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母と子①

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 ガチャ

 肩にくい込んだ重たい鞄を椅子の上に下ろす。
 家はシンと静まり返っている。
 そーっと音を立てないようにりつの部屋へ向かってドアを開ける。
 ベッドの上にはすやすやと寝息をたてているりつ。
 その寝顔に1日の疲れがふーっと溶けていく気がする。

 リビングに戻ると、先程は気づかなかったが、机の上にお皿が置いてあるのが見えた。
 今日のお昼ご飯に用意したのはお弁当だし、夕食は冷凍のパスタのはずだから食べ残しという訳では無い。朝ご飯のお皿は綺麗に洗って、籠の中のにある。
 不思議に思って近づくとお皿の横にメモがあった。

『友達に作り方を教わった。甘くて美味しいよ』

「いつの間にこんなもの作れるようになっちゃったの」
 ラップをとって、一欠片口に放り込むとしっとりとした濃厚なチョコレートの甘みが口いっぱいに広がった。
「美味しい」
 言葉と共に涙まで零れる。
 りつの母親は、そのまましばらく、そこに立ち尽くしていた。


 翌朝、りつが目を覚ますと、いつものように母親はいなかった。
 リビングには朝ご飯の目玉焼きとソーセージ、それからメモが1枚。

『ごちそうさま。とっても美味しかった!今度お母さんにも作り方教えてね。明後日はお休み取れたから一緒に出かけよう』

 寝起きのりつの頭が一気に覚める。
「おやすみ?!」
 お母さんが休みなんていつぶりだろう。とりつは思う。そしてカレンダーを見て気づいた。
 そうか、明後日はあの日だ。
 りつの人生が変わった日。
 なら、行先もおのずとわかる。
「ワンピース出しとこうかな」
 この1年で少し背丈も伸びたし、もしかしたら丈が短くなっているかもしれない。ずっとクローゼットの奥で眠っていたものは着る前に風を通しておくことが大事と昔教わった。
「あ!そうだ」
 もう1つりつは思いつく。
 またお菓子を焼こう。確か戸棚の奥にりつの父親が好きだったラム酒があったはずだ。
 レシピはきっとレーゲルに聞いたらいいものを教えてもらえるだろう。
 ガサゴソと戸棚を漁り、お目当ての瓶を見つけると、りつはそれを抱えたまま時の歌を歌った。
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