呪いをかけた悪役令嬢、追放された先で呪われた辺境伯に甘やかされる

あるもじろ

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第二章

38. 真犯人

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 ギィ……と重厚な扉が音を立てて開くと、赤い絨毯の先に、この国の貴族たちが集まるのが見える。その中に騎士二人に囲まれたバートランド殿下のお姿も見える。しかし玉座にはこの国の国王の姿はない。

 ——そこにグリーゼルをお姫様抱っこした、レオポルド様が歩み寄る。

 ざわつく広間から「なぜご令嬢を抱いておられるのだ!?」とか「あのご令嬢は誰だ!?」とか「これは大スキャンダルだぞ……」とか聞こえるが、もう本当にその通りで恥ずかしくて顔を覆うしかできない。

 なぜこんなことになっているのかというと、数分前に遡る——。

*****

「グリーゼルの護衛をしていた騎士たちは助け出したよ」

 私が療養させてもらっているベッドの横で、柔らかく笑ってそう告げたレオポルド様に、私は目を見開く。

「本当ですか!?」

 死なせてしまったと思っていたから、あまりの驚きに前のめりになると、よろけてベッドから落ちそうになる。それをレオポルド様は優しく支えて、戻してくださった。一体私は何度ベッドから落ちれば気が済むのか……。

「よかった……。レオポルド様、ありがとうございます……。わたくしのせいで騎士たちが死ななくて……本当によかったですわ」

 優しく私の体を支えて、髪を撫でてくれるレオポルド様は、「この間はまだ生きてるか分からなかったから教えてあげられなくてごめんね」と謝ってくださる。本当にお優しくて……馬鹿なことをしてしまった自分が悔やまれる。

「これから彼らを連れてバートランドの無実を晴らしてくるよ」

 元々私が家を出て襲われたのは、バートランド殿下の無実を晴らすためだった。
 まだバートランド殿下の無実は晴れていないのであれば、私が証言しなければ……!

「わたくしも連れて行ってくださいませ。陛下を暗殺しようとした犯人の声を聞きました。どうか……」

 しかしこの時私は自分の体調を完全に過信していた。
 歩いて王城内くらいなら行けると思っていたのだ。
 しかしベッドから立ち上がり歩こうとした私はたった三歩でよろけ、レオポルド様に掴まることになる。

「グリーゼル……。ずっと寝込んでたんだから、まだ無理しちゃダメだよ」

「でも陛下暗殺犯の証言をしないとバートランド殿下の無実が……」

 歩けなくても侍女に支えてもらえば、なんとかなる筈だ。多分やれば出来た筈……。
 でもレオポルド様はそうさせてはくれず、私を横抱きにして、歩き出す。

「!!!? ……レオポルド様……!?」

「どうしても行くって言うなら、僕が連れて行ってあげるからね」

*****

 というわけで、有無を言わさぬレオポルド様に抱き抱えられて、謁見の間に集まった貴族たちの前にいるというわけだ。
 レオポルド様がその凛々しいお顔を貴族たちに向けて、話し始める。

「グリーゼル・ツッカーベルク侯爵令嬢が陛下暗殺未遂事件の時の声を聞いている。そのおかげで陛下を迅速にお助けすることができた。教えてくれたグリーゼル嬢と迅速に陛下を助けてくれたツッカーベルク侯爵にまずは礼を言わせてもらう」

 玉座の近くにいらしたお父様が、丁寧に礼をしてそれを受ける。私が目覚めた時よりお父様も大分顔色も良くなっているようで、少し安堵した。私の一声で迅速に陛下をお助けしてくださったお父様には本当に感謝している。
 周りの貴族たちからはパチパチと拍手が流れる。

「グリーゼル嬢には陛下暗殺未遂事件の証言していただくため、病床の身でありながら来てもらった」

 集まった貴族たちがまたざわめき出す。

「愛人ではなく、証言させるために連れてきたのか」
「ツッカーベルク侯爵のご令嬢と言えば、襲撃され毒に侵されて余命いくばくもないという話では?」
「だが実際に目の前におられるぞ」
「まだ歩けないほどお悪いのか……」
「でも何故殿下が!?」

