聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

騎士の言い分

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 ラウルは、アイアスとともに、少し離れた路地から男爵家の表口をうかがっていた。
 この少し前、城内の館にいたラウルとアイアスは、男爵を見張らせていた部下から、屋敷に、一人の街娘が男爵に連れられて入ったとの報告を受けたのだ。男爵が犯人なら何らかの動きを見せるだろうし、出てきた娘から、話も聞きたかったので、自らその場に赴き、今に至る。
 もしこのまま娘が出てこなかったら、素性を調べた上で、屋敷の捜索許可を陛下から貰わなければならないだろう。そのための段取りを考えながら、見張っていると、しばらくして、男爵の屋敷から若い娘が飛び出てきた。その娘の顔を確認して、ラウルは目を丸くした。一瞬だったが見間違えるわけがない。
「あの、馬鹿っ……」
 思わず悪態を付いたラウルは、すぐに娘を追いかけようとする。しかし、側にいたアイアスがラウルの腕をつかんで止めた。
「どうした? なぜ止める」
 ラウルは苛立ちのままに、アイアスを睨んだ。アイアスはラウルにとって相棒とも呼べるくらい信用を置く存在だった。だからこそ、この瞬間に止めたことを訝しんだ。そんなラウルを見て、アイアスは努めて冷静に問う。
「お前こそ、どうした。何をそんなに苛立ってる? あの娘は知り合いか?」
「……そんなもんだ」
「なら、俺が行く」
 アイアスの言葉に、ラウルが問うような視線を向けた。その視線を受けて、アイアスは灰色の瞳を細める。
「今のお前が行ったら目立つ。何より、今の様子だと娘が逃げる」
 その言葉に、ラウルは少し考えるように眉を寄せる。その様子にアイアスはラウルの腕を離すと、その決断を待った。ラウルも、確かに今彼女を追えば、感情のままに叱ってしまう気がした。それでは目立つこともわかっているので、アイアスの提案に頷く。
「……そうだな、頼む」
 ラウルの返事を聞いて、アイアスは娘を追って大通りに出て行った。
 大通りの人通りはそれなりに多い。娘が一度立ち止まっていたこともあって、アイアスは難なく彼女に追いつく。
「すみません。少しよろしいですか?」
 追いついたところで、後ろから声を掛ける。すると、娘は驚いたように振り返り、目を見張る。
 当然の反応だろう。街娘にとって、聖十二騎士は、遠い存在だ。憧れでもあれば、恐怖の対象でもある。アイアスは経験から今回もそうだ、と判断した。
 改めて心配そうな様子の娘を見る。
 落ち着いた感じの服装だが、その生地は思ったよりも上質な物のようだ。背に流している長い黒髪は、深い黒だが重くはなく艶やかで、その容姿も美しい。そして、不安そうに見上げてくる灰色の瞳は、引き込まれそうなほど澄んでいる。
「少しお話を伺いたいのです。一緒に、来ていただけますか?」
 笑顔で聞いたアイアスに、少しだけ悩んだ様子の娘だったが、すぐにこくりと頷いた。素直に従ってもらえる様子に、アイアスはほっと表情を緩めた。
「では、こちらへ」
 娘を怖がらせないように、微笑んだアイアスは導くように歩き出した。

