聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

1の騎士

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 聖十二騎士という存在は、開国の頃から知られている。なにせ、伝説にも出てきている。国王に忠誠を誓い、竜姫の加護を受けた騎士たちだ。
 そして、その後も歴史に名を残す数々の勇士がその名誉を手にし、活躍してきた。そのため、1の騎士から11の騎士は、何代にも続いて受け継がれ、その称号を得ることは騎士として、王の臣下としてこの上ない名誉なのである。
 ただし、彼らはそれぞれが立派な騎士だ。近衛兵団や、王立騎士団とは別の存在で、非常時には、11人全員が、騎士団でいう師団長並みの指揮権を持つことができた。平時には、それぞれの能力に適した形で、地方に出る魔物の討伐や、騎士団への助力、そして諜報活動を行なっている。
 つまり、11人の間に職務上の上下関係はない。しかし、その序列はほぼ実力順ということもあって、やはり、1の騎士は一目置かれている。現在の1の騎士、ラウル・ローゼルも例外ではない。彼の場合、王立学院在学中からその実力は有名で、当然、主席で卒業している。なかでも、その剣術は現役の騎士たちの中で最強と言われている。他の騎士たちからの信頼も熱く、11人が協力して動く場合は、皆が彼の指示に従う。
 勿論、12の騎士であるデティも、彼の指揮下に入るのはやぶさかではない。彼はそれだけの人望もある。何より、今のところデティが12の騎士であると知っている唯一の騎士である。

------

「デティ」

 ファニスと別れ、屋敷に向かって帰るところだったデティは、不意に呼ばれて振り向いた。最近は、忽然と人が消えるなんていう物騒な噂が流れており、夜更けの街中には他に人影はなかった。だから、振り向いてすぐにその人物を見つける。

「あら、ラウル? こんな時間にどうしたの?」

 そこにいたのは、黒いコートを羽織った背の高い青年。そのコートの胸には、竜と交差した2本の剣をかたどる紋章がついている。それは聖十二騎士の紋章だ。ちなみに、デティのローブの肩にも、小さくその紋章が刺繍されている。
「ちょうど仕事が終わったから、君の様子を見ようと思ってね」
 微笑みながら近づいてくる彼は、端正な顔立ちのいわゆる、イケメンだ。確か、セルマの一番の憧れがこの騎士ラウルだった筈だ。短く揃えられた茶色の髪はサラサラで、琥珀色の瞳は優しげ。普通の貴族の服を着て夜会に立てば、魅力的な若い貴族の出来上がりだ。実際、夜会でも女性陣に囲まれることが多々あるらしいと、セルマが噂で話していた。
 とはいえ、まるで剣をよく知らなそうな優しげな容貌ながら、その実力は本物で、当代一と言われるだけのものであることをデティはよく知っていた。なんといっても、初顔合わせの時に、思いきり本気で立ち会ってしまったのだから。
 そう、本当の本気で。この、デティの人とは違う力をラウルは知っているのだ。

