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第一章
仮面舞踏会 2
しおりを挟む「あー、楽しかった。ラウルって、ダンス上手なのね」
「まぁ、ほどほどにな。デティも上手いから、すごく踊りやすかった」
「そう? ありがと」
そんな話をしながらダンスフロアーから離れた二人は、人が少ないところまで来て立ち止まった。
「……ねぇ、ラウル」
不意に、デティがラウルに声を掛ける。
「ん? 何だ?」
不思議そうに首を傾げたラウルがデティを見る。真っ直ぐ見つめてくる琥珀色の瞳。
ーーあの日、ラウルたちの邪魔をしてしまった事を謝らないと。そして、彼から接触があったことも…
そう思い、口を開いたが、ふと人込みの向こうからクラストがやって来るのが見えて、デティは思いとどまる。
「デティ?」
ラウルは何も言わないデティを不思議そうに伺った。デティは息を吐いて首を横に振った。
「……いいえ。なんでもないわ」
「そうか?」
不思議そうに首をかしげるラウルに、困ったように苦笑してデティは言った。
「それより、兄様が来るわ」
その言葉に、ラウルが一瞬固まる。
先日のやりとりから見ても、2人は仲良しとは程遠い関係だと分かっている。仮面をつけているとはいえ、ここで顔を合わせるのは得策ではない。
「……あいつが来てたのか。それじゃ、逃げないとだな。俺の事絶対言うなよ? それじゃあ、また」
「ええ、また今度」
そうデティが答えるとラウルは急いでその場を立ち去った。その背が人込みに消えた頃、クラストがデティのもとへたどり着いた
「デティ! 君は、何をやってるんだ。あんなふうにみんなの前で踊って……。そんなことをして、君に恋する不届きな輩が出たらどうするんだ。……僕は心配なんだよ。君は可愛いし、ダンスもうまいから、どんな奴にでももてるんだろうけど、兄様は許さないよ。君は15歳なんだ。まだ早いよ。だいたい、さっきの奴は誰なんだ? ……デティ、聞いてるのかい?」
いつもと変わらない勢いのクラストに、デティは眉を顰めた。答えないデティに構わず、それでも話続けるクラストに、デティは一つため息を着くと出口に向かって歩き出した。
「デティ!」
「兄様、少し疲れたので、控えの間に戻りますわ」
「それじゃあ、僕も……」
「一人になりたいんです。付いてこないで」
デティはクラストに背を向けたままそういうと、一人で会場をデティってしまった。流石にそう言われてしまうと、クラストも後を追う事ができず、その背を見送った。
広間から少し離れた控えの間に戻り、その扉を閉めると、デティはそのまま扉にもたれて息を吐いた。
先ほど、フェネックの事をラウルに言おうと思ったのだが、言えなかった。それは、クラストが来たからじゃない。あのまま、一言でも伝えるべきだった。
「だけど……」
デティは目をつむる。思い出すのは、彼の言葉。
『あなたの同類です。僕は、あなたの味方ですよ、竜の姫君』
『僕は、あなたを迎えにきたのです』
『僕とくれば泣くこともないのに』
何となく、彼も自分と同じように思えたのだ。たとえ、彼が狐族だとしても、竜族よりも自分に近いものに思えて、ラウルへと告げ口をするようなことを躊躇した。
それが、間違いなのは理解している。正体すら分からない、しかもおそらくこちらに害をなす相手である。信用できないのも理解はしている。しかし、心のどこかで、彼に共感している自分もいるのだ。
ヒトではない自分。その思いを正確に汲み取れる人間など存在しない。それは分かっている。
また、デティの感じている焦りの正体は誰も知らない。デティ自身でさえもわからない。ただ、フェネックは、それすらも知っているような雰囲気があった。
「……わかんないよ」
デティは目を閉じたまま、そう呟く。答える声は、もちろん無い。
しばらくして、ゆっくりと目をあけると、暗い部屋があった。少しの間、それをじっと見つめていたが、いつまでもそうしている訳にはいかない。ゆっくりと扉から離れて、まず明かりをつけようと、ランプを手に取った。普段そうしたことを仕事としている小間使いすら、デティは断ってこの部屋に戻ってきたのだ。火を入れようと、振り返り、そして、デティは目を見張って動きを止めた。手からランプが落ち、床にぶつかって、ガラスが散った。
「やあ、向かえに来ましたよ、トゥエル」
突然現れたフェネックは、笑う。
その声を聞いた途端、デティは目の前が真っ暗になった。
------
「ラウル、お前、何やってたんだよ」
集合場所へと現れたラウルに呆れたような声をかけたのは、ヴィスコンティだった。
「ん? 俺が何かしたか?」
「踊ってただろ。仕事中だってのに」
「ああ、分かったのか?」
「当たり前だ」
呆れ果てたようにヴィスコンティが言う。周りでその会話を聞いていた他のメンバーも、苦笑していた。
「それにしても、相手の令嬢は誰だったんだい?」
聞いたのはアイアス。他の者たちも、聞きたそうにしている。普段は全くそういうことに興味を示さないラウルの相手が知りたいらしい。
意外にも、誰もデティだと気付いていなかったらしい。ここにいるメンバーは、全員彼女に会って話もしているのに。
少し考えたラウルは、理由が分かった。彼らは、彼女が本気で剣を振るうところを、彼女の見事な身のこなしを見ていないのだ。しかも、直接会ったことも、数えるほどしかない。
「あれは、デティだよ」
ラウルが答えると、ルシスとギアツは、なるほど、と納得して、アイアスとヴィスコンティは驚いたようだった。前者は曲がりなりにも騎士としての立会いを見ており、後者は令嬢または一般市民の彼女しか知らない。見事に分かれた反応を、ラウルは面白く思った。
「……それはいいとして。様子はどうだった?」
ラウルが、話を変えると答えたのは、ギアツだった。
「家から一歩も出ていないようです」
彼らは、今、男爵の屋敷の近くに集まっていた。
見張っていた男爵は、ラウルたちが踊り終わった頃に、会場を出て自宅に戻った。そのため、ギアツの部下に見張らせ、彼らはその少しはなれたところに集まったのだ。
「このまま、突入しちゃった方がいいんじゃない?」
そういったのはルシス。しかし、ラウルは首を横に振った。
「捕まった女性が中にいるかもしれない。なるべく、騒ぎにはしたくないしな」
「それじゃ、俺の部下を忍び込ませて、確認させるってどうだ? 今なら、潜入させても、陛下からの令状があるから大丈夫だろ?」
ヴィスコンティが提案する。ヴィスコンティは、隠密活動を主とする部隊を統括する者でもあるのだ。今までは、相手が曲がりなりにも貴族であり、国王の認可が出ていなかったので、動かせなかったのだが、国王の認可が出た今では、何の問題もない。
それもいい、とラウルが考えた時だった。
男爵の家の方から、ギアツの偵察に出していた部下が駆けて来た。
「お知らせします!男爵の屋敷から――!」
その報告は、予想もしないものだった。
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