スパダリ族はお断り!

赤井茄子

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ピンポーーーーン!○

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 ――このままじゃ駄目だ。分かってる。けど……。

 付き合うにしろ、付き合わないにしろ、そこにはもう決定的な『変化』が待っている。変わってしまった関係は、もう二度と元には戻れない。
 吉弘は姉とは違う。彼は他人だ。二人の関係が、いつか悪い方向へ変わってしまった時……離れていったらそれまでの人。

 だからこそ、変化が怖い。
 吉弘から流れてくる感情も、家族ではない相手がそれでも側にいてくれるという幸福感も、舞花の中で確実に育っていく……このこそばゆい気持ちも。それを、まだ全身で受け止める自信がない。
 つい最近『姉離れ』しようと奮闘していた人間としては、本当に情けない話である。心のどこかで、拠り所を挿げ替えただけなのでは?という疑いもあるから余計にだ。

 そうして暫し、呻く舞花を見つめていた吉弘は……徐に舞花の肩に手を回し、ぐっと自分の方へ引き寄せた。吃驚して固まった彼女の顔を覗き込み、イタズラっぽく笑う。

「じゃあ、大人しく待ってるご褒美にキスさせてくれるか」
「…………そ、それは」

 キリッとした眉根を下げ、切れ長の瞳がこちらを伺うように見つめてくる。そうされると、何故か吉弘が黒毛の大型犬のように可愛く見えてくるから不思議だ。
 その上に、スパダリ族の光効果付き。背後で咲き乱れる紫色の錨のような花も相まって、舞花の理性がクラクラと揺れた。

「舞花……」
「っ……ま、まって、吉弘……んむっ」

 まず吐息が触れあい、次に唇を食まれる。何度も何度も、啄むように合わさるキスは柔らかく、こそばゆい。
 しかし、うっかり唇を開けてしまったが最後。

「んぅうっ……は、あぅ」
「よしよし、もっと口開けて舌出せ」
「ん、ちゅっ……ぁ、吉弘……っ」

 唇を割って入った肉厚な舌が、温い口内を激しく蹂躙する。上顎をくすぐり、舞花の惑う舌先を舐め上げてぐちゅぐちゅと唾液をかき混ぜるのだ。
 体勢もいつのまにか覆い被さるように変わり、もう逃げられない。跳ねる体ごと抱き込まれながら、貪るようなキスに翻弄されていく。

「好きだ」
「……っ、あ」
「舞花、好きだ。もっと」

 さらにキスの合間に、そんな事を何度も囁かれるのである。もうたまったものじゃない。相手は超級の恋愛初心者だというのに、吉弘という男は加減を知らない。
 そんなことを、この一ヶ月以上定期的にされている。

 ――も、もう、心臓と頭がおかしくなる……っ!!

 気分はまな板の上の鯉。あるいは、シャチに齧られる哀れなUMAトランコ。クラクラした頭で見上げれば、吉弘は荒い息を吐き舌なめずりしていた。
 彼の太い指が、舞花のブラウスのボタンをそっと引っ掛けた……まさにその時。

 ピンポーーーーン!

 インターホンの音が鳴り響いた。
 甲高い電子音は舞花と吉弘がの理性を呼び戻し、甘酸っぱいような桃色の空気は散り散りに消えていく。そのことにホッとしながら、舞花は普段全く使っていない腹筋をつかってビョン!と起き上がった。

「おおおおお客さんだ!! で、出てくるね!」 
「……おう」

 ムスッとした顔で、少し濡れた唇を尖らせる吉弘。心なしか背後の花が萎れている。
 それを見てまた何とも言えない気持ちになりながら、少し乱れた髪を整え慌てて玄関へ急ぐ。軋む扉を開けると、そこには――
 
「……舞花……ただいま……」
「お、おねえちゃんんんん!!?」

 ドイツにて憎きスパダリ族と絶賛蜜月中の姉が、妙に思い詰めた顔で立っていたのだった。
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