。一滴の水も飲んでいません。その一週間の間に熊が洞窟の中に入ってきました。今年の漢字に選ばれたあの『熊』です。彼はその時、「もうだめか、死ぬのだな」と思ったといいます。彼はすべてを神さまにお任せしよう、と思ったといいます。「カムナガラタマチハエマセ」と唱えました。すると熊は洞窟から外に出て何処かへ消えたといいます。この時、彼は気づきました。熊と遭遇し最初は怖かった。しかし熊がいなくなると寂しくなり、また、会いたいと思ったといいます。そして彼は気づいたのです。今まで多くの人々と関わって来た。多くの人々を粗末にして来た。迷惑もかけて来た。人間はこの地球上で唯一、自由を神から与えられている。これからは、人々を粗末にすることなく、愛情を持って接していこうと思ったといいます。
さて、ここからが本題です。皆さんもよくご存知の織田信長です。彼には奇想天外の発想と、合理感覚があり、また、奇抜な発想と、徹底した人間管理をした人物です。
ところが、彼には残虐性、非情性があったのです。恐ろしい悪魔に彼の魂は憑依され、乗っ取られていたのです。彼の恐ろしい一面をご紹介します。
信長の霊魂は悪魔に乗っ取られていた。
信長に関する名著と言われる書籍がある。比較文学の手法を駆使して信長という人物を見事に描いた秋山駿(注釈1)の著書『信長』である。その書籍に依るとアリストテレス(注釈2)の『弁論術』の中の『父親を殺してその息子たちを残しておくのは、愚か者』ということが記述されている。それにしてもその父親たちの骸骨で酒を飲ませるのは、なんともグロテスクな話であるが。しかし、なお秋山氏に依れば、これは彼を仏敵として抵抗し続けていた一向一揆との決戦への強い意思表示であったのだ、という。そして彼は手を焼きながらもついには一揆を打ち破り、やがては比叡山を焼き討ちしてしまう。ものごとへの徹底をこれほど見せつけた支配者というのもそう滅多にいるものではない。『信長公記』のあちらこちらにこうした信長の常識を超えた所行について「御狂い」とする表現があるが、余人には気違い沙汰に見えても、彼が抱いている大志、野心、野望の成就のためには、それが大きなものであればあるほど、常識を破ぶる様々な措置が必要だったということだ。それは実は、実際に行うに当たりかなりの勇気のいることだったに違いない。しかし信長はそれを行うための勇気というか、冷徹な意志をもっていたのだ。余人から見れば堪え難い程の、他者に対する罰に対する非常、残忍さ。自分に背いた浅井、朝倉一族の幼い子供や女たちまでも、徹底して殺戮処刑するという、残忍さ。あるいは同じ一族でありながらも、逆さ吊りにして晒した伯父、伯母の首を行き交う通行人たちに竹の鋸で少しずつ引かせて殺してしまったやり口。あるいはまた自分の留守中に、無断で寺参りに出かけた女中たちの処刑。しかもその寺の住職が女中たちの命乞いに来たという理由で処刑するという非情(注釈3)さ。これらは、ただの残虐性ということでは理解と説明もつかぬことで、つまりは目的遂行のための強固な意志なくして出来るものではありはしない。スタンダール(注釈4)がナポレオン(注釈5)について評したように、『彼にとっての現実は十年先でしかないというような人間は、その周りにとってきわめて厄介なものだ』という至言はそのまま信長に当てはまる。
(注釈1)
秋山 駿は、1930年〈昭和5年〉4月23日から2013年〈平成25年〉10月2日)まで生存。
享年83歳。
日本の文芸評論家、日本藝術院会員。位階は従四位。本名は駿。
(注釈2)
アリストテレスは、起源前384年 から前322年までは生存した。
彼は古代ギリシアの哲学者である。
彼に影響を受けた人物は数多くいる。
パルメニデス、ソクラテス、プラトン、ヘラクレイトス、デモクリトスなど。
彼はプラトンの弟子であり、ソクラテス、プラトンとともに、しばしば西洋最大の哲学者の一人とされる。知的探求つまり科学的な探求全般を指した当時の哲学を、倫理学、自然科学を始めとした学問として分類し、それらの体系を築いた業績から「万学の祖」とも呼ばれる。特に動物に関する体系的な研究は古代世界では東西に類を見ない。様々な著書を残し、イスラーム哲学や中世スコラ学、さらには近代哲学・論理学に多大な影響を与えた。また、マケドニア王アレクサンドロス3世(通称アレクサンドロス大王)の家庭教師であったことでも知られる。
