聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

街での出会い

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 あの後、帰宅したブルーフィス公爵に舞踏会へ行きたいとデティが頼むと、公爵はすんなり許可を出した。デティの年齢も考えて、そろそろ公式の場で御披露目をするべきと思っていたようだ。
 仮面舞踏会なら、名乗ることはない。実際に夜会に参加する前の練習として、その空気に慣れるためにはもってこいの機会だ。同伴者として、クラストが付くことになり、週末の舞踏会に向けて準備を急ぐことになった。
 というわけで、翌日からデティは久しぶりに学院を休んだ。もちろん、休日でもなければ、病気でもないので、ズル休みにはなるのだが、夜会準備のため公認のズル休みだ。
 普通ならドレスを作るのに数週間かかるところだが、デティはすでに手元にあるドレスから選ぶことにしたので、簡単なサイズ調整と飾りの直しだけだ。そうは言っても、公爵家にいるお針子が総出で、夜会前日の仕上がりだろう。
 それから、デティの黒髪に合わせた髪飾りと舞踏会用の仮面、アクセサリーと、次々に決められていく。それを一つ一つ、デティ自身も見て、当てて確認する。慣れないその作業は、1日で終わらず、翌日も半分が過ぎる頃には、デティも我慢の限界だった。もともと、デティの性格上、一日中屋敷に閉じこもってドレスだけ着てはいられない。なんとか、午後の空き時間を見つけたデティは、こっそり屋敷を抜け出した。
 クローゼットの奥に隠してあった庶民がよく着ているような洗いっぱなしのシャツと、くるぶしまでのスカート、使い込んだショートブーツに着替える。そして、夜と同じように寝室の窓から庭に降り、裏口からそっと抜けた。そうして向ったのは、街中の市場通り。
 貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街を抜けて、大通りを下ると、中級以下の庶民が住み暮らす地域に出る。そこから大通りを少し外れると、街にある店も様子を変え、庶民の暮らしを支えている市場通りにでる。食品を売る商店や屋台が増え、活気に満ち溢れている。午後の早い時間、夕食に向けて買い出しの庶民や貴族のお使いの使用人、そういう人たちが行き交っていた。
 そんな通りを見回しながら歩いて行くデティは、慣れた様子で一軒の果物屋に近付いた。
「おや、エルじゃないか」
 店先にいた女主人が、デティを見て声を掛ける。呼ばれたことに気がついたデティも手をあげて答えた。エル、と言うのはデティが街中で使っている偽名だった。
「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「うん、サリさんも元気そうだね」
「あたしゃ、元気だけが取り柄だからね」
 威勢のいい女主人にデティは笑顔を返す。すると、女主人もにっこり笑って、店先を示す。
「今日は、美味しいリンゴが入ってるんだが、買ってかないかい?」
 そう言いながら店先のリンゴを手に取った。それは、赤々と鮮やかで、とても甘い匂いがする。リンゴはデティの好物でもある。その匂いと色に、デティも少しテンションが上がった。
「本当、美味しそうだね。もらって行こうかな」
「エルは、可愛いから安くするよ」
「ありがとう。それじゃ、2個ちょうだい」
 女主人は、慣れた手つきで、リンゴを2つ袋に入れる。デティは代金を渡して、その袋を受け取る。たくさん買うと重いから、1個は食べて1個は今からいくところに置いてこようと考える。
「ありがとう。それじゃ、もう行かなきゃ」
 その言葉に、女主人が目を丸くする。
「おや、もう行くのかい? もう少し待ってくれれば、客も少ないしお茶くらい出すのよ。サヤもそろそろ帰ってくるだろうし」
 サヤというのは、この人の娘でデティの友人だ。もともとは、街で変なのに絡まれそうになったところを、サヤに助けてもらったのが出会いだった。以来こうして、街に出てくるときはお店に寄る様になったのだ。
