聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

呼び出し

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 セルマやリザとの午後のお茶を楽しんだデティは、二人と別れだ後、いつもと同じく、迎えの馬車に乗り込もうとしたところで、不意に呼び止められた。振り向くと見知らぬ小者がメモを差し出した。
「ブルーフィス様、言伝を預かっております」
 誰から、とは言わなかった。
 ただ、メモを手渡されたデティはその文面に目を通すと、家の馬車には乗らず、御者には帰りが遅れることを家に伝えるように言いつけた。そして、メモの差出人が用意した別の馬車に乗り込む。動き出した馬車が向かったのは、城内の騎士の館だった。
 渡されたメモはラウルからで、館にきて欲しい、という伝言が書かれていたのだ。城門を難なくくぐった馬車は、やがて館の前で止まった。
 御者の手を借りて馬車を降りたデティは、館に入ると真っ直ぐ居間を目指した。そこでふと、未だにドレスだということを思い出すが、メモに何も書いてなかったことから、問題はないだろうと思い直し、そのまま居間に入る。

「デティ」

 居間に入ると、名を呼ばれる。声のした方を向けば、広いテーブルを囲んだソファーの一つにラウルが座っていた。
「急に呼び出して、ごめん」
「いいえ、大丈夫よ」
 そう言ってラウルに近付いてみて、デティは、ラウルの向かい側に、見知らぬ人物がいることに気付いた。
「えっと……?」
 デティが戸惑って呟くと、その人は立ちあがった。
 髪は白に近い灰色で、瞳は茶色。その男性は、ラウルより、背が高く、立ち上がったその人と目を合わせるには、デティが見上げなければならなかった。
 ラウルのものに似た動き易さを重視した黒い制服。この人も、剣を使うのだろう。
 デティがそう観察していると、その人は、丁寧におじぎをした。
「はじめまして。私はヴィスコンティ・ニアトス。9の騎士を勤めております。以後お見知りおきを、美しいお嬢さん」
「……ご丁寧に。私はデティ・ブルーフィスです。12の騎士をしています」
 慌ててデティが答えると、ヴィスコンティはデティの手をとった。そして、腰を屈めたかと思うと、デティの指先に口付けをする。
「……ヴィスコンティ様?」
 驚いて目を丸くするデティを見上げて、ヴィスコンティは微笑んだ。
「どうぞ、ヴィットとお呼び下さい」
 キラキラと効果音がつきそうな満面の笑み。その笑顔に、デティは何故か恥ずかしくなる。
「12の騎士の方が、こんなに美しいとは思わなかった。剣の腕は、ラウルを負かすほどと聞きました。さぞかし優雅に剣を操ることでしょうね。ただ、この綺麗な黒髪を結い上げてドレスで着飾ったあなたも、さぞお美しいでしょうに。今度は、ぜひとも華やかな場でお会いしたいものです」
 あまりに慣れない褒められ方に、デティは顔が熱くなった。何より、ヴィスコンティの容姿は整っており、ラウルよりも雄々しい顔立ちをしている。さらには、その声は心地よく響き、自然にデティの手を取るなど、その所作は慣れていた。
 社交界に出ることもなく、屋敷から出ることも少ないデティは、男性からのそう言う扱いに慣れていない。無性に恥ずかしくなって、デティはヴィスコンティと目を合わせることもできず俯くしかない。

