トンネルを抜けると、そこはあやかしの駅でした。

宝物と、山の子と。

3-6

　……頭の中がぼんやりと、まるで霧の中みたいだ。
　そういえば自分……何やってたんだっけ？ 確か子供たちとかくれんぼしてて、迷子の、えっと……桃くんを迎えに行ったら、突然殴られて……

　あ！！！

「そうひゃ……痛っ！」起き上がろうとした途端、鼻に激しい痛みが走った。それにうまく喋ることもできない。
「目が覚めたか、正月」
　見渡すとそこは……確か駅事務所にある救護室だったっけか。急病人を一時的に休ませるための、ベッドが備え付けられている部屋だ。でも一度も使われたことがないらしく、この駅の中では一番きれいな部屋でもある。

「ごめんなさい！！！」

　そして今度はまた別の女の子が。
　いや、そうじゃなくてさ、見たことない女性が2人も。いったい何がどうなってるの⁉︎ さっぱりわからないよ！

「その……桃が、私の弟が迷子になっちゃって、ずっと探してたらいきなり駅のホームで見知らぬ人に抱きつかれてるの見ちゃって、でもって桃は泣いてるしでもうヤバいと思って……つい口とキックが同時に出ちゃったんです」
「というワケじゃ。正月も災難だったな」
　えーっと、この独特な口調、着ている制服……
　そうだ、白妙駅長だ！！ だけどいつもの猫の姿をしていない⁉︎
　きらきら淡いパールのような輝きを放つ白銀の長い髪。それに……僕がこう言うのもなんだけど、背も高くてすごい綺麗なボディラインしてるし。

　しかし、しゃべる猫の駅長がしゃべる人間の姿をしてて……もうどうなってるんだか。いや、まずは落ち着け自分。こんなこと初めてじゃないはずだ。

「そうそう正月、紹介がまだじゃったな。彼女は風祭 菖蒲かざまつり しょうぶという。近所の民宿の子じゃ。そして……」
「桃くんのお姉ひゃん、でふよね」

　駅長らしき女性が笑いをグッと堪えながらうなづく。
「本当に、本当にすみません……私いったいどうすれば……」

　菖蒲さんという女の子、駅長とは対照的に長い黒髪をポニーテールにしている。
　年齢は、そうだな、高校生くらいかな。

「さーてお二人さん。ここからはちょっと厳しいお話をさせてもらうぞ」

　その言葉に、菖蒲さんの膝に置いた手がぎゅっと握り締められた。

　つまりはこうだ。今回の件は彼女……つまり菖蒲さんの一方的な暴力行為。
僕らの働いている駅ではこの手の事件事故を、通称「第三者行為」と呼んでいる。
 　堅苦しい名前だけど、要はお酒に酔った人が仕事中に絡んできて殴られたり暴力を受けたりするのが代表的かな。年末年始にニュースでよく扱われるあれのことだ。

　そして駅長の言った厳しいこと、それは……
　今回のことを正式に事件として取り扱う。つまりはきちっと警察に被害届を提出するか、もしくは加害者と被害者との間で、話し合いによる解決をする……すなわち「示談」という形で丸く収めるか、だ。

　もちろん事件扱いともなれば警察絡みで大ごとになるのは明らか。彼女も未成年とはいえそれなりに処罰を受けてしまう だろう。
　でも、彼女も大切な弟を守るためにやってしまったこと……衝動的とはいえ、ゆえに僕もそこまで冷たくあしらうことはしたくない。

　うん。答えは一つだ。

「……示談ということで。彼女も反省してますし」
　その言葉に駅長は優しい笑顔で応えてくれた。
「志乃田正月。寛大な処置に感謝する」
「あ……ありがとうございます！！」

　そう、これでいいんだ。僕もこれ以上引きずりたくないし、恨みも持ちたくないし。


　……あとで鏡を見たら、僕の鼻に大きな湿布が貼ってあった。
駅長、だから笑いを堪えていたのかな。