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第二章

37. アジト襲撃

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 翌日レオポルドはグリーゼルのお見舞いに来ていた。
 昨日は薬を飲んで目覚めたばかりで興奮させてしまったから、日を置いて改めて様子を見に来ることにしたからだ。

「レオポルド様、わたくしの為に薬をご用意くださったそうで、なんとお礼を申し上げたらいいのか……」

 レオポルドはあの時の唇の感触を思い出して、ちょっと頬が熱くなり、思わず視線を逸らす。
 グリーゼルはあの時のこと、覚えているんだろうか?と思ったが、さすがに聞くことなどできない。

「いや、僕こそ昨日は目覚めたばかりにすまなかったね」

 いえ……とグリーゼルは頬を赤くして俯く。
 これ以上この話を続けるとグリーゼルにまた負担をかけてしまう、と思って話を切り替える。

「具合はどうだい?」

「お陰さまで起きれる程度には回復しましたわ。歩くにはまだかかるそうで、数日は王城にご厄介になります」

「当然だよ……」

 と言ってレオポルドはグリーゼルの髪を撫で、そのまま下ろした手で頬を撫でる。

「本当に心配したんだ」

 目覚めなかったらどうしようかと……と囁いたレオポルドのその瞳は、グリーゼルが目覚めた時の顔と同じだった。

「またそのようなお顔をさせてしまいましたね……。わたくしがレオポルド様とのお約束を破ってしまったばっかりに……それに騎士たちまで……」

 グリーゼルは自分を守る為に犠牲になった騎士たちを想い、目を伏せる。

「大丈夫。……僕に任せて」

 真剣な眼差しでそう言うレオポルドは以前に増して凛々しく、そして恋焦がれそうになる……。
 そんな気持ちを振り払うように、顔を逸らして拳を持ち上げる。

「いえ、レオポルド様に守っていただくなんて恐れ多いですわ。わたくし強くなりますから。レオポルド様にあんなお顔は二度とさせませんわ」

「強く……? グリーゼルが?」

 目をパチクリするレオポルドに「はい!」と笑顔を返すグリーゼル。「無理はしなくていいからね。まずは身体を治すことだけ考えて」と結局心配されてしまった。

「ところでグリーゼル、フーワを借りたいんだけど」

「フーワですか? 構いませんけど」

 ベッドの脇のチェストからフーワを取り出して、レオポルドに手渡す。

「うん。ちょっと必要なんだ」

 にっこり笑ったレオポルドはそれ以上何も言わなかった。

*****

 夜の闇が一層静寂を濃くする深い森の中、髪を短く刈り込んだ騎士隊長は数人の部下を連れて闇に紛れていた。樹木数本分離れた場所には、他の隊員も紛れている。

 木々の切れ間に見える屋敷が、森の中に隠れるように建っている。屋敷からは薄らと明かりと話し声も聞こえ、中に少なくない人がいるのが分かる。
 ここにいる騎士は彼らだけではない。実に一個小隊ーーおよそ50人の騎士が屋敷を取り囲んでいた。

 その指揮を取るのは彼らを招集した王子であるレオポルドだ。
 レオポルドはフーワを使って、隊長たちに指示を出す。

「間もなく合図と共に屋敷に突入する。野盗一匹足りとも逃すな」

「「はっ!」」

 短く応答した隊長たちは、部下に突入と包囲の指示を出す。

 数秒後、夜空にオレンジの光が打ち上がる。突入の合図だーー。
 合図と共に騎士たちが一斉に屋敷の窓や扉を破壊して突入する。

『作戦はこうだ。僕が空に合図の光を投げる。逃走者を逃さないための騎士数人は出口付近に待機。他は中に突入。最優先は捕らえられている可能性がある騎士だ。証人を残すため野盗は出来るだけ捕縛。やむを得ない場合は殺しても構わない。騎士を発見したら音で合図してくれ』

 突入した騎士たちは当初の作戦通りに、野盗を縄や木魔法の蔓で捕縛していく。
 寝静まったであろう夜に奇襲をかけたため、野盗のほとんどはなんの抵抗をする暇もなく捕らえることができた。

 しかし時間が経つにつれ異変を聞きつけ、武器を持つ者、魔法で応戦してくる者が出てくる。

 騎士たちと同時に突入したレオポルドはそれらの武器を水魔法と風魔法の合わせ技で切り裂き、通り過ぎる。
 通り過ぎた後には、木魔法で野盗の足元から蔓を伸ばし無効化していく。

