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第一章
公爵令嬢の秘密 2
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デティの記憶のはじまりは、兄がデティの世話を焼く姿だ。何もできなかったデティに、一つひとつのことを丁寧に教えてくれたのは、すべて兄だった。デティが3歳、兄が15歳の頃の話だ。
デティの出生については、ブルーフィス公爵本人しか事実を知らない。兄も、義母である公爵夫人も、公爵が連れてきた子供、としか知らないのだという。ただ、兄にしろ義母にしろ、薄々は気づいているのかもしれない。
デティ自身が自分の出生の秘密を理解したのは、13の時。義父、ブルーフィス公爵に連れられて秘密裏に王城へ参上した時のことだ。そこで会ったのは、その城の主、そしてこの国の君主である、デミアス国王。そして、国王から告げられたのは、自分の実母が、国王の妹、つまり王女だったという事実だった。そして、なによりも問題だったのは、その王女が女神・竜姫の娘であるということだった。
つまり、デティは竜神の娘の娘。もっと単純に考えると、デティは竜神の孫娘ということだ。
急に知らされた事実だったが、その割にはデティは納得していた。何故なら、自分の魔力が異様に強いことが、何よりの証拠に思えたのだ。
この国には、魔術に秀でた5つの家系がある。聖五家と呼ばれる彼らは、竜神を祀る聖教に属し、聖職者として魔術を行使する。
魔術は女神・竜姫様から与えられた与えられた力と言われている。特に聖五家の血縁に強い魔力を持つ者が多く現れることから、聖教の司教神父の殆どが聖五家の出の者となったらしい。もちろん、それ以外の血筋にも強い魔力を持つ者は現れるものの、数が圧倒的に少ない。
そして、デティはそんな聖五家を凌駕する魔力を持っていた。3歳でブルーフィス公爵家に来てから、何度も制御し損ねた魔力で物を壊したりしたので、デティは幼い頃から魔力を抑える魔具を常につけていた。普通なら魔具をつければ、魔術は完全に使えなくなる。しかし、それでも、簡単な魔術はデティの意思で使用でき、自然に存在する精霊たちはデティの意思を汲んで助けてくれた。
それは明らかに〝人間〟には不可能なことだった。だからこそ、兄も義母も義父もそれを外に漏らさないように、細心の注意を払っていた。デティ自身にも外で力を使わないように約束させ、余程のことがない限り屋敷の外には出さなかった。だから、13歳の時、国王陛下から「竜神・竜姫の孫娘である」と告げられても、納得しかなかったのだ。
ただ、何故、ブルーフィス公爵の元で育てられているのかについては、詳しくは教えられなかった。まぁ、そこのところは、政治的な何かがあったのだろう。デティの母、国王陛下の妹君は、デティを産んだ後すぐに亡くなっていることもある。何かがあったことは確かなのだろう。
それに、その事情をデティは特に知りたいとも思わなかった。知ったところで、何かを変えられるわけでもない。さらには、先月、陛下から賜った役割は〝竜姫の孫娘〟である自分にしかできないものなのだから。それがあるだけで、とても誇らしかった。
そして、今夜も夜闇に銀の刃が舞う。
「……ちょこまかするなぁぁ!!!!」
声に合わせて、振り下ろされた銀の刃から魔力の刃が飛ぶ。それが向かう先にいるのは四つ足の黒い大きな犬のような影。3匹いたそれに、複数の刃が向かうが、すんでのところでそれは避けられる。目標に避けられた刃はその勢いのまま道を抉るようにぶつかった。
《すばしっこいわねぇ……》
グロリアスの声に、デティは刃を避けた3匹を視界に収めながら頷いた。
「一度に3匹を倒すのは難しいかも……」
先程は、あまりにちょこまか逃げるそれに苛立ち、思わず魔力の刃を叩きつけてしまったが、力任せにやっても標的は動く。まずは足止めを考えるべきだった。それは、わかっているのだ。しかし…
「ディは、短気だのう」
のんびりとした声の方に、デティは一瞬目をやり、そこに立つ少年を睨んだ。
「導師様が、急かすからでしょう!!」
「ほれ、そんなことを叫んでいると、妖魔が逃げるぞ」
「わかってるってば!」
