護衛兼執事とお嬢様

佑羽

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4,ダンスパーティー

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「はぁ……」

  今日何度目か分からない溜め息。
  窓を少しだけ開き、揺れる馬車の中から大きく息を吸い込む。

  お母様やお父様の言い分も分かる。
  私が早く婚約し、安心させてあげたい気持ちもないわけではない。
  だが、自分が自分でないまま、婚約はしたくなかった。
  
  私は……。

「イヴ様。そろそろお着きになりますよ」

  外に乗っているノアの声が聞こえる。

「えぇ」

  確かに、もう随分乗っている。
  暇という気持ちより遥かに、ダンスパーティーをどう抜け出すか、そればかりを考えている。

  景色をぼんやり見つめてしばらくすると、馬車がゆっくり止まった。

「イヴ様、下りますよ」

  ノアが自然に手を差し出す。
  その手を軽く握り、足元に気をつけて下りる。

「とてもお綺麗ですね」

「お世辞なら言わなくて良いのよ」

「お世辞じゃないですよ」

  明らかに私が不機嫌だから、ノアはそう言ったのだろう。
  改めて大きなお城を前にすると、足がすくむ。

「奥様と御主人様はもう中に入っているみたいですね。イヴ様の気持ちが整い次第、入りましょう」

「そうね……でも、もう良いわ。早く挨拶を済ませたら、バルコニーでお茶でもするわ」

「良いですね。では行きましょう」

  大きな扉を、ノアは丁寧に開けた。
  扉を開けると、賑やかな声が耳を突き抜けた。
  しばらくすれば静かになるだろう、だが、挨拶を済ませておかねば後々面倒臭い。

  会場を見回すと、両親はたくさんの人達に囲まれている。
  話し掛ける余裕はありそうになく、休憩できそうな場所を探す。

  その時。

「イヴ?」

「……アドルフ…‥王子」

  嘘でしょ。
  1番の挨拶がアドルフ王子だなんて。

「久し振りだな。横の奴は……」

「イヴ様の護衛です」

「護衛なんて、随分大袈裟だな」

  何を言いたいのかが分からない。
  彼が本当に気にしていないのか、はたまた私を恨んでいるだろうか。
  そればかりが頭の中を駆け巡る。

「見つかったのか、婚約者は」

「……まだ、見つかってはない、ですけど」

「奇遇だな、俺もだ」

  アドルフ王子と婚約したいなどの気持ちは微塵もないし、あっちもそんな風には見えない。

「婚約破棄した理由、聞かせてくれないか」

「婚約破棄して、本当にごめんなさい……だけれど……貴方とは無理だと思った、ただそれだけなの。理由も伝えてなかったわね」

  理由など言えなかった。
  その時は自分で精一杯だったから。

「そうか。俺もこれで、はっきりけじめがついたよ」

「え?」

「ずっと気になってた。他の奴と婚約しようとしても、二の舞になるんじゃねぇかってな」

「幸せになってくださいね、アドルフ王子」

  今までの、精一杯の感謝の気持ちを込めて、アドルフ王子に言葉をかける。

「そっちこそ」

  アドルフ王子は、どこか物寂しげな瞳を彷徨わせながらも、口角をあげた。

「では、失礼する」  

「イヴ様、良かったのですか?」

「復縁するつもりなんて無いの。私は婚約なども……当分するつもりもない」

「そうですか……」

  私は弱い。
  そう思い知らされた気分だ。 
  アドルフ王子は、私に気持ちをぶつけ、私の気持ちを聞いてくれた。
  なのに私は。
  アドルフ王子に本当の理由を話せなかった。