‐‐‐‐‐‐‐

 先導して歩いて行くアイアスについて歩きながら、デティは不安に思った。
 とはいっても、当たり前だが、アイアスの考えているような、騎士に対して恐怖を抱いて、というわけではない。アイアスの向かう先にいるだろう人についてだった。そして、連れて行かれたのは、近くの路地裏だった。
「ラウル、連れてきたぞ」
 やはりというか、予感は的中だった。
 そこには、仁王立ちしたラウルが待っていた。普段では見ないほど険しい表情で、その琥珀の瞳には明らかな苛立ちが見えた。
「デティ、何故、ここにいる? どうして、男爵に接触したんだ?」
「ラウル、いきなりそれはないだろ」
 あまりのラウルの怒りように、思わずアイアスが口を挟む。しかし、ラウルはアイアスを一瞥して、すぐにデティに視線を戻し、告げた。
「アイアス、この娘は例の12の騎士だ」
 突然の紹介に、アイアスは驚き、目を見張る。というのもデティが、話に聞いていた剣の使い手には見えなかったからだ。ラウルの怒気に当てられて、縮こまったデティには、騎士の雰囲気がかけらもない。どう見ても、いたずらが見つかり、怒られている少女でしかなった。
 唖然と固まるアイアスには構わず、ラウルはもう一度、デティに問う。
「昨日、伝えたばかりで、何故奴に接触した? 俺たちが迂闊に動いてはならないのは知っているだろう」
 デティだってそれはわかっている。しかし、デティだってわざと接触したわけではない。
「ごめんなさい。でも」
「でもも何もない。君の正体がばれたらどうする。それに、君の行動のせいで、こちらの動きを知られたらどうなる? 君だけの問題じゃないんだ」
 デティの言い訳を聞くつもりはないのか、ラウルは捲し立てるようにいう。ただ、ラウルの言うことももっともで、デティは声を小さくするしかない。
「……私は、そんなつもりじゃ」
「ヴィットがここまで極秘に調べてきたものが、すべて水の泡になるんだ」
「……」
 ラウルの言う通りだった。どんな理由があっても、デティは男爵について行ってはダメだったのだ。ダメなことをわかっていて、それでもデティは付いていったのだから、ラウルに返す言葉はない。
 うつむいて何も言い返さないデティを見て、ラウルは、少し言い過ぎたか、と後悔する。しかし、ここで甘さを見せる訳にはいかなかった。
「いいか、二度と何も言わずに、こんな事はするな。それから、君は、この件には関わるな。分かったか?」
「……はい」
 デティが答えると、ラウルはデティに背を向け、奥へと戻っていった。
「……」
 残されたのはデティとアイアス。
「……大丈夫、ですか?」
 うつむいたままのデティを伺うように、アイアスは尋ねた。連れてきたアイアスも、まさか娘が例の12の騎士だとは思っていなかったし、何よりラウルがあんなに怒るとは思わなかった。なんとなく居た堪れない。
「……大丈夫です」
 デティは声に出してそう言うと、困ったように見つめてくるアイアスを見上げ、もう一度繰り返す。
「私は、大丈夫です」
 そんなデティに、アイアスは何も言えなった。
 確かに、ラウルの言うことは正しい。アイアスもそれはわかっていたから、口は挟めなかった。それでも、デティの言い分を聞くこともしないのは良くないとも思う。なんと声をかけていいかアイアスが迷っていると、デティはそっと微笑んで告げた。
「一つだけ、伝言を頼んでもよろしいでしょか?」
「……何でしょう?」
「クリプスト男爵は、犯人かも知れませんが、裏に操る者がいるはずです。あの力は、……人のものではありませんでした。恐らく導師様のおっしゃっていた、狐族が関わっているはずです」
「……どういうことでしょうか?」
「もしかしたら、妖魔と今回の事件は関連しているかもしれないと。私の力が必要であれば呼んでください、とラウルにお伝えいただけますか?」
 デティは、呆気にとられているアイアスにそう言うと、一度、頭を下げて背を向けた。



「可哀想に」
 奥に戻ったラウルを迎えたのは、薄く笑みを浮かべたヴィスコンティだった。
「何がだ?」
 ラウルは、ヴィスコンティの訳の分からない言葉に問い返した。その表情は不機嫌そうに眉を顰めたまま。珍しく感情を表に出しているラウルを見ながら、ヴィスコンティは口を開いた。
「あれじゃ、彼女が可哀想だ」
「……本当のことを言ったまでだ」
「だからと言って、あんな言い方、いつものお前なら、しないと思うが?」
 意味ありげに言うヴィスコンティを、ラウルは不機嫌そうに睨みつける。
「何が言いたい?」
「俺は、ただ、お前がそう苛立つのは珍しいと思っただけだ。ルシスにだって、あんな言い方しないだろ? 昨日だってそうだ」
 確かに、普段のラウルは感情のままに指摘することはない。できるだけ、無駄な軋轢を生まないよう、きつく伝わりすぎないように、感情を抑えて伝えるようにしている。今回は多少感情的になってしまった自覚はあった。しかし、彼女が動くというのはそれくらいの用心が必要であるともいえる。
「……しかたない。デティの事は極秘なんだ。万が一にも彼女が危険にさらされるわけにはいかない。王国には彼女の力が必要なんだ。必然的に厳しくなる」
「それが、彼女のためだと?」
「そうだ」
 言い切ったラウルに、ヴィスコンティは息を吐いて言った。
「あの言い方がねぇ……。本当に彼女のためならいいが」
「含みがある言い方だな」
 ラウルの言葉に、ヴィスコンティは、答えた。
「……お前の事だから、彼女が少女だから、過保護になってるかと思っただけだ」
 何も言い返さないラウルに、ヴィスコンティは続けた。
「デティは、陛下に認められた騎士だ。もう少し、彼女の意見を聞いてやってもいいんじゃないか? 俺には、彼女もそれを望んでるように見えた」
 ヴィスコンティの言葉に、ラウルはデティへの対応を思い返した。確かに、少し言い過ぎた気もする。でも、それはデティのためでもあるのだから、ここはきっちりとしかるべきだろう。ラウルは間違ったことをしたとは思わなかった。けれど、ヴィスコンティの言葉を真っ向から否定することもできず、内心もやもやしたものが残る。
「……」
 何も言わないラウルに、ヴィスコンティは肩をすくめた。
「まぁ、考えてみるんだな」
 ラウルが何も返せないうちに、ヴィスコンティはそう告げて行ってしまった。
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