7 / 29
7 駐屯地
しおりを挟むマルロ部隊長が天幕を出て行ったあと、ディルユリーネもジルヴァンを伴って天幕を出た。
すると、ディルユリーネとジルヴァンを見つけた騎士がすぐに声をかけてくる。
「ディル、そいつはなんだ?」
「この者はメッツァー隊長に言われて部隊に入ったジルヴァンという者だ」
「そうか。無闇にそいつを近づけるなよ」
「ああ、分かっている」
メッツァー隊長の名前を出せば、興味が失せたようにジルヴァンに見向きもしなくなった。誰しもがメッツァー隊長の余興要員にはなりたくないからだ。
「ディル、今日の薪割りがまだ終わってないぞ」
「この後すぐやる」
「ディル、洗濯しといてくれ」
「あとで取りに来る」
そのあとも歩けば、暇そうに寛いでいる騎士がそこかしこから声をかけてくる。
洗濯物くらい暇しているのだから自分で洗濯場に持っていけばいいものを。イラッとして苦々しい気持ちが湧き上がる。けれどいつもつけ込まれないように表情を変えないようにしているから、無表情になっていることだろう。
「なあ、ディル」
「なんだ」
「おー、今はそっちの話し方か」
「だから、なんだ?」
「なんでみんなディルに仕事を頼むんだ?」
「それが仕事だからだ」
魔法騎士だけの……な。
とても理不尽な役割分担だった。
ディルユリーネは治癒魔法担当で本来は騎士として参戦していない。
しかし男として過ごしているため魔法騎士として認識されていた。運良く馬術も剣術も王都にいた頃に習っていたので、騎士としてもなんとか誤魔化せていた。そのため魔法騎士として認識されて、雑用を強いられている。まあ、女性として後方支援で来ていても雑用はさせられていただろうけれど。
「そうか。じゃあ、儂もやるぞ」
「え?」
「これから世話になるからな」
振り向くとニカッと笑うジルヴァンと瞳が合った。
その瞬間、ディルユリーネの瞳にじわっと涙が湧き上がる。
『手伝う』などという言葉を、戦場に来てから初めて言われた。
同等の立場である誇り高き騎士(剣術至上主義騎士)達も本来なら雑用も平等に振り分けられるべき立場の筈なのに、剣術至上主義者が上位だという考えが騎士団に蔓延していて、ただ魔法を使うというだけで下位だと決めつけ雑用を押しつけていた。理不尽だと思ったけれど、仕方ないとも諦めていた。しかし心のどこかで辛いと思っていたらしい。優しい言葉が心の奥にしまい込んでいた傷ついた心に触れて、感極まってしまった。
「そうか」
ジルヴァンに泣いているのを悟らせないため、背を向け鼻をすすることで涙を引っ込ませて、何事もないかのように駐屯地を案内するためにまた歩き始めた。
ディルユリーネのいる駐屯地は国境から少し外れた平原に拠点駐屯地を構えていた。
そして、駐屯地の近くに大きめな町があった。というよりも、町の近くに駐屯地を構えたというのが正しいのかもしれない。
なぜそんな場所に駐屯地を構えているかというと、メッツァー隊長の自己中心的な考えによるものだった。
それにはまず現状の戦況から知らなければならない。
ヒュドネスクラ国は我がロギスランダ国を侵略したいのではなく、どちらかというと戦争を長引かせてロギスランダ国が根負けして要求を飲むことを待っていた。だから、嫌がらせのようにふらっと国境を越えて来ては通りかかる者を襲うことを繰り返していた。
駐屯地のトップであるメッツァー隊長は国境近くに数人見張りを置いて、侵入してきたヒュドネスクラ国の兵を確認したら閃光魔法の合図で出撃する、という方策をとっていた。
いうなれば、ヒュドネスクラ国としっかりと戦っていますよという国の上層部へのアピールの為であり、戦争を終わらせるために戦っているわけではなかった。だから、駐屯地は国境の近くではなく、利便性を考えた町の近くに構えているのである。
そんなわけで、駐屯地の中は質素ではなく、生活を中心とした快適さを追及したかのような様相を呈していた。
「まず、あの大きな天幕は駐屯地最高責任者メッツァー隊長の居住場所となっている。くれぐれも近づいたり、勝手に入らないこと」
「分かった」
「あと、その近くにある隊長の天幕より一回り小さい天幕の列にも近づいたり勝手に入らないこと。あそこは誇り高い騎士達の居住区なんだ。ヴァンは絶対に関わっては駄目だ」
「ふーん」
今ひとつ危険さが伝わっていないようだ。
こんな誰が聞いてるか分からないところで、プライドだけが高い厄介な騎士達と言うわけにもいかない。
後でもう一度詳しく伝えなくてはいけないみたいだと認識を改める。
メッツァー隊長の天幕、各隊員の天幕、資材置き場と説明して、風呂場まで来た。
「ここは風呂場だ。入れる者はメッツァー隊長。その後に誇り高き騎士達だな。私達魔法騎士は風呂の支度係で皆が入った後に入ることも出来る」
ジルヴァンに説明しながら、嫌なことを思い出した。
メッツァー隊長は風呂好きで、町に行っても入れるはずなのに、駐屯地でもいつでも入れるように用意させていた。ここでも魔法騎士を馬鹿にしたやり取りがあって、水魔法を使う者は井戸水代わり、火魔法を使う者は火種代わりと揶揄された。
罰に利用するときは、水魔法を使えない者に井戸や川へ水くみに行かせたり、薪集めや薪割りなど風魔法で一瞬で済むことを人力でやらせたりしていた。
「どうした?」
ディルユリーネが不機嫌になったことが分かったのだろう。
ジルヴァンがディルユリーネの顔を覗き込む。
「何でもない。次行くぞ」
こんなところでは説明できないし、不機嫌になった理由も説明したくなかったから、次の場所へと足を進める。
炊事場、洗濯場に辿り着いて使用方法を説明する。
近寄っていい場所、いけない場所、使用できるもの、できないものも合わせて説明する。
炊事場では、魔法騎士達の分だけ食事を作っていた。
メッツァー隊長と誇り高き騎士達は駐屯地に支給されている軍事費で、町へ行って食事をしたり一夜の女性を買うことに使っていた。もちろん魔法騎士には軍事費を使う権利はない。だから、食事は自分達で用意しなくてはならないし、性欲処理は各自の持参した金銭内で各々処理するしかなかった。
スッと瞳の端に緑色に輝く光が映り込んだ。
その光に視線を向けると、ヒュドネスクラ国の兵が侵入したことを知らせる閃光魔法が空へと放たれた光だった。
ディルユリーネはその光を見た瞬間に走り出していた。
「ディル?」
走り出したディルユリーネを追って、ジルヴァンも走って隣に並走していた。
「敵兵が侵入した」
ディルユリーネの言葉にジルヴァンの顔つきが変わった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる