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母と子②

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 2日後、りつはいつもより30分ほど早く目覚めた。
 自室の扉を開けるといい匂いが漂ってくる。
 キッチンには珍しく、りつの母親の姿が見えた。
「お母さん。おはよう」
「りつ、おはよう。朝ご飯何がいい?いつも作り置ばかりだから、リクエスト聞くよ?」
「んー、朝ご飯はなんでもいいけど、昼か夜にお母さんのオムライスが食べたい」
「了解!顔洗ってらっしゃい」

 数年前にタイムスリップしたような、普通の朝の風景にりつは思わず泣きそうになる。
 ちょっぴり出そうになった涙は、目を覚ますための冷たい水で一緒に洗い流した。

 2人で朝食を食べて、りつは用意してあったワンピースに着替える。
 2年前に買った黒のワンピース。サラッとした生地で出来ているものの真夏には少し暑い長袖。
 袖を通すとプリーツ状のスカートが静かに揺れた。
 リビングには同じように黒いワンピースとジャケットで身を包んだりつの母親がいる。

「行こうか」
 差し出された右手をそっと握り、りつは家を出た。
 ジリジリとアスファルトを焼く太陽が、容赦なく2人にも照りつける。
 繋がれた右手はじっとりと汗ばんでいく。
「もう手を繋いで歩く年じゃないんだよ」という言葉はどうしても出てこなかった。

 電車で30分。
 今日、りつは父親に会いに行く。
 春は桜、秋は紅葉が美しい霊園でりつの父は眠っている。

 持ってきた掃除用具で墓石を磨き上げ、雑草を取る。
 服を汚さないように気をつけながら、丁寧に。
 掃除が終わったら、お花を飾り、お線香をあげる。

 りつは持ってきた黒いショルダーバッグから包みを取り出した。
「りつ、それなに?」
「お父さんにあげようと思って作ってきたの」
 透明な袋に包まれ、青いリボンでラッピングされた中身は昨日りつが時の館で作ったラムレーズンのパウンドケーキだ。
 りつの父はお酒が好きだった。
 毎日飲むわけではなかったが、特別な日に戸棚の奥にしまってあるお酒を飲むのを楽しみにしていた。
 せっかくだしお父さんのために何か作りたいと思い、ラム酒を持ってレーゲルのもとへ行ったら、一緒に作ってくれたのだ。
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