「……どうかしたか?」

 側に立った彼を、じっと見上げて出会った時の立ち会いを思い出してたデティは、そう声をかけられて、やっと見つめていたことに気づき、慌てて目を逸らした。
「なんでもないわ」
「そう? それで、仕事は順調かい?」
 不思議そうに首をかしげたラウルだったが、重ねて問うほどのことではないと判断したらしい。聖十二騎士の長らしい問いを返してきた。
「ええ。ファニス様のおかげもあってなんとかなっているわ」
「そうか、よかった」
 本当に安心したように優しく笑うラウルに、デティはどう反応していいかわからず俯く。そんなデティの様子を知ってか知らずか。ラウルは、デティの様子を気にすることもなく続けた。
「この後は帰るのか?」
「ええ、もう今夜は妖魔の気配もないから……。ラウルはファニス様に用事?」
「いいや、今日は特にないよ。そうだ、折角だから屋敷まで送っていこう」
  ラウルはそういうと、デティを促して歩き出す。突然だったので、デティも促されるままに歩き出す。横に並んで歩きながら、それでもラウルが何故送るなんて言い出したのかわからないデティは、問うような視線を投げた。それに気づいたラウルが、デティに目を向ける。
「何か変か?」
「いいえ、ただ、なんで送ってくれるのかなと思って」
 すると、ラウルは苦笑して答える。
「そりゃあ、頑張って任務をこなしてくれている子を気にするのは当然だろ? しかも、それが君みたいな若い女の子なら、尚更さ」
 思いもよらない単語に、デティは目を見張った。まさか、ラウルにそんなことを言われると思わなかったのだ。何しろ、ラウルはデティが〝人間ではない〟ことを知っている。そして、デティも、それを初めて見た時の彼が向けてきた恐怖の目も覚えている。だから、デティはこの状況が信じられなかった。
 今まで、ほんの少しでもデティが人間離れした力を見せた人は、デティのことを避けた。もしくは、その力を隠すように言い、見ないようにさせた。
 ラウルだって、こうして隣を平気そうに歩きながら、本当はデティのことを恐れているのかもしれない。それなら、そうと、隠さないでほしいと思った。本当の心を隠されるのは、とても苦しいから。無理をして、そばにいてもらうのは、辛いから。それくらいなら、嫌ってくれた方が断然良い。
 そう、思い至り、デティは足を止めた。
「ねぇ、ラウル」
「ん? なんだ?」
 突然、立ち止まったデティを振り返る形で、ラウルも足を止める。
「……平気なの?」
「平気? 何の事だ?」
「何って……」
 デティはうつむいて言葉を濁した。その様子を見たラウルは、それが何の事だかわかったようだ。
「君の、生まれの事か? それとも、その力の事? ……どっちにしろ、気にする事じゃないよ」
 ラウルは、さも意外そうに言う。ラウルの言葉に、その表情に、デティは驚いた。気にすることでない、と言うラウルの様子は、無理をしているようにも見えないのだ。信じられなかった。
 何も答えないデティを見て、ラウルはその琥珀色の瞳を細める。優しく諭すようなその笑みに、デティは目を逸らすことができなかった。
「確かに、君は強い。俺もそれなりに強いつもりだけど、それすら凌駕する力がある。でもそれは、忌避すべきことではないし、俺は君を信頼してる」
 信頼、そんなふうに言われるなんて思わなかったデティは困惑の極みに達していた。
「怖く、ないの?」
 ぽつりと呟いたデティに近づいたラウルは、ほんの少し屈んで、小さな子供を見るように優しく微笑む。
「何故?」
「だって、私は……」
 それでも、言い淀むデティに、ラウルはそっとその紙に触れた。そして、小さな子供を慰めるように、デティの頭をそっと撫でる。そんなラウルの手の感触に、デティは恥ずかしくなって俯いた。なんだか、自分が我儘を言う小さな子供のように感じて、顔が熱くなる。20代後半のラウルからしてみたら、15歳のデティなんてただの小娘だ。小さな子供というも、ラウルからしてみたら間違いではないのだろう。
 だからといって、兄以外の男性に頭を撫でられている現状を平常心で受け止められるほど、デティも子供でも、大人でもなかった。先程とは別の意味で、困惑しているデティに気付かないのか、ラウルはデティを諭すように言った。
「それでも、デティは俺たちの仲間だろ? 街の、国のために力を尽くしてくれている仲間を、怖いなんて俺は思わないよ。寧ろ、俺たちの力が足りないばかりに、君に頼ってしまうところは申し訳なく思うくらいだ」
 仲間、という言葉が嬉しくて、思わずデティも顔を上げる。途端、琥珀色の瞳と出会って、動きを止める。デティの気持ちが動いたことを確信したのか、ラウルは笑ってデティから手を離した。
 頭を撫でてくれた手が離れたことを、ほんの少し残念に思いながら、デティはそっと目を伏せた。それに、こんなにも信じてくれている人に対して、聞くことではなかった、と反省する。
「……変なこと言ってごめんなさい」
「まぁ、デティが気にする気持ちもわからなくない。……前にもそういうこと言う奴がいてね。今度、紹介しよう」
 そう思い出したように笑うラウルに、デティは首を傾げる。しかし、ラウルはそれに答えることなく、そっとデティの背に手をやって歩くように促した。
「さぁ、さっさと帰ろう」
 そう言ってラウルは再び歩き出した。合わせて歩き出したデティを確認し、ラウルが聞く。
「明日も学院か?」
「……うん」
 デティがためらいがちに返事をすると、ラウルは、ぽんっとデティの頭に手をやった。
「授業、寝るなよ?」
 ラウルはおどけたように言う。
「わかってる」
 子ども扱いされて、少しムッとしたデティが言い返す。そうして、二人は人気のない道を歩いて行った。
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