「ヴィット。仲間を口説くなよ」

 デティが困り果てていると、不意にどこか不機嫌そうに、ラウルが口を挟んだ。しかし、ヴィスコンティはどこ吹く風。デティの手を離すと、軽く肩をすくめた。
「私は、本当のことを言っただけだよ」
「お前の言い方だと、口説いているようにしか聞こえない。……大体、デティはあのブルーフィスの妹だ」
 ラウルに言われて、ヴィスコンティは驚いたように動きを止めて、改めてデティに目をやった。そして、納得したように一つ頷くと、苦笑した。
「そうか、君がクラストの……。それなら、注意しないと、殺されかねないな」
 ラウルとヴィスコンティの言葉に、デティは首を傾げる。
「……兄を御存じなのですか?」
 この前、ラウルとクラストの様子からも思ったが、ヴィスコンティもどうやら知り合いらしい。しかし、クラストとは、よく話をしていたのに、騎士の話はほとんど聞いたことがない。ラウルも、ヴィスコンティも名前を聞いたことはなかった。
「ん? クラストのこと? まぁ、彼は、学院の同期だからね。アイアスと、ラウルも同期なんだけど」
 なるほど、学院時代の知り合いか、とデティは納得する。それならば、10年も前の話だ。デティが知らなくても不思議はない。そして今度は知らない名前を聞いて、デティは首を傾げる。
「アイアス……?」
 ヴィスコンティは、デティの反応が意外だったのか、少し驚いたように目を見張った。
「おや、まだ会ってないんだ? アイアスは、聖十二騎士の一人、2の騎士、ラウルの相方さ」
 まぁ、いつも、ラウルが一方的にやられてる感があるけどね。と続けたヴィスコンティだったが、デティには、真意が分からない。
「??」
 さらに首を傾げるデティを見て、楽しそうに笑ったヴィスコンティはさらに説明しようと口を開くが。
「ヴィット、いい加減にしろ」
 不機嫌そうに眉を寄せたラウルに窘められる。その言葉には、いつも以上の殺気が感じられ、仕方無く、ヴィスコンティは肩を竦めるだけに止どめた。
「とにかく、デティに来てもらったのはこいつの事を紹介しようと思ったのと、もう一つ、例の事件の容疑者が浮上したんだ」
「容疑者?」
「ああ。だが、肝心の証拠がないんだ」
「誰なの?」
「とにかく、レディもいるのだから、座って話そう」
 ヴィスコンティはソファーを示して言う。確かに、3人して立ち上がったまま話すのも変だ。とりあえず、ラウルとヴィスコンティは元の席に、デティは向かい合う二人のすぐ横の一人がけソファーに腰を下ろし、3人でコの字型にテーブルを囲む。
「それで、犯人って誰なの?」
 言われた通り座ったデティは、前置きもせず、すぐに話を戻す。もとより、ラウルも長々話すつもりはない。頷いて答えた。
「クリプスト男爵だ」
 聞いてデティはこの国の爵位持ちの家名を考える。しかし、覚えている中にその名の男爵の記憶はない。
 デティは仮にも公爵家の令嬢だ。ある程度の貴族とその縁者は知識として覚えさせられている。なのに、その人物に心当たりがないと言うことは、それほど表に出ない田舎の男爵なのか、それか新参の男爵なのか。
 その答えは、すぐにヴィスコンティが口にした。
「彼は去年、男爵の位を貰ったばかりの者だから、知らなくても無理はないよ」
 ラウルもそれに頷く。
「以前は、城にも出入りする豪商だった。去年、爵位を授かり、貴族としてつかえることになったらしい」
 なるほど、それならデティが知らなくても無理ない。しかし、そんなに簡単に容疑客なんてわかるのか。その根拠が知りたくて、デティはラウルに問う。
「その人がなんで容疑者なの?」
「今まで失踪したすべての女性と、何らかの接触があったのは彼だけだからだ。そして、近ごろの男爵は、何かに取り付かれたように、一人ごとをつぶやいたり、奇怪な行動が目立つようだ。それが、導師様の言っていた狐族の影響だとしたら、犯人は男爵である可能性が高い」
 ラウルの答えは、はっきりしていた。しかし、デティにはあまり納得できなかった。それは、状況証拠でしかないと思ったのだ。
「それだけで、疑うの?」
 なんだかそうすると誰でも、普段と違う様子ならば容疑者になってしまう気がする。そんなデティの考えが分かったのか、ラウルは少し困ったように言った。
「確かに決め手ではない。ただ、今の状況だと、疑える要素は、一つずつ消していくしかない」
 ラウルの答えに、そんなものか、とデティは頷く。確かに、用心しておくに越したことはない。
 そう納得したところで、デティは何故かセルマから聞いたことが気になる。
「……そういえば、ラウルが今度の仮面舞踏会に出るって本当?」
 デティの問いに、ラウルは急に真剣な表情になった。
「誰に聞いた?」
 ラウルが低く聞き返した。剣を帯びたその声色と、その態度に戸惑いつつ、デティは答える。
「友達よ。学院の」
 答えを聞いたラウルは、険しい表情でヴィスコンティに目配せする。ヴィスコンティも緊張した面持ちで頷いた。二人で何かを確認したラウルは、もう一度デティの方を向く。
「その子には、できるだけ口外しないように頼めるか?」
「……まぁ、彼女も噂で聞いただけのようだったけど。何かあるの?」
「デティは、知らなくていい」
 不思議に思ったデティが聞き返すと、ラウルは間髪入れずに断言した。そのラウルの言い様に、デティはむっとする。それは、デティを意図的に弾いているように感じたのだ。
「何よ、その言い方」
 急に怒り出したデティに、ラウルは驚き、首をかしげた。
「……何を怒ってるんだ?」
 本当に不思議そうにデティを見ているラウルの反応は、デティの神経を逆撫でした。
「……別に、何をするわけでもないんなら教えくれてもいいじゃない。言えないなら言えないで、もっと別に言い様があると思うわ。なんでそんな言い方するのよ」
 デティは言って、うつむいた。なんだか、こんな小さな事で怒ってる自分が嫌になる。まるで、駄々をこねる小さな子供のようだ。
「どうしたんだ、デティ。俺は、君が心配なだけなんだよ」
 そんなラウルの言葉は、クラストの言葉と重なった。もちろん、〝心配〟という気持ちもわからないでもない。年が足らないことも、女だということもわかってる。それでも、この〝力〟を誰かの役に立てたいのだ。デティなりに、騎士であることに誇りを持っている。
「……私だって聖十二騎士の一人なのに」
「でも君は、人に知られてはならないんだ。知らない方が君のためにもなる。わかってくれ」
 困ったように、ラウルが言う。それが、なぜか許せなかった。それ以上に、ラウルを困らせている自分が嫌だった。心の中に湧き上がる苛立ちは、そのどちらに向くものなのか、デティ自身でもわからない。
「……結局、邪魔なのね」
「デティ?」
 その呟きは聞こえなかったようだ。不安そうにこちらを伺うラウルとヴィスコンティ。デティはすっと立ち上がった。
「……やっぱり、ラウルも兄様と一緒ね。帰るわ」
 うつむいたまま、居間の出口に向う。
「え、ちょっと……、デティ!」
 よくわからずラウルが呼び止める。デティは、そんなラウルとヴィスコンティを出口の前で振り返った。
「……ごきげんよう、騎士様方」
 そう言い残し、居間を出た。