  その時、綺麗な音楽が鳴り響いた。

「ダンスのお時間ですね」

「……そうね。どうしようかしら」

  ダンスの時間を潰せる相手はいない。

「なぁ。俺と踊らないか?」

「貴方は……誰?」

  いきなり目の前に現れた王子。

「ブライアンだ」

「あぁ、初めまして、ブライアン王子」

  彼はよく知らないが、名前は聞いたことがある。
  隣の隣の国の王子だとかなんとか。

「お前はあれだろう、アーヴェン家の」

「分かってくださっているなんて光栄です」

「アーヴェン家は有名だからな。知らないやつはいないだろう」   

  この人も、そっちのタイプね。
  私の肩書きだけにしか興味はないでしょう。

「ブライアン王子、お誘い有り難く思います。ですが私……ダンスのお相手は既に約束してしまいましたの」

「どいつだ?見当たらないだろう」

「後から来ますわ。今は席を外しているの」

  嘘をつくのは心苦しくはあるが、ブライアン王子と踊るよりよっぽど楽だ。

「そうか、では見ていよう。楽しみにしているからな」

「いえ、そんな……」

  嘘がばれてしまう。

「ではな。失礼する」

「イヴ様、ダンスのお相手、いらっしゃったんですか?」

「いるわけないでしょう……その場しのぎの嘘に決まってるじゃないの。どうしようかしら」

「今から見つけますか?ですが……」

「ほとんどがもう相手が決まっているわね」

「困りましたねぇ」

  下手に嘘をついてしまったことを後悔しながら辺りを見回すが、ブライアン王子は不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
  まるで謝りに来いと言っているかのような立ち振舞いに、青筋が浮き立つ。
  尚更踊りたくなくなるではないか。

  ひたすらに時間が過ぎるのを待ちたいところだが、約束をしていると言った割には相手がいないとは、ブライアン王子に弱味を握られるようなものである。

「ノア、合わせて」

「お嬢様……!?」

  私はノアの手を引き、ダンスの形になった。

「ノアも、ダンス踊れるでしょう」

「ですが……私は護衛で…‥」

「良いのよ。私からのお願いよ。駄目?」

「……イヴ様が良いなら、私は大丈夫です」

  ノアは優しく私をエスコートしてくれる。
  ステップの踏みも人並み以上であり、とても自然な流れに感じられる。

「上手なのね」

「アーヴェン家に仕える者として、このような社交場で恥をかかないためでありますが、多少は嗜みでもありますからね」

「そうなのね」
  
  5分ほどのダンスが終わり、音楽が止まる。

「そういえば婚約相手を探しに来たのでは?」

「そんなつもり、私は微塵もないの。お母様達が勝手に言っているだけよ」

「イヴ様ならすぐに見つかりますよ。お美しいですからね」

「お世辞はいらないの、それに……私が私じゃない限りは、誰とも婚約なんてできない」

  最後の言葉は尻すぼみになり、聞こえていないだろう。
  その時だった。

「おい」

「ブライアン王子……」

「ダンスの相手はこいつか?正気じゃねぇだろうな。相手が来ないからって、下級な奴と踊ったのか?アーヴェン家に泥を塗ったな」

「あら、どういうことかしら?」

  嘲笑うようなブライアン王子に、私は冷徹な目を向けた。
  お母様とお父様にばれたとは思えないし、周りの人も私達が端で踊っているところなんて見ていないはずだ。

「釣り合うはずがねぇだろ。なんでそんな奴と踊るんだ。俺と踊れば良かっただろう。約束も違うじゃないか。相手はいなかったんだろ?」

「誰と踊ろうが私の勝手でしょう。それに私は王子と踊るなんて一言も口にしていないわ。私はノアと踊ることを決めていたの。ノアをそんなに悪く言わないで頂戴」

「お嬢様……」

  段々腹が立ち、苛立ちが増えていく。

「護衛と踊るなんて、惨めだな。仕えている者という時点で、次元が違うだろ」

「私、貴方みたいな人が1番嫌いなのよ。立場や権力に溺れるような人。どうせ私とダンスを踊ろうと誘ったのも、アーヴェン家だからでしょう。そうでしょう?」

  詰めるような口調で言うと、ブライアン王子は、再び鼻で笑った。

「それ以外に何の理由があると思ってんだ」
 
「……っ」
 
  分かってはいた、分かってはいたけれども。
  いざそれを口にされると、自分という存在は他の人からして大切な訳ではない、所詮アーヴェン家の人間としてしか見られないと分かる。

「お前だって権力に溺れてるだろう。アーヴェン家の後ろ楯があるからそうやって言ってるんだろ。俺だけじゃない。お前もだ」

「違……私は……!」

「何が違う?言ってみろ」

「私は、私は……」

「これ以上お嬢様を傷つけるような言動は辞めていただけますか、ブライアン様」

「これはお前の問題ではない。俺とこいつの問題だろ。口を挟むな下民が」

「そんな言い方ないでしょう!」

「そう言う時点で下に見てるだろう?」

  そんなつもりはない。
  だが彼にそう見えているということは私がそうしてしまっているということだ。

「私が悪かったわ。失礼するわね、ブライアン王子」

  踵を返し、高いヒールの音を響かせながらホールを後にした。

「はぁ……ごめんなさい、ノア」

「いえ。こちらこそ、私なんかを庇ってくださいありがとうございます」

「当たり前よ」

  柔和な笑みを浮かべたノアを見返し、私も微笑んだ。
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