 しかも、彼女らはデティが公爵令嬢であることを知らない。対面も家の関係も気にせず話せる彼女達との時間が、デティは大好きだった。
 サヤとも話したいと思ってたデティだったが、本日は隙を見て抜けてきただけなので、時間がない。せっかくの申し出ではあったが、デティは首を横に振った。
「ごめんなさい、あんまり時間が無くて。教会に行こうと思うんだけど、神父様はいらっしゃるかしら?」
 女主人は、少し考えるように答える。
「さあね。今は忙しいかもね。ほら、あの事件の事もあるし……。今度はお偉いさんの娘が消えたんだろ? 怖いものだねぇ」
「……そうだね」
 そういえば、発端は街中の娘の失踪だった。社交界で話題になる前に、市井ではすでに影で噂が流れていたのだ。だから、今回の件が公になった時点で、街にいる人々は事件を認識していた。
「デティ、あんたも綺麗なんだから、気をつけておくれよ」
「うん。ありがとう。それじゃ」
 女主人の優しい言葉に頷いて、デティは店先を離れた。折角、久しぶりに街に出て来れたので、神父様に会おうと、デティは、そのまま市場通りを歩いて抜ける。
 今から向かっているのは、教会と言ってもファニスがいる廃墟ではなく、この街の正教会の一つだった。デティは昔から良くそこに通っていたのだ。その神父様は、色々な事を教えてくれ、とてもよくしてくれていた。聖十二騎士になってからは時間が無く、なかなか行けなかったので顔を出すだけでも、と思ったのだ。
 聖十二騎士になる以前から、デティは度々屋敷を抜けだし、こうして街を歩き回っていた。実は、ラウルと初めて出会ったのも、街に出ていた時だったくらいだ。そのすぐ後、国王に呼び出されラウルを紹介された。
 もちろんデティは、ラウルが一の騎士だと知っていたし、襟につけた徽章で会った時から認識していた。しかし、ラウルの方は、デティを街娘だと思っていたのだ。王の目の前で再び会った時、その驚きは大変なものだった。少しの事では動じないラウルが、一瞬、言葉を失ったのだ。
 ただ、それも序の口。その後の驚きは比べものにならなかった。何せ、デティの正体も知らずに剣を交える事になったのだから。
「……あぶない!」
 そんな声に、ふと、我にかえったデティは、目の前に迫るものを見て仰天した。それは、まっすぐデティに向かってくる馬車だった。
 反射的に、体を横に投げ出す。そして、後悔した。
「……きゃっ!」
 小さな悲鳴を上げるが、それはより大きな水音に消された。そして、デティは雨水の溜まった水溜りに落ちた。
 キィと高い音を出して、馬車が少し離れたところで止まるのが見えた。
「あーあ……」
 水溜まりに尻餅をついたかたちになったデティの服は、もちろんビショビショだ。帰ったら怒られるな、と思ってため息を付く。
「大丈夫ですか?!」
 馬車から降りてきた紳士は、血相を変えてデティのもとへやってきた。
 何処かの貴族だろう。しっかりした、上等な服。馬車は黒塗りの二頭立てだし、そこには、家紋も描かれている。ただ、その家紋に覚えが無く、デティは首を傾げた。
「……立てますか?」
 不意に声をかけられて、はっとしたデティは、うなずいて、差し出された手を取る。
「服、濡らしてしまいましたね……。よかったら、私の屋敷によっていただけませんか。お詫び致します」
「いえ、私もぼっとしてましたし……」
 デティは渋った。そこまでされては、自分が、貴族の娘だとばれる。上に来ている服は庶民のものだが、下に着ている下着は庶民なんか手が届かないであろう、上等な仕立てのものだった。メイドに見られれば、一発でバレるだろう。しかし、紳士は諦めない。
「いいえ、是非させてください」
「でも、家も近くですので……」
 それでも渋るデティに、紳士はふと気がついたように付け加えた。
「……ああ、私は、怪しい者ではありませんよ?」
  そして、紳士は名乗る。

「セレン・クリプストと申します。国王陛下に男爵の地位をいただいております、貴族の端くれです」

 その紳士は、そう言ってふんわりと笑みを浮かべた。
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