 居間を出ると、目頭が熱くなる。堪えていたものがあふれてきた。それが、怒りによるものか悔しいからなのか、デティ自身にもわからない。
 デティは、早足で玄関に向かい、玄関で待っていた先程の馬車に乗り込む。ブルーフィス公爵邸に向かうよう告げると御者は直ぐに馬車を出した。
 何をやっているのか、自分でも分からない。うつむくと、涙が頬を伝った。

「……ほら、人間なんかのために泣いて」

 突然、目の前で声がする。この馬車には自分しか乗っていないはずなのに。
 しかし、デティは驚かなかった。何となく分かっていたのだ。だから、ぶっきらぼうに聞いた。
「何の用?」
「泣いていたから、慰めにきたんだ」
 デティは、涙をぬぐい顔を上げた。思った通り、目の前の席にフェネックが座っている。あの夜と同じように、黄色い瞳は面白そうにデティを映している。ただ、その気配は夜よりもごく薄い。
「僕と一緒にくれば、泣くこともないのに」
「……嫌よ」
 デティがきっぱりと言うと、フェネックは肩をすくめた。
「まぁ、そう言うとは思ったけどね」
「……でしょうね。あなた、幻でしょ?」
 デティの指摘に、フェネックは少し驚いたようだ。少し笑みを崩して、目を丸くする。
「わかった? さすがだね」
「……分からないとでも思ったの?」
 デティの言葉に、フェネックは笑うだけで答えなかった。
「次はその気にさせるよ」
「無理よ。私は貴方とは違う」
 フェネックと名乗る男は、明らかに人ではない。おそらく、ファニスの言っていた狐族だ。同類にされるのは不本意だ。
「どうだろうね」
 デティは、フェネックを睨む。それでも、フェネックは笑みを崩さず頭を下げた。
「では、次は舞踏会でお会いしましょう、竜の姫君」
「……舞踏会?」
 何故それがフェネックの口から出てくるのか。いぶかしむデティに答えず、フェネックは笑ったまま、霧のようにかき消えた。


 屋敷に帰ると、すでに夕食の時間だった。
 舞踏会の事を頼むのは後にして、デティはまず、着替えるために自分の部屋に向かった。部屋で着替えたデティは、ふと、思い立って寝室に向かう。
 ベッドの横にある剣、グロリアスを手にとる。真ん中にはめられた青い玉。それが“聖霊・グロリアス”の本体だ。
《デティ?》
「グロリアス、お願いがあるんだけど」
《何?》
「ちょっと、ファニス様に確認してきて欲しいの」
 そして、デティは、グロリアスに何かを呟く。
《……分かったわ》
「お願いね」
 そう言って、デティが手を開くと、一匹の青い蝶がヒラヒラと夜の空が広がる窓へと向かっていった。
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