 中にはそれらを火魔法で焼き払い、応戦してくる者もいるが、後ろから追いかける騎士たちが難なく意識を奪っていく。
 そうしてレオポルドたちが通った後には、身動きが取れず団子のようになった野盗たちが並んでいた。その中の一人がポツリと零す。

「随分とお怒りだな。……あの女でも死んだか?」

 その瞬間、レオポルドから殺気が溢れ出すのを周りの騎士たちはビリビリと感じた。レオポルドの圧に、野盗が「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。球状の風魔法を練り上げ、それを片手に野盗に近づいていく。整った顔立ちはそのままで冷たい空気を纏い、狂気を孕んだ瞳で一歩一歩野盗に近づいていった。

「ひぃぃ……! や……やめてくれぇ!!」

 怯える野盗にあと一歩、というところで球状の風魔法を持つ手を掴まれる。

「殿下。地下を発見しましたよ。恐らく地下牢かと」

 レオポルドの手を掴んだままニコリと笑った男はニクラウス。闇魔法使いの権威で、研究所も持つ優秀な男だ。その後ろで「殺してしまいますよ?」と顔を青ざめているのは彼の弟子ラリー。今回グリーゼル襲撃班の捕縛に、ニクラウスは弟子たちを連れて協力を申し出てくれた。彼はグリーゼルの呪術の師匠である。弟子が襲われて心中穏やかではないだろうが、さすがは冷静な男である。

「分かった。すぐに行く」

 ニクラウスに続いて一階に降りたレオポルドは、階段下の扉から地下へ潜る。

 蝋燭の明かりだけがぼんやり灯る石畳の地下牢には、見覚えのある騎士六人が捕らえられていた。鎧や武器は取り上げられ、薄いシャツとズボン姿だが、多少傷がある程度で5体満足のようだ。

「殿下……申し訳ありません!!」

 頬に殴られたような傷がある騎士が床に手をついて頭を下げると、後ろにいた騎士たちも一斉に同じ姿勢を取る。

「グリーゼルお嬢様をお守りすることができず、殿下にお助けいただくなど、我ら処罰はいかようにでも!!」

 言い終わった後も頭を上げる様子はない。

「グリーゼルは毒に侵されたが無事だ。お前たちもよく生きていてくれた。処罰は一先ず後だ。動けるかい?」

「ハッ!!」

 レオポルドの護衛についていた騎士が、ガチャリと牢の鍵を開けると、捕らえられていた騎士たちは自ら立ち上がり、付いてくる……かと思った。しかし敬礼をして呼び止められる。

「殿下! ご報告があります! この屋敷の野盗に陛下暗殺犯が紛れています!」

「!! ……顔は見たかい?」

「我ら全員見ております。足手まといにはなりません。捜索に加えさせてください!」

「誰か予備の武器と装備を彼らに!」

 すかさず周りにいた騎士たちが予備の短剣や弓などを捕らえられていた騎士たちに渡していく。
 その間レオポルドは、フーワを使って騎士たちに呼びかける。

「野盗に陛下暗殺未遂犯が紛れている! 絶対に逃すな!」

「「「ハッ!!」」」

 ーーそれから程なくして、屋敷にいた野盗は捕らえ尽くした。

*****

 暗闇の中、男が一人走って逃げていた。

「ハァハァ……ここら辺までくれば大丈夫だろ」

 ハァと肩から息をついた男は、立ったまま膝に手を付く。辺りは薄暗く人の気配はない。しかしすぐにその背後から忍び寄る影に気付き、顔を上げる。屈強な騎士たちの目を掻い潜り、なんとか抜け道を通って逃げてきたのに、こんなところで捕まるわけにはいかない。

「誰だ!? ……なんだ、貴方でしたか」

 見知った顔に安堵するも、目の前の相手にも殺されないために必死で弁明する。

「だ……大丈夫ですぜ? 貴方のことは誰にも……ッ!!」

 しかし影は何も言わず、黒い闇を地面から伸ばして男の口を封じた。

「……むぐッ!?」

 男は目を見開いたままブルブルと震えるが、後ずさることさえできない。

「貴方に捕まってもらっては困るんですよ」

 少し口角を上げた影が手を翳すと、男を捕まえる闇が増えていく。

「んぐッ……んーッッ!!」

 ドプンッと闇が飛沫を上げたのと同時に、男が闇に飲み込まれて消えた。
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