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第二章
36. それぞれの思惑と謎
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目を覚ますと、キスができそうな程近くに、悲しみに顔を歪めたレオポルド様のお顔があった。
このお顔はあの時と同じだ……。
私がレオポルド様と初めて会ったあの日の、傷を負った私を前にしたレオポルド様のお顔と。
『もうこんな顔なさらないようにしてさしあげたいのです……』
そう言ったのはこの私だ。
それなのに私自身がまた辛そうなお顔をさせてしまうなんて……。レオポルド様との約束を破って、悲しませてしまうなんて……。
「わたくしは大丈夫ですから、そんなお顔をなさらないでください」
そう言おうとしたのに、掠れた声は言葉になってはくれなかった。まだ毒の影響でうまく体が動かない。
もっと強くなりたい……。
守ってくれる騎士たちを死なせないように……。
レオポルド様を悲しませないように……。
*****
あの後、トールキンにツッカーベルク侯爵を呼んできてもらうと大騒ぎになった。
グリーゼルはもう余命いくばくもないと診断されていたが、国王である父上の治療が優先されていたため、グリーゼルは助けることはできないと言われていたという。……何だそれは!
国王である父上が侯爵令嬢であるグリーゼルより優先されるのが仕方ないことは分かってるし、父上にも助かってもらいたい。しかしそれでグリーゼルが蔑ろにされるなど許せるわけがない。
しかし蓋を開けてみれば、グリーゼルは解毒され、侯爵は泣いて喜んでいる。
そして父上の治療はまだ続いている。
……続いている?
この国一番の医療班が集まっているのにかい?
ここで一旦思考を止め、まだ療養が必要なグリーゼルを侯爵に任せて部屋を出る。
グリーゼルはまだ目覚めたばかりだ。体の負担を考えると、話を聞くのは明日でもいい。
顎に手を当てて考え込んだレオポルドは、トールキンとシスを連れて歩きながら次の一手を考える。
隣国から持ち帰ったアコーニタムは燃やされてしまった。あれは元々バートランドの無実を証明するためのものだった。父上暗殺未遂の犯人がバートランドではないことは、恐らくグリーゼルが知っている。しかし毒の花を送った疑惑は晴らせていない。それに犯人も捕まえられたわけじゃない。
あとはシスからの情報にかかっている!
*****
俺は貴族が大嫌いだった。
俺自身が雇われた時に酷い仕打ちを受けたってこともあるが、妹を人質に無理矢理毒を作らされたからだ。
その貴族は平民ってだけで下等で、身分の高い自分は平民に何をしてもいいと思ってたようだった。
確かに身分が高いってことは権力があるってことだ。どれだけこちらが虐げられていようと、誰もお貴族様を咎めるヤツなんていやしない。
その時のトラウマから俺は貴族が大嫌いで、極力避けていた。
それがどうだ?
目の前に現れた王子様はこの国で国王の次に身分が高いってのに、それを鼻にもかけずに俺に頭まで下げてきやがる。
しかも対等に取引なんてしようとしやがった。
俺は目を疑った。
騙されてるんじゃねぇかってな。
だが青白い顔の王子様は本気だった。
本気で愛する人を助けるために、必死だったんだ。
妹を助けるために、必死だったあの頃の俺と同じように。
じゃあ助けてやるのもいいんじゃねえかって思えてきた。
まだお貴族様は嫌いだが、この王子様は嫌いじゃないと言える。
*****
トールキンが扉を開けると、豪奢な模様が彫り込まれている椅子にレオポルドは腰掛けた。その整った容貌と王子である彼の服装から完璧に調和している。
それに対してどう見ても平民が着る粗末なそれを身につけたシスは場違いな空気を感じていた。
紅茶を二人分用意していった侍女は、さすがは王城に勤めるだけあって、シスへの対応を変えたりしない。
侍女が礼をして扉を閉めたのを確認して、レオポルドは話し始める。
「ではシス。約束の情報教えてくれるかい?」
「ああ。結論から言うが、黒幕はディエゴ・ヴィルジール子爵しかあり得ねえ」
「ヴィルジール子爵……」
レオポルドはその名前を口の中で転がし、人物を思い出す。
確かエルガー陣営の一人で、使用人の扱いがひどいという話以外あんまり聞いたことはないな。
「まずディエゴの屋敷から数人灰色ローブが出て行くのを見た人がいる。その後にポートル通りで凡そ三十人の灰色ローブが目撃されてる。姫さんを襲ったのはきっとコイツらだ」
ポートル通りはツッカーベルク侯爵家から王城に行く時に必ず通る道だ。森に囲まれていて、大勢でも身を潜ませやすい。王城から続いている森だが、王城から離れていれば、そこまで警備もいない。
「その中でグリーゼルが襲われた毒の霧を出せる人物に心当たりは?」
「ソイツはディエゴ自身だな。俺が昔アイツに雇われてた時に無理矢理毒の作り方を聞き出された。アイツも木属性の魔力を持ってる」