アリストテレスは、人間の本性が「知を愛する」ことにあると考えた。古代ギリシャ語及びギリシャ語ではこれを「φιλοσοφία(フィロソフィア)」と呼ぶ。フィロは「愛する」、ソフィアは「知」を意味する。この言葉がヨーロッパの各国の言語で「哲学」を意味する言葉の語源となった。著作集は日本語版で17巻に及ぶが、内訳は形而上学、倫理学、論理学といった哲学関係のほか、政治学、宇宙論、天体学、自然学(物理学)、気象学、博物誌学的なものから分析的なもの、その他、生物学、詩学、演劇学、および現在でいう心理学なども含まれており多岐にわたる。アリストテレスはこれらをすべてフィロソフィアと呼んでいた。アリストテレスのいう「哲学」とは知的欲求を満たす知的行為そのものと、その行為の結果全体であり、現在の学問のほとんどが彼の「哲学」の範疇に含まれている。
彼の名前の由来は古代ギリシア語のἈριστος」とτελος からきている。
(注釈3)
我々が暮らしている世界に非情と言われる人間がいる。殺人など暴力的、破壊的行為を平気でやることが出来る人間だ。
「非情」とは、人間として当然持つべき思いやりや感情がないことを意味する言葉だ。
特に、人の気持ちや事情を理解していながら、あえて配慮せずに退ける様子を表す言葉である。
「非情」は、喜怒哀楽の感情や、慈しみ、思いやりの情がないことを意味する。また、その様子や、木や石のように感情を持たない人間なのだ。
「非情」と「無情」は似ているがニュアンスが異なる。
非情は人の気持ちや事情を知りながら、あえて配慮しないこと。感情を拒否する、感情に捉われない様子である。
無情は人が持つべき思いやりや優しさなどの感情が全くないこと。情けや思いやりがないこと。
「非情」と「薄情」も、思いやりがない点で共通するが違いがある。
非情は人間らしい感情そのものがないさま。
薄情は人間らしい感情が薄いさま。
ご参考までに「非情」の類語には、「冷徹」「冷酷」「無慈悲」などがある。
また、「非情」の対義語は「有情である。また、温かい心や思いやりを意味する「温情」も対義語として挙げられる。
「非情」は、「非情な仕打ち」「非情な現実」「非情な掟」といった形で使われる。
(注釈4)
スタンダールは1783年1月23日 から1842年3月23日)まで生存。
享年59歳。
グルノーブル出身のフランスの小説家、評論家。本名はマリ=アンリ・ベールという。ペンネームのスタンダールはドイツの小都市シュテンダルに由来すると言われている。誕生は1783年1月23日。出身は
フランス王国 グルノーブルである。
小説家、文学活動、ロマン主義、写実主義
代表作は、次の5冊。
『恋愛論』(1822年)
『ヴァニナ・ヴァニニ』(1929年)
『赤と黒』(1830年)
『リュシアン・ルーヴェン』(1835年)
『パルムの僧院』(1839年)
スタンダールは近代小説の開祖の一人とみなされている大作家。理工科志望を放棄して、軍人となった。ナポレオン失脚後はミラノに移住して作品を書いた。しかし政治風刺と恋愛心理を分析する新傾向の小説は、生前は売れなかった。その墓には自ら選んだ銘句「生きた、書いた、恋した」が刻まれている。作品に、主人公ジュリアン・ソレルで有名な『赤と黒』のほか、『パルムの僧院』、評論『恋愛論』がある。
(注釈5)
|ナポレオン・ボナパルト(フランス語: Napoléon Bonaparte》は、1769年8月15日 から1821年5月5日)迄生存。
享年51歳。
フランス革命期の軍人、革命家で、フランス第一帝政の皇帝に即位してナポレオン1世(在位:1804年~1814年、1815年)となった。1世から7世まで存在するが、単にナポレオンと言えばナポレオン1世を指す。
在位は次の通り。
1804年5月18日 ~1814年4月11日迄。
1815年3月20日 ~1815年6月22日迄。
戴冠式
1804年12月2日、パリ・ノートルダム大聖堂
出生は、1769年8月15日、フランス王国領
コルシカ島、アジャクシオ。
配偶者は、ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ。
ダヴィッド『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』
ナポレオンはフランス革命後の混乱を収拾し、軍事独裁政権を確立した。大陸軍と名づけた軍隊を築き上げ、フランス革命への干渉を図る欧州諸国とのナポレオン戦争を戦い、幾多の勝利と婚姻政策によって、イギリス、ロシア帝国、オスマン帝国の領土を除いたヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置いた。対仏大同盟との戦いに敗北し、百日天下による一時的復権を経て、51歳のとき、南大西洋の英領セントヘレナにて没した。
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