魔女の弟子

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第7章 火継ぎの港街

火継ぎの港街⑦

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昼食後、私たちはセント クラーナの旧市街エリアの真ん中に建つ行政庁舎を訪れた。
 セント クラーナの行政庁は、元々この地を治めた古い領主の屋敷を改築したものらしく、厳めしくも凝った装飾の外観は、この街の名所の一つとなっていた。

 入国管理局は、行政庁の一部署であり、窓口へはエルザ師匠だけが向かった。
 そもそも、密入国者の数など、簡単に教えてもらえるものかどうか疑問だったが、王立大学の教授職以上の肩書きをもつ教員には、行政機関に対して、ある程度の情報開示権限を付与されているとのことだった。

 私とエルマは、豪華なカーペットが敷き詰められたエントランスのベンチに座り、エルザ師匠が戻ってくるのを待っていた。
 最初はエルマとたわいない雑談に興じていたが、次第に手持ち無沙汰になった私は、エントランスに飾られた絵画や彫刻を眺めて回った。そのなかで、私は受付の近くの壁に飾られた、一つのタペストリーに目が止まった。

 古い物なのか、所々かすれや破れが見られたが、そこに描かれた風景は独特なものだった。平面的に描かれた陸地と海、そして、巨大な灯台は、セントクラーナを描いたものだとわかった。海からは、一隻の船が港に近づき、船首には、一人の女性が立っていた。その女性は風に長い金髪をなびかせ、前に差しのべられた手のひらの上には、一つの炎を捧げ持っていた。その女性を見たとき、私は魔法を発動する際に、種火を手の中に起すエルザ師匠を連想した。その女性の横顔を見ると、視線をまっすぐに灯台に向け、織り込まれた糸は色褪せてはいたが、女性の瞳の色を青で表現しているようだった。

 「このタペストリーが気になりますか?」

 突然背後から声をかけられた私は、思わず振り返った。
 私に声をかけてきたのは、眼鏡をかけた初老の男性だった。シワの無い、綺麗な制服を着ていることから、行政庁の職員だと思われたが、穏やかな表情の中に、年齢とは異なる貫禄が伺えた。何故かその男性の顔には見覚えがあるような気がしたが、どこで見かけたかは思い出せなかった。
 驚いて黙ったままの私に、彼はわずかに頭を下げた。

「これは失礼しました。この古ぼけた絵に興味をもつ人は少ないもので、つい話しかけてしまいまして。よろしければ、この絵について説明させていただけますか?」

 暇をもて余していたこともあり、私はうなずいた。
 その男性は嬉しそうに目を細めると、私の横に並んでタペストリーを見上げた。

「この絵は、セント ポルト クラーナが『火継ぎの港街』と呼ばれるきっかけになった出来事を表しているそうです。すなわち、全てを照らす、"原初の火"が初めてこの地に持ち込まれ時のことを描いているのです。」

「"原初の火"…ですか?」

 その男性は私の方を見て、大きくうなずくとまたタペストリーに視線を戻した。

「歴史の教科書には、はっきりとは書かれていないことですがね。この地域の民間伝承によると、初め、この地には"何もなかった"と言われています。」

そう言うと、歌うように口ずさんだ。

「『古い時代
魔女も竜も深淵も、王すらまだ現れぬ太古の時
世界はただ色の無い濃霧に覆われ、"霧の獣"だけが地上を闊歩していた

だが、いつかはじめての火が海の向こうからこの地に渡り、火と共に"差異"がもたらされた
すなわち、
"熱と冷たさ"
"生と死"
そして、"光と闇"

やがて、はじめての火を手にした最初の王は、火の力をもって"霧の獣"を討伐し、"原初の炉心"を灯した
かくして、火の時代が始まり、人の子たちの夜明けとなった』

 以上が、この国の創世記を表現した物語だそうです。
 その"原初の火"をこの地に持ち込み、あの巨大な灯台に灯したのが、このタペストリーに描かれた乙女、『聖女クラーナ』だと言われています。海の向こうから渡ってきた火を初めて引き継いだことから、この街は『火継ぎの港街』と呼ばれるようになったと伝えられています。」

 短い物語の中に、私は先日『墓守りのミラルダ』が語った話と共通の単語が出てきたことに気づいた。"深淵"、"原初の炉心"といった言葉と、ミラルダの言っていた、"不死人が生まれた経緯"の話に出てくる言葉が共通しているということは、やはり、彼女の語っていたことは何かしら真実を含んでいる可能性があるのだろうか…思わず考え込んだ私はその男性に質問した。

「今のお話は、本当にあった出来事なのですか?」

 彼は絵を見上げたまま、答えた。

「それは、分かりませんが、私個人としては、あくまでも神話のようなものだと受け止めています。この物語はセント クラーナの住民にとっては、小さい頃から祖父母に聞かされる、古いおとぎ話ではあるのですが、"霧の獣"や、"原初の火"といったものが、具体的に何を表すものかまでは分からないのです。ですが、」

 彼は懐から、一冊の使い古した手帳を取り出すと、懐かしむようにその表面を撫でた。

「私は兄の影響を受けて、一時期考古学に傾倒していたことがありましてね。王立大学の教員である兄とともに、この伝承がどこまで真実なのかを探求したことがありました。兄のエリックは、伝承は全て真実であると信じて疑わず、国中を飛び回っては遺跡発掘に勤しんでいた人でした。私は、兄の情熱にほだされて、途中までは兄との研究を楽しんでいたのですが、流石にいつまでも子供のような探索を続けるわけにはいかず、政治の道を選びましたが…」

 そう言うと、その男性は照れたように頭をかいた。その横顔を見ているうちに、私は知り合いのある人物を思い出した。

「あなたのお兄さんというのは、もしかして…」

「カニンガム市長」

 いつの間にか、行政庁の制服を来た若い職員が、その男性の横に来て耳打ちをした。

「漁業組合との打ち合わせのお時間です。」

「おや、もうそんな時間ですか。こんな老人の暇潰しに付き合ってくれてありがとうございます。貴方とは、またどこがで再会するような気がしますね。」

そう言うと、彼は若い職員と共に庁舎の奥へと去っていった。

 「誰と話してたの?」

 エルマも男性の背中を目で追いながら、話しかけてきた。

 「あの人は多分…」

「ラルフ、エルマ、待たせたな。」

 振り返ると、エルザ師匠が入国管理局の窓口から戻ってくるところだった。

 「お疲れ様、お望みのデータは手に入った?」

エルザ師匠は眉間に皺を寄せながら頷いた。

「ああ、予想のドンピシャだったよ。ここでは人目がある。外のカフェで話そう。」
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