苛立ちとともに叫んだデティは、剣を持たない左手を3匹の影に向ける。イメージは、地面から伸びるーー鎖。
「繋ぎ止めよ」
声に乗せた魔力がイメージを具現化する。地面から伸びた鎖が3匹の四肢に絡まりその場に縫い付ける。デティは動けなくなった影の一つに飛びかかると、その胴を真剣で斜めに薙ぐ。綺麗に二つに斬られたそれは、断末魔の声をあげて、地に倒れ動かなくなった。それを確認して、残りの2匹も同様に狙いを定めて斬りつけた。
一太刀でそれを仕留めたデティは他に現れないことを確認して、剣を鞘に納めた。
「ふぅ……」
「毎度見るが、いい太刀筋じゃ」
淡々と褒める声に振り返れば、そこには白いローブのようなものをを纏った少年がいた。
10代半ばくらいに見える金髪金眼の美少年。腰ほどまである金髪は後ろで一つに括り、着ているローブはゆったりとして足元まで丈があり、腰を紐で括っていた。そして、夜の闇の中でさえ輝いて見える金の瞳には、楽しそうな色を浮かべている。デティが渋い顔で見返すと、笑みを浮かべて目を細めたその少年は、ただの子供ではない。
というか、そもそも人ではない。この少年の姿をしているのは、女神・竜姫を長と仰ぐ竜の一族の一人だという。見かけによらず、この国の始まりを知る導師様だというから驚きだ。ちなみに、チェスタバリス王国は建国800年を超えている。
「……というか、ファニス様は何故ここに?」
「お主が来る前に、妖魔の気配を感じてな。おまけにお主の力も感じたので、様子を見に来たのじゃ。そんなことより、放置はよくないぞ?」
そう言って、ファニスが示したのは先程デティが斬った黒い影だ。ピクリとも動かないそれを見て、デティも頷く。
「わかってますって……」
そう呟いて、デティはファニスに背を向ける。動かない黒い影に近づくと、再び剣を抜き、地面に突き立てる。
「グロリアス……」
デティが小さく声をかけると、青い光が剣の鍔に付けられた宝石に宿る。手元にグロリアスの霊力を確かめると、そっと目を伏せた。
「払い清めよ」
呟いた言葉にグロリアスの霊力を乗せると、デティを中心にふわりと風が起こる。清涼な風が大地を撫で、3つの黒い影に触れると、さらさらとその影が崩れた。そして、地面に残ったのは手のひらに乗るほどの球。
完全に影が消えたのを確認して、デティは剣を地面から抜き、鞘に納める。そして、3匹の影が消えた後に残された球を拾った。それは透き通ったガラスのようだった。
「浄化は、まぁまぁかのぅ」
そばに寄ってきたファニスが、そう言いながらデティの手のひらなガラス球を一つ取る。
「この透明度なら合格じゃな」
月の光に翳して、球を覗いたファニスがそう言うのを聞き、デティは、ほっと息をついた。そして手の中に残っている2つもファニスに渡すと、ファニスはそれを袖の中にしまう。
「今日の分はこれだけかしら?」
確認すべく、そう問うたデティに、ファニスは少し考えるように視線を彷徨わせてから頷いた。
「そうじゃのぅ、今夜はもう気配はないようじゃな。お勤めご苦労」
ファニスの言葉に、デティは改めてふぅと息をついた。とりあえず、今夜も役目は果たせたらしい。ほっとして緩んだ顔のデティをファニスは眺め、そして小さく苦笑した。
「まぁ、今日はまだ〝後始末〟があるようじゃが?」
「え?」
ファニスの思わぬ言葉に、気を抜いていたデティが顔を上げる。しかし、その言葉の意味がわかず、小さく首を傾げる。
その様子に苦笑を深くしたファニスは、そっとデティが先程まで暴れていた通りに目を向けた。つられるようにデティも視線を向けて「あ、」と小さく声を漏らす。
向けられた視線の先にあったのは、先程、デティの魔術で通りの真ん中に開けられた大穴。
「確か、お主は〝秘密裏に妖魔を狩る〟のが仕事だったと思うんじゃが?」
「わ、わかってますよ!」
そう言ったデティは慌てて、先程の大穴に魔力を向ける。こういうことをしているから、セルマの言っていたような噂になるのだろう、とほんの少し反省する。
「疵を直せ」
声に乗せた魔力が、穿たれた穴を瞬く間に埋める。元通りに塞がったことを確認して、デティはファニスを振り返った。そして、改めて宣言する。
「12の騎士、本日の任務完了です」
「うむ。ご苦労だった」
満足げに頷いたファニスがそう答える。