 各々が好きなように懸想する中、私は小声で訴える。

「……あの……レオポルド様。降ろしてくださいませ」

 私を降ろしてくださったレオポルド様は、「静粛に!」と声をかけて、私に発言を許してくださる。

「わたくしが陛下と魔道具でお話ししている最中に、陛下は襲われました。その時犯人の声が聞こえましたが、バートランド殿下のお声ではありませんでしたわ。それに犯人はバートランド殿下に罪を擦りつけるようなことを言っていました。犯人がバートランド殿下ではないのは、明らかです」

「たかが女一人の証言が信用できるか!」

 突然聞こえた声は大勢に紛れて、誰かまでは分からない。レオポルド様は群衆を睨みつけ、凍りつくような声で淡々と擁護する。

「グリーゼル嬢は侯爵令嬢だよ。たかが女だなんて言っていいような女性じゃない。それに陛下暗殺未遂の直後に襲われたんだ。知っていたから襲われた……と考えれば、その証言の真実味はここにいる誰よりもある、と思わないかい?」

 再び群衆がざわつき始める。

「確かに」
「先程の声は誰だ? 不敬な!」
「お可哀想なグリーゼル嬢……」
「だが毒の花は? グリーゼル様も毒の花にやられたとか……」
「第一発見者がバートランド殿下という話だぞ」

 雲行きが怪しくなってきた。
 私の証言では、バートランド殿下の無実を晴らすことはできないのかしら……。

「ありがとう、グリーゼル嬢。では次に僕の話を聞いてもらえるかな?」

 そう言ってレオポルド様は、群衆に向き直る。
 ヒソヒソ話をしていた声はピタリと止んだ。

「最初にアコーニタムが毒の霧を出してから、僕は隣国まで行ってアコーニタムについて調べてきた。アコーニタムには毒性はないことが分かった」

 後ろに控えていた従者がガラスケースに入ったアコーニタムを群衆に見せると、調査の結果を大臣に手渡す。

 ——シンッと静まり返る広間で、一人の大臣が前に出て「発言の許可を」と礼をする。

「どうぞ」

「最初に毒の霧が出てからでは、まだ十日も経っていません。隣国までは馬車でも片道十日。とても計算が合いません」

「僕は風属性の魔力が人より多いからね。風魔法で飛び続ければ片道三日もあれば隣国まで行けるよ」

「! ……なるほど……。殿下の風属性の魔力の噂は聞いたことがあります。失礼なことを申し上げました」

 「構わないよ」と軽く返事をして、レオポルド様は続ける。

「アコーニタムから毒を出すには特殊な方法が必要で、できる人は限られる」

 そう言って合図すると、再びギィ……と扉が開き、騎士二人が灰色のローブを被った男を連れてくる。私の護衛騎士をしてくれた彼らだ。
 本当に生きていてくれたんだ……と目頭が熱くなる。

