聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

男爵と狐

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 結局のところ、不可抗力といえるはずだ。
 心の中でそう言い訳して、デティは、クリプスト男爵の誘いに応じていた。
 市場通りを抜け、本当にすぐそばにあった屋敷は、元商人らしく豪華なものだった。豪華なだけでなく、調度は品良くまとめられている事も屋敷に足を踏み入れた瞬間に理解する。
「こちらへ」
 しかし、その屋敷の中は異様に静かだった。さらに、メイドには支度を指示したものの、デティの案内自体は男爵自らしたのだ。普通の貴族なら、使用人に任せるはずなのに。
「では、今、着替えを用意させますので、掛けてお待ちください」
 そんな違和感を感じたものの、庶民が貴族の生活を知るわけもない。庶民に見えているであろうデティが、それを指摘するわけにもいかない。頷いて答えたデティを案内した部屋に1人残して、男爵は出ていった。
 改めて、案内された部屋を見回す。その部屋の調度も、一目で高価なものだと分かった。座るようにいわれたソファーも、高価な手織りの布を張ってある。ぬれた服を思うと座れる物ではなかった。それに、テーブルやランプは細かい彫りが入っている。さすがは、元商人だという事だろうか。
 しばらく、部屋の中でうろうろしていたデティだが、なかなか人が現れないので、廊下に出て見る。しかし、廊下にも、人の気配はない。デティは思い切って、屋敷の中を探る事にした。じっとしていられなかったのだ。適当に部屋を見て回り、そして、なんとなく気になった一室に入る。
 その部屋は、日中だというのに、カーテンが閉め切られ、明かり取りの窓も無く真っ暗だった。不審に思いながらも、部屋の奥ある机によってみた。机の上には、ペンとインク瓶、他にも文具類がきちんと整頓されている。
 何となく、異様な気配を感じたデティは、その一番上の引き出しを引いた。中には、手に乗るほどの丸い玉が幾つか入っていた。灰色のガラスのような玉だ。デティは、何故かそれを知っているような気がした。
 触ってみようと、手を伸ばす。
「感心しませんね、他人の家を勝手に歩き回るなんてね」
 突然、背後で声がした。デティは、反射的に振り返って引き出しを閉める。丁度、男爵が部屋に入ってくるところだった。
「す、すみません。ちょっと、お手洗いを借りようかと……」
 慌てて言い訳するデティに、男爵はゆっくりと近付いてきた。その表情は、逆光で見えない。
「本当に、お転婆なお嬢さんだ」
 そう呟く男爵の瞳が、黄色く光った気がした。一歩づつ近付く男爵に、恐怖を感じたデティはあとずさる。しかし、すぐ後ろには机があり、それ以上は下がれない。
「私は、君みたいに美しい娘が好きだからね。大抵の事は許してあげるよ。だけど、この部屋は駄目なんだ」
「男爵様……?」
「でも、君は特別美しいから、私のところへ来れば、許してあげる」
「……」
「大丈夫、怖がる事はない」
 そして、男爵はデティに手を伸ばす。デティは、その言葉に、雰囲気に、何故か既視感を感じた。
「嫌っ!」
 咄嗟に男爵を押したデティは、よろける男爵に目もくれず、その場から逃げ出した。

 男爵の屋敷を飛び出したデティは、屋敷から離れ、追われていないことを確認し、走るのをやめた。いきなり全速力で走ったので、流石に息が上がっていた。少し足を止め、息を整える。そして、さっき感じた恐怖を思い出して、唐突に気付いた。あの感覚は、以前、フェネックに会った時に感じたものと酷似していた。
 それに、あのガラスの玉。確かではないが、あれは、ファニスに渡す妖魔の核、あの球と同じような物に思えた。やはり、妖魔の件も、この事件の犯人が関わり、さらにその裏にはファニスの言っていた狐族がいるのだろうか。
 どちらにしても、今はグロリアスを使いに出している。そのため、デティのそばに居らず、聖霊の力を借りることはできないのだ。もちろん、デティだけで力を使うことは可能だが、グロリアスがいないと制御が難しい。何かあっても対処し切れない。
 帰ろう。
 そう思って歩き出した時だった。
「すみません。少しよろしいですか?」
 背後で声がし、驚いて振り返ると、そこには、黒衣の見知らぬ男がいた。しかし、その襟にあったのは、紛れもない聖十二騎士の徽章だった。

------

 飛び出して行くデティを見送った男爵は、そっとさっきの引き出しを開いた。その玉を手に取ろうとして、不意に現れた気配に気付いた。
「……なんだ?」
 男爵が振り向いた先には、フェネックがいた。フェネックは、薄く笑みを浮かべて言う。
「あの娘は僕のだからね。手を出しちゃ駄目だよ」
 フェネックの鋭い視線が男爵に向けられる。
「……」
 答えない男爵に、フェネックは肩を竦めた。
「ま、手を出したところで、あなたには捕まえられないけどね。それに」
 不意に言葉を切ったフェネックは、男爵に近付き、その手に掴もうとしていた玉を手に取る。
「程々にしないと、あなた、死ぬよ? 言ったでしょ。これを使うと、命が吸われるって」
「私は、そんなにやわではない」
 言い張る男爵を見るフェネックの目には呆れがある。
「そう思うなら、好きにすればいいよ。だけど、どうなっても僕は知らないよ」
 そう言ったフェネックは、机を離れ、窓に寄る。カーテンを少し引き、外の様子を伺った。そこに、デティと黒衣の騎士を見つけ、薄く笑った。
「僕は、僕のやり方でやるからね」
 フェネックは、そう呟いて、カーテンを閉めた。

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