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第18話 遅すぎる謝罪
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分厚い羊皮紙の封書を、私はペーパーナイフで静かに切り開いた。
中から出てきたのは、何枚にも連なる長い手紙だった。
『リオナへ。君が急にいなくなって、僕は本当に困っている。君がいなければ、領地の経営が成り立たない。金利は跳ね上がり、関所は止められ、台帳すら開かなくなってしまった』
アルベルトの字は、いつもの流麗な筆記体とは程遠く、ひどく乱れていた。
インクの染みがあちこちに散り、彼がどれほど取り乱してこの手紙を書いたかが、文字の歪みから生々しく伝わってくる。
『僕が悪かった。君がどれほど領地のために尽くしてくれていたか、バルドから聞いた。君は強いから一人でも平気だなんて、僕の勝手な思い込みだった。お願いだ、戻ってきてくれ。君の知識と力がなければ、クラウゼ家は破滅してしまう』
そして最後の一行には、震えるような筆跡でこう記されていた。
『僕には、君が必要なんだ。助けてくれ』
手紙を読み終え、私は小さく息を吐いた。
そして、その紙の束を丁寧に折りたたみ、机の端へと追いやる。
怒りも、悲しみも、同情すら湧いてこない。
ただ、ひたすらに冷え切った事実だけがそこにあった。
「……記録に残す価値もありませんね」
彼は『愛している』とも『君がいなくて寂しい』とも書いていない。
ただ、『君の能力が必要だ』と言っているだけだ。
崩れゆく家を守るための、便利な道具として私を呼び戻そうとしている。
自分の無知が招いた破滅を、また私に尻拭いさせようというのか。
「手紙の返事は書かないのか」
不意に、低く落ち着いた声が落ちてきた。
顔を上げると、いつの間にかレオンハルト卿が執務室に入ってきていた。
漆黒の外套に冷たい雪の匂いを纏わせた彼は、机の端に置かれたクラウゼ家の手紙を一瞥する。
「……はい。私にはもう、関係のない領地ですので」
私が平坦な声で答えると、レオンハルトは小さく鼻を鳴らした。
「そうか。なら、これで手を温めろ」
彼は私の手元に、湯気を立てる小さな木の実の茶をことん、と置いた。
素っ気ない動作だったが、かじかんでいた指先にじんわりと熱が伝わってくる。
「監査院の本監査が入った領地は、例外なく隠し事を暴かれる。今更有能な事務官が一人戻ったところで、手遅れだ」
彼は窓の外の雪景色に目を向けながら、淡々と言った。
「返事は不要だ。あんな紙切れのために、君の貴重な時間を割く必要はない」
返事は不要。
その短い言葉に、どれほどの尊重が込められているか。
彼は私に「戻るな」と命令したわけではない。私自身が「関係ない」と決断したことを、ただ肯定し、支えてくれたのだ。
「……ありがとうございます。いただきます」
私が両手でカップを包み込み、温かい茶を一口飲んだ時だった。
バンッ!
勢いよく執務室の扉が開き、顔を真っ青にしたギードが飛び込んできた。
さきほど安堵して帰っていったはずの彼の顔には、深い絶望が刻まれている。
「リ、リオナ様! 大変でさぁ!」
「どうしましたか、ギードさん。落ち着いて」
「修道院の連中が、中央広場に集まってきたんだ! 衛兵の不正でけがれた町を浄化するとかで……俺たち商人に、法外な『寄付金』を要求してきやがった!」
私はレオンハルトと視線を交わした。
関所の不正は絶った。だが、その混乱に乗じて、救済という名の新たな搾取が始まろうとしていた。
中から出てきたのは、何枚にも連なる長い手紙だった。
『リオナへ。君が急にいなくなって、僕は本当に困っている。君がいなければ、領地の経営が成り立たない。金利は跳ね上がり、関所は止められ、台帳すら開かなくなってしまった』
アルベルトの字は、いつもの流麗な筆記体とは程遠く、ひどく乱れていた。
インクの染みがあちこちに散り、彼がどれほど取り乱してこの手紙を書いたかが、文字の歪みから生々しく伝わってくる。
『僕が悪かった。君がどれほど領地のために尽くしてくれていたか、バルドから聞いた。君は強いから一人でも平気だなんて、僕の勝手な思い込みだった。お願いだ、戻ってきてくれ。君の知識と力がなければ、クラウゼ家は破滅してしまう』
そして最後の一行には、震えるような筆跡でこう記されていた。
『僕には、君が必要なんだ。助けてくれ』
手紙を読み終え、私は小さく息を吐いた。
そして、その紙の束を丁寧に折りたたみ、机の端へと追いやる。
怒りも、悲しみも、同情すら湧いてこない。
ただ、ひたすらに冷え切った事実だけがそこにあった。
「……記録に残す価値もありませんね」
彼は『愛している』とも『君がいなくて寂しい』とも書いていない。
ただ、『君の能力が必要だ』と言っているだけだ。
崩れゆく家を守るための、便利な道具として私を呼び戻そうとしている。
自分の無知が招いた破滅を、また私に尻拭いさせようというのか。
「手紙の返事は書かないのか」
不意に、低く落ち着いた声が落ちてきた。
顔を上げると、いつの間にかレオンハルト卿が執務室に入ってきていた。
漆黒の外套に冷たい雪の匂いを纏わせた彼は、机の端に置かれたクラウゼ家の手紙を一瞥する。
「……はい。私にはもう、関係のない領地ですので」
私が平坦な声で答えると、レオンハルトは小さく鼻を鳴らした。
「そうか。なら、これで手を温めろ」
彼は私の手元に、湯気を立てる小さな木の実の茶をことん、と置いた。
素っ気ない動作だったが、かじかんでいた指先にじんわりと熱が伝わってくる。
「監査院の本監査が入った領地は、例外なく隠し事を暴かれる。今更有能な事務官が一人戻ったところで、手遅れだ」
彼は窓の外の雪景色に目を向けながら、淡々と言った。
「返事は不要だ。あんな紙切れのために、君の貴重な時間を割く必要はない」
返事は不要。
その短い言葉に、どれほどの尊重が込められているか。
彼は私に「戻るな」と命令したわけではない。私自身が「関係ない」と決断したことを、ただ肯定し、支えてくれたのだ。
「……ありがとうございます。いただきます」
私が両手でカップを包み込み、温かい茶を一口飲んだ時だった。
バンッ!
勢いよく執務室の扉が開き、顔を真っ青にしたギードが飛び込んできた。
さきほど安堵して帰っていったはずの彼の顔には、深い絶望が刻まれている。
「リ、リオナ様! 大変でさぁ!」
「どうしましたか、ギードさん。落ち着いて」
「修道院の連中が、中央広場に集まってきたんだ! 衛兵の不正でけがれた町を浄化するとかで……俺たち商人に、法外な『寄付金』を要求してきやがった!」
私はレオンハルトと視線を交わした。
関所の不正は絶った。だが、その混乱に乗じて、救済という名の新たな搾取が始まろうとしていた。
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