「彼は先日捕らえた、陛下とグリーゼル嬢を襲った犯人グループの一人だ」

「……なんだとっ!?」
「まさか捕らえたのか!?」
「なんという指揮能力……!」

 レオポルド様は灰色ローブに向き直り、問う。

「君が陛下を暗殺しようとした犯人だね?」

 灰色ローブは怯えた様子で、何度か口をパクパクしたあと、絞り出すように「は……いぃ……」と答えた。

「陛下暗殺の指示を出したのは?」

「……ディエゴ・ヴィルジール子爵」

「ではお前を王城へ招き入れたのは?」

「……ディエゴ・ヴィルジール子爵です」

 灰色ローブは震えながら、続く問いに答える。

「花から毒の霧を出したのは誰だい?」

「ディエゴ・ヴィルジール子爵です!!」

 灰色ローブはもう辞めてくれと言わんばかりに顔を背け、同じ名前を口にする。
 貴族たちが真っ二つに割れ、その奥に狼狽えるディエゴ・ヴィルジール子爵が見えた。

「さて……一つだけでも死罪になる罪が既に三つ上がったわけだけど、何か申し開きはあるかい?」

 次の瞬間、ヴィルジール子爵は歯をギリリと鳴らして「このッ」と両手から火の槍をレオポルド様目掛けて放った!
 謁見の間にいた淑女たちから、「キャアァ!!」と悲鳴が次々と上がる。
 足元を見ると、レオポルド様の足には蔓が絡みつく、これでは身動きが取れない。
 灰色ローブを捕まえていた騎士一人が慌ててレオポルド様の前に出たが、レオポルド様が涼しい顔で出した水の球がアッサリと火の槍をかき消した。ジュウゥと火が消える音と共に煙が上がる。
 レオポルド様が短く「捕らえろ」と命令すると、すぐに別の騎士が来てヴィルジール子爵を拘束していく。

 そこに再びギィ……と重い扉が開く音がする。
 今度は誰も呼んでない。
 たった今レオポルド殿下傷害事件があったばかりだというのに、誰もがその扉に釘付けになった。
 他でもない国王陛下その人が、エルガー殿下に支えられてそこにいたからだ。

「な……なぜ国王が生きている……。あの毒は解毒できないはずだ!!」

 ヴィルジール子爵は拘束されたまま、目を見開いて叫ぶ。

「皆には心配をかけたな。この通り、なんとか私は生きている。レオポルドの解毒薬のお陰でな」

 陛下から目を向けられたレオポルド様は、恭しく礼をして事の真相を明かした。

「陛下に使われた毒はグリーゼルに使われた毒と同じ物でした。あれだけ手を尽くしているのに回復しないのはおかしいと思ったんです。解毒薬をもう一つ作らせて陛下にも飲んでいただいたので、少しすれば完全に回復されるかと」

 ヴィルジール子爵の顔を絶望が覆い、その場に崩れ落ちる。陛下のご無事が確認されたことで、彼がしたことは全て未遂に留まり、尚且つその全てが白日の元に晒された。

「レオポルドとグリーゼル嬢も無事で何よりだ」

 私は片膝を曲げて陛下に礼をしよう……としたら、ぐらりと体が傾いた。まだ本調子でなく数歩歩くこともできなかったのに、ほぼ片足立ちになるお辞儀は満足にできないようだ。
 すぐにレオポルド様がまた私を横抱きにする。

「きゃ……レオポルド様、その……陛下に失礼ですし……恥ずかしいです」

 私は小声で抗議する。

「だってもう立ってるのも辛いだろう?」

 確かにまだ体調が万全じゃないからか、立っているだけでも辛い。それでも公の場であれば、侯爵令嬢として退出するまで気丈に振る舞う程度の矜持は持ち合わせている。
 「大丈夫です」と断るが、レオポルド様は降ろしてくれない。その上陛下もなぜか嬉しそうに「よいよい、そのままで」と言ってくだされば、もう抗議することもできない。

「私も長くは話さんからな」

 そう言って陛下はバートランド殿下の方に向き直る。

「バートランド・ヴァン・メイヤー殿、我が国の者の不始末で貴公に冤罪の疑いをかけてしまったこと、深くお詫びさせていただく。後日貴国へも正式な使者を立て、謝罪しよう」

「勿体ないお言葉です。私自身は不当な扱いなどされておらず、むしろ貴国との不和ばかりが気がかりでした。我が国にもそのように伝えさせていただきます」

「寛大な言葉、感謝する」

 それから程なくして「早々で悪いが、体調もまだ回復しきっていないので、これで失礼する」と陛下はエルガー殿下に付き添われ、退室された。

 レオポルド様は「グリーゼルももう休んだ方がいい」と私を横抱きにしたまま、謁見の間を後にした。
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