そう、国王陛下から賜った、12の騎士の任務とは、導師ファニスに従い、秘密裏に街に蔓延る妖魔を倒し、その核の回収及び浄化をすること、だった。
デティの出生については、ブルーフィス公爵本人しか事実を知らない。兄も、義母である公爵夫人も、公爵が連れてきた子供、としか知らないのだという。ただ、兄にしろ義母にしろ、薄々は気づいているのかもしれない。
デティ自身が自分の出生の秘密を理解したのは、13の時。義父、ブルーフィス公爵に連れられて秘密裏に王城へ参上した時のことだ。そこで会ったのは、その城の主、そしてこの国の君主である、デミアス国王。そして、国王から告げられたのは、自分の実母が、国王の妹、つまり王女だったという事実だった。そして、なによりも問題だったのは、その王女が女神・竜姫の娘であるということだった。
つまり、デティは竜神の娘の娘。もっと単純に考えると、デティは竜神の孫娘ということだ。
急に知らされた事実だったが、その割にはデティは納得していた。何故なら、自分の魔力が異様に強いことが、何よりの証拠に思えたのだ。
この国には、魔術に秀でた5つの家系がある。聖五家と呼ばれる彼らは、竜神を祀る聖教に属し、聖職者として魔術を行使する。
魔術は女神・竜姫様から与えられた与えられた力と言われている。特に聖五家の血縁に強い魔力を持つ者が多く現れることから、聖教の司教神父の殆どが聖五家の出の者となったらしい。もちろん、それ以外の血筋にも強い魔力を持つ者は現れるものの、数が圧倒的に少ない。
そして、デティはそんな聖五家を凌駕する魔力を持っていた。3歳でブルーフィス公爵家に来てから、何度も制御し損ねた魔力で物を壊したりしたので、デティは幼い頃から魔力を抑える魔具を常につけていた。普通なら魔具をつければ、魔術は完全に使えなくなる。しかし、それでも、簡単な魔術はデティの意思で使用でき、自然に存在する精霊たちはデティの意思を汲んで助けてくれた。
それは明らかに〝人間〟には不可能なことだった。だからこそ、兄も義母も義父もそれを外に漏らさないように、細心の注意を払っていた。デティ自身にも外で力を使わないように約束させ、余程のことがない限り屋敷の外には出さなかった。だから、13歳の時、国王陛下から「竜神・竜姫の孫娘である」と告げられても、納得しかなかったのだ。
ただ、何故、ブルーフィス公爵の元で育てられているのかについては、詳しくは教えられなかった。まぁ、そこのところは、政治的な何かがあったのだろう。デティの母、国王陛下の妹君は、デティを産んだ後すぐに亡くなっていることもある。何かがあったことは確かなのだろう。
それに、その事情をデティは特に知りたいとも思わなかった。知ったところで、何かを変えられるわけでもない。さらには、先月、陛下から賜った役割は〝竜姫の孫娘〟である自分にしかできないものなのだから。それがあるだけで、とても誇らしかった。
そして、今夜も夜闇に銀の刃が舞う。
「……ちょこまかするなぁぁ!!!!」
声に合わせて、振り下ろされた銀の刃から魔力の刃が飛ぶ。それが向かう先にいるのは四つ足の黒い大きな犬のような影。3匹いたそれに、複数の刃が向かうが、すんでのところでそれは避けられる。目標に避けられた刃はその勢いのまま道を抉るようにぶつかった。
《すばしっこいわねぇ……》
グロリアスの声に、デティは刃を避けた3匹を視界に収めながら頷いた。
「一度に3匹を倒すのは難しいかも……」
先程は、あまりにちょこまか逃げるそれに苛立ち、思わず魔力の刃を叩きつけてしまったが、力任せにやっても標的は動く。まずは足止めを考えるべきだった。それは、わかっているのだ。しかし…
「ディは、短気だのう」
のんびりとした声の方に、デティは一瞬目をやり、そこに立つ少年を睨んだ。
「導師様が、急かすからでしょう!!」
「ほれ、そんなことを叫んでいると、妖魔が逃げるぞ」
「わかってるってば!」
苛立ちとともに叫んだデティは、剣を持たない左手を3匹の影に向ける。イメージは、地面から伸びるーー鎖。
「繋ぎ止めよ」
声に乗せた魔力がイメージを具現化する。地面から伸びた鎖が3匹の四肢に絡まりその場に縫い付ける。デティは動けなくなった影の一つに飛びかかると、その胴を真剣で斜めに薙ぐ。綺麗に二つに斬られたそれは、断末魔の声をあげて、地に倒れ動かなくなった。それを確認して、残りの2匹も同様に狙いを定めて斬りつけた。
