生まれる前から隣にいた君へ

紫蘭

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物語の始まりと終わり

sideA 後編

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「あー、もう!うまく引けない!」
 手に持っていたアイライナーをソファーにポイッと投げ出す。
 今日は2年ぶりにあいつの母親、ゆみさんと会う日だ。
 結局あいつが来るかどうかは、当日になっても分かっていない。
 あいつが来るのかどうかは置いといて、せっかく久しぶりに会うのだからと私は朝からコスメと格闘している。
 母は急な仕事が入ったとかで朝早くに出ていった。ランチには間に合うように頑張ると言っていた。
「やば、遅刻する」
 アイラインは諦めて、用意してあったバッグを掴み家から飛び出す。
 待ち合わせは品川駅。今から行けば時間通りに着くはずだ。
 あいつは来るのだろうか。来るとしたら何を話すのだろう。
 ぐるぐると頭を巡る思考を、美味しいランチへと強制的に切替える。
 ゆみさんが選んだお店は、どれもオシャレで美味しそうで、選ぶのに時間がかかったが、最終的にイタリアンのお店に決まった。
 スマホでお店のインスタを開き、メニューを確認する。トップにでてきた春野菜とベーコンのパスタが美味しそうと目星をつける。

 そうこうしている間に電車は品川駅へと到着した。
 改札を出て、ゆみさんを探す。
 休日の品川駅は人で溢れていて、待ち合わせには難易度が高い。
「あ、いた」
 人混みの隙間に懐かしい横顔が見えた。
「ゆみさん!」
「わー!久しぶり!お姉さんになったね、。全然わからなかった」
 こちらの姿を目に止めると、ゆみさんは手を振りながら早足でやってきた。
「久しぶり!ごめん、お母さん仕事でちょっと遅れるって」
 お姉さんという言葉に、心が少し浮き立つ。大人っぽくなった。そう言ってもらうために朝から2時間以上かけて身支度をした。慣れないメイクもYouTubeを見ながら何とかした。中学時代は肩で切りそろえていた髪も、今では胸の位置まで伸びたので、コテを使って緩く巻いた。
 昨晩悩みに悩んだ服は、結局紺色のワンピースで落ち着いた。
「大丈夫!さっきLINE来てたよ。こっちもね、うちのに声かけたけど、やっぱやめとくって」
 あいつの姿がないことにソワソワしていた私は、来ないと聞いて少しだけほっとした。
「先お店行っててって言われてるから。行こ!」
 ゆみさんの言葉に頷き、後に続く。

 お店はインスタの通り、オシャレで落ち着いた雰囲気だった。
「ほんと久しぶりだね。2年ぶり?もう高校3年生だもんね。彼氏とかいないの?」
 いきなりぶっ込まれた話題に思考が停止する。
「すごく大人っぽくなってるし、モテるんじゃない?」
「そんなことないよ。今は部活一筋かな?」
「そっかー、うちのも部活部活って言ってるわ。あ、写真見る?」
 見せてもらった写真の中で、あいつはサッカー部のユニフォームに身を包み、クシャッとした笑顔を見せていた。
「ついでにLINEも教えちゃお」
 ピコンとスマホの通知がなり、ゆみさんからあいつの連絡先が送られてきたことを知らせる。
「あ、LINE教えちゃっていい?」
 私の連絡先も勢いであいつに送られる。
 あんなに一緒にいたのに私たちは初めてお互いの連絡先を手に入れた。
 そんなことをしていると、遅れていた母がやってきて、話に花を咲かせ始めた。
 私は2人の邪魔にならないように本日のお目当てだった春野菜とベーコンのパスタに舌鼓を打つ。
 ところどころ話に上がるあいつの近況を聞きながら、ランチ会はあっという間に終わった。

 家に帰ってあいつのLINEを開く。
 友達追加は迷った末にまだしていない。
 トプ画は沖縄で撮った写真のようだった。
 少し大人っぽくなったけれど、笑顔だけは変わっていない。

 ゆみさんには言わなかったけれど、実は私には今、彼氏がいる。
 同じ吹奏楽部の1つ上の先輩だった人。今は卒業して、大学生となっているが、変わらず私を大切にしてくれる人。クシャッと笑う顔が少しだけあいつに似ている人。

 先輩と付き合って、私は初めて“恋”をした。
 “恋”とは楽しいことだけじゃなく、苦しくて、悩んで、その時間すらも愛しいものだと知った。
 そして気づいた。私たちの間にあったのは“初恋”ではなかった。
 隣にいるのが当たり前で、それを周りに合わせていくために“恋”にするしか無かったのだ。
 私たちの間にあったものはそう簡単に分類できない何か。
 無理やり分類するのならば、“家族愛”が近いかもしれない。

 あいつのことは大切だ。それは今も変わっていない。
 あいつとすごした日々は、それのそ、初恋なんてものよりキラキラしていたし、甘酸っぱい想い出も沢山ある。
 これからもきっと、使われることの無いカチューシャとシュシュはジュエリーボックスの中で眠り続けるだろう。

「一颯」
 そう書かれたLINEを追加の欄を押さずに閉じる。

 明日は久しぶりに先輩とデートだ。早めにお風呂に入って、スキンケアに時間をかけたい。
 踊る心を抑えつつ、あいつも幸せだといいな、と東京のどこかにいるあいつに思いを馳せた。
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