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第1章
33 呪い
しおりを挟む目の前で起こった出来事に混乱しているシャウとイラザの元に、やっと母さんが現れた。
「何、どうしたの?」
母さんの声に、シャウは混乱したまま言い募った。
「かあさん、母さん! あの、呪いが」
「ああ、そうね。すぐにラオスを治すわね。…どうしたの?泣いてたの?」
「そうだけど、そうじゃない。呪いが消えたの!」
「呪いが消えた?」
母さんがラオスに近寄ると不思議そうな顔をした。
「まだあるじゃない」
「そうだけど、そうじゃないの! 涙で呪いが消えたの!」
「涙で?」
「そう、僕の涙で」
それを聞いた母さんは息を飲んで目を見開いた。
「まさか、…でも、…やっぱり……」
「やっぱり?」
「シャウはあの時呪いの花を触っただけで…、浄化したことがあるけれど……まさか…」
母さんは何かを考え込んでいるようで、シャウに言った言葉ではないようだった。
それよりも母さんが言った言葉が耳から離れない。
──僕が触っただけで浄化した?
──呪いを?
──じゃあ、ラオスを治せる?
可能性があるならすぐに治したくて、深く考えずラオスの顔にある呪いに右手で触れた。
「シャウ?!」
イラザの焦った声が聞こえたけれど気にしなかった。
呪いに触れた手のひらからぞわりとしたモノが這い上ってきた。
腕の中を這いずるように浸蝕してきたモノが気持ち悪かった。
「なんて無茶をしているの!!」
母さんがイラザの声で我に返ったのか、シャウを羽交い締めにして右手を剥がす。
そして、シャウの手のひらを見た。
そこには呪いによって黒ずむこともなく、シャウの手のひらは綺麗なままだった。
ラオスの顔を見れば、シャウの手の形で黒い部分が薄くなっていた。
背中越しに母さんの口から大きな安堵のため息が聞こえた。
と同時に、側に居たイラザの口からも大きな安堵のため息が聞こえた。
母さんに身体の向きを変えられると、僕を見つめる母さんはすごく怒っていた。
さすがに僕の母さんだけあって、なんでこんなことをしたのかは分かっているようだ。
「ごめんなさい」
「本当に無茶ばかりして……」
「でも、呪いが浄化できるなら早く治したかったんだ」
「それでも、母さんがいるんだから母さんに任せればいいでしょう」
「そうだけど、僕が治せるなら治したかったんだよ」
「…………」
僕の目を見た母さんは視線を伏せて考え込み、もう一度シャウを見ると確認するように聞いてきた。
「どうしても自分でラオスを治したいのね?」
「できる可能性があるなら」
「………分かったわ。今回は母さんも側にいるからやってみなさい」
「はい」
ラオスの側に立つと、向かい側に立った母さんが注意してきた。
「ただし、少しでも違和感があったら止めるのよ」
「はい」
シャウは唾を一度飲み込むと、ゆっくりラオスの顔に手を伸ばす。
さっきは勢いで触れたので何とも思わなかったけれど、あらためて呪いに直接触れることに怖くなった。
でも、呪いが消えたところも見たし、母さんが側にいるから大丈夫だと気合いを入れる。
張り詰める緊張感の中、シャウはゆっくりとラオスの顔にある呪いの部分に触れた。
触れた手のひらから、またぞわりとしたモノが這いあがってきた。
(消えて…、消えて…、ラオスの中から消えてなくなって)
気持ち悪さに耐えながら、強く念じた。
すると、這いあがってきた気持ち悪いモノがなくなり、シャウから何かがラオスに流れ込んで行く感覚があった。
その感覚のまま手を滑らせると呪いの部分が綺麗に消えている。
その事実にやっと実感が湧いてきた。
慎重に残りの呪いに手のひらを当てる。
シャウの中から流れ込んでいたものがなくなったので、ゆっくりと手を離した。
ラオスの顔から呪いが消えていた。
あとは、ラオスが目を覚ますだけ。
シャウは、一抹の不安を感じながらもラオスの変化を見逃すまいと見つめる。
横たわるラオスの顔に血色が戻ってきた。しばらくすると、瞼が痙攣してゆっくりと動く。
そして瞬きを何回か繰り返すと、僕を見つめた。
ラオスの目に僕が映っていた。
「…シャウ」
口をゆっくりと動かし、僕の名前を呼ぶ。
「ラオス!」
横たわっているラオスに勢いよく抱きついた。
「よかった、……っ」
シャウの目から涙が溢れた。
ラオスはシャウに抱きつかれたまま上半身を起こす。
そして抱きついて泣きじゃくるシャウの背をあやすようにたたいた。
「シャウ」
ラオスの呼びかけに、顔をあげると目の端に流れる涙を吸い取るようにラオスの唇が触れる。
ラオスの身体が温かくて、心臓の鼓動が聞こえて、ラオスが生きていることを実感できた。
それに安堵して流れる涙がなくなると、目元に触れる唇がくすぐったくなってきた。
「ふふっ」
くすぐったさに笑っていると、ラオスも僕の目元に唇を触れたまま笑う。
それがまたくすぐったくて、また笑ってしまった。
「いい加減にして下さい」
後ろから地を這うような恐ろしい声が聞こえて、ラオスから引き離されると後ろから抱きしめられた。
後ろを見上げると、イラザがすごく不機嫌そうな顔をしてラオスを睨みつけていた。
そして、母さんが呆れたようにシャウを見ていることに気がついた。
完全に2人の存在を忘れていた。
さっきまでの自分の行動を思い返すと、普段では考えられないあり得ないことをしていたことに顔から火が出たのかと思うくらい熱くなった。
「…ごめんなさい。嬉しくて……、今はそんなことをしてる場合じゃないよね」
「まあ、嬉しい気持ちは分かるからいいのよ」
と、母さんは言いながらもイラザを窺うように視線を送る。
それが気になり、イラザを見上げるとまだ不機嫌そうな顔をしていた。
「イラザ、ごめんね。浮かれる時じゃなかったよね」
いつもイラザはマナーを大切にって言ってるもんね。
イラザから見たら僕の行動は常識知らずに当てはまるもんね。
そりゃ、怒るよね。
イラザに謝ると、眉間にしわを寄せた後大きなため息を吐いた。そして眉間を指で揉みほぐしてからシャウを見つめる。
「シャウに怒ったわけじゃありません」
まだ不機嫌さを少し感じるけれど、確かに僕には怒ってるわけじゃなさそうだった。
疑問を感じると、イラザはラオスをちらりと見て一瞬顔を顰めると首を振る。
ラオスに怒ってたの?
なんで?
「とにかくラオスが治って良かったです。それよりもシャウのことについて教えていただけませんか? ミイシアさん」
シャウの疑問が解決しないまま、次の話題に移っていた。
シャウもそれについては気になっていたから、母さんを見る。
ラオスだけよくわかってなさそうだったけど、母さんは僕たち一人一人に視線を送る。
「そうね。ラオスやイラザにも知ってもらってた方がいいから、2人は帰りに家へ寄っていってね」
「分かりました」
「? よくわかんないけど、分かりました」
イラザとラオスの返事に頷き返すと、母さんは手を叩いた。
「じゃあ、まだ患者も来るかもしれないから、みんな手伝ってね」
「「「はい」」」
3人の返事を聞くと母さんは指示を出して、僕たちは自分たちの仕事をするために散らばっていく。
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