一太刀でそれを仕留めたデティは他に現れないことを確認して、剣を鞘に納めた。
「ふぅ……」
「毎度見るが、いい太刀筋じゃ」
淡々と褒める声に振り返れば、そこには白いローブのようなものをを纏った少年がいた。
10代半ばくらいに見える金髪金眼の美少年。腰ほどまである金髪は後ろで一つに括り、着ているローブはゆったりとして足元まで丈があり、腰を紐で括っていた。そして、夜の闇の中でさえ輝いて見える金の瞳には、楽しそうな色を浮かべている。デティが渋い顔で見返すと、笑みを浮かべて目を細めたその少年は、ただの子供ではない。
というか、そもそも人ではない。この少年の姿をしているのは、女神・竜姫を長と仰ぐ竜の一族の一人だという。見かけによらず、この国の始まりを知る導師様だというから驚きだ。ちなみに、チェスタバリス王国は建国800年を超えている。
「……というか、ファニス様は何故ここに?」
「お主が来る前に、妖魔の気配を感じてな。おまけにお主の力も感じたので、様子を見に来たのじゃ。そんなことより、放置はよくないぞ?」
そう言って、ファニスが示したのは先程デティが斬った黒い影だ。ピクリとも動かないそれを見て、デティも頷く。
「わかってますって……」
そう呟いて、デティはファニスに背を向ける。動かない黒い影に近づくと、再び剣を抜き、地面に突き立てる。
「グロリアス……」
デティが小さく声をかけると、青い光が剣の鍔に付けられた宝石に宿る。手元にグロリアスの霊力を確かめると、そっと目を伏せた。
「払い清めよ」
呟いた言葉にグロリアスの霊力を乗せると、デティを中心にふわりと風が起こる。清涼な風が大地を撫で、3つの黒い影に触れると、さらさらとその影が崩れた。そして、地面に残ったのは手のひらに乗るほどの球。
完全に影が消えたのを確認して、デティは剣を地面から抜き、鞘に納める。そして、3匹の影が消えた後に残された球を拾った。それは透き通ったガラスのようだった。
「浄化は、まぁまぁかのぅ」
そばに寄ってきたファニスが、そう言いながらデティの手のひらなガラス球を一つ取る。
「この透明度なら合格じゃな」
月の光に翳して、球を覗いたファニスがそう言うのを聞き、デティは、ほっと息をついた。そして手の中に残っている2つもファニスに渡すと、ファニスはそれを袖の中にしまう。
「今日の分はこれだけかしら?」
確認すべく、そう問うたデティに、ファニスは少し考えるように視線を彷徨わせてから頷いた。
「そうじゃのぅ、今夜はもう気配はないようじゃな。お勤めご苦労」
ファニスの言葉に、デティは改めてふぅと息をついた。とりあえず、今夜も役目は果たせたらしい。ほっとして緩んだ顔のデティをファニスは眺め、そして小さく苦笑した。
「まぁ、今日はまだ〝後始末〟があるようじゃが?」
「え?」
ファニスの思わぬ言葉に、気を抜いていたデティが顔を上げる。しかし、その言葉の意味がわかず、小さく首を傾げる。
その様子に苦笑を深くしたファニスは、そっとデティが先程まで暴れていた通りに目を向けた。つられるようにデティも視線を向けて「あ、」と小さく声を漏らす。
向けられた視線の先にあったのは、先程、デティの魔術で通りの真ん中に開けられた大穴。
「確か、お主は〝秘密裏に妖魔を狩る〟のが仕事だったと思うんじゃが?」
「わ、わかってますよ!」
そう言ったデティは慌てて、先程の大穴に魔力を向ける。こういうことをしているから、セルマの言っていたような噂になるのだろう、とほんの少し反省する。
「疵を直せ」
声に乗せた魔力が、穿たれた穴を瞬く間に埋める。元通りに塞がったことを確認して、デティはファニスを振り返った。そして、改めて宣言する。
「12の騎士、本日の任務完了です」
「うむ。ご苦労だった」
満足げに頷いたファニスがそう答える。
そう、国王陛下から賜った、12の騎士の任務とは、導師ファニスに従い、秘密裏に街に蔓延る妖魔を倒し、その核の回収及び浄化をすること、だった。
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