レオポルドは驚いて、目を丸くしながら「君が?」と聞き返す。
「雇われてたと言ってもアイツには恨みしかねえ。俺の妹を人質にして強請るようなヤツだからな」
「大丈夫。君のことは疑ってないよ。ディエゴ・ヴィルジールなら最近王城に出入りしてた筈だ。グリーゼルを攫った連中を、王城に招き入れることもできる」
王城の警備は厳重だ。誰の手引きもなしに、怪しい連中の侵入を許すなんてことはありえない。
「……もしかして火属性も持ってる?」
「ああ、アイツは木属性と火属性の魔力を持ってた筈だ」
「そうか。じゃあ僕の部屋のアコーニタムを燃やしたのも彼だね。ところで最近騎士の装備が質に出されてる報告があったんだけど、捕まった騎士たちは無事だと思うかい?」
「五分五分だな。面倒なら殺しちまうかもしれねえ。だが屈強な戦闘奴隷として奴隷商に売りつけるつもりなら高く売れるところもある。それとは別にそういうのが好きな連中もいるしな」
レオポルドは「そういうのが好きな連中」と聞いて、ブルリと身震いした。想像したくない。
「コホン……なるほど。アジトは分かるかい?」
「ああ、ここだ」
そう言ってシスは目の前に広げられた地図を指さす。
レオポルドは細めた目に狂気を滲ませる。
「完璧だよ、シス」
そう言ってシスに向き直るレオポルドの目からは、もう狂気は消えていた。
トールキンを呼んで、金貨十枚を出させる。
それをしまうシスにレオポルドは、更なる取引を持ちかける。
「ところでシス、君僕と専属契約を結ぶ気はないかい?」
トールキンが更に二枚の金貨をテーブルに出し、「今月分でございます」と告げる。
「……は!?」
シスは目を見開いて、意味が分からないという顔をしている。
「君はとても優秀な情報屋だ。それに優しいしね。是非これからも僕を助けてほしい」
レオポルドは信頼を寄せる力強い笑顔で右手を差し出す。
恥ずかしそうに頭を掻いたシスは、満更でもなさそうだ。
「いや専属契約じゃなくて、優先契約ならいいぜ」
優先……?と少し肩を下ろすレオポルドにシスは続ける。
「情報屋ってのはいろんな人と契約することで情報を集めるのさ。専属じゃあ商売にならねえ」
「じゃあ……」
レオポルドが嬉しそうに顔を上げた時、シスはその手を握り返した。
「ああ。アンタは嫌いじゃねえ。俺が得た情報で必要なものはアンタに優先的に卸そう。それと王族絡みの情報操作も俺がしてやるよ」
「本当かい!? ありがとう」
嬉しそうにお礼を言うレオポルドに、シスが指を指す。
かなり失礼な行為だが、キョトンとした顔のレオポルドは何も言わない。
「そういうとこだよ。アンタ人誑しの才能あるんじゃねえか? 王様向いてるかも知れねえぜ」
レオポルドは「はは……」と笑って誤魔化すだけで、話題を逸らした。
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私がレオポルド様と初めて会ったあの日の、傷を負った私を前にしたレオポルド様のお顔と。
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それなのに私自身がまた辛そうなお顔をさせてしまうなんて……。レオポルド様との約束を破って、悲しませてしまうなんて……。
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守ってくれる騎士たちを死なせないように……。
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*****
あの後、トールキンにツッカーベルク侯爵を呼んできてもらうと大騒ぎになった。
グリーゼルはもう余命いくばくもないと診断されていたが、国王である父上の治療が優先されていたため、グリーゼルは助けることはできないと言われていたという。……何だそれは!
国王である父上が侯爵令嬢であるグリーゼルより優先されるのが仕方ないことは分かってるし、父上にも助かってもらいたい。しかしそれでグリーゼルが蔑ろにされるなど許せるわけがない。
しかし蓋を開けてみれば、グリーゼルは解毒され、侯爵は泣いて喜んでいる。
そして父上の治療はまだ続いている。
……続いている?
この国一番の医療班が集まっているのにかい?
ここで一旦思考を止め、まだ療養が必要なグリーゼルを侯爵に任せて部屋を出る。
グリーゼルはまだ目覚めたばかりだ。体の負担を考えると、話を聞くのは明日でもいい。
顎に手を当てて考え込んだレオポルドは、トールキンとシスを連れて歩きながら次の一手を考える。
隣国から持ち帰ったアコーニタムは燃やされてしまった。あれは元々バートランドの無実を証明するためのものだった。父上暗殺未遂の犯人がバートランドではないことは、恐らくグリーゼルが知っている。しかし毒の花を送った疑惑は晴らせていない。それに犯人も捕まえられたわけじゃない。
あとはシスからの情報にかかっている!
*****
俺は貴族が大嫌いだった。
俺自身が雇われた時に酷い仕打ちを受けたってこともあるが、妹を人質に無理矢理毒を作らされたからだ。
その貴族は平民ってだけで下等で、身分の高い自分は平民に何をしてもいいと思ってたようだった。
確かに身分が高いってことは権力があるってことだ。どれだけこちらが虐げられていようと、誰もお貴族様を咎めるヤツなんていやしない。
その時のトラウマから俺は貴族が大嫌いで、極力避けていた。
それがどうだ?
目の前に現れた王子様はこの国で国王の次に身分が高いってのに、それを鼻にもかけずに俺に頭まで下げてきやがる。
しかも対等に取引なんてしようとしやがった。
俺は目を疑った。
騙されてるんじゃねぇかってな。
だが青白い顔の王子様は本気だった。
本気で愛する人を助けるために、必死だったんだ。
妹を助けるために、必死だったあの頃の俺と同じように。
じゃあ助けてやるのもいいんじゃねえかって思えてきた。
まだお貴族様は嫌いだが、この王子様は嫌いじゃないと言える。
*****
トールキンが扉を開けると、豪奢な模様が彫り込まれている椅子にレオポルドは腰掛けた。その整った容貌と王子である彼の服装から完璧に調和している。
それに対してどう見ても平民が着る粗末なそれを身につけたシスは場違いな空気を感じていた。
紅茶を二人分用意していった侍女は、さすがは王城に勤めるだけあって、シスへの対応を変えたりしない。
侍女が礼をして扉を閉めたのを確認して、レオポルドは話し始める。
「ではシス。約束の情報教えてくれるかい?」
「ああ。結論から言うが、黒幕はディエゴ・ヴィルジール子爵しかあり得ねえ」
「ヴィルジール子爵……」
レオポルドはその名前を口の中で転がし、人物を思い出す。
確かエルガー陣営の一人で、使用人の扱いがひどいという話以外あんまり聞いたことはないな。
「まずディエゴの屋敷から数人灰色ローブが出て行くのを見た人がいる。その後にポートル通りで凡そ三十人の灰色ローブが目撃されてる。姫さんを襲ったのはきっとコイツらだ」
ポートル通りはツッカーベルク侯爵家から王城に行く時に必ず通る道だ。森に囲まれていて、大勢でも身を潜ませやすい。王城から続いている森だが、王城から離れていれば、そこまで警備もいない。
「その中でグリーゼルが襲われた毒の霧を出せる人物に心当たりは?」
「ソイツはディエゴ自身だな。俺が昔アイツに雇われてた時に無理矢理毒の作り方を聞き出された。アイツも木属性の魔力を持ってる」
レオポルドは驚いて、目を丸くしながら「君が?」と聞き返す。
「雇われてたと言ってもアイツには恨みしかねえ。俺の妹を人質にして強請るようなヤツだからな」
「大丈夫。君のことは疑ってないよ。ディエゴ・ヴィルジールなら最近王城に出入りしてた筈だ。グリーゼルを攫った連中を、王城に招き入れることもできる」
王城の警備は厳重だ。誰の手引きもなしに、怪しい連中の侵入を許すなんてことはありえない。
「……もしかして火属性も持ってる?」
「ああ、アイツは木属性と火属性の魔力を持ってた筈だ」
「そうか。じゃあ僕の部屋のアコーニタムを燃やしたのも彼だね。ところで最近騎士の装備が質に出されてる報告があったんだけど、捕まった騎士たちは無事だと思うかい?」
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レオポルドは「そういうのが好きな連中」と聞いて、ブルリと身震いした。想像したくない。
「コホン……なるほど。アジトは分かるかい?」
「ああ、ここだ」
そう言ってシスは目の前に広げられた地図を指さす。
レオポルドは細めた目に狂気を滲ませる。
「完璧だよ、シス」
そう言ってシスに向き直るレオポルドの目からは、もう狂気は消えていた。
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それをしまうシスにレオポルドは、更なる取引を持ちかける。
「ところでシス、君僕と専属契約を結ぶ気はないかい?」
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「……は!?」
シスは目を見開いて、意味が分からないという顔をしている。
「君はとても優秀な情報屋だ。それに優しいしね。是非これからも僕を助けてほしい」
レオポルドは信頼を寄せる力強い笑顔で右手を差し出す。
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「じゃあ……」
レオポルドが嬉しそうに顔を上げた時、シスはその手を握り返した。
「ああ。アンタは嫌いじゃねえ。俺が得た情報で必要なものはアンタに優先的に卸そう。それと王族絡みの情報操作も俺がしてやるよ」
「本当かい!? ありがとう」
嬉しそうにお礼を言うレオポルドに、シスが指を指す。
かなり失礼な行為だが、キョトンとした顔のレオポルドは何も